これは、何でもない日常の一幕ではない。

 









 

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 突然だが、君は《黒の剣士》を知っているかい?

 かの鋼鉄の浮遊城、夢を追い続けた一人の天才が生み出したもう一つの世界(リアル)、《ソードアート・オンライン》から六千の人々を救いだした英雄だ。
 まあ、彼に面と向かってこんなことを言ってもはぐらかされるだけだろうから、今はその話は置いておこう。

 では、唐突かもしれないが、質問だ。
 彼が誓いを刻んだ剣とは、一体どの剣を指すと思う?
 
 《エクスキャリバー》? おいおい、冗談はよしてくれ。確かにあれは世に二つとない名剣ではあるが、そもそも《黒の剣士》としての彼のものではない。同じ理由で、《夜空の剣》も候補から外れる。
 ならば彼の切り札たる白き聖剣、《ダークリパルサー》か? いいや、残念だがそれも違う。
 かの一振りもまた《黒の剣士》の愛剣であることは間違いないが、あれに込められているのは彼の誓いではなく、彼を慕う一人の少女の想いだ。

 茶番はそろそろ終わりにしよう。
 《黒の剣士》を象徴する剣と言えば、魔剣《エリュシデータ》以外にありえない。
 第五十層フロアボスのLAボーナスとしてドロップし、ほぼ一年、アインクラッドでの半分近い期間、彼を支え続けた無二の名剣。
 故に、上の問いの答えもまた、この剣以外にはあり得ない。

 では、本題に入ろうか。

 ―――彼はその剣に、いったい何を誓ったのだろうか。

 





誓いを刻んだ(ソード)

 アインクラッド第五十層、ボス部屋。  

 

 その部屋の主、フロアボス《ザ・サウザンド》はつい先程、十数名のプレイヤーの命と引き換えに、その巨躯を無数の硝子片へと変えた。

 そして、ボスにとどめを刺した俺の剣もまた、激闘に耐えかねたかのように砕け散った。青い光の欠片となって消え果てる愛剣を、一抹の寂しさと、それ以上の感謝を込めて見送る。

 

 そこで漸く、こちらを見る複数の視線に気づいた。大半はLAをとった俺に対する妬みと嫉みだが、いくつかは、称賛と感謝、か。

 気取られぬように周囲を見渡し、視線の種類を確認していた俺は、その中にたった一つ、異質な気配を感じて動きを止めた。

 

 その発生源、KoB団長《ヒースクリフ》は、まるで実験対象を観察しているかのような瞳で、俺をじっと見つめている。

 

 (本当によく解らない人だな……。)

 

 思わず心の中で一人語散た。今回のラストアタックも、気のせいかもしれないが()()()()()()()気がしたし。

 考え過ぎかと頭を振り、思考を追い出すために剣を納めようとして、その剣が砕けていることを思い出した。

 ため息をつきつつ、代わりの剣を取り出すために、ウインドウを開く。ついでにLAボーナスを確認しようと、画面をスクロールしていく。

 

 (あった、……これは)

 

 武器、それも間のいいことにカテゴリは片手直剣だ。まあ、最もオーソドックスな武器種ではあるし、五十層フロアボスのドロップとしては妥当かもしれない。

 銘は、《エリュシデータ》。聞き覚えのない単語だな。もし造語だとしても、後半のデータはともかく、エリュシとは一体……。

 その名の由来を考えつつ、ウインドウを操作し装備のボタンを押す。

 直後、背にずしり、という凄まじい重みがのしかかった。先程まで装備していた剣とは比べ物にならないその重量に、足元が少しふらつく。

 

 プロパティをきちんと確認しておくべきだったな、と今更な思考に苦笑してから、柄に手をかける。

 いくらレアドロ武器とはいえ、要求値が足りていないということはあるまい。そう思い、一息に引き抜いた。

 

 ―――やはり、重い。 

 

 装飾の少ない無骨なつくり。特徴的な形状の鍔。そして、吸い込まれそうなほどに暗い、漆黒の刀身。

  一体何でできているのか、検討もつかない。少なくともリアルには存在しない、オカルトめいた素材が使われているのは間違いないだろうが。

 と、そこまで考えたところで、あまりにも唐突に、一つの単語が脳内に想起された。

 

 ――【エリュシオン】――

 

 神話や伝承好きの妹に何度か聞かされた、ギリシア神話に語られる、死後の楽園。

 

 もし、もしもこの剣の銘が、その空想の楽園を指すと言うならば。そしてそこに眠る人々の記録(データ)を指すと言うならば。

 この剣を形作ったものは、俺たちを囚えるこの浮遊城で散った人々の魂なのかもしれない。

 

 (サチ……。そこに、いるかい?)

 

 だから、そう語りかけずにはいられなかった。

 死してなお、俺への言葉を残してくれた彼女が、この全てを包み込むかのような黒い刃の中で、微笑んでいる気がして。

 呼びかければ、応えてくれるんじゃないかって、そう、思ってしまって。

 

 でも、声は返ってこない。彼女のものも、見知らぬ誰かのものも。

 当たり前だ。全ては俺の勝手な妄想なのだから。これが空想の楽園、エリュシオンを指しているとは限らないし、そうだったところで、その名に識別ID以上の意味はない。

 

 それでも、そう信じたいのだ。この重みは、無念のうちに死んだ、数千のプレイヤー達の魂なんだと。

 臆病者の、彼女を、彼女との約束を守れなかった俺には、あまりにも重すぎる。

 けれど、だとしても。背負いたい、この剣を彼女達の墓標として、最後まで握りしめておきたい。

 同仕様もないくらいに不遜で、反吐が出るくらいに傲慢な願いだ。

 

 けれど、誓わせてくれ。

 今一度、君が遺してくれた言葉に。

 

 (君は、生きて……。)

 

 ―――ああ、俺は生きるよ、君のために。

 生きて、生きて、生き抜いて、どうしてこんな世界が創られたのか、君の代わりに明かしてみせる。

 だから、こんな俺に……、少しだけでいい、力を貸してくれ。きっと俺一人じゃ、足りないから。

 

 涙が一筋、こぼれて落ちた。

 今はまだ重すぎるその剣を、どうにか鞘に納め、空いた手で涙を拭く。

 

 ぐしぐしと、乱暴に目尻を拭い去ったとき、声が聞こえた気がした。

 

 ―――いつか……、誓いを刻んだその剣を、一緒に支えてくれる人を、……見つけてね。

 

 とぎれとぎれで、不明瞭なその声は、しかし聞き違えるはずのないもので。

 

 また涙が、今度はとめどなく溢れた。

 

 きっと、これが本当に、彼女の最後の言葉だから。

 

 熱い雫を流れるに任せ、精一杯の笑顔を浮かべてみせる。

 とても、たまらないほどに哀しくて、けれどやっぱり……、嬉しかったから。

 

 「ありがとう、サチ……」

 

 

 

 

 

 

 その言葉は、誰に聞こえることもなく虚空に溶けて消えた。

 彼の涙の理由を知るものは、あとにも先にも、一人としていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっと彼が刻んだのは、失ってしまった、かけがえの無いその少女への誓いだったのだろう。

 だからこそ、後に英雄となった彼はこう言うのだ。

 

 ―――俺一人の力じゃない、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 やっぱり五十層時点ならアスナさんよりサチさんじゃないかなーと。これは私の勝手な意見ですのでスルーしてくださって結構です。
 だって赤鼻のトナカイから2週間くらいしか立ってないだろうし。

 一応出典はキリトのキャラソンからです。キリトの中の人と言えばパンツのイメージしかないけど、普通の曲もめちゃくちゃうまいしカッコいいですよ!!

 
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