星々の王と妃   作:旭姫

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この回より、四章横浜騒乱編が始まります。

なお、番外編は時系列に合わせて、それぞれの章に組み込んでおきます。


第四章 横浜騒乱編
四章 第一話 波乱の前触れ


二十四時間体制を実現する為の自動化が推し進められた港湾諸施設は西暦二〇九五年十月現在、ほとんどが無人で運営されている。通関は日中にまとめて行われ、夜間は船舶の入港、荷揚げ、積み込み、出港の作業が完全自動化され、監視の為にわずかな人員が置かれているのみだ。

 

人手を減らした分、密入国者対策として保税地域と市街地の遮断がより厳重に行われるよう各港湾の全地域的再開発が行われ、船舶の乗組員の上陸も保税地域については禁止されている。

 

逆に港湾施設が自動化される深夜については保税地域以外の接岸が禁止され、乗組員の上陸を必要とする船舶は有人運営が再開される朝まで沖合いで待機しなければならない。

 

真夜中ともなれば、貨物用の埠頭は完全に人通りが少なくなる―はずだった。

 

だがこの夜、そろそろ日付も変わろうかという時刻、横浜山下埠頭には息を殺した大勢の気配があった。

 

『五号物揚場に接岸した小型貨物船より不法入国者が上陸しました。総員、五号物揚場へ急行してください』

 

無線の声に反応した私服警察官の2人は顔を見合わせる間も無く同時に走り出した。

 

「やはり、あそこか。」

 

「ぼやいている場合ではありませんよ、警部!」

 

「しかしね、稲垣君」

 

「つべこべいわずに走る」

 

「俺は君の上司なんだが」

 

「歳は自分の方が上です。」

 

「やれやれ」

 

2人の刑事、千葉警部と稲垣警部補は軽口を買わしながら、700mあった距離を30秒で現場に到着した。

 

普通は2分は最低でもかかるのだが、2人は魔法師だった。

 

「警部、船を押さえましょう」

 

「え?俺が!?」

 

「つべこべいわない」

 

どうやらこのコンビは部下の方が苦労人らしい

 

「わかったから、稲垣君。君が船を止めてくれ。」

 

「自分では船を沈めてしまうかも知れませんが?」

 

「…問題ない、責任は課長が取るだろう。」

 

「…自分で取るとはいわないんですね?」

 

稲垣はリボルバーにケースレス弾を装填して、グリップ底部のスイッチを左手で押すと、バレル上部に取り付けつけられた照準補助機構の作動ランプが点った。

 

続けて武装一体型CAD、リボルバー拳銃型武装デバイスのグリップに組み込んだ特化型CADの本体が起動式を展開する。引き金を引くと同時に移動・加重系複合魔法が放たれ、離岸する小型船舶の船尾を二度、三度ほど貫いた。

 

「お見事」

 

千葉刑事は自身の持っていた木刀の留め金をはずした。

 

木刀は実は仕込み杖だったのだ。

 

飛び上がり、船に着艇と同時に刀を振り下ろす。

 

刃がその船を真っ二つに切り裂いた。

 

千葉警部の使う、千葉家の秘術『斬鉄』によって、切り裂いたのだ。

 

そのまま中に入ると、既にもぬけの殻だった。

 

「お疲れさまです、警部。」

 

「全く、骨折り損とはこのことだ。」

 

「水中へ逃げ出した賊の行方はまだ掴めていないようですね。」

 

「奴らの行き先なんて分かりきっているんだがね。」

 

――――――――――――――――

 

2人の刑事が小型船舶を対処している時、横浜にある大人気観光地となっている繁華街の人目につかない店の庭先、正確にはその庭にある井戸の前に美青年とでも呼べる男が立っていた。

 

そう、達也の直接の部下である周公瑾である。

 

今日も今日とて裏の仕事の一つである大陸からの亡命者又は密入国者を迎え入れていた。

 

井戸が内側から(・・・・)壊されていく。

 

その壊された井戸からずぶ濡れの男が16人程現れた。

 

「皆様、お疲れ様です。…着替えてお寛ぎを。朝食を用意させております。」

 

その男達の中のリーダーと思われる男性が声を出す。

 

(チョウ)先生、ご協力感謝します。」

 

そう言って、残りの部下達を連れて、建物の中に入っていった。

 

――――――――――――――――

 

九校戦も終わり、二学期に入るとすぐに、七草真由美をはじめとした一高3年生の生徒会や風紀委員の引退が起こり、部活連会頭は服部、風紀委員長は千代田、生徒会長は中条とどんどん世代交代がされていた。

 

達也はというと、深雪のストッパー役や風紀委員の事務役として、風紀委員入りと生徒会入りが打診されていたがどちらも断って、一時の平和を得ようとした。

 

深雪「お兄様、いらっしゃいますか?」

 

リーナ「こっちよ、深雪。」

 

深雪「リーナもいたのね?」

 

達也はリーナとともに図書館の地下二階資料庫に籠っていた。

 

深雪と違って放課後が空いている2人はこうしてよく資料庫に籠っていた(リーナは付き添い)為、深雪も達也がどこにいるのか大まかには理解していた。

 

深雪「何をご覧になられているのですか?」

 

達也「『エメラルド・タブレット』に関する文献だ」

 

深雪「最近ずっと錬金術関連の文献を調べておいでのようですが……?」

 

達也「俺が知りたいのは錬金術そのものではなく『賢者の石』の性質と製法なんだけどね。もっとも、賢者の石の精製こそ錬金術の目的と説く文献もあるんだが」

 

リーナ「もしかして、達也……。」

 

深雪「物質変換……に挑戦するおつもりではありませんよね?」

 

達也「そうじゃないよ。…狭義の『エリクシール』と区別して定義する場合の『賢者の石』は、卑金属を貴金属に変換する魔法に使用する触媒だ。触媒というからにはそれ自体が材料となるものではなく、術式を発動させる為の道具だろう。」

 

深雪「触媒という言葉がわたしたちの使っているものと同じ意味なら……そうなりますね。」

 

リーナはもうついていけないようでうつむいていたが、なんとなく理解はできていたのか、それとも兄の言葉を聞きたいだけなのかは知らないが、深雪はしっかりと聞いていた。

 

達也「卑金属を貴金属に変える魔法は、材料に『賢者の石』を作用させることにより貴金属を作り出すと伝えられている。他にも魔法的なプロセスを必要とせず石を使うだけで物質変換魔法が使えるのであれば、『賢者の石』は魔法式を保存する機能を有していると考えられる。」

 

「「魔法式を保存!?」」

 

達也「変数をわずかずつ変更しながら重力制御魔法を連続発動するノウハウは飛行魔法の実現によって収集できた。…飛行デバイスの完成もそれのお陰でもある。」

 

リーナ「へぇ~、」

 

達也「まぁ、そんな話はいましても意味ないだろうな。……ところで深雪、ここに来たのはなにか用事があったからじゃないのか?」

 

深雪「そうでした。…実は、市原先輩がお兄様に用があると。」

 

達也「場所は?」

 

深雪「魔法幾何学室です。」

 

達也「わかった。2人とも、鍵を返しておいてくれないか?」

 

「「わかりました。(了解よ。)」」

 

 




次回はこれの続きです。

では、また次回。

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