自己評価の超低い、内面ひねくれまくってる癖して外面は気弱な女子がCiRCLEスタッフをさせられる話   作:#NkY

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第8話 流されてしまえ、決めてしまえ

 ……どうしようか。演出、やるかやらないか。

 自分の気持ちのありかを掴めないままに、『Afterglow』主催ライブの当日を迎えた。

 眠れていない。眠れるわけが無い。目を閉じると悪夢を見そうで眠れなかった。地獄だ。

 

 布団から出ると、右肩が気持ち悪く痛んだ。不快だった。

 

 そんな地獄を越えた先で、私はまたしても月島さんの優しさに卑怯にも付け込んで甘えてしまう……すなわち、「結局分からないまま」ということをいかにも困っている風を装って伝えた。……実際に、困っているのだけれども。自分というわけのわからないいきものにさ。

 

 そんなゴミみたいな行動をする私に、月島さんは軽くこんなことを言ってきた。

 

「じゃあ、やってみればいいんじゃない?」

 

 やってみればいい。まあ、確かに……世の中には「やらないで後悔するよりやって後悔しろ」みたいな格言? がある。私は1ナノメートルも信じていないけれど、過去の経験から。

 でも、今回はそうじゃなくって……失敗どうこうじゃなく、今回は私という意味不明な一人の人間の気持ちの問題であって。

 

「で、でも……私、そんな中途半端な気持ちじゃ、ライブに出る方々に失礼だと思うんです」

 

 つまりはこういうこと、なんだ。今の気持ちが分からないものであっても、少なくとも私は『本気』じゃないんだ。

 けれども、月島さんはその言い訳を待っていたかのようにこう返してくる。

 

「じゃあ、仮に今日演出をやるとしてさ。千夜ちゃんは適当にやったりする?」

 

 ありえない。もしもやるのであれば、決して迷惑とか悪印象とか、そういうのを与えるのは絶対に嫌だ。

 端的に言えば悪者になりたくないってこと。底辺人間の癖してさ。

 

「……それは絶対にしないです」

「なら大丈夫。そういう気持ちがあるのなら、それはもう中途半端じゃない」

 

 私はハッとした。

 ……見抜かれてる。敵わない。最近つくづく思うんだ、もしかしたら私は分かりやすい人間なんじゃないかと。認めたくないけど。

 

「千夜ちゃんなら大丈夫。いざとなれば私もついてる。やってみよう」

 

 ああ、こうして私は。

 

「……分かり、ました」

 

 人に流されてしまうんだろう。

 

 でも、肯定の一言を口に出した瞬間……肩から重荷がすっと降りた気がした。まるで悪霊が消えてすっきりしたかのような、そんな感じがした。

 ……やらなければ、いけない。

 

 あれ、私。前……向けるじゃん。そうなるために人頼りにならなきゃいけないところはアレ過ぎるけどさ。

 

 

 

-※-

 

 

 

 機材の使い方に関しては前々から軽く教えてもらっていたけれど……やはり緊張するものは緊張する。手元のスイッチ一つでステージのライトが踊る。軽くて重い、その操作感。

 

 本日出されたそれぞれのバンドのセトリを見つつ、月島さんのアドバイスも聞きつつ――ほとんど月島さん頼りだが、ライトの色だとかタイミングだとかを想像する。今回のライブは規模の小さいものでリハーサルはない。音のバランスを各バンドで取る程度。

 つまり……一発勝負、ってこと。主催の『Afterglow』以外のバンドは全てコピーバンドで、なおかつ曲も全て記憶の中に叩き込んでいたものしかなかったのが幸いだった。予習ってしておくものなんだな。

 

 でも……相当なプレッシャーがあるのは事実。たとえバンドが良くても私がミスれば台無しになるんだ。特にAfterglowは『本気』のオリジナル曲。あらかじめライブを録音していたCDを聴きこんではいたものの、まだ私の頭の中に音楽が定着しきっていない。だから、怖い。

 

「緊張してるね」

 

 月島さんが私の顔を覗き込んでくる。私とは対照的でいつも通りの表情。さすが私が入るまでここをほぼ一人で回してきただけある。

 もう取り繕って意地張って違います、なんて言えない。言ったとしてもなんのメリットもない。素直に、認める。

 

「……はい」

「そっか。初めてはみんな緊張するものだよ」

 

 緊張している所が全く想像が出来ない人がそう言ってくる。聞くしかない。

 

「月島さんもそうだったんですか?」

「私? うん。緊張してたよ。でも……それ以上に、ワクワクしてた」

「え……?」

 

 ワクワク? この一発勝負の状況が? ……信じ、られない。

 

「ありとあらゆるバンドの演奏を後押しできる、もう一人のメンバーに混ざり合えるって思うと……私は、すごくワクワクした」

「ワクワク……」

 

 今の私の中には塵ほどもない感情だった。理解できない。私は今、こんなに怖いのに……。

 

「……とりあえず、千夜ちゃん」

「はい」

「思いっきりやってみよう。私もいるから」

 

 月島さんは、楽しくやろう、とは言わなかった。

 けれども、ちゃんと月島さんがいるという事を伝えてくれた。

 

「信じて、みます」

「うん。任せて」

 

 怖いのは変わらないけど……楽にはなった、気がする。

 楽しむなんて到底無理だと思うけど。それどころかステージに上がるバンドと戦う心持ちでいるけれど……そんな、適正がないとわかり切っている私だからこそ、思い切りやらなければ迷惑を掛けてしまう。

 

 もう、逃げられないんだよ。私は。

 覚悟は決まってるよね。


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