自己評価の超低い、内面ひねくれまくってる癖して外面は気弱な女子がCiRCLEスタッフをさせられる話 作:#NkY
そんな私が願った限りなく普通な高校生活は、開始早々父の手によって超凄惨に完全破壊された。
ライブハウス『CiRCLE』。抵抗の余地もなく、私はそこの手伝いをすることになってしまった。
オーナーの父曰く、CiRCLEはガールズバンドのためのライブハウス、らしい。それを反映してか、客層は女子中高生中心。しかも、青春という荒波に勇んで足を踏み入れるような人ばかり。……私とは、正反対の人種。
だから、私にとってこの場所は、本当に地獄でしかなくて。
好き勝手でけたたましくやかましいだけのバンドの騒音。きゃいきゃいと楽し気に話す声。
その真逆で、それこそメジャーのCDから流れるような洗練されたサウンド。その上真剣そのもので、時にただ事でない空気を醸し出すグループ。
本気度も空気感もそれこそ十人十色、しかし全てが『青春』。そんな数多の青春模様が私を責め立てて苦しめた。
別に仕事自体は嫌ではなかった。機材のセッティングだとか、清掃だとか、そういうのはむしろ好きだ。一人で目立たず、手順の決まっているものを黙々とこなすというのは、どうやら私の性に合っているようだった。
ただ、その場所の空気が、どうしようもなく嫌だというだけ。むさ苦しくて、暑苦しくて、それなのに彼女たちに対して劣等感を抱いて……。
でも、私にはあいにく拒否権がない。その上ライブハウスっていうのは接客サービス業でもあるから、嫌悪感を顔に出すなんてことは出来やしない。
それでも極力お客さんとはなるべく遠目の距離感を保ちながら、よそでやっていることだと思い込みながら……ただひたすら、自分の仕事を覚えていく毎日を送る。
嫌々とはいえ手は抜かない、というか抜けるわけがない。だって……どうしようもなくダメダメな私のせいで迷惑を掛けることは、私が許せなかったから。
「千夜ちゃん、お疲れ様!」
「あ、
月島まりなさん。私の先輩にあたるスタッフ。『CiRCLE』の仕事なら何でもやってしまうすごい人。
本人も忙しいのに、その隙間を縫って私の面倒を見てくれる。そこまでする価値が私にあるとは到底思えないけれど。
「それにしても千夜ちゃん、お仕事覚えるの早いね。女の子なのに力もあるしすごく助かっちゃう」
疲れも忙しさも全く見せずに微笑みかける月島さん。
まだまだミスも多く仕事も遅い私にこんな言葉をかけてくるなんて、一瞬で私は社交辞令だと思った。でも、変に関係を悪くしたくないから一応当たり障りのない返答をしておく。
「あ、ありがとうございます……」
本当は『嘘なんて付かなくていいです、もっと冷たくしても構いませんよ』と言いたかった。でも、正直嫌われたくなかったからこんな無難な返答に収まってしまう。
「さすがはオーナーの娘。出来てるなー」
けれど、この発言に対してはハッキリとNOと言わなければならない。ゴキブリの100万倍くらい嫌だから。
「え、えっと!」
「ん? どうしたの?」
「その……オーナーの娘、とかって言うのは、やめてもらえませんか……?」
「あ、ごめんごめん。嫌だった?」
「……嫌、です」
自分が出来る思いっきりむすっとした顔を向けてやったが、月島さんの涼しげな顔を見るにあまり効いてないようだ。
これが大人様がこく余裕ってやつか。基本的に私は月島さんのことを仕事のデキるカッコいい女性として見ていて結構尊敬しているのだけど、そういうのはちょっとムカつく。
「ところで千夜ちゃん」
「はい……?」
「楽器とかバンドはやらないの?」
ライブハウスに勤めているのであれば、そしてJK1年……つまりここの客層と私が同じ年代であるならば、当然こういう質問は飛んでくる。
でも、私はもう心に決めてある。
「……ごめんなさい、そういうのには興味がなくって……」
楽器だとかバンドだとか、そういうものには一切手を出さない。決まってないものを表現するとか、そんなの私には到底できやしないし……何より大人がうらやむ『青春』なんてものを私は送りたくないのだ。
私の人生は決して物語ではない、誰かに共感してもらいたいものなんかじゃない。たとえばゲームとかアニメとか漫画とか……小説、とか。
「ふーん……興味がない、ねえ」
果たして私の言ったことは届いてるのか? 興味がないって言ったばっかりでしょ。
なのに月島さんは何かを探し始めて……持ってきた。私が持ってきてほしくないものを、的確に。
「え」
絶句と呆れ。
差し出されたのは一本の真新しい黒のギター。確か、ライブハウスのレンタル品だった気がする。
「ギター。触ってみる?」
そうやって月島さんが勧めてくるけれども、私の答えは当然のごとく決まっていて。
「結構です……」
「ものは試しだって。ね?」
「……結構ですって!」
あんまりにもしつこいから私は思わず声を張り上げてしまった。
……ああ、やってしまった! だから私はド底辺なんだ……!
しかし、ド底辺のくせして無駄すぎるプライドだけは持ち合わせてしまっている私。言ったことの撤回はしたくなくて……私はうつむきながら、声を落として言う。
「ごめんなさい……本当に、興味がないんです、私……」
「そっか」
月島さんはそんな私に優しく笑いかけた。そして、それ以降楽器を勧めることはなくなった。
それでよかったんだ。それで……。
「……はあ」
……私、子供だからって甘えてるな、多分。月島さんの人のよさに、さ。
尾を引きずる感情の正体に気づいて、私はため息を深くついた。
果たして大人が嫌いなのか、大人に構ってほしいのか。
わけわかんないよ、私自身が……。