自己評価の超低い、内面ひねくれまくってる癖して外面は気弱な女子がCiRCLEスタッフをさせられる話   作:#NkY

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第2話 逃げ続けることなんて出来やしないのに

 私、紺屋(こんや)千夜(ちよ)花咲川(はなさきがわ)女子学園という、結構大きめの学校に在籍している。ちなみに中等部からの内部進学だから、JK(女子高生)になったばかりとはいえある程度人間関係は持ち越している。

 

 ただ、まあ……何となく察することが出来ると思うけど、私は特別仲のいい友達がいない。いるはずがない、だって私はそういう風になるように振る舞ってきたんだから。

 別に私はそれで苦労したことはないし、むしろ楽だとも思っている。裏返せば特別仲の悪い人間もいないということだし、もっと言えば私はこういうキャラだって周りが分かってくれてるということでもあるし。

 

 もし無駄に友達がいてしまったら私は、私のためにもならない人間関係維持のための面倒ごとに私の貴重な時間をわざわざ割かなければならない。

 つまり、嫌でも平穏の枠の外に引っ張り出されてしまうということ。平穏な生活を何よりも望む私にとって、それはすごくすごくすごーく嫌なこと。

 だからこの高校3年間も、ほどほどな人間関係を保ちつつ空気のように卒業したい。そしてここにいる誰もが将来私の事を一切気にかけずにいてもらいたい……そう思っていたんだ。

 

 でも。『ライブハウス(CiRCLE)の手伝いをして来い』という父の呪いは、そんな私の望みさえもたやすく断ち切ってくれやがったのだった。

 

 

 

-※-

 

 

 

 学校での昼休み。

 教室の無駄にやかましくかしましい喧騒から命からがら逃れた私は、静かな場所を求めて図書室に向かうため、廊下を歩いていた。

 

 このあと、私はこの安直な行動をひどく後悔することになる。

 もし私がすぐに廊下に出ていなければ、こんなことにはならかったのに。

 

「ねえ! キミ、『CiRCLE』に最近入ったスタッフの子だよね!? 花咲川の生徒だったんだー……!」

「おい、香澄(かすみ)! いきなり後輩に話しかけるんじゃねぇ! びっくりしてるだろ!?」

 

 真正面。ネコミミとしか形容できない特徴的な髪型をした2年生の先輩にいきなり話しかけられた。そして、その隣にはややくすんだ色の金髪ツインテールの人がネコミミの先輩を抑える。距離感から、おそらくこの2人は同級生なんだと思った。

 

 それに2人とも、この前ライブハウスで見た顔だ。

 そう言えばここの制服だったな……あー……。

 

 私は失念していた。完全に失念していた。

 ああ、そういうことも起こってしまう訳かぁ……!

 

「だ、大丈夫ですよ。はい、私が――」

 

 そして、店の外とはいえ、学校という環境の違いがあるとはいえ……ライブハウスのお客さんであることには変わりがないのだから、『嫌われたくないから』と嫌な感情を向け切れず無難に応対してしまう私。

 無駄に営業スマイルを使ってしまう。ライブハウスのスタッフという立場が私の行動を強制してくる。

 

 ああ、命運は決した。私はもうモブではいられない。

 だって、青春ロードをガンガン突っ走っているようなバンドの人間と、しかもよりによって非日常が大好物だって全身にくまなく書いてあるような人間と……ハッキリとした関わりを持ってしまったのだから。

 

 

 ネコミミの先輩の作った流れに乗せられてしまい、それなりの時間を会話に費やしてしまい、連絡先まで交換してしまい……何だかんだで私と仲良さげになってしまった2人の先輩方と別れた。

 

 会話の余韻がすっと引いた。――一体全体、何をやってるんだ私はーっ!

 

 図書室についた……本もとらずに席につくと、私は文字通り頭を抱えてうずくまった。

 もし私がライブハウスのオーナーの娘じゃなかったなら、今頃普通を満喫出来てたんだろうな……。

 

 普通に生きたい。たったそれだけの願いすら、叶わないとか。ほんと。

 

紺屋(こんや)の家に生まれなきゃよかった……」

 

 この世界は、神様は、私に優しくない……!

 

 

 

-※-

 

 

 

 あの後の学校は何事もなく普通に終わってくれた。が、この後が普通に終わるなんてことが保証された訳なんかじゃない。

 私の手伝い先、ライブハウス『CiRCLE』。その場所に行かなければいけない限り、私は『青春』の嵐の洗礼を受けなければいけなかった。

 

 そして。

 

「いらっしゃいませ――」

「やっほー!」

 

 やはり、と言うべきか。手を振って親し気に挨拶してくるのは、あの時ばったり会ってしまった2年生のネコミミの先輩。背中にギターケースを背負っている。

 

「えっと……戸山(とやま)さん、ですね」

「香澄でいいよー」

 

 この先輩の名前は戸山香澄と言うのだが……とにかく人との距離の詰め方がもの凄い。ごくまれに見るような人間。当然私とは正反対の人種で……関われば関わるほど私自身のことが嫌になるような、そんな気がする。

 だから私はささやかな抵抗をした。ここのスタッフとしても理にかなっている行動を取ることによって。

 

「……3番スタジオ、時間は今から18時までです」

「冷たいなーもー」

「……わ、私はCiRCLEのスタッフとしてお仕事中なのでっ! だから……プライベートな会話はまた後で、お願いします……っ」

 

 私はこの先輩から距離を置こうとした。

 でも……こんなみみっちい抵抗じゃ、この先輩が私を離してくれるわけがなくって。

 

「じゃあ終わったら色々話そー!」

「ええっ!? 私が上がるのは21時ですよ……?」

「えー、じゃあ約束! 明日お昼休み中庭ね! 一緒にご飯食べよ?」

 

 押しの強すぎるにも程がありすぎる、戸山先輩の圧倒的強力な提案。

 そんな提案に、自己主張と意志が極めて脆弱な私に抵抗なんて出来るわけもなく。

 

「……分かり、ました」

 

 気が付けば、約束をされてしまっていた。

 

「あー……まずいな、これ……」

 

 戸山先輩たちがスタジオに向かった後、私は頭を抱えたくなった。

 何で私は、こういうのを断りきれないのだろう。

 ……いや、違う。今回に関しては――戸山先輩の雰囲気が、何というか、『そんな感じ』だったからで。上手く言えないけど。

 

 だから、実質不可抗力。そうだ、今回に関してはもはや抗いようのなかったイベントだったのだ。とにかく、そういうことにしておこう。

 じゃないと、意志の弱い私への嫌悪感で、私自身が持たないから……!


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