自己評価の超低い、内面ひねくれまくってる癖して外面は気弱な女子がCiRCLEスタッフをさせられる話   作:#NkY

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第5話 意味の分からない二文字が、私を苦しめる

「『本気』って、何……?」

 

 今まで意識もしていなかった言葉、意識して私から遠ざけていた言葉が頭の中をぐるぐると回る。

 『本気』だとか『真剣』だとか『頑張る』だとか、そうやって意識したところで……元々の能力が足りなかったりとか、運がなかったりとかで結果が結びつかなかったら本当に(むな)しいだけ。

 

 本当に。本当に空しかったし……。

 

 私はそうなるのが怖い。だから逃げて逃げて逃げ続けるんだ。『本気』という概念から。

 

 ……あれ。そもそも何で、私……真面目に考えこんじゃってるの?

 

『もし、やるんだとしたら『本気』でやって』

 

 昨日に言われたばかりの美竹さんの言葉が、身体の内側から響いてくる。私の目を射ってきた紅の瞳が今でも脳裏から見つめ続けてくる。

 首をややきつめの力でじわじわと締め付けられるような苦しさ。……あの時私は、あんなに強い意志を向けられていたのか。

 

 それを私は敏感に感じ取って、私らしくもない考えを彼女から刷り込まれて……まるでそれをプログラミングされたロボットのように、動かされてしまっている……?

 

 ミシリ。

 

「っ……!」

 

 右肩が不意に痛んで、思わずうずくまってしまう。この期に及んで、あの黒歴史はまだ私を――!

 

「千夜ちゃん、どうしたの!?」

「あ……っ」

 

 たとえどんな人間にも見られたくなかった場面。私の唾棄すべき急所。

 しかし……何という不運か、偶然通りかかった戸山先輩が心配そうに見つめていた。

 考えうる中で、一番見られたくなかった人間。

 

「……な、なんでもない、ですっ」

「何でもなくないでしょ?」

「っ……」

「だって、ひどい顔してる」

 

 眉をハの字に曲げてくれている。こんな私のために。私の下らなさすぎる黒歴史ごときに起因するしょうもない発作のため、だけに。

 私はその事実が耐えられない。私らしくもなく、早口でまくし立てた。

 

「えっと……今の事、内緒にしてもらえますか」

「えっ?」

「私は大丈夫ですから。今までこんなことたくさんありましたし、実際今までなんとかなってますし……だから、心配は無用なんです」

 

 でも、戸山先輩は全く動じることもなくにこりと笑って。

 

「そっか。それなら……これは私からのプレゼントってことで」

 

 私がどう答えても元から手渡す予定だったのだろう。戸山先輩はどこからか一枚の紙きれを取り出し、私に手渡してきた。

 

「これって……」

「そう、ライブのチケット。私たちは出ないんだけど、今度知り合いがライブをするからって貰ったんだ。ちょっと急だけど」

 

 見る限りここではない別のライブハウスのチケットだった。出演するのは8バンドだが、規模自体は小さめらしい。

 一応私はライブハウスの手伝いをしている。たとえ動機がひどく後ろ向きなものであろうと手伝いは手伝い、ライブハウスの顔。いざ私が演出等をやるとして……いや、たとえやらなくても、実際にライブイベントの空気感を味わっておくのは絶対に必要なことだろう。

 

 だから、私がライブイベントに行くこと自体は嫌ではないのだ。行くことを渋る理由は別にある。

 

「でも、明日の夜って……私、ここに来て手伝いをしなければいけないんです」

 

 しかし、その問題はあっという間に解消されてしまうことになる。

 

「いいよ、千夜ちゃん。行っておいで」

「月島さん、聞いていたんですか……?」

 

 いつの間にかそばにいた月島さんにOKを貰ってしまった。

 

「今度のライブイベントのこととか、あとは私の知らないこととか……色々悩んでいるみたいだったから。そういう時は何か刺激を得てみるのもいいと思うよ」

 

 今まで自覚はなかったけれど……もしかしたら私って、分かりやすいんだろうか。私の思っていることとか本質だったりとか、結構色んな人に見抜かれてる気がする。

 けれど、それだと今度は月島さんの負担が大きくなってしまう。

 

「でも……」

「それじゃあ私と一緒に行こう?」

 

 違うの、戸山先輩。そういうんじゃなくて、私は……。

 

「いいね。香澄ちゃんと一緒ならもっと楽しいと思うよ? 行ってみたらどう? ……私なら、大丈夫だから」

 

 月島さんがニッと笑って、渋る私の背中を押してきた。

 まるで私が月島さんの言葉を欲しいと思ってしまっているよう。ああ……私、本当に甘えてる。

 

「……はい。行きましょう」

「ホントに!? やった、みんなきっと喜んでくれるよ!」

 

 私ごとき一人で。

 私ごとき一人で、喜んでくれるの……?

 

 わっと湧き出た疑問が胸の中で渦巻いているというのに、戸山先輩の勢いに押されて中途半端にうなずいてしまった。

 自己嫌悪。ああ、いつもの。

 

 でも、私はもう流されるしかないんだろう。私が今までそうしてきたように……戸山先輩と月島さんが作った流れに流されて、ライブハウスに行くほかないんだろう。

 

 だって、こんな失敗人生を送り続けている私に抵抗する力なんて……あるわけないじゃない……。


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