【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件
宇宙暦728 フォルセティ会戦
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業
宇宙暦738 ファイアザード会戦
宇宙暦742 ドラゴニア会戦
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生
宇宙暦788 老提督との邂逅 ←ここ
宇宙暦788年 帝国暦479年 10月末
惑星テルヌーゼン ローザス邸
アルフレッド・ローザス
「......ちゃん。......お爺ちゃん起きて」
「うーむ.....」
「ウェンリーさんはダスティが送って行ってくれたわ。お腹はすいてる?一応いつものチーズの盛り合わせと生ハムクラッカーは用意してあるけど.....」
「すまないなレイチェル。いつの間にか眠ってしまったようだ。いつもありがとう。後は自分でやれるから大丈夫だ」
「分かったわ。大学のレポートの仕上げをしなくっちゃ。部屋にいるから何かあったら声をかけてね」
「ありがとう。私の方は大丈夫だから、ちゃんとレポートに集中しなさい」
『は~い』と明るい声で応じたレイチェルは、そのまま居間を出て行った。軽やかに階段を昇っていく音がかすかに聞こえる。孫ながら明るく面倒見の良い、そして何より優しい娘に育ってくれた。窓の外に視線を向けるとすっかり夜が更けている。時計を見ると20時過ぎ。仮眠と言うには長く眠ってしまったようだ。
「ブルース・アッシュビー......。なぜ私ではなく、おまえさんがあの時死んだのか?自信満々で死ぬ気配すら感じさせなかった君が先に死んだことで、皆がどれだけ迷惑したか.....」
ヤン少佐と語り合って忘れかけていた思い出のいくつかが蘇った。そのいくつかは、正直私の古傷をえぐるような痛みを伴う。『軍人なんて因果な商売だ。一日も早く退役したいものだ』そうボヤいていたのはカークだったか。確かに因果な商売だ。
余人は気にし過ぎだと言うかもしれないが、第二次ティアマト会戦でブルースが戦死し、なぜか私が生き残ってしまった事は、呪いの様に戦後の私に付きまとった。
『あの野郎は最後まで俺達に宿題を押し付けたな。軍人も因果な商売だが、それに輪をかけて真っ黒なのが政治家だ。だが、ここで怠けて奴にしたり顔で小言を言われるのも癪だ。アルフレッド、もう少しばかり奴に恩を着せてやろう。先にあの世で宜しくやっているあいつに貸しをたくさん作ってどうせならでかい顔をしてやろうじゃないか』
第二次ティアマト会戦後に、次長から昇格して統合作戦本部長になり、2年で防衛体制の構築を終えたターナーはそう言って政界に転出した。後任には次長職を勤めていたファンを指名した。ブルース亡き後の宇宙艦隊司令長官にはフレデリックがその任に当たった。私は総参謀長として20年彼とコンビを組み、54歳で名目上は早期退役した。
『ブルースと似た欠点が俺にもあるからな。アルフレッドが総参謀長でいてくれたおかげで、司令長官の任も大過なく務められた。本当なら60まで踏ん張ってもらいたかったが、いい加減子守から卒業したいか.....』
早期退役を依願した時、苦笑しながらフレデリックはそう応じて受け入れてくれた。少年の頃から彼の事は知っていた。貴公子然とした風貌、快活な性格。人の輪の中心にいるべき人物だった。ブルースと比べれば多少の独善性など可愛いものだ。畏敬の対象に近かったブルースとは違い、彼は兵士たちから愛された司令長官だった。
『どうせならお前さんもこっちに来ないか?軍と違って政治の世界では上意下達が成立せんのだ。悪い事にそんなのでも市民の代表だから形式上は無視もできん。なんなら党幹事長の椅子を用意するぞ?お前さん悪ガキの相手は得意だろ?』
早期退役の報告を兼ねて訪れた国防委員長のオフィスで冗談のようにウォリスは言ったが目は本気だった。この頃にはカークが財務委員長、ジョンが法秩序委員として君臨していた。軍も外野から見れば730年マフィアが押さえていた。
大多数の市民は私達の成果を喜んでいたが、『730年マフィアによる寡頭制だ』という批判は常に存在した。何かと失言をクローズアップされたウォリスは、あの頃には政界を疎みだしていたのかもしれない。
『アルフレッドもついに子守から解放されるか......。長年負担をかけてすまなかったな。ウォリス辺りから既に言われているだろうが、俺としてもアルフレッドには政界に来てもらいたい。だが、いい加減子守ではなく、孫の相手をしたい時期だろうな』
苦笑しながらジョンはそう応じた。23年も総参謀長を勤めた私は、おそらく破られる事のない在任記録を残した。あの戦いの後の20年は国防体制を盤石なものとする日々だった。それに目途がついた時、もう肩の荷を下ろして後進に席を譲るべきだと思ったのも事実だ。
士官学校まではジョンがブルースの緩衝材役だった。私の気持ちを一番理解していたのはもしかしたら彼だったのかもしれない。強く慰留はされなかったが、どこか寂し気で切なげな視線だった事はよく覚えている。
『軍からは皆足を洗ってしまう。また寂しくなるな......』
いつもの生真面目な表情を少しだけ緩め、ファンはそう呟いた。ブルースも含め僚友達皆から信頼された彼は、カークが引いたロードマップに少しずつ手を加えながらイゼルローン回廊の封鎖事業と全軍の装備更新を効率よく進めていた。
国防委員会と財務委員会の全面的な協力が得られていたとは言え、どんな事業も実現できなければ絵に描いた餅だ。正規艦隊司令になるまで、カークが旗下に置き続けたのは伊達ではなかった。心無い人々は『ターナー提督の後を引き継いだだけ』などと中傷したが、一見地味な仕事を手抜かりなく、しかも改善し続ける事の大変さを理解していれば、こんな発言はしないだろう。
『他の皆も何かしら打診しているだろうから、更に重なるのは不本意だ。ただ、正直判断に困っているので話だけ聞いてもらいたい。ローザスに統合作戦本部付きのある分室を監督してもらいたい。既に帝国側との情報のやり取りはしていないが、何かと様々な情報を上げてくれていてな。元工作員たちが困る事の無いように気にかけてくれるだけで良いのだが......』
ジークマイスター室長はあの戦いの数年後に肺炎で亡くなった。ウォリスとジョンの当選を知ってからの事だから、同盟の将来を多少は安心した上で旅立たれたと思う。
防衛体制に意識を向けた同盟領内では、軍と司法機関の形質もやや変化した。防諜・破壊活動への対策を共同で行う形に変化した彼らに、無名の市民を名乗って情報提供をする。分室はそんな形に変化していた。既に多くの工作員は現役を退いていたが、気前よく支払われた報酬で身を立てる事に成功していた彼らの何人かは、自分の役目を子弟に継がせるべく教育していた。
分室への哀愁とそんな彼らの義理人情に絆されて、私はファンの打診を受ける事にした。送金をする為にダミー会社として小さな出版社を設立したのはこの後すぐの事だ。
取材費やブッキング手数料など送金名目に困らないから出版社にしたが、活動実績が無いのは問題なので回顧録を執筆した。それがきっかけでノンフィクション作品に贈られるクリアウォーター賞を受賞するのだから世の中は本当に分からない。
『提督、軍としてはこれを機会に元帥号を授与したいと考えています。アッシュビー提督の件を気にされて昇進を辞退されたのは私も理解しています。ただ、生前に元帥号を贈りたいという後進達の想いを汲んで頂けませんか?』
士官学校副校長から正規艦隊司令に転出したアレクが急に押しかけて来たのはこの頃だった。彼の主催するバーベキューパーティーに誘われて顔を出していたから、説得役を押し付けられたのだろう。士官学校の教官になったのも半分くらいは730年マフィアのせいだった。
借りを返さない訳にもいかず、私は二つ返事で了承した。アレクがあんなにホッとした表情をしたのは、サラにプロポーズを受け入れてもらった時以来じゃないだろうか?
『閣下、退役したからにはこの老骨の手助けをして頂きますぞ。現役時代を思い出すのが、年寄りの冷や水も多いですし、何より、国力増進のために頑張る現役世代を支えるのも、われわれ隠居世代の大切なお役目ですからな』
そう言って設立した出版社の一角を自分の事務所の様に使い始めたのがアッテンボロー退役大将だ。彼は退役してから孫達の面倒を見る生活をしていたが、前線に出ていた息子が戦死すると、私達の孫を含めた面々をあつめてキャンプやバーベキューをするようになっていた。自宅に多くの人が出入りするのは孫夫婦の負担になるので、これ幸いと避難先に選ばれた。
星間国家である同盟では、軍人だけでなく多くの父母は家を留守にしがちだ。その寂しさを少しでも和らげたいと言う想いには共感できたから、私も協力は惜しまなかった。こうして曾祖父に連れられてオフィスに出入りし始めたダスティ少年と、祖父に連れられて出入りし始めたレイチェルが婚約するのだから、人と言うのはどこでつながるかわからないものだ。
「さて......。この先の思案は部屋の方が良いか......」
あの戦いの事を想うとき、前もって良かった思い出を振り返る様に意識している。そうしないと『ブルースじゃなく私が死ぬべきだった』という想いに引っ張られて思考がどんどん暗い方向へ進むからだ。
ワイングラスを左手の中指と人差し指で挟み、レイチェルが盛り付けてくれたプレートをその上に乗せる。右手で常飲しているターナー商会のハーフボトルを持つと、私は自室へ向かった。サイドテーブルにワインと肴を置き、ロッキングチェアに腰を下ろす。ボトルの栓を抜き、グラスに注ぎながらウーラント商会のブルーチーズをまず口に含む。
濃厚な香りが口いっぱいに広がり、それを洗い流すように赤ワインを飲む。すると香りが全く別の物となり、少し経つとワインの香りだけが残った。次はファンから紹介されたカマンベールだ。濃厚な舌触りが味覚を楽しませる。それに別れを告げる様にまたワインを口に含む。するとまたさっぱりとしたワインの香りが残る。
「良い奴から先に死ぬか......。ヴィットリオには当てはまるかもしれんが、ブルース、お前さんがそうだとはさすがに思いたくないな。カーク、まさかお前さんが先に逝くとは思わなかった。ブルースの悪口を的確に言う役目はお前さんの物だった。フレデリック、ウォリス、ジョン......それにファン。皆逝ってしまうとはな。遺された身として同盟の行く末を少しでも長く見届けようとは思っているが、そろそろ私にもパーティーの招待状を送ってくれても良いんだぞ.....」
そう呟きながら、私はあの戦いの記憶の扉を再び開けた。
原作では静かに余生を過ごしていたアルフレッドですが、自身が僚友達に及ばないと自己評価していた事も考えると、こういう思考の闇に捕らわれていたんじゃないか?とも思います。では!明日!