カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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章末お約束の老提督との邂逅です。年代がジャンプするのでご留意ください。この話のほとんどは回想シーンです。内容と年代がズレますのでお含みおきください。

     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生
宇宙暦788 老提督との邂逅 ←ここ


第97話 老提督との邂逅:十字架

宇宙暦788年 帝国暦479年 10月末

惑星テルヌーゼン ローザス邸

アルフレッド・ローザス

 

『第13艦隊旗艦長門から入電、第9艦隊の損害多数、再編成はそちらに願いたしとの事です』

 

「アルフレッド、ベルティーニは?」

 

「トラウィスカルバンテクートの反応も消えたようだ。続報を待つ必要があるが、厳しい状況だろう」

 

「そうか......。オペレーター。第8艦隊司令部へ通信を繋いでくれ」

 

ヴィットリオ戦死の報に触れたブルースの表情は、変わらずに自信家のそれのままだったが、右こぶしをぎゅっと握りしめた事を私は見逃さなかった。

 

艦隊司令から司令長官になった時、巨大な責任に少しは大人しくなるかとも思ったが、総参謀長の重責に息をのむ私と違い、お気に入りのおもちゃを与えられた子供の様に精力的に動き始めた。何かと軋轢が増えて気をもんだのも事実だが、結果としてブルースが精力的に動いたことでこの会戦の迎撃態勢が余裕をもって整えられたのも事実だ。

 

「ファン。3個分艦隊も引き抜いて置いて勝手な話だが、カークを孤軍奮闘させる訳にはいかない。右翼に回って第13艦隊の援護に向かってくれ」

 

『承知した。言うまでもない事だが長く持たせるのは厳しいぞ?』

 

「分かっている。乾坤一擲の突撃を必ず実施する。それまで何とか持たせてくれればこちらの勝利だ。頼む」

 

『承知した。では』

 

ファンはそう応じて通信を終えた。

 

「オペレーター、第13艦隊に電信。再編成の件は了解した。第8艦隊をそちらに回す。それと......。元帥への昇進をヴィットリオに越されたな。以上だ」

 

『了解しました。第13艦隊へ電信......。完了しました』

 

「ブルース?」

 

「アルフレッド、今は何も言うな。悼むのは勝ってからでいい。奴も納得するはずだ。だが、どうせなら生きて元帥にしてやりたかった......。いい奴から戦死するってのはどうやら本当の様だな。第9艦隊の再編を急いでくれ」

 

これがブルースなりの、いや730年マフィア流の悼み方なのかもしれなかった。あれはカークの『自分の子供に業績を誇るのは少し痛い奴になりかねない。どうせならお互いの子供に、父親の友人として業績を語ろう』という言葉がきっかけだったか。

 

いつの間にやら先に戦死したら子供たちに何を言われるかわからない。先に死ぬわけにはいかないという風潮が生まれた。粗野に見える外見の影響もあって市民たちはヴィットリオを典型的な猛将タイプだと認識している。だが、大柄でクマのような体格をしながら、その性格も絵本に出てくるクマの様に優しい男だった。

 

「いつも苦労を掛けているメンテナンス部隊の連中にこんなことをさせるのは気が引けるが、いま右翼が崩壊すれば全軍の崩壊につながる。第8、第13艦隊の艦列の後ろにメンテナンス部隊を移動させろ。もう補給のタイミングは無い。彼らにも最後まで貢献してもらう」

 

ブルースの指示で横陣を形成しつつある第8、第13艦隊の後方にメンテナンス部隊の艦列が進んでいく。と同時に戦術モニターの画面からも分かるほど、第13艦隊が2個分艦隊を後方に下げている。この期に及んでさらに戦力を抽出するつもりなのか。ファン程ではないとは言え、基本的に手堅いカークも覚悟を決めたようだ。

 

「オペレーター、第13艦隊に電信。2個分艦隊はありがたく使わせてもらう。それと小細工をしたからうまく活かしてくれ。以上だ」

 

『第13艦隊へ電信......。完了しました』

 

「さて、そろそろ最終幕の開演といこうか」

 

直卒艦隊の後方で艦列を整えた第9艦隊の残存部隊を先頭に、各艦隊から抽出した分艦隊で編成した別動隊が戦線を迂回しながら左翼へ向かう。2個艦隊程度の帝国軍相手に遅滞戦を続けるジョン率いる第11艦隊の後方を通り、帝国軍の別動隊右翼後方から突撃を開始した。

 

「借りを返そうと第9艦隊の連中は張り切っているみたいだな。それにしてもシュタイエルマルクは返信の件も含めてだいぶ冷静な奴だな。そういうタイプはファンだけで十分だ。俺と奴はどうやら友達にはなれんようだ。第11艦隊にシュタイエルマルク艦隊の牽制を命じる。我々は先に進むぞ」

 

帝国軍の別動隊を粉砕した我々は、そのまま帝国軍右翼へ突撃を続ける。右翼で戦列を形成していた艦隊のひとつが、突撃の勢いをいなすように後退しながら艦首をこちらにむけて牽制射撃をかけて来た。

 

まともに突撃に正対すれば撃破されるだけだ。どうせなら右翼全体でそれを行えばこちらの被害も馬鹿にならなかった。だがほとんどの艦隊は正対する同盟軍左翼部隊の攻勢を支える事に気を取られ、無防備に側面を晒したままだ。

 

「どうやら勝ったな。後続にはそのまま左舷方向へ艦列を伸ばし、第13艦隊の右翼部隊との合流を命じろ。このまま包囲殲滅戦へ移行するぞ。あの艦隊はコーゼルか?危機を察知したのは流石だがもう遅い」

 

ブルースが腕組みをしながら戦術モニターに視線を送りつつそう言ったのは、第9艦隊の残存部隊が帝国直卒艦隊の側面に食らいつき、我々が敵右舷後方で艦列を整えて攻撃を開始した時だった。

 

なんとか直卒艦隊の盾になろうとコーゼル艦隊と思しき帝国艦隊が正対していた第8、第13艦隊を無視して援護に来たが、そこは正直に言って死地だ。右舷以外の三方向から攻撃を浴び、見る見るうちに撃ち減らされていく。

 

「左翼の連中も息を吹き返したな。ジョンも良くやってくれた。後は殲滅するだけだ」

 

同盟軍の右翼部隊の戦線ではコーゼル艦隊の抜けた穴を別の帝国艦隊が埋めてはいるが、半分になった艦列を半包囲しつつある。メンテナンス部隊の艦影がむやみに艦列を広げる判断を帝国軍にさせなかったのかもしれない。『毒を食らわば皿まで』ではないが、カークとファンは最後まで薄氷の上を歩き切るつもりのようだ。

 

メンテナンス部隊の艦影が無ければ、帝国軍の左翼艦隊はむしろ突破を狙う位、艦列は薄くなっている。包囲の輪から漏れたシュタイエルマルク艦隊は第11艦隊が正対し、うまく引きはがしている。撃ち漏らしは出た物の、敵戦力の大半を包囲する事が出来つつあった。どうやら我々は賭けに勝てたようだ。

 

「そろそろお開きだな。全軍に降伏勧告の開始を電信。第11艦隊はシュタイエルマルク艦隊の牽制がある。アルフレッド、どこが余力がありそうだ?」

 

「ブルース。どこも奮戦の後だ。余力は無いだろう。牽制を続けている第11艦隊の次に地上基地のあるアンシャルに近いのは第4艦隊だな」

 

「ならジャスパーに頼むか。あいつも後始末はあまり好みじゃない。むしろ喜ぶはずだ」

 

悪だくみをするかのような表情でブルースが応じると、オペレーターが第4艦隊へ電信を始めた。庶子とは言え侯爵家に連なるフレデリックに、貴族の捕虜対応が集中した時期があった。具体的な対応は同じでも、対応する人物が変わるだけで相手が納得するなら、その方が効率的なのは確かだ。

 

だが、悪い意味で門閥貴族的な捕虜だったロイズ伯への対応を最後に、フレデリックはその手の役割を断固拒否する様になった。

 

『うちの爺様が政争に敗れることなく帝国にいたらあんな人物だったのかと思うと、正直ぞっとする。俺は自分の精神衛生の為にも、もうこの手の役目は受けないぞ』

 

高額な身代金と交換で身柄の引き渡しが済んだ後に、彼はそう断言した。身代金の金額から功績と判断され昇進を蹴る代わりに談判してこの条件を勝ち取った。あの時の笑顔は、会戦で快勝した時以上のものだったのが印象に残っている。

 

「ブルース。その件はあまり触れてやるな。フレデリックの数少ない起爆スイッチのひとつだからな」

 

包囲が完成して1時間。直卒艦隊を殲滅された帝国軍に組織的な動きはすでにない。帝国軍の残骸を避けながら降伏勧告をオープンチャンネルで発信していく。交戦不能な艦から山の様に救難信号が発せられている。損傷状況を加味しながら優先順位を付けて各艦隊が対応していく。

 

『残骸の後ろに帝国艦、エネルギー反応あり、攻撃来ます!』

 

『右舷回頭、防御磁場最大出力』

 

救難信号への対応を進めていた時、唐突に艦橋にオペレーターの悲鳴のような叫びと艦長の指示が響いた。

 

『僚艦が対応に動きました。これで安心......。別方向からも反応あり、これは......。レールガンです。直撃コース』

 

『総員伏せろ!』

 

その声と共に艦が大きく揺れ、艦橋は爆発に包まれた。床に額を叩きつけられた私は、額からの出血で右目の視界を失いつつも顔を上げブルースの安否を確認する。

 

「アルフレッド、出血がひどいぞ。そのまま安静にしておけ」

 

司令席に手を突きながらブルースが声をかけてくる。どうやら無傷の様だ。

 

「ブルース......。二次災害があるかもしれん。まだ伏せていてくれ」

 

「何を言う。誰かが対応の指揮をとらないとな。お前さんには迷惑をかけ続けて来た。最後の大会戦でこれまでの.....」

 

その時、もう一度艦橋に爆発が起き、周囲は煙に包まれた。

 

「まったく、近頃の戦争は質が悪くなった......。ヴィットリオの次は俺か......。もう少し順番は後だと思っていたが.....」

 

出血している額の右側を押さえながら私は立ち上がり、ブルースに視線を向けると、爆発で飛来したセラミック片に腹部を貫かれた彼は血だまりの中に横たわっていた。

 

「ブルース!」

 

「アルフレッド、どうやら俺はここまでだ。皆に後を頼むと......。それとルシンダに子供たちを頼むと.....」

 

「ブルース!ブルース!衛生兵はいないか?衛生兵!」

 

難治とされてきた多くの病を人類は克服してきたが、残念ながら出血性ショックを瞬間的に治癒させる手段を、人類は獲得するには至っていない。あわてて駆けつけて来た衛生兵に出来た事は、ブルースの死亡確認だけだった。私はその場で総旗艦ハードラックが通信設備に損害を受けた事とし、戦後処理の主導を第13艦隊に依頼する旨を電信させた。

 

カークは統合作戦本部次長でもあった。指揮系統の受け渡し先の最上位でもあったし、何よりブルースの戦死の報が、同盟軍の捕虜への対応を過激なものにする可能性を考えての判断だった。重傷者用の冷凍カプセルにブルースの遺体を収容し終えた時、もしかしたら最初に考えたのかもしれない。

 

『私が死ぬべきだった......。』と......。

 

僚友達も少なからず同じことを考えていたのだろうか?少なくともあれから40年以上の月日が流れたが、私なりに誠実に、精一杯生きて来た。ブルースの死に対する贖罪だったのかは分からない。僚友達の内心も分からない。ただ、自分が生き残ってしまったという重たい十字架の様な物を背負ったことは分かっていた。

 

司令長官を死なせてしまった私は、元帥号を固辞して受けず、大将のまま総参謀長の任を続けた。本心は退役したかったが、後を直接託された者の責任として、それは許されないようにも思ったのだ。

 

回想の海から浮かび上がった私は、ロッキングチェアを少し揺らして気を落ち着ける。回想の合間に飲んでいたワインの瓶は既に空だ。私は立ち上がり、チェストに二段目にしまってある『ジークマイスター』の瓶と大き目のグラスを取り出した。

 

グラスの半分まで注ぎ、口元に運んで飲む。芳醇なブレンデッドウイスキー特有の香りが鼻に抜けると共に、強いアルコールの刺激が喉を襲う。だが、若い酒とは違ってどこか優しい刺激だ。

 

『酒はある意味女性に似てるな。若いのも勿論魅力的だ。だが棘があったり火傷をしたりする。年を経て成熟すれば、魅力は色あせないが優しく包み込んでくれるようになる。まぁ、半分は男性の願望かもしれんがな......』

 

『ジークマイスター』を売り出す前に、僚友達を始め親しい人にこの酒を贈ったカークは、『ジークマイスター』の味をそう評した。その際、ふと室長が同盟に生まれていたらどんな関係になっただろうかとも考えた。

 

30年近い年の差があった室長と私達は、彼にとっては部下と言うより子供や弟子のような存在だったと思う。相談はいつでも歓迎してくれたが、方向性を示すだけで手段はフリーハンドな事が多かった。そして親の様にすこし高みからこちらを見守ってくれた。そう思うと、案外、カークの評も的を得ていたのかもしれない。

 

「レイチェルの式まではとも思っているが、私もそろそろそちらに行きたいものだ。室長も仲間に引き込んで楽しくやっているんだろうな。お前さんたちは.....」

 

室長も交えて最後に僚友達と撮った写真に視線を向けながら私は本心を吐露した。背負った十字架を考えれば最後まで生きるべきだと判っている。だが、もうよいのではないか?そんな気持ちになるのもまた事実なのだ。

 

空になったロックグラスに『ジークマイスター』を注ぎ直し、一気に煽る。そのままロッキングチェアに身をゆだね、私は意識を手放した。




ローザスの回想シーンでした。ブルースの生死に関しては早い段階で決めていました。ラインハルト同様、嵐のように生きて急に去っていくところは変えたくはありませんでした。
今作では730年マフィアの関係性はかなり良好ですが、関係性が崩壊しかけていた原作でも、宇宙艦隊司令長官を死なせてしまった総参謀長という十字架はその後のアルフレッドに取って重たくのしかかったのかなとも思います。では!明日!

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