カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 ミヒャールゼン提督暗殺事件?
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成?
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生
宇宙暦786 カーク・ターナー没
宇宙暦787 帝国フェザーンへ進駐
宇宙暦788 ウルヴァシーの奇跡
老大佐との邂逅 ←ここ


第100話 老大佐との邂逅:出会い

宇宙暦789年 帝国暦480年 2月初頭

惑星エコニア 宇宙港第2ターミナル

ワルター・フォン・シェーンコップ(少佐)

 

「それにしても自らお出迎えなさる必要があったのですか?ウルヴァシーの英雄とは言え、まだ任官して3年目の若者でしょうに。大佐の御歳で腰が軽いのは結構ですが、些か軽すぎる気も致しますな」

 

「ワルター。別にお前さんについてこいとは言わなんだろう?彼の父君にはエコニアにも多額の投資をしてもらっている。それにお前さんが起案した『薔薇の騎士大隊』の設立にも何かと協力もし、寄付もしてくれた。そして何より恩人が孫の様に可愛がった人物だ。自身で出迎えるのがむしろ礼儀というものだよ」

 

「またターナー財務委員長ですな。大佐のターナー好きはよく存じておりますが、ここまでくると筋金入りですな」

 

「ワルター。お前さんも名前だけとは言え騎士爵をもつのだからこれだけは覚えておけ。貸しは忘れても借りは忘れてはならん。亡命子弟たちが同盟市民と変わらぬ教育を受けられたのは、彼とファン元帥がなにかと地方星系の事を気にかけ、開発事業を後押ししてくれたり、個人的に育英基金を設立してくれたおかげでもある。まぁ半分は彼の生まれ故郷の発展ぶりを、孫同様の存在だったヤン少佐に観てもらいたいという気持ちもあって指名までしたのだ。それも含めれば当然の事だ」

 

やれやれ、幼い頃から何かとこの爺様には世話になった。貴族同士の利権争いに敗れ、共和主義者のレッテルを張られて祖父母が俺を連れて同盟に亡命したのが19年前。

 

騎士爵は持っていたが宮内省の役人しかしたことのない祖父が、なんとか自治組織の経理職に就けたのも、祖母がマナー講師の真似事で収入を得られたのも、エコニアが経済成長を続けていたからこそだ。そう言う意味では中央政府と太いパイプをいつの間にか作り、様々な開発事業の予算をもぎ取った目の前の大佐にこそ、俺は多大な恩があるんだが......。

 

「ターナー家の方でももてなしの準備をしているそうだ。人となりを聞く限り、そこまで社交性がある訳でもなさそうだが、お前さんの我儘でこんな時期に後任を押し付けるのだ。場繋ぎも含めてしっかり引き継ぎを行うようにな。もう決まった事だから何も言いたくないが、カリンもまだ5歳だ。フェザーン侵攻作戦に志願する必要などあるまいに.....」

 

「引き継いでの件は謹んで承ります。お言葉ですが、カリンも物心がつきはじめまして。憧れの父親が後方でのんびりしていたら思春期に何を言われるかわかりませんからな。ローザも賛成してくれました。それに我々新亡命派も税金だけでなく戦功をあげておかないと、後々面倒なことになりそうなのも事実ですから」

 

19年前に亡命手続きを対応してくれた高等弁務官府の職員は、親切な男性だった。同盟の状況を全く知らない祖父母に、転住先の検討にあたって国内の状況を分かりやすく説明してくれた。

 

先帝であるオトフリート5世の後継者を巡る兄弟争いは、結果として期待されていなかったために後援者が得られなかったフリードリッヒ4世が即位された。長男と末弟を担いだ400家近い門閥貴族が連座しておとり潰しになった。

 

極刑を免れた多くの関係者が亡命し同盟に流れこんだ。シロンを中心とした亡命派の惑星は経済的にも発展はしていたが、高位爵位持ちが多数流入した事で地方自治の体制に揺らぎが起きていた。

 

『今、亡命派に転入してもあまり良い顔はされないでしょう。それよりも地方星系の方をお勧めします。捕虜から帰化された方々も活躍されていますし、実務経験がある方は一人でも欲しいはずです。それに帝国風の文化が根付いていますから、マナー講師としてのご婦人の教養も活かせると思いますよ』

 

金髪にエメラルドの瞳という特徴だけは覚えていたが、それがヴェルナー提督だと知るのは大分後の事になる。彼が率いる第2艦隊もフェザーン侵攻作戦に動員される予定だ。恩を返す意味でも参加したかったのが内心だった。

 

そう言う意味では俺も親ターナー派だ。大佐の事は笑えないな。中央政府が捕虜の帰化政策を推し進めた事もあり、持ち込んだ資産で開発を進めた亡命派と異なり、新亡命派は中央政府と二人三脚で開発を進めて来た。新参者でありながら中央との結びつきが深く、保守系政党の大票田なのが特徴だ。

 

ターナー元帥の生家であるターナー家は、今ではエコニア屈指の大農場を経営している。雇った労働者の状況に応じて勤務体系を調整したり、保育園と広々とした学習室を完備し、初等学校との直通バスまで用意して子育て支援に積極的な企業として有名で、エコニアの就職先ランキングでは、井上商会と毎年首位を争う企業でもある。彼の父親であるタイロン氏との関係も良好だし、その息子が赴任するとなればなにかと歓待したいのが本音だろう。

 

「こういう話ができる時間もあまりないでしょう。フェザーン侵攻作戦後、政府はフェザーン国民への対応をどうされると思います?」

 

「うむ。虐殺する訳にもいかんだろうが、自治領主府が行ったことへの責任が皆無と言う訳でもあるまい?亡命申請の停止解除を行えば保守系の票を失う事は分かっているはずだ。一応私見は伝手を使って上申はしたがな」

 

「憂国党がなりふり構わずに国民を含めたフェザーン併合を唱えていますが?」

 

「何が憂国党だ。あれがしている事は傾国か売国だ。交易の出来なくなったフェザーンなど、防衛拠点としての価値しかない。20億人の国民も、そのほとんどが金融・交易で生計を立てている。

 

彼らを受け入れれば同盟の金融業界が連中に乗っ取られかねんし、星間物流が整った同盟領内に商船乗りを億人単位で受け入れる余地はない。失業者をそんなに抱えれば財政の悪化は免れないからな。まぁ、方々に手を打っているから、お前さんがフェザーンで不本意な想いをするような事にはならんと思うがな」

 

きな臭くなってきたのはフェザーン派とよばれる新しい派閥ができた事に端を発する。彼らの主張は同盟の国力が帝国を上回った今こそ、フェザーンを併合してそのまま全面衝突を行うと言う物だ。

 

主張の威勢のよさから一部の支持を集めてはいるが、フェザーン経由の不明瞭な政治献金の流れ、党首と最近売り出し中の若手の徴兵逃れが暴露され、市民たちの支持は得られずにいる。新亡命派は手厚い対応を受けた事で軍への志願者も多い。だが、戦功をあげたと胸を張れる実績を作っておく必要性を、俺達の世代では感じていた。

 

「お前さん達を見ていると、愛国心と言う物は教育だけでなく、一定以上の生活水準と明るい未来が養うものだと実感するな。バーラト星系の市民がみたらさぞかし驚くだろう」

 

「そんなつもりはないのですが.....」

 

軍人になったのは若年で安定した収入を得られる手段だった事が大きい。士官学校に合格はしたが、お迎えが近い祖父母から離れるのも気が引けた。今では直行便で一週間のウルヴァシーに士官学校が出来たが、当時はまだテルヌーゼンにしかなかったしな。

 

ただ、大佐の言ったことも一理あるのかもしれない。捕虜から帰化した市民の子弟が、本人の努力次第で名門とされる記念大や自治大、そして士官学校に入学できるのだ。帝国で言えば、平民の子供が貴族向けの名門校に通えるって所か?そんな事はあり得ないだろうし、今の恵まれた環境を守りたいからこそ、俺を含めて新亡命派の若者が志願している側面はあるかもしれないな。

 

「そろそろ予定時刻だな。ゲートに向かうとするか」

 

大佐のその言を受けて運転席から飛び出して後部座席のドアを開ける。スーツをキレイに着こなし杖を持つ大佐は、老俳優のような味のある雰囲気を醸し出している。この杖はウォーリック元帥が使ったものと同じモデルで、膝が痛むようになったと聞きつけたターナー元帥から贈られたものだ。明言はしないが、いつも持ち歩いている辺り、お気に入りの品なのだろう。

 

高齢にもかかわらず背筋を伸ばしてスタスタとゲートに向かっていく大佐の後に続く。祖父もそうだったが、ご老人方はせっかちでいけない。まだ時間に余裕はあるし、上役を待たせたとなるとヤン少佐も赴任早々気を使うだろうに......。10分ばかりゲート付近のロビーで待機すると、予定の便が到着したのだろう。ゲート付近に人混みが出来始めた。

 

「ワルター、あの黒髪で長身の男性がお前さんの後任じゃ。声をかけてこい」

 

大佐の視線の先には、誰かを探すように視線を左右に向ける黒髪の青年の姿があった。指示にはすぐに従わないとまた小言を言われるからな。足早に黒髪の青年の元へ向かう。

 

「ヤン少佐ですな?お迎えに上がりました。シェーンコップ少佐です」

 

「ヤン・ウェンリーです。どうぞよろしく」

 

敬礼ではなくベレー帽をとりペコリと頭を下げるあたり、彼もウルヴァシーの空気に慣れた口らしい。それとも軍人志望ではもともと無かったのか?そう考えれば軍人にしては細い体格も何となく理解できる。

 

「ヤン少佐、我らの上役は大分せっかちでしてな。あちらでお待ちですのでご同行頂けますかな?」

 

そう言って大佐の方へ視線を向ける。彼も顔を知っていたのだろう、マイペースな印象の後任が慌てる様子に、悪いとは思ったが苦笑してしまった。上役との挨拶が終わると、エコニアに赴任した士官が行う最初の定例行事だ。郊外の小高い丘の上にある墓地へ向かう。

 

「コーゼル提督のお墓参りですか。それは光栄です。あの人の話でもよく出てきましたからね。平民でありながら初めて正規艦隊司令、大将まで昇進された方だと。彼がこちら側に生まれていれば、軍人なんて因果な商売に手をささずに済んだと何度か聞かされました」

 

「ヤン少佐は彼の事をあの人と呼ぶのだね?」

 

「そうですね......。言葉にするのは難しいのです。祖父のような存在ではありましたが、血縁関係はありません。過ごした時間は印象的でどれも記憶に残っているのです。ただ、人付き合いが苦手な私にとって、あの人はまぶしすぎたと言うか.....」

 

「うん。ターナー元帥の評は色々聞いて来たが、『まぶしすぎる』か......。妙な納得感があるな。初めて面識を得たのはコーゼル提督のご遺体を冷凍カプセルに移す時だった。わざわざ元帥自ら手を貸して下さった。

 

そして先ほど少佐が言ったような事を儂も聞かされた。本来なら上官の仇の一人だった訳で憎むべき存在なのだが、不思議とそんな感情は抱かなかった。敵と見るにはまぶしすぎたのかもしれんな」

 

後部座席の会話を聞きながら、車を墓地へと進める。俺が転入した頃はまだ導入されていなかったが、この数年でエコニアでも自動運転システムが完備された。ハンドルを握るのが好きな俺にとっては味気ない気もするが、これも経済発展の証なのだと無理やり自分を納得させている。

 

墓地の駐車場に車をとめ、石畳を歩いてコーゼル提督のお墓へ向かう。遠めにみえてきた提督のお墓には、たくさんの献花がすでに見て取れた。あるものは亡くした人の安眠を、ある人は子弟の成功を、ある人は夫や恋人の安全を願い、自家のお墓参りと一緒に提督の墓に献花する。

 

武人だったはずの提督からすれば、戦地での安全には多少の見識はあるだろうが、それ以外は門外漢だろう。恩人の恩人と言う妙な関係の提督が、あの世で困惑する様子が目に浮かび、俺は大佐に隠れて苦笑した。妻であるローザが娘のカリンをつれて、毎週祖父母の墓参りの後に、俺の無事を願って献花していた事を知るのは大分先の事になる。




同盟視点でシェーンコップを出さない判断もないので、ここで登場してもらいました。原作では亡命者に対する冷たい扱いがシェーンコップ少年の心を抉る訳ですが、誰かさんの介入で亡命者対応は基本丁寧に改められてますからね。では!明日!

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