カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 ミヒャールゼン提督暗殺事件?
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成?
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生
宇宙暦786 カーク・ターナー没
宇宙暦787 帝国フェザーンへ進駐
宇宙暦788 ウルヴァシーの奇跡
老大佐との邂逅 ←ここ


第101話 老大佐との邂逅:心残り

宇宙暦789年 帝国暦480年 2月初頭

惑星エコニア 星系自治本部

ヤン・ウェンリー(少佐)

 

「改めてになりますが、星系警備本部参事官を拝命しました。ヤン・ウェンリーです。宜しくお願いします」

 

「ご丁寧なあいさつ痛み入る。クリストフ・フォン・ケーフェンヒラーだ。星系自治本部の補佐役に、名誉収容所所長と言う妙な役職を拝命しておる。もう知らぬ仲ではないのだ。そう堅くなる必要もあるまい。掛けてくれ」

 

知己を得たばかりの年長者に着席を促され、オフィスの一角に設えられたソファーに腰を下ろす。亡命系の製品とは一味違う趣があり、デザイン面では素朴な印象を受けたが座り心地は上々だ。

 

洗練されたデザインが特徴のバーラト系、貴族向けの為、本格派な亡命系とはまた違う趣も不思議な味がある。帝国平民風の独自文化が形成されつつあるという先輩の話を、肌で感じる思いがした。

 

「ヤン商会にお願いしている星間物流にこのソファーも便乗しているぞ。マフィアの面々の協力もあってな、最近の大企業では応接室を商談相手ごとに分ける流れが出来たそうだ。バーラト風、亡命風、そして新亡命風とな。売れ筋はもう少し細工を施したものだが、座り心地は変らんはずだ」

 

「造詣が深い訳ではないんですが、不思議な味がありますね。バーラト系のデザイン重視で色合いも鮮やかなと所は見るには良いですが常用するのは気が引けます。かと言って、亡命派の物は本格的過ぎて主人役にそれなりの貫禄を求める様に思います。それと比べると、落ち着きがありますしそこまで本格的でもない。丁度良い感じでしょうか?」

 

「うむ。表現にはまだまだ改善の余地がありそうだが、物を見る目は確かなようだな。経済成長は続いていたとは言え、帰化した捕虜たちには本格的な亡命派のソファーは高過ぎ、バーラト系のものはデザイン的過ぎた。安価で落ち着けるものを......。と帰化した捕虜の中で家具職人だった者たちが声をかけあって工房を立ち上げたのが20年前だ。

 

井上商会も出光商会も出資してくれたし、君の言うあの人も、もちろんタイロン氏も二つ返事で出資してくれた。帝国時代は何かと予算に泣かされた。それはこちらに来てからも変わらなかったが、幸運なことに話の分かる上司と、事業計画さえ精査してあれば気持ちよく出資してくれる友人に恵まれた。時には激論を交えた事もあったが、今思えば捕虜という身分には勿体ない程、充実した日々だったな」

 

遠い目をしながら少し苦笑する大佐は、一見すればスーツを着こなし、年相応の貫禄も備え町の名士といった雰囲気を備えている。何度も帰化を促されながらそれを固辞し、困った地方自治体の懇願もあって名誉収容所所長、大佐、星系自治体の補佐役という役目を押し付けられた。

 

固辞したのは亡くなられたコーゼル提督への義理立てなのか?男爵家嫡男としての責任からなのかは分からない。だが、本当に世捨て人になるには大佐も若かっただろう。それにやりがいのある仕事と言うのは不思議な魔力がある。帝国時代に予算を理由に却下されていた大佐のアイデアの多くが、同盟で予算がついて形になり、星系の発展に大きな貢献をした。

 

その結果、マフィアを始め、多くの事業家たちに名を知られる事になり、出資の仲介まで行うようになった。自分が介在する事で経済成長が促進され、その成果を日々目に出来る生活。本当なら帝国でそうありたかったかもしれないが、それでも充実した日々だった事は確かだろう。

 

「捕虜に分不相応な官舎まで割り当てられたが、このオフィスは警備が付くのでな。私物なのだが個人的に貴重なものはここに置いている。何かと方々へ出向く機会も多くてな。一か月近く官舎を留守にすることも多かった。今では配達先もこちらになっているほどだ。警備主任は黙認してくれてはいるがね」

 

「当然の事でしょう。長期間留守にするお部屋に置いておくには貴重な書籍が多数あります。帝国の物もあるようですし、私の様な歴史に興味がある人間には、このオフィスは宝の山ですから」

 

「うむ。出光商会やヤン商会はフェザーンとの伝手もあったのでな。書籍の取り寄せに骨を折ってもらったものだ。あんなことがあってフェザーンとの交易は停止してしまったが、それだけに貴重なものも多い。私の身に何かあった時は、星系図書館に寄贈する手筈になっている。貴重なものは司書たちが分類して、評議会図書館に移してくれるだろう」

 

士官学校時代に戦史研究科の廃止に伴い関連書籍の移設先の目録作成を名目に書籍を読み漁った私からすれば、帝国の書籍の希少価値は一目瞭然だ。あちら側の公式見解や価値観を知る意味でも、書籍によっては貴重の一言では表せない価値がある物も、数点見受けられた。

 

「ローザス提督の回顧録ですが......。私も何回も読ませていただきました」

 

「知己があったのでな。事前に予約させてもらったし、本人のサイン入りの初版ものだ。著者はサインなどいやがったそうだが、ターナー元帥に押し切られたらしくてな。初版の予約分にのみ彼の直筆サインが入っている。彼の死は私にとっても急な事で驚いた。弔問に訪れるのは少し違う気がしたので弔電を送らせてもらったが.....」

 

「亡くなる直前にお話を聞く機会があったのです。楽し気に僚友達の話をされてお元気そうでしたから、私も寝耳に水の話でした。話が広がりすぎてアッシュビー元帥とあの人の話を聞く前に仕切り直す事になり、それっきりでしたが.....」

 

「ターナー元帥はともかく、アッシュビー元帥の事を語るには、ローザス提督も内心感じる所があっただろう。それは程度の差はあれ、生き残った730年マフィアの面々も同様だろうな。コーゼル提督に置いて行かれてしまった経験がそう思わせるのかもしれないが、アッシュビー元帥の生涯は鮮烈で、その死は予想外で急すぎた。

 

ターナー元帥を始め、何人かとは実際に面識を得たが、国家の元勲と言っても良いような成果を出しながら、彼らは晩年まで謙虚さを忘れず、誠意ある人物で在り続けた。大学で出会っていればそれこそ生涯の友となるような好漢ばかりだ。これはあくまで私見だが、コーゼル提督の死の影響で私が精勤した様に、彼の死がその後の生き方に何かしら影響したのだろうと思っている」

 

「私にはまだそう言う経験はありませんが、歴史的に見ても多くの英雄とされる人物が幼少期や青年期に親しい人を亡くし、その死が大きく影響する事例については理解しているつもりです」

 

「一番近い事例で言えば、ターナー元帥と君の祖父だろう。ウーラント家の令嬢と結婚した事もあっただろうが、彼が経済界を志したのは君の祖父の経済的な事情からの志願と戦死が大きい。任官してからも常に地方星系の経済成長を意識していたし、財務委員長になってからは更にそれが顕著になった。

 

二人で超光速通信越しにお茶を飲みながら苦笑したものだ。昔は経済的な事情で志願者が多かった。経済成長が進むにつれ、その生活を守るために志願する者が増えた。軍人なんて因果な商売をなぜ志望するのかとボヤいていたな。

 

私もそれに加担した側だから一緒に苦笑するしかなかった。捕虜から帰化した者たちの生活向上が目的だったのだが、彼らの子弟は結果としてその恵まれた生活を守りたいと、志願する事が多かったからな」

 

意外な事に、惑星エコニアを始め新亡命派とされる地域からの志願兵は多い。あの人が生まれた頃と異なるのは、建国以来名門校として君臨し続ける記念大・自治大、そして士官学校の入学者出身地比率位だ。

 

当時はほぼバーラト系独占だったが、今では3割を切っている。地方星系出身は軍だけでなく同盟全体を担う層になりつつある。面白いのは、志願者数も含め、地方星系出身者が愛国的で保守的な事だ。あの人がぶち上げた『民主共和制の勝利条件論』の信奉者も多い。

 

そして持ち込んだ資産で金融業界に一定の影響力を持つフェザーン派を同盟の血を啜る拝金主義者と毛嫌いし、バーラト系の革新派を理論だけの夢想家と一蹴するのが特徴だ。政治評論家の何人かはバーラト系の保守派と区別して新保守派なんて呼んでいたりもする。

 

「ターナー元帥とは色々な話をした。その中で一番記憶に残っているのが、私の関心事だった『ジークマイスター提督の亡命事件』と『ミヒャールゼン提督の暗殺事件』の事を尋ねた時の事だ。いつもはその場で是であれ非であれ即答する彼が、珍しく一週間待てと言ってきた。

 

一週間後に、帰化した上で一日だけ軍に在籍した形にすれば機密アクセス権は何とかなりそうだと言われた。今思えば、夜な夜な一人で思考して積み重ねた仮説が採点されるのが怖かったのか?それとも長年帰化を固辞してきた意地もあったのか?私はその話を受けなかった。あれ以来、その話題は二度と出なかったな」

 

「では、あの投書の主は大佐であらせられたのでしょうか?」

 

「さてな......。だが、私ももうお迎えが近いのは自覚している。少なくとも何かしら自分なりの確証を得た上で旅立ちたいと思っているのは確かだが.....」

 

こんな形で、730年マフィアとは別の形であの人の盟友だった年長者との関係は始まった。引継ぎの兼ね合いでシェーンコップ少佐の官舎にもお邪魔し、ユリアン以上に年少の知己にも恵まれた。

 

週に何度か、帝国亭の『お子様ランチ』を報酬におませなレディーをエスコートしたり、様々な人物から帰化政策の歴史を生の声として聞く、帰化政策専攻の歴史研究家のような生活がスタートする。一年後に異動する事となり、小さなレディに泣かれて私は頭を掻くことしか出来なかった。

 

「小官の愛娘を泣かせるとは......。始めの印象とは違って、だいぶ罪作りな方でしたな」

 

フェザーン進攻作戦で名を上げた薔薇の騎士大隊の副隊長となり、その後も何かと一緒に任務にあたる事になるシェーンコップ少佐に事あるごとにそう言われて苦笑する事になるのはもうしばらく先の話だ。




エコニアでの生活でした。ちなみに是非は即答。判断に迷うときは一週間待て。と言うのも元ネタの人物のエピソードです。今では一週間って結構な期間ですが、昭和の話ですからね。上司の決断が早くて責任も取ってくれるとなると、仕事はやり易かったでしょう。では!明日!

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