カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

110 / 116
     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦
宇宙暦751 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞計画破棄
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生
宇宙暦786 カーク・ターナー暗殺事件
宇宙暦787 帝国フェザーンへ進駐
宇宙暦788 ウルヴァシーの奇跡
宇宙暦789←★ここ
※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第105話 策謀の報い

宇宙暦789年 帝国暦480年 6月末

惑星フェザーン 自治領主公邸

アドリアン・ルビンスキー

 

「ルビンスキー補佐官、これはどういうことかね?我々にはこのような火遊びを楽しむ余裕は無いはずだが?」

 

「ワレンコフ閣下にはご機嫌麗しく。......。などと言った建前はもう不要でしょう。フェザーンの最高責任者として起死回生の手を考えられるのは責務かもしれませんが、内心を吐露する場を間違えましたな。総大主教猊下の耳はそこら中に張り巡らされております。その点を甘く見たのが閣下の落ち度でしたな。私としても残念です」

 

「では聞くが、フェザーン領民20億を食べさせる手が他にあるのか?フェザーンの成立に地球教団の思惑があったとは言え、教団の為に餓死させるような事はできない。どんな子供もいずれ自立し親離れをする。フェザーンにもその時期が来たという事だ」

 

「まさに正論でしょう。同盟が受け入れるかは別として、今までフェザーンが帝国・同盟両国に対して行ってきたあらゆる諜報工作活動の資料に教団の内部資料まで差し出せば少なくとも交渉のテーブルには座れたでしょうな。ただ、残念ながら親からすれば子が自分たちを切り捨てて生き延びるような策を許す気はないそうです」

 

「それで君はフェザーンが狂信者たちの持ち物であり続ける事を許容するのか?40年以上前に亡命者に紛れ込ませた狂信者の暴走によってフェザーンは同盟から完全に敵視された。戦争状態にある両国を煽りながら、交易を独占し富を蓄積する。

 

疲弊して荒廃した両国をフェザーンの資金と宗教で立て直し、地球をこの銀河の聖地とする。もうそんな妄執の片棒を担ぐのはうんざりだ。同盟の国力が帝国とフェザーンを合わせた物を超えた時点で、そんな未来は来ないのだからな」

 

「まぁ、閣下には閣下の言い分が、総大主教猊下には総大主教猊下の言い分があるのは確かでしょうな。補佐官としての見解を述べさせてもらうなら、乾坤一擲の最後の機会を帝国は活かせなかった。そしてあまりにもたやすく一蹴されてしまった。同盟はこの時を予期してずっと待ち構えていたのでしょう」

 

幼少期から暗殺工作員とするべく洗脳に近い教育を受けさせられたグレースとかいう女性からすれば迷惑な話だろう。そうなるべく育てられ、与えられた舞台で自分の役割を果たしただけだ。

 

しいて注文を付けるとしたら命じた人間が、それが露見した時のリアクションを想定しなかった事だ。狂信者たちにとっては聖戦だったかもしれないが、元勲のような存在を暗殺などすれば当然リアクションは強硬な物になる。民主共和制の同盟は市民の声を無視できない。帝国以上に報復は苛烈な物になるだろう。

 

「それで手はあるのかね?私の命でフェザーンの窮状を救えるというならそれでも構わないが......」

 

「今の状況はフェザーンの影のオーナーの意向を反映したものです。彼らを切り捨てることなく出せる範囲で交渉のテーブルにつく。その先はやってみないと判りませんが、少なくとも暗殺の一件は過去の自治領主が首謀したもので、閣下はその責任を取って自裁された。詰問状の回答には不十分ですが、時間は稼げます」

 

730年マフィアの暗殺が露見した時、同盟はフェザーンとの交易の停止と回廊出口付近の通商封鎖を決定した。交易の出来ないフェザーンなど中身のない金庫のようなものだ。

 

同盟内に小さいとは言え勢力を持つフェザーン派を通じて嘆願交渉がされたが、この決定は覆らなかった。フェザーンだけなら蓄積された富によってそれなりの期間、猶予は得られたかもしれない。

 

だが、同盟からの輸入で穀物の不足分を調達していた帝国ではそうもいかなかった。食品価格が一気に高騰し、門閥貴族が自領からの穀物流出を防ぐ方向に動いた時、両国を再び真正面から嚙合わせる機会だと判断した猊下は、フェザーン回廊の通行の許可と同盟領の惑星ウルヴァシーに蓄積された物資詳細を帝国軍に提示する様に指示された。

 

電撃的なフェザーン進駐と、惑星ウルヴァシーの占拠。それが実現できていれば、数年の猶予が得られた。だが、同盟領に侵攻した帝国軍は、ウルヴァシー方面軍とジャムシードから出撃した同盟軍司令長官直卒艦隊に攻勢を阻まれ、そうこうしている内にエルファシルから迂回した別動隊に挟撃されて殲滅された。

 

第二次ティアマト会戦以来の宇宙艦隊司令長官が戦死するほどの大損害を出し、帝国軍は這う這うの体で撤退。フェザーンにはお情け程度の防衛艦隊と陸戦部隊が配属されているが、同盟軍の侵攻を阻むことはできないだろう。

 

「時間を稼ぐだけか?よくそんな見通しで猊下も君にこの椅子を任せようと思われたものだな」

 

「閣下と私の違いは、フェザーンを諦めている点でしょうな。教団を殺してフェザーンが生き延びるのではなく、フェザーンを殺して教団を生き延びさせる。そういう方向で動くつもりです」

 

「フェザーンを滅ぼすと君は言うのか?」

 

「事実を開示した所で一体何になるんです?同盟がどんなに甘く採点した所で我々は地球教の共犯です。主犯が別にいるからと言って今更フェザーン人を受け入れるとでも?ならば受け入れざるを得ない層に混ぜてしまえばよいのです。

 

帝国臣民に混ざってしまえば、フェザーン人への差別は帝国臣民への差別になります。同盟の人口が300億を超えたとはいえ、帝国とフェザーンを合わせれば270億を超えるでしょう。私はその辺りに活路を見出すつもりです」

 

思えば歴代自治領主と猊下の策はことごとく裏目に出た。先帝オトフリート4世には3人の男子がいた。それを活かして政争を誘発し、門閥貴族に割り当てられた領地を直轄化し、帝国政府の力を強める。その過程で帝国政府内に食い込み利権を確保する。

 

政争で破れた貴族達とその取り巻きを亡命させ、同盟内でフェザーンに友好的な派閥を作る。前者はうまくいったが、もともと期待されなかったために傍観者に徹した事で後継者になったフリードリヒ4世は、最高権力者の地位についても傍観者であることを変えず、貴族達の政府への影響力はむしろ強まった。

 

後者に関しては完全に失策だ。定期的に流入する亡命者にリスクを感じたのか?亡命者に関する選挙権の付与条件を同盟はかなり厳しいものに改めた。居候に家主と同じ権利を与えるというのは確かにおかしな話だ。

 

だが、それに気づいたのは定期的に流入する亡命者の多さが原因だろう。どうせやるなら一度に大量に行うべきだった。送り込んだ亡命者たちが作ったフェザーン派は年々人口増が続いた同盟内では少数派のままだ。

 

そして暗殺事件の露見と共に交易の停止だけでなく亡命者の受け入れの停止を決定した。勝手な予測だが、同盟としては帝国との戦争に何かしらの区切りがつくまで解禁するつもりはないだろう。彼らからすれば交易が出来ないフェザーン人など生活保護の予備軍としか見ないだろうしな。

 

「まぁ、私に遺された選択肢はもう無いのも事実だ。それで後任として何を望むのかね?」

 

「自裁を。いらぬ気使いかもしれませんが年代物の赤を用意しました。死因は心臓発作になるでしょう。同盟の高等弁務官に検死の立ち合いを打診する予定です。あまり惨たらしい形で進めたくはありません」

 

「そうか。まさか君に後を託す事になるとは思わなかった。こんな形になったのは不本意だが、後を頼む」

 

ワイングラスに封を切った年代物の赤を注ぎながらワレンコフ氏は私に視線を向けてそう応じた。そしてビタミン剤かのようにカプセルを口に含み。赤ワインでそれを飲み下す。

 

「どうせなら肴も欲しい所だったな」

 

そんな事を言いながらゆっくりとワインを楽しむ彼をじっと私は見ていた。数分もすると発作が来たのだろう。苦し気に胸を押さえたが最後の意地なのか取り乱すこともなくそのまま執務机に倒れ込んだ。

 

「検死官、後は頼むぞ。私は同盟の高等弁務官に自治領主の死亡を伝えてくる」

 

公邸に与えられていた補佐官室に向かい、高等弁務官府に連絡を入れる。こうなるとワレンコフ氏が念には念を入れて高等弁務官府を守る判断をしたのは不幸中の幸いだった。

 

『古来から外交官の身命は保証されてきました。叛徒たちとの戦争はこれからも続くでしょう。丸腰の外交官に何かしら起これば、戦争が単なる殺し合いになりかねません。その辺りも含めてご検討頂きたいのです』

 

事実上の宰相として帝国政府に君臨しているリヒテンラーデ侯にそう談判した事で、出入りは制限されたものの宮廷警察の3個小隊が警備に付き、高等弁務官府の職員を保護した。

 

宇宙艦隊の大敗と、盟友だったミュッケンベルガー司令長官の戦死の報に触れて、フェザーンに駐屯している装甲擲弾兵を率いるオフレッサー中将が騒いだそうだが、さすがの『ミンチメーカー』も宮廷警察の威光の前には大人しくなったようだ。

 

「フェザーンにとっては最悪の状況だが、逆に考えればこれ以上状況が悪化する事もない。先人たちの遺した負債を整理しながら少しでも成果を出せば名が上がる。自治領主の地位は既に形骸化したが、だからこそ踏み台としては丁度良いと言える。こんな所で終わってたまるか」

 

同盟高等弁務官府の応答を待つ間、本心を吐露した。先ほどまでワレンコフ氏に甘さを指摘していたにも関わらず、使い慣れた自室に来た事もあり油断していた。同盟はこの数十年、研究開発の分野にも多額の予算を投資していた。

 

その結果として彼らの兵器は格段の進歩を遂げていたが、進歩したのは兵器だけではなかった。定期的にクリーニングされているはずの自治領主公邸内部ですら盗聴を可能にしていたことを知るのは、もう少し後の事になる。




帝国軍が撃破され、同盟のフェザーン進駐が近づく中でフェザーンでも動きがありました。原作でもルビンスキーの前任、ワレンコフ氏は暗殺されており、地球教との何かしらの確執はあった模様です。では!明日!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。