カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

112 / 116
     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦

---- 以下オリジナル設定 ----

宇宙暦751 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞計画破棄
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生
宇宙暦786 カーク・ターナー暗殺事件
宇宙暦787 帝国フェザーンへ進駐
宇宙暦788 ウルヴァシーの奇跡
宇宙暦790 同盟軍フェザーン進駐
宇宙暦791←★ここ

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第107話 経済危機

宇宙暦791年 帝国暦482年 4月末

惑星オーディン ヴェストパーレ男爵邸

マグダレーナ・フォン・ヴェストパーレ 

 

「ヒルダ、マリーンドルフ家は今回の件にどう対応されるつもりなのかしら?何か話は聞いていて?」

 

「はい。苦渋の決断だったようですが、男爵夫人に勧めて頂いた通り、農産物を始めとした食料品の輸出禁止に動くとの事でした。父は当初、他領の臣民を切り捨てるような政策は取りたくない様子でしたが、領民たちの生活を守るのが第一と説得いたしましたわ」

 

「そうね。残念だけど直轄領は政府の責任、自領をまずは守る事を考えないと.....。領地がめちゃくちゃになってしまっては領主としての責任放棄だものね。幸いな事にヴェストパーレ領もコツコツと農地開発を続けて来たからなんとかなりそう。でも収益性に目がくらんで鉱山開発から軸足を移さなかった所は深刻な事になりそうね」

 

叛徒達の領内でフェザーンが彼らの元勲たちを暗殺していた事が発覚した直後、フェザーンの生命線だった交易を彼らは禁止し、フェザーン回廊のあちら側を封鎖したのが5年前。不足していた穀物をフェザーンからの輸入で補っていた帝国では、穀物価格が一気に上昇した。

 

もっとも穀物価格に関しては交易と言う生命線を断たれたフェザーン資本が帝国内に流入し、各地で増産計画を実施したから解決の目処が立っていた。だが事はそれだけでは済まなかった。

 

「公の場では申せませんが、出征計画があと数年先送りされていればと、父も零しておりました」

 

「そうね。ただ、食料生産を握った事でフェザーンの発言力は良くも悪くも帝国内で増大したわ。そうなると彼らの意向も無視はできない。生命線を断たれたんだもの。彼らも費用対効果をかなぐり捨てて方々で陳情したでしょうしね」

 

「ええ。それに交易が停止した状況に帝国が慣れてしまえば、彼らの生命線の価値が文字通り無くなります。その辺りをもう少しリヒテンラーデ侯を始めとした政府上層部が理解してくださっていたら.....」

 

「本当に貴方が男性だったらねえ。私が皇帝陛下ならあなたを帝国宰相に任命して、この国難に全権を与えて対処させるのに」

 

ヒルダのお母さまがヴェストパーレ男爵家が経営する美術学校の講師だった事もあり、マリーンドルフ家の嫡女であるヒルダとは幼い頃からの付き合いだ。ヴェストパーレ男爵家同様、男子に恵まれなかったマリーンドルフ家。父親たちは同じ悩みを持つ同志でもあって仲が良かった。

 

お互いの屋敷を行き来する御供として同行した私達は、いつの間にか姉妹のような関係になっていた。この子は芸術の分野にはそこまで関心が無いのが残念。でも為政者としての資質はかなり高い物を持っていた。父を亡くして男爵家を継いだ私にとって、領地経営の良き相談相手でもあった。

 

「それにしても経済の分野はフェザーンが銀河一だと思っていたけど、叛徒の中にも人物がいたようね。もともと建前上は帝国の自治領だったフェザーンを帝国が併合するのは多少の無理はあっても可能だと私も考えていたわ。でも叛徒たちがどうフェザーンを扱うのかには注目していたの。こういう使い方をしてくるとはね」

 

「そうですね。この策を考えた方がどなたなのかは存じませんが、経済に精通しているのは確かです。それ以上に冷徹な覚悟のようなものを感じますわ。例えていうなら長年医者として患者を活かす事を研鑽してきた人物は、当然、どうすれば患者が死ぬかも理解している訳です。叛徒たちの治療で得た見識を帝国を殺すために流用した。そんな印象を受けますわ。分かってはいても、私には実行する決断は出来ないと思います」

 

少し気落ちした様子でティーカップに手を伸ばし、喉を潤すヒルダ。好物のコーヒークッキーには、まだ一枚しか手を付けていない。

 

「貴女の年頃ならそんなもの持ち合わせていないのが普通よ。まぁもう少ししたら領地経営にも関わる事になるし、そうなったら悪辣な人間との距離の取り方も学ぶ必要があるだろうけど」

 

「そうですわね。私も伯爵家に生まれた以上、政略結婚は覚悟しております。ただ、あからさまな財産目当てのお話にはさすがに気乗りは致しません」

 

財産目当てね。ヴェストパーレ男爵家を継いで男爵夫人となってからは、私にもそう言う話が多く舞い込んだ。父親の爵位が無ければ箸にも棒にもかからない癖に自信だけは一人前で、やけに上から言い寄られたことが何度もある。

 

社交界で相手を見つける事を諦めた私は、経営していた美術学校の卒業生たちから愛人を見繕った。趣味と恋愛が両立して効率的だと、今でも思っている。

 

「カストロプ公の脂ぎった顔もいい加減見るのに飽きて来たわ。経済危機に有効な手を何も打てていない。まともな神経の持ち主なら辞職するでしょうに」

 

「マリーンドルフ家の寄り親ですからあまり発言はしたくありませんが、私と嫡男マクシミリアン殿との婚約話や、食料の代金を農奴で支払う旨の打診があったのは事実です。温和な父もさすがに激怒して一蹴してくれましたが......」

 

「食べさせられない領民を押し付けて食料を寄こせなんてまともな価値観を持っていたら言うはずがないわ。でもね。たまにいるのよ。爵位を振りかざせばなんでも通ると思っているお馬鹿さんがね。

 

彼らにあるのは自分の要求を押し通す事だけ。そう言う方々に時間を割いても無駄なのよ、交渉が成立しないものね。だからこそ社交界での情報取集が必要なの。貴女はあまり好んでいないようだけど」

 

「分かってはいるのですが、ワインや宝石の話題にはあまり関心がありませんでしたから。それに重要性に気づいた所で、しばらくは社交の場も開催される事はないでしょう」

 

「それもそうね。事態が落ち着くまではそんな余裕もないでしょう。それに今の帝都ではいつ暴動が起こるか分からないわ。私も午後の面会の約束を終えたら領地に戻る準備を始めるつもりなの。早めに領地へ戻る様にお父様にもお伝え願えるかしら?」

 

「ええ。今日も半分は暇乞いの意味がございました。数日中に領地へ戻る予定ですわ」

 

それを聞いて一先ず安心し、お互いのティーカップに紅茶を注ぐ。不測の事態が起きた時に接するマリーンドルフ領が領主不在では正直不安だった。後は午後の面談の結果次第かしら。ただ彼らにとってもメリットのある形を用意できたはず。

 

あの子も恋愛には無頓着な感じだし、ヒルダと引き合わせてみるのも良いかもしれない。親友の赤毛ののっぽさんは幼い頃からアンネローゼに夢中なのに。来た時よりも少し笑顔になり、二枚のコーヒークッキーに手を付けたヒルダを横目に、紅茶で喉を潤しながら私は次の面談の事を考えていた。

 

 

 

宇宙暦791年 帝国暦482年 4月末

惑星オーディン ヴェストパーレ男爵邸

ラインハルト・フォン・ミューゼル

 

「ラインハルト様。アンネローゼ様の宿下がり以外で男爵夫人からお誘いを受けるなど初めての事です。どんなご用件なのでしょうか?」

 

「キルヒアイス、帝国がこんな状況だからな。男爵夫人としても方々から意見を聞いておきたいのではないかな?もっとも、俺達が知っていて彼女が知らないことなど無いだろうが......」

 

落ち着かない様子のキルヒアイスに応じながら、俺は苦笑した。5年前に姉上が宮内省の役人に見いだされ、陛下の寵姫となる事になった時、俺達はまだ幼くて姉上を守る力が無かった。

 

『いつか姉上を取り戻す』。そんな志を立て、宮内省の役人に要望を聞かれた際は軍人になる近道をと軍幼年学校への入学を希望した。

 

姉上を皇帝に売った罪悪感からか?母上が門閥貴族の子弟が運転する車に跳ねられて死亡してから酒浸りだった父は、更に酒に溺れた。2年前に肝硬変で亡くなったが、当然の報いだとしか思わなかった。むしろ悲し気だったが姉上に会えて嬉しかったほどだ。

 

一方で、皇帝への感情は少し変化した。あの時ならともかく、フェザーンが交易を停止された事で起きた食物価格の高騰から姉上を守る事は出来なかっただろう。

 

寵姫の実家、寵姫の弟という事で配慮され、願わなくても何かと優遇策を受ける事が出来た。父親が内務省の下級官吏だったキルヒアイスの家ですら、あの時は生活が困窮したらしい。そして今回の経済危機では見通しが全く立たないというのが実情のようだ。姉上のお気持ちを察すると思う所が無い訳ではない。ただ、少なくとも姉上を守れる実力が俺達には無いのが実情だ。

 

「待たせてしまってごめんなさい。色々と噂が流れているから事実確認に手間取ってしまって。どうぞおかけになって」

 

案内されたサロンに、男爵夫人が現れた。父が死に、俺が幼年学校へ入学した為にミューゼル家は現在自宅を持っていない状況だ。姉上が暮らす後宮には原則男性は入れない。宿下がりの場として屋敷を提供してくれたのが男爵夫人だ。

 

それ以外にも、ミューゼル家が下級貴族であった為に、それを口実に姉上を貶める発言をした貴族を逆に論破するなど、非常にお世話になっている。俺にとっては唯一頭の上がらない女性だった。

 

「今日、話し合いたいのは、貴方たちの任官の件。宇宙艦隊があんな事になった上にこの経済危機。組織再編も一向に進まず、門閥貴族が財務尚書への批判の声を高めているわ。ヴェストパーレ男爵家としても混乱が予想される帝都からは離れておきたいのが本音ね。そして政局が落ち着くまで自衛できる状況を整えておきたいとも考えているの」

 

フェザーンへ電撃的に進駐し、叛徒たちの交易拠点だった惑星ウルヴァシーを一時的に占領する。蓄積された物資を帝国が得られれば、フェザーン資本の協力を含めれば食料を含めた生産体制を構築でき、帝国は安定するはずだった。

 

だが、待ち構えていた叛徒たちに侵攻に参戦した7個艦隊は殲滅され、司令長官まで戦死した。後任人事は当初はメルカッツ中将を大将に昇進させるという話だったが、彼が下級貴族出身だったことから横やりが入り、結局後任は決まっていない。

 

そうこうしている内に叛徒たちがフェザーンに進駐した。『ミンチメーカー』と畏怖されたオフレッサー中将の奮戦も話題になった。戦死したミュッケンベルガー司令長官と親交があった為とも言われているが、むしろ地上戦はこれから増えたはずだ。彼の活躍の場はこれから増えたはず。フェザーンで玉砕しては人的資源の無駄使いだったようにも思う。

 

「あくまで噂話に聞いた程度ですが、そこまで状況は悪いのでしょうか?」

 

「ええ。今は嵐の前の静けさと言った所ね。財務尚書の汚職は今に始まった事ではないわ。快くは思っていなかったでしょうが、公爵家に対して、陛下の娘婿が連名で弾劾をするなんて前代未聞だもの。

 

任命したのは陛下だから実質不信任を突きつけたに等しいわ。それに帝都の治安も刻一刻と悪化している。新無憂宮だってどうなるか。近衛兵や宮廷警察だって自分の子供が餓死しそうな状況なら、名誉ある職責を果たすとは思えないしね」

 

「ラインハルト様。そのような事になればアンネローゼ様も危険なのではないでしょうか?」

 

「それも含めて相談したかったのよ。思ったより根回しに時間がかかってしまったけど」

 

フェザーンに進駐した叛徒たちは、名目上とは言え帝国の自治領であった事から、フェザーン人の受け入れを拒否した。その一方で人道的見地から急遽増刷したフェザーンマルクと自治領主府が所有していた帝国国債を大量に配布。財産権放棄の契約を結んだうえで帝国内に送り込んだ。

 

持てるだけの貴金属と有価証券、それに一人当たり一億フェザーンマルクと言う大金を手にしたフェザーン人の流入は、当初は歓迎された。だが、数日後から帝国内で一気にインフレが進んだ。

 

帝国内の流通を担う存在でもあったフェザーンが発行したフェザーンマルクは、帝国内でも実質貨幣として使われていた。20京フェザーンマルクという天文学的な資金の流入により経済は混乱し、あらゆるものが値上がりした。一切れのパンが宝石のような価格になったとも聞く。ここに至って帝国政府は生活必需品の確保の為に、門閥貴族を始めとした在地領主に物資供出を求めた。

 

『帝室への忠誠は誰にも負けぬつもりだ。だが、領民に苦労を掛けて供出した物資が正当に使われるのだろうか?長年、帝国の予算配分には穴が開いていた。少なくとも正当に使われる確信が得られるまでは、物資供出には応じられない』

 

皇帝の娘婿でもあり、門閥貴族の雄であるブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯が連名でだした声明を口実に、在地領主の多くは物資供出を拒否した。一方で、フェザーン人が持ち込んだ財産に重税をかける動きもあると聞く。

 

「帝国が安定しているなら、陛下の寵姫とか寵姫の弟という肩書は持っていてもデメリットはないわね。でも今はそうでもない。臣民の多くが困窮した状況で一定の配慮を受けたんだもの。槍玉に挙げられかねない危険な肩書になりつつある。そう考えているわ」

 

「では、我々はどうすれば?」

 

「領地に戻るにあたって、軍事に精通したアドバイザーが欲しいの。それを貴方達にお願いしたいわ。こんな状況じゃ、軍内部はどこも寵姫の弟なんて引き受けたがらない。行くところが無いから軍務省で待命中なんでしょう?」

 

「しかし、それでは姉上が......」

 

「大丈夫よ。アンネローゼも一緒に来てもらうわ。二人は知らなかったようだけど、彼女に下賜された荘園のひとつが男爵領のすぐ傍なの。寵姫が領民の生活を危惧して荘園に視察に赴く。政府としても臣民の不満を少しでも和らげたい時期だから反対はしないわ。話を受けてくれるならすぐに手配を進めたいのだけど......」

 

「男爵夫人、そのお話、ありがたく受けさせて頂きます」

 

一度キルヒアイスに視線を向け、頷き合うと俺はそう回答した。このまま待命していても意味がないし、男爵夫人への恩もある。そして姉上を守る事につながるなら、これ以上の話は無いと考えた。

 

男爵領で軍事顧問の真似事のような生活が始まって数ヵ月。糾弾されたカストロプ公が急死し、嫡男マクシミリアンが政府から懲罰金を科せられた事を切っ掛けに反乱を起こした。

 

ヴェストパーレ男爵家と盟友関係にあったマリーンドルフ伯領に攻め込む反乱軍をなんとか撃退し、急遽討伐軍司令に命じられたメルカッツ大将が反乱を鎮圧するまでの一か月、俺達は軍事顧問として激務の渦の中心で過ごすことになる。

 

反乱鎮圧の成果をもってメルカッツ大将は上級大将に昇進し、宇宙艦隊司令長官に任命された。戦勝を祝う名目でブラウンシュヴァイク公から祝賀会を開催する旨の招待状を受け取ったが、戦後の後始末に追われていた俺達は参加が難しかった。

 

皇帝が出席するなら同席しなければならないのが姉上の立場だったが、姉上が帝都を離れている内に仲が戻ったベーネミュンデ侯爵夫人が同席するとの事で、ヴェストパーレ男爵領での忙しいながらも姉上やキルヒアイスと近しい生活はもうしばらく続くことになる。




フェザーン市民の受けいれ拒否と国外退去に伴う策謀が炸裂しました。日本に置き換えると1000万人くらいの難民が一億円もってきていろいろ買いあさる感じでしょうか?

概算で約1000兆円、経済学は素人なので何とも言えませんが、年間GDPの倍近い金額なのでヤバい事になる線は超えていると思いたい。では!明日!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。