カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦

---- 以下オリジナル設定 ----

宇宙暦751 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞計画破棄
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生
宇宙暦786 カーク・ターナー暗殺事件
宇宙暦787 帝国フェザーンへ進駐
宇宙暦788 ウルヴァシーの奇跡
宇宙暦790 同盟軍フェザーン進駐
宇宙暦791 帝国でハイパーインフレ発生
      カストロプの乱
宇宙暦793 フリードリッヒ4世爆殺事件
      帝国、内乱へ突入
宇宙暦794★←ここ

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第109話 帝国領侵攻

宇宙暦797年 帝国暦488年 9月末

惑星クラインゲルト 帝国軍補給基地

ヤン・ウェンリー(大佐)

 

「想定通りね。一先ず玄関までは楽に来れた。後は帝国辺境星域の在地領主たちがどう考えるか?ね。クラインゲルト子爵との折衝はどうだったの?」

 

「はい。概ね想定通りです。処罰があるなら責任は取るので領民の生活には配慮を願いたいと。それと子爵家の嫡孫、カール殿の同盟への留学を打診されました」

 

「それはウェンリー君から持ち掛けたの?それとも子爵が進んで打診してきたのかしら?」

 

「後者です。おそらく周辺の在地領主も同盟軍が進駐すれば似たような話を打診してくると思われます。政府の方針にも沿う物ですし、権限がないので保留しましたが個人的には最大限協力するとお伝えしました」

 

「ならこの場でその権限も与えておくわ。イゼルローン方面軍の民生政策の主幹なんだからそのくらいの裁量は持って然るべきよ。他に何か懸念点はあるかしら?」

 

「そうですね。惑星クラインゲルトは補給基地が大規模に建設された事で帝国辺境星域では経済的に恵まれたエリアだと分析されていました。ですが実際見て見ると状況はかなり厳しいものがあります。

 

今後進駐する星系の多くが入植時からほぼ開発が行われていない状況が予想されます。開発援助をどの程度行うのか?手厚くすれば地域住民は同盟を歓迎するでしょう。ただ、優遇が過ぎれば市民たちの反感を買うことになります。新たな問題の火種になりかねません」

 

「ウェンリー君の所でたたき台を作って提出してもらえないかしら?支援の手厚さを3段階。それに必要になる予算、結果のシミュレーション、そして懸念点ね」

 

「分かりました。感覚ですが巨額すぎる・なんとか出せる・さすがに少なすぎる.....。の3パターンで宜しいでしょうか?」

 

「ええ。流石ヤン商会の嫡男ね。理想論者は同盟市民に一時的に負担を強いてでも同化政策を強行したいと考えるでしょうけど、始まりから無理をしても長続きしないでしょう。それと、幼い頃から知った仲でやりにくいのかもしれないけど、もう少し進んで上申してほしい所ね。君はやればできるのにお尻を叩かないとなかなか動かない子だったから。そう言う意味では私の方が幼い頃の印象に引っ張られているのかもしれないけど」

 

「善処はしてみます。民生政策に関して根本的な問題があります。イヴァンカ提督には早期に報告すべきだと考えました。私が提案する『何とか出せる金額』の政策を実施すれば同化政策は進んでいくと思いますが、それを帝国全土でやるにはどう頑張っても予算が足りないでしょう。完全併合を事実上諦めるような提案をすれば、私個人は良いのですが同化政策に悪影響が出るのでは?とも考え、動くに動けませんでした」

 

「まったく、子供世代の代表の一人としては嫌になる事実よね。『最低500億』あの話が最高評議会でぶち上げられて以来、様々な経済学者から市民までが議論をしてきた。親離れしたい気持ちもあって現状でも何とかなると考えて来たけど、甘かったわね。元帥・財務委員長に続いて、死後に予言者の称号までついたとなると苦笑していそうだけど」

 

「オズワルド財務委員長も苦笑しているかもしれませんね。手っ取り早いのは増税ですが、それを事あるごとに戒めて来たのもあの人ですし」

 

「そうね。少なくともイゼルローン方面軍では完全併合案に危険信号が灯っている事に皆気づき始めているわ。念のため、宇宙艦隊司令本部や評議会には個人的に報告を入れておく。貴方も、占領地民生本部に報告を入れてもらえるかしら?本部長のキャゼルヌ君は、貴方の数少ない友人でしょ?」

 

「はい。候補生時代に事務官をしていた関係で個人的な付き合いもあります。たたき台に関しても意見を貰いたいと考えていますが、宜しいでしょうか?」

 

「構わないわ。そう言う意味ではシュテファンさんがスカウトした程、経営に見識のある人物が軍にいてくれたのは救いね。軍を志向する男の子たちは戦術好きが多いけど、戦勝が必ず国益につながる訳じゃない事も理解してもらいたいわね。アレク司令長官もだいぶ渋い顔をしていそう」

 

「比較対象が730年マフィアでは現役の軍人はみな及第点を貰えないでしょう。あまり好きな言葉ではありませんが、優秀な8人の候補生が同期となり、任官直後から予算付きで同盟をデザインするような任につく。そこで磨かれ原石から宝石となった彼らは栄達を重ね、自分たちがデザインした『帝国に負けない国力をもつ同盟』のを実際のものとした。まさに奇跡のような存在です。歴史的に見ても予算を食い潰す存在になりがちな軍組織が、当時は国力増進に貢献していたわけですから」

 

「あら。ヤン講師の歴史授業ね。久しぶりだわ。どうせならお茶も用意しましょうか?」

 

「いえ。たたき台の作成に取りかかりませんと」

 

イヴァンカ提督はつまらない私の歴史講義染みた話も楽しそうに聞いてくれる。それ自体は嬉しい事なのだが、ある時期から彼女に歴史の話をするのはなるべく控えるようにした。

 

偉人たちのエピソードには多聞に漏れず恋愛や子育てに関する物もある。自分が話したエピソード通りの対応を急にされて窮地に立たされる叔父のような存在の男性や、弟妹のような存在が実験材料にされる光景を見れば、自分が彼女を示唆したように感じて妙な罪悪感を覚えるのだ。

 

「それは残念ね。では」

 

私の敬礼に提督が答礼するのを確認してから執務室を後にする。同盟軍がフェザーンに進駐し、大量のフェザーンマルクと共にフェザーン人を帝国に送り出した事で帝国では経済危機が発生した。

 

その後に起きた『フリードリヒ4世暗殺事件』とフェザーンが過去に行った謀略を情報部が帝国内に流布した事を切っ掛けに門閥貴族が反乱を起こした。経済危機の余波も重なり、結局鎮圧には至っていない。内乱勃発から3年。帝国政府・門閥貴族連合、そして中立を守る辺境在地領主に分裂し小競り合いを繰り返していた。

 

同盟首脳部は内乱勃発時には静観する方針だったが、2つの事件をきっかけに帝国領侵攻を決断した。最初の事件は若手貴族の暴走による地球への核攻撃だ。情報部の流布した資料により、フェザーンが行った謀略の主犯は地球教である事も明らかになっていた。膠着した状況に業を煮やした若手貴族が独断で行ったと発表されたが、これによって中立派の動揺が予想された。

 

独自の制宙戦力をそこまで持っていない彼らからすれば、数名の貴族が暴走し、数隻の戦闘艦が静止軌道に到達すれば領地が核攻撃に曝される可能性が生まれた。帝国軍主力が門閥貴族連合とにらみ合う状況では防衛戦力の派遣は期待できない。主義主張ではなく生存権の確保の為に同盟を選ぶ可能性が生まれた。

 

そして皇太孫エルウィン・ヨーゼフ2世の誘拐暗殺事件だ。帝国政府が皇位の後継者とみなしていた彼はまだ乳幼児だったが皇宮で厳重な警護の下で養育されていた。奸臣に監禁されているという認識を首謀者たちは持っていたようだが、彼を奸臣の下から救い出し、門閥貴族連合の2人の盟主、ブラウンシュヴァイク公なりリッテンハイム侯の娘と婚約させる。

 

成功すれば確かに起死回生の一手だった。実行犯の一人、ランズベルク伯は先祖が新無憂宮の建設に関わった事もあり、宮殿内に張り巡らされた秘密通路の設計図を家伝として所持していたようだ。

 

それらを駆使して後宮まで侵入し、寝室まではたどり着いたものの厳重な警備に事が露見した。進退窮まったランズベルク伯は乳幼児を道連れに自裁してしまう。

 

庶子とは言え皇太孫、直系唯一の男子を暗殺したともなれば完全な大逆罪だ。ランズベルク伯が門閥貴族連合に属していた事も周知の事実であり、帝国政府は門閥貴族連合に大逆罪を適用した。これによって両者は完全に仇敵同士となり、和解の道は無くなった。

 

当初はフェザーン方面からの侵攻が計画されたが、イゼルローン回廊を掃宙して主攻とする案を出したのは私とアッテンボローだ。フェザーン方面からの攻勢では門閥貴族連合を帝国政府と挟撃する形になる。これでは内乱鎮圧に貢献するようなものだ。

 

ならば、帝国政府から切り捨てられた状況に置かれた辺境星域を押さえ、帝国側に勢力圏を築く。長年開発予算がつかず放置されてきたエリアに多少でも援助し、生活が向上すれば新亡命派同様、同盟への同化政策の進めやすいのではと考えた。

 

その上申は帝国領侵攻作戦の総指揮を執るビュコック司令長官に採用され、私はイゼルローン方面軍の同化政策の主幹に任命され、同時に昇進して大佐になった。

 

方面軍総司令のイヴァンカ提督の旗艦に個室を持ち、進駐したこの基地でも分室を構えている。イゼルローン方面を主攻とする作戦案を上申した事は、私にとっては第3の人生の岐路だったかもしれない。

 

「大佐、おかえりなさい」

 

「少尉、なにか報告はあるかい?」

 

分室に到着すると補佐官のグリーンヒル少尉が声をかけてくる。彼女との関係も不思議なものだった。出会いは予想外の帝国軍の接近に揺れるウルヴァシー。防衛戦で手一杯の星系警備本部で新任だった私は住民の避難計画を担当した。

 

騒然とする市民たちをなだめ、なんとか避難計画の見通しが立った時にサンドイッチを差し入れてくれた少女が彼女だ。激務が続いていた事もあり、差し入れてくれたサンドイッチを私は喉に詰まらせかけた。その際に慌ててコーヒーを差し出してくれたのだが、

 

『どうせならコーヒーじゃなくて紅茶が良かった』

 

などと失礼なことを私は言ったようだ。この際はお互い名乗らなかったが、士官学校に娘が合格したとビュコック提督のブートキャンプ修了者というつながりでマフィアの会合に参加していた当時のグリーンヒル少将から紹介された際に正式に知己を得た。

 

『親ばかかもしれないが、私から見ても娘は優秀だ。どうだろう?大佐の下で鍛えてもらえないだろうか?』

 

お世話になったシトレー校長率いる第7艦隊の参謀長になっていたグリーンヒル中将から直々に頼まれては断れない。それに彼女は優秀で、細かい事が漏れがちな私を、何かとフォローしてくれている。

 

「はい。エリーゼさんの事務所から将官への昇進話が無いかとまた確認が......」

 

「大佐でも出来過ぎなんだ。将官になる予定はしばらくないんだけどなあ」

 

「あの方も言い出したら聞かないようで秘書の方もお困りの様でした。爵位持ちの方々と折衝するなら旗艦にもそれにふさわしい内装が必要だとデザイナーに戦艦クラスに納まるダンスホールのプランを検討させているとか......」

 

「ダンスホール付きの戦艦なんて、それこそ私には似合わないよ」

 

「なんとなくですが、エリーゼさんの気持ちが判りますわ。大佐はちゃんとされれば見栄えも宜しいのにどこか無頓着ですから。またスカーフが......」

 

そう言いながら私の胸元に手を伸ばし、スカーフを整えてくれる。任官直後からやけに距離感が近くて対応に困るのだが、厚意を拒否するのも違う気がしてされるがままにしている。

 

ユリアンには及ばないが美味しい紅茶を淹れてくれるし、何かと業務が重なって食堂に行くのも億劫な状況ではサンドイッチを差し入れてくれる。平地に乱を起こして異動願いを出されると困るのはむしろ私だ。

 

スカーフを整えてもらい、自分のデスクに腰を下ろす。PCを起動しながらタブレットのスイッチも入れて各社の報道をチェックする。

 

バーラト系・亡命系・新亡命系の新聞社の内、比較的保守的な論調の数社と経済誌を確認するのは、父さんからの教えでもあった。各派の心情がある程度把握できるし、経済誌は損益を軸に紙面が動く。広告枠の大口顧客でもある為か、フェザーン派に甘いのがバーラト系、亡命派は中立寄りで、新亡命派は厳しい論調になる。

 

「大佐、紅茶を淹れて参りました」

 

「少尉、ありがとう。それにしてもフェザーン派は大きな決断をしたようだね」

 

「各紙一面で取り上げていましたわ。論調に温度差はありましたが基本的には肯定的でした。提督からは何かお話は?」

 

「いや。何もなかったよ。もしこれが最高評議会主導ならドナルド議長から事前に相談位はされていると思うんだが」

 

「私は父や大佐を始め、マフィアの方々との付き合いがありますからフェザーン派への分析はどうしても辛口になってしまいます。それを差し引いてもいつも張り付けたような微笑をしているトリューニヒト幹事長の口元が引き攣っているような気は致しました」

 

少尉にそう言われてからもう一度紙面に目を向ける。確かにトリューニヒト幹事長の口元が引き攣っているような気がした。

 

「では、何かあればお声がけください」

 

「ああ。少尉、いつもありがとう」

 

笑顔で自席に戻る少尉にお礼を伝えてから視線を戻す。一面を飾る話題は『フェザーン派のカプチェランカへの入植』だ。同盟軍がフェザーンへの進駐を完了して以来、現地を一番理解しているという名目を掲げ、各所に自分たちが管理すべきだとフェザーン派が陳情を開始した。これに真っ先に非を唱えたのが新亡命派だった。

 

『果たすべき義務を逃れて権利ばかり主張するのは、民主共和制を担う市民の有り様として正しい姿とは言えない』

 

フェザーン進駐の際に地上戦の最前線で奮戦した薔薇の騎士大隊を始め、軍への志願者も多い新亡命派は帰化政策の優等生だ。一方で持ち込んだ資産を元手に、利権確保を優先してきたフェザーン派は、バーラト系からも亡命派からも発展を続ける同盟に寄生する宿り木のように思われていた。

 

新亡命派の貢献と対比され、再び排斥運動が動きだす。政府としても新たに帝国臣民への同化政策を進める前に、身勝手なフェザーン派にお灸をすえる意味で、これと言った対策は取らなかった。

 

「カプチェランカか。トーマス爺さんも自分の戦死した戦場にフェザーン派が入植する未来が来るとは思わなかっただろうな」

 

そんな事を呟きながら少尉の入れてくれた紅茶の香りを楽しむ。任官先が私の部下だと内示で知った少尉が、ミンツ少佐に個人的に紅茶の淹れ方のレッスンを受けていた事は、私が彼女を階級ではなく名前で呼ぶ関係になってから知る事になる。

 

『お前さんには伝えておいた方が良いだろう。カプチェランカ入植は最高評議会からの圧力で憂国党に飲ませた。機密指定を付けたから詳細を知りたければ中将に昇進する事だ。一部の派閥を追放するかのようなやり方は民主共和制の理念に反するのは事実だ。

 

だが、その理念を利用して世論操作や不当な利益を貪る連中を無視する訳にもいかなかった。先祖の罪が子孫に及ぶのは正しい事ではない。とは言えフェザーンは同盟と帝国の間で利益を貪り過ぎた。このような形とは言え禊ぎを済ませておかないと、機密指定が解かれる50年後にとんでもない事になるだろうと判断した』

 

アムリッツァ星系を中心に辺境星系の同化政策がスムーズに動き出したことを受けて、私は准将に昇進した。それと同時に一時帰国し、久しぶりに顔を出したマフィアの会合で、ドナルド最高評議会議長に肩を組みながらそう伝えられたのは、この日から一年後の事だった。フェザーンが行った謀略の詳細に触れられる立場になるには、更に一年の期間を必要とした。




原作でもある意味活躍した門閥貴族連合の若手に活躍してもらいました。振り撒いておいたおいた伏線も少しは回収できたかな?

ノーマンの知らない間に感想欄で何かがあったみたいですね。もし通報などお手数をおかけした方がおられれば、この場を借りて感謝を。では!明日!

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