カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています

そろそろ誤字なしDAYが欲しい所。頑張れ俺!


第12話 苦渋の決断

宇宙暦723年 帝国暦414年 8月末

酒場ドラクール カウンター席

キャプテン佐三

 

商談をしていた個室から、ウーラント卿に促されてカウンター席に移動した。亡命してからのビジネスプランをターナーがプレゼンした時は、正直そこまで踏み込んで失礼にならないか心配した。結果としてウーラント卿の決断を促すことになったが、個室を出てカウンターに向かうウーラント卿の後ろ姿には、どこか思いつめた雰囲気がある。

 

「ジンバックを二杯頼む」

 

カウンターに座ったウーラント卿がマスターにオーダーをする。はぁ、よりによってジンバックか。カクテル言葉は『正しい心』。思いつめた表情にこのカクテル言葉。確かにな、同盟に亡命してからのビジネスプランは用意されても、実際にそれを実現する人材が必要だ。クリスティン嬢は確か13歳。ユルゲン坊ちゃんは10歳。帝国でそれなりに教育を受けていたとしても頭数に入れるのは厳しい。

 

そしてウーラント卿は初老とは言わないが40代半ばだ。ユルゲン坊ちゃんが成人する10年後まで、一人で亡命先でビジネスを立ち上げなければならない。そもそも宮仕えの経験はあっても、ビジネスに関わった経験はないだろう。ターナー、俺になんとか仕事を取らせたかったんだろうが、さすがに能力を見せすぎたかもしれないぞ。

 

「亡命の件はよろしく頼む。それにしてもターナー君は優秀だな。昨日は子供たちを助けて貰った。フェザーンに来た時は不安もあったが、良き縁に恵まれたようだ」

 

「ウーラント卿の言葉を聞けば、あいつも喜びましょう」

 

そんな会話をしながら、グラスを合わせる。しばらく無言の時間が流れた後、ウーラント卿は無言で俺に頭を下げた。

 

「そのような事はおやめください」

 

「いや、これから話す事を考えれば、頭を下げるのが筋だ」

 

肩に手を添えて、頭を上げる様に促す。ウーラント卿は手を添えてもしばらく頭を下げたままだった。商船乗りとしての格を上げるために亡命業務を担う準備をした。今回も半分はターナーの存在があってお任せ頂けたとも言える。

 

ただなあ、井上から預かったターナーをいきなり手放すのはそもそも不義理だ。それにうちの航海士たちもなんやかんやターナーを可愛がっている。機関長が意気消沈する様子が目に浮かんだ。

 

「同盟の若者がどの程度優秀なのかは分からん。だが、ターナー君は私の目から見てもかなり優秀だ。子供たちとも不思議な縁があるし、クリスティンも気に入っている様だ。同盟でウーラント家が根を張る道は確かに見えた。だが私だけで歩き切るのは無理がある。それに万が一の時のことも考えねばならん。クリスティンの相手として、優秀で信頼できる者を置いておきたい。帝国なら寄り親に後見を頼めただろうが、同盟では頼れる存在もない」

 

「確かに良くできたプランです。成功の見込みも高いですが、失礼ながらウーラント卿はビジネスの場でのご経験はあまりないでしょう。そういう意味でもターナーのような人材は必要でしょう。なんとなく、表情からお察ししておりました」

 

お互いジンバックを口に含む。ここのジンバックは確かに美味しいんだが、今回ばかりは美味しくは感じなかった。俺にとっても苦渋の決断だが、ウーラント卿は更に悩んだことだろう。

 

そこまで考えて、帝国騎士という階級に思い至った。彼らはあくまで仕えている主君なり上役達の決断に従って動く存在なのだ。爵位持ちの当主なら、これくらいの判断は顔色を変えずに行うだろう。そして経験がないだけでなくウーラント卿ご自身が、もしかしたら誠実すぎるのかもしれなかった。

 

「ならば、私が考えたこともお見通しだろうな。ただ、こんな都合の良い話を考えることが許されるのだろうか。ユルゲンは見た目も悪くない。誠実な性格だし才覚もそれなりにあるだろう。だが、軍人としての適性は残念ながらあるまい。命の奪い合いをするには心根が優しすぎる。ウーラント家の為にビジネスの立ち上げをさせた上に、嫡男を守るために軍に志願させる......」

 

そこまで言うと、ウーラント卿はグラスを手に取り、ジンバックを一気に飲み干した。

 

「帝国でならお家の為でまかり通る。だが同盟の価値観ではどうなのか?お家の為に自分の夫を軍に捧げる。しかも憎からず思ってもおろう。それを知った時、クリスティンがどう思うか......」

 

「それは状況次第でしょう。ビジネスがうまく立ち上がり、ターナーも軍で功績を上げて昇進する。そんな未来ならクリスティン嬢もご不満には思われないのでは無いでしょうか?そんな未来を掴めるかは、ウーラント卿ご自身と見込んだターナー次第ではあります。それに、このまま航海士の道を進んだとしても、徴兵のリスクはあるのです。

 

入植を理由にターナーの父親は徴兵免除となっていますから、徴兵される可能性はむしろ高かった。航海士を目指していたのも、半分は徴兵時に戦死しやすい陸戦隊を避ける意図もあったでしょうから」

 

そう言いながら俺もジンバックを飲み干す。いつの間にやらターナーを引き抜かれる事を受け入れている自分がいた。俺みたいな独立商人に頭を下げ、悩みを吐露するウーラント卿にほだされた訳じゃない。実際ターナーにとっても大きなチャンスだ。初期投資の原資が準備されていて自分で考えたビジネスプランを実際に立ち上げる。大商人の家にでも生まれないと、こんなチャンスは得られない。

 

「であれば、テルヌーゼンに着いた段階で、婚約させてしまった方が良いだろう。ビジネスを立ちあげる段階ではこちらが交渉も不利であろう?婿入りや嫁にと交渉材料を出されるのは避けたい所ではある」

 

「そうされるのがよろしいでしょう。同盟には身分がないとは言え、バーラト系の富裕層はエリート意識のようなものがございます。そういう面でもターナーは良くも悪くも辺境星域の出身者ですから、誠心を尽くしてくれるでしょう」

 

ウーラント卿はターナーを迎え入れられる道が見えたからか、ホッとした表情をしている。クリスティン嬢は確かに貴族然とした容姿だ。交渉相手次第で婚姻を求められる可能性もあるだろう。だが、それでは亡命系で爵位持ちに仕えさせるのとあまり変わらない。

 

そういう意味でもウーラント卿は誠実ではあるが、非情な決断は出来ない方だ。世渡りも決してうまくない。ターナーを迎え入れたいと思われたのも、ご自身の力量を把握しておられるのもあるのだろう。スポンサーとしては、むしろ適性がある。変に口を挟まないだろうから、実務担当になるターナーはやりやすいはずだ。

 

「そうなると、テルヌーゼンまでの航海の合間に、ターナーにビジネス界の予備知識を、私からも仕込みましょう。零細資本の商船乗りですが、多少はバーラト系融和派の商会にも顔つなぎが出来ます。微力ながら後進の門出を応援させて頂きます。それに士官学校対策もおいおい考える必要もございましょう?」

 

「勿論だ。クリスティンの婿を兵卒で送り出すわけにはいかん。そうか、同盟の士官学校と言えば名門であろうしな。支援は惜しまぬつもりだ」

 

すべき事が見えて、ウーラント卿の表情は晴れやかだ。それに比べて俺はなあ。無理を聞いてくれたであろう井上に詫びもしなくちゃいけないし、航海士たちにも事情を説明しなきゃならない。しばらくはウーラント家のビジネス立ち上げを支援する事になるだろうが、亡命業務担当もまた探さなきゃならない。

 

だがうまくいけばウーラント商会との濃いつながりができるし、亡命系融和派とのつながりも持てるだろう。そうなればうちにもメリットはある。その為にはターナーに頑張ってもらってしっかり立ち上げをしてもらわないとな。

 

「おお、忘れておった。ターナーも信頼できる年上の相談相手が必要であろう。キャプテンさえ良ければ、ターナーの後見人になってもらいたい。もちろんクリスティンとの婚約の後で正式に依頼するつもりでいる」

 

笑顔のウーラント卿が、俺の肩に触れながら話しかけてくる。成功すればこっちも見返りが大きい。それにターナーを放り出すような真似は出来ないし、関わった亡命者がちゃんと同盟で成功しているともなれば、エンブレム号の評判も良くなる。もちろん二つ返事でお受けした。

 

ん、ちょっと待てよ。クリスティン嬢とターナーの気持ちはどうなんだろうか?まぁクリスティン嬢はターナーに好意を持っている感じはあったが、家族の為に仕送りするのが楽しみのターナーは、自分が結婚することなんて考えたことがあるんだろうか?

 

でもなあ、亡命者とは言え帝国騎士から婚約を望まれたら断れないよな。それによくよく考えたらクリスティン嬢も美少女だ。身を固めるには少し早い気もするが良い相手だろう。

 

まあ、なんでもそつなくこなすターナーがどんな反応をするか楽しみではあるよな。これからの対応で頭を悩ませていたが、見込まれたと言えば聞こえは良いものの、苦労をしょい込むターナーの事を考えると、少し気持ちが軽くなった。まあ、ほんの少しだがな。

 




出会って2日目で婚約が決まりました。やったねターナー。頑張れターナー。

帝国騎士が会ってすぐに初対面の13歳を見込むか?って論点もあると思います。予防線じゃないけど、市役所勤務の公務員としてキャリアを積んできた課長さん(40代)が、急にアメリカで起業するしかない状況が近いのかなぁ。娘も気に入ってて、少なくとも事業計画は立てられる優秀な男の子と縁が出来たら......。ギリギリありかなあと判断しました。

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