カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています



第14話 その頃 フレデリック・ジャスパー

宇宙暦723年 帝国暦414年 9月末

惑星シロン 平民街

フレデリック・ジャスパー

 

「うむ。お家の事が何とかなるなら、むしろ行動を早めるべきだろうな」

 

「ああ。何とかじい様は説得できた。とは言え婆様が無言で悲しそうな表情をするから敗戦しかけたが」

 

「貴族も平民もそういう所は変らんか。俺も母さんの涙はどうしようもなかったが、何とか受け入れてもらったよ」

 

ターナーの財布が許す範囲でという事で出入りを始めた平民街のバールで、飯を食いながら俺は友人とお互いの戦況を報告しあっていた。俺の対面で豪快にソーセージに食らいついている男は、ヴィットリオ。がっしりとした骨太の体格で、一見クマのような印象を受けるが、話してみると優しい男だ。

 

彼の実家であるベルティーニ家は大規模な農園を運営しており、シロン名産の紅茶を始め、様々な作物を生産している。年の割にがっしりとした体形は、もしかしたら農園を幼い頃から手伝った成果なのかもしれなかった。

 

「ベルティーニ家でも俺は3男だ。抱え込んでも農園の経営者が増えるだけだし、今は原理派が強い。とは言え、うちは紅茶が売れなきゃ話にならない。一人くらいバーラト系と誼を通じる意味で、士官学校に行かせる判断はするだろうし、俺自身もこのまま農園主になるのは詰まらん。ある意味渡りに船だったが、ジャスパー家はフレデリックに何かあれば断絶だろう?本当に良いのか?」

 

ソーセージを噛み下したと思ったら、急に顔を寄せてきて小声で話しかけてきた。豪快なのか繊細なのか?若しくは周囲の平民に聞かせる話でもないと思ったのか?ターナーとは違った意味で、俺の周囲には今までいなかったタイプだし、俺はこいつを好ましく思っている。

 

「まぁ、死ぬと決まったわけじゃない。それにな、ジャスパー家はもともとオルテンブルク家の従士の家柄に過ぎん。変に俺がシロンに留まり、血脈を広げてしまうとそれはそれで邪魔なのさ。そういう意味で士官学校に行かせる判断は、俺を守る意味でも正しい」

 

「それはそうだが、オルテンブルク家は亡命原理派の雄だろう?士官学校を経て任官しても、戦死の可能性が高い前線に配属されるのか?昇進も多少は優遇されるだろう?」

 

ヴィットリオは相変わらず小声だ。どこかで既視感があるなと思ったら、最近フェザーン系の配信会社が始めたクマのアニメーションだ。蜂蜜を夢中で食べるシーンによく似ている。丁度ここに来る前に通りかかった広場のモニターで映っていたシーンだ。

 

「そういう考え方もあるが、どうせやるなら俺は自分の力を試したい。俺達が功績を上げて成功するほど、亡命融和派も増えるだろうし、後に続く連中も増えるだろう。バーラト系融和派も、さすがに血筋だけじゃ重視してくれない。そういう意味でも功績は必要だ」

 

「そうだな。バーラト系融和派としっかりしたパイプを作りたい。そういう意味でも、俺達の責任は重大だ。せっかくやるなら自分の力を試すというのは良いな。せっかくの人生だ。どうせ目指すなら同盟軍将星列伝に名が残るくらいにならねばな」

 

納得したのか。ヴィットリオはまた豪快に料理を食べ始めた。シロンを始めとする亡命系のメイン商材は、紅茶を軸にした嗜好品だ。フェザーンが成立したことで、帝国から本場の嗜好品を輸入することも可能だ。もっとも同じ帝国とは言え、敵対派閥の領地で作られたものは嫌厭される。逆にシロンから輸出される流れもあるのだ。ただ、亡命原理派は正直あぐらをかいていると思う。

 

嗜好品だからこそ、良いものなら愛されるし高値で取引される。だが、逆に言えば無くても死ぬものではない。効率重視だった同盟で遅れた分野だったからこそ珍重されているが、やろうと思えば重税を課して業界をつぶす事も出来るのだ。実際、同盟国内で最大の組織である同盟軍では、備品にしているのはコーヒーで、紅茶は項目に入っていない。

 

もちろん予算の関係もあるのだろうが、バーラト系が本気になればいつでも潰せる砂上の楼閣の上に、今の亡命系の経済は成り立っている。ベルティーニ家を始め、経済界の現場を担う層が、疑似的な貴族制の中で上層部の意向を踏まえつつも融和を図るのも、この実情を肌で感じているからだろう。

 

「俺達が活躍すれば、同盟軍でも紅茶を備品にできるかもしれんしな。実際、旧世紀の地球では、もともとは紅茶を飲んでいた層が、反感から紅茶を消費しないためにコーヒーを愛飲し始めた実例があるらしい。親父も苦い顔をしていた」

 

「だろうな。亡命系の経済基盤は思ったより盤石じゃない。まぁ、その辺はバーラト系に移動してから、ターナーに連絡してみても良いかもな。あいつはバーラト系融和派の商船に乗っているから、伝手も多少はあるだろう。フェザーン観光もしたらしい。何かしら助言はもらえるはずだ」

 

「あのオレンジ頭か。フレデリックといるのを見た時は、従士かなんかだと思ったが、妙に存在感があるから変に思っていたんだ。あの年で航海士見習いとして働いているなんで大した奴だよ。俺も子供のころから農園で手伝いをさせられていたからな。じっくり話し合う機会があれば馬が合いそうだ」

 

嬉しそうに話すヴィットリオ。彼とターナーの関係は顔見知りって所だ。俺の身分に配慮して、ターナーは一緒にいるときは周囲に気を配っていたし、常連連中とも踏み込んだ関係になろうとはしなかった。それが亡命業務に関わるターナーなりの気遣いだったのは、あいつがシロンを発ってから気づいた。実際ヴィットリオも何度か話しかけようとしたらしいが、なんとなく気が引けていたそうだ。

 

「そうだな。ターナーは気難しい奴じゃない。辺境出身だが、収容所で捕虜と一緒に土木作業をしていたこともあるらしいし、本当に気が合うかもな。良くも悪くも率直な表現を好む奴だったし」

 

奴に突っかかって来た連中の事を、『縄張りをマーキングする犬』呼ばわりしてたからな。あれには笑わせてもらった。それに短期間だったが、他の生徒たちにも強い印象を残している。まあ、女性陣は社交ダンスのパートナーとしてかもしれないが、『優秀な問題児はいなくなると寂しいですね』とフラウベッカーがこぼしているのを耳にした。

 

「投資先に関しても相談しても良いかもな。後進達の面倒を見るには、資産も必要だ。ジャスパー家だけが食べていくには困らないが、亡命融和派への支援を考えれば、資産はいくらあっても困らない」

 

「そこまで負担をかけるのもどうかと思うが......。伝手がないのも事実だし、投資がきっかけでパイプが出来るかもしれん。俺も親父に相談してみよう。もっとも、士官学校対策をちゃんとしろと怒られそうだが」

 

そう苦笑しながら料理を食べ終わってコップの水を飲み干すヴィットリオ。俺も水を飲み干し、一緒にバールを後にする。こいつは2皿喰うからどうしても少し待つ事になるが、豪快な喰いっぷりは見ていて気持ちが良い。待ち時間を不満に思ったことは不思議となかった。ワインが欲しい所だが、士官学校を出るまで断つ誓約を、俺達は立てた。些細な事だが、そんな事すら、自分で人生を進めているようで楽しかった。

 

バールを出てヴィットリオと別れ、家に向かう。

玄関を抜けてリビングに入ると、祖母が思いつめた表情でソファーに座っていた。

 

「フレデリック、ローザス家からお返事が届きました。数人なら受け入れて頂けるとのことです」

 

そう言いながら書簡を手渡される。早速内容を確認すると、お願いしていた士官学校対策のために、バーラト系の教育機関への転入手続が終わった旨とローザス邸への滞在を了承する旨が記載されていた。

 

「フレデリック、私はもう何も言いません。ジャスパー家の事は気にせず、貴方の道を進んでください。ただ、くれぐれも身体に気を付けてね」

 

「分かっています。戦死なんてしません。それにジャスパーの名を轟かせてみせますよ!」

 

右手のハンカチで目元を押さえながら語りかけてくる祖母を安心させようと、俺は右手で肩に触れながら敢えて明るく応じた。このままシロンで過ごす未来も確かにあったのかもしれないし、少なくとも祖母はそれを望んでいたのは確かだ。期待に応えられない以上、せめて不安くらいは解消したかった。

 

「ローザス家のアルフレッド殿は貴方と同い年だそうです。士官学校を希望されているとの事でしたから、きっと良き縁になるでしょう」

 

そう言うと、祖母は自室に戻っていった。涙をこらえきれず、それを孫に見せるのははしたないと思ったのだろう。ローザス家は亡命貴族を祖とする家だが、亡命した以上は、同化すべきと判断してバーラト星系に居を構えた。一部の亡命原理派の中には『裏切り者』呼ばわりする連中もいる。拒絶される可能性もあったが、受け入れて頂けたのは朗報だ。

 

「ターナー、すぐに追いついてやるからな」

 

祖母の涙は胸に来るものがあったが、もう道は定まった。自分を鼓舞するかのように俺は声を上げると、この朗報をヴィットリオに知らせるべく、タブレットを手に取った。もちろんターナーにも一報入れておくつもりだ。投資先の相談もいずれ頼むと添えておこう。




トーマスのお相手は年上のお姉さん、ジャスパーの相手はクマとおばあ様という事で差がつきましたが、トーマスは4歳年上で成人も近いですから、どうかトーマスに呪いの矢を打つ事だけは......。

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