カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第20話 合格発表

宇宙暦726年 帝国暦417年 1月末

惑星テルヌーゼン 同盟軍士官学校

アルフレッド・ローザス

 

「それにしてもこんな日くらいは休んでも良いだろうに。カークも付き合いが悪い」

 

「まぁな。親父もさすがにこんな日くらいは文句はないだろうが......」

 

僕に並んで歩く、同い年の親友たちは、もう一人の親友がこの場にいないことをボヤくように話をしている。ある意味、僕たちの勉強会の講師役もしてくれたカークと、一緒に合格発表を見たいという気持ちもわからなくはない。

 

ただ、ローザス家はともかく、ボヤいている二人の家は、カークが経営しているウーラント商会に出資している立場だ。利益を求める立場のはずが、休む事を求めるのもどこか面白かった。

 

「入学したら自由時間が減るからね。それにクリスティン嬢の合格発表も今日だから。お昼にウーラント家で見に行くって話だよ。夕食は一緒にとる約束だし、我慢しときなよ」

 

僕がそう言うと、

 

「婚約者か、立場的に亡命系からは迎えたくないし、かといってちゃんと立場を立てるまでは婚約するのもなあ」

 

「うちもそうだな。兄貴たちは亡命系と結婚して、子供もいる。バーラト融和派と結ぶなら俺しか枠がないし、そんな状況で変に恋愛するのもなあ。まあ、アルフレッドにはそういう心配はないだろうが」

 

ニヤニヤしながらこちらを見てくる二人。矛先が僕に来た。帝国にルーツを持ちながら、同盟の中心地で育ってきた僕にとって、ウーラント商会がオープンした帝国風の料理店は、自分のルーツに触れるようでお気に入りの場所だった。

 

ビジネスで忙しいカークに代わって、悪ガキ2人のお目付け役をする代わりに御代を無料にしてくれた。とは言え一人で行くには敷居が高いので、よく幼馴染のカトリナを誘っていた。そう勧めてくれたのもカークだ。

 

そして去年のクリスマスに、幼馴染だったカトリナとは、恋人という関係になった。それ以来、『婚約者と恋人』は同席可というルールが出来、今ではクリスティン嬢とカトリナは大の仲良しだ。もちろん、僕たちの弟分のユルゲン君も良く同席する。

 

僕たちと同じく、メープルヒル校に入学し、ハイネセン記念大学を目指している。僕はともかく、フライングボール部のエースとボクシング部のキャプテンの弟分ともなれば、亡命者とは言えいじめられる事もないだろう。

 

「2人も早くそういう人を連れてきてくれたらとは思うけど、ウォリスみたいなのも困るしね」

 

「まあ恋愛は自由だからな。他のやつがやると嫌味だが、あいつには変な華がある。ああいうのは様になる奴がやらないと見ていて痛々しいからな。そういう意味でも貴重な人材だ」

 

「士官学校対策も一緒に励んだ仲だしな。距離を置いてみている分には楽しめる」

 

そう言いながら笑う二人。僕も一緒に笑ったけど、誰にも言っていないことがある。付き合って1か月記念に、サプライズで手品をしたんだ。カトリナは喜んでくれたけど、『アルフレッドに手品は似合わないから、私以外には見せないで』って言われた。みんなの前で何か披露するとしても、手品以外になるだろう。

 

「おっ、貴様らも来たのか。あれだけ励んだんだ。ちゃんと足を運ぶのが流儀だろうしな」

 

噂をすれば......。じゃないけど、向こうからウォリスが声をかけてくる。

 

「おう、ウォリス。お前が一人とは珍しいな」

 

「まぁな、取り巻き連中は全員が合格圏だった訳じゃない。俺は合格だろうが、不合格者にわざわざ足を運ばせるのも気分が良くないし、カタリーナとは別れたんだ。あいつ、俺の監視の為に音楽学校に行くとか言いだしてな。無関心なのも寂しいが、束縛されすぎるのもな。情熱的なのは良いが、こうなると大喧嘩だ。しばらくひとりでおとなしくするさ」

 

珍しく気落ちしたウォリスが、僕たちに並んで歩み始めた。カタリーナとはお似合いだったし、相思相愛だと思っていたけど、恋愛って難しい。暖かそうなカシミアのマフラーを巻いた首元に、赤い3本の線が見えた。ウォーリック家で猫は飼っていなかったはずだから、そういう事なんだろうな。

 

カトリナの家は、テルヌーゼンでもそれなりに資産家だ。嫁入り修行もかねて音大に進むんだろうと思っていたけど、僕の監視の為だったりするんだろうか?うーん。それはないだろう。

 

いま肩を並べている3人は、メープルヒル校の女性陣の人気を集めていて、女性陣には『3銃士』って呼ばれていた。そして本人には伝えていないけど、この3人を一喝で従えたカークは『キング』って呼ばれているらしい。これはカトリナが小声で教えてくれたことだ。

 

既に婚約しているのを知っていたから断ったけど、何回か紹介してほしいって言われたこともある。そんな彼らから比べたら、僕は目立つ存在じゃないし、考えすぎだな。それに士官学校に入学したら、なかなかメープルヒルに帰ってくるのは難しい。音大なら敷地も隣接しているし、ランチも一緒に取れるかもしれない。僕自身は、カトリナの音大進学をむしろ歓迎していた。

 

そのまま、士官学校の校門を抜け、合格者の番号が張り出された掲示板に向かう。

 

「4431番は......。あった!」

 

「おお!合格おめでとう!!」

 

自分の受験番号を見つけて思わず声を上げると、在校生が駆け寄ってきて胴上げをしてくれた。気恥しかったけど嬉しかった。胴上げが終わって気を落ち着けて周囲を見ると、少し距離を置いて3人がこちらを見ている。そちらに向かうと

 

「アルフレッド、胴上げの様子を動画に撮っておいたぞ。あとでご両親に見せてやれ」

 

「席次も見てきたが、お前は93位だ。駆け込みで上位入学だな」

 

フレデリックとヴィットリオが嬉しそうに声をかけてくるが、ウォリスは渋い表情をしていた。えっ、僕が受かってウォリスが不合格なんて......。

 

「考えている事は何となくわかるが、俺も合格しているぞ。俺が3位、フレデリックが4位、ヴィットリオが9位だ」

 

「すごいじゃないか。ならなんでそんな表情何だい?」

 

合格圏だった3人は、自分の受験番号じゃなく、合格順位の方に足を運んでいたようだ。ほらねカトリナ。僕と『三銃士』を一緒にするのはおかしいよ。不機嫌そうなウォリスを横目にフレデリックがやれやれと言うジェスチャーをする。

 

「我らが講師役殿が2位だったからな。席次で抜かして一泡吹かせたかったウォリス坊っちゃんは計画が狂ってご機嫌斜めらしい」

 

「それだけじゃない。あいつが首席ならまだ納得できる。ただそれ以上がいるというのも、どうも面白くはないだろ?」

 

うーん。まぁ、ウォリスは何だかんだカークに頭が上がらないし、気持ちも判らなくはない。でもウーラント商会の仕事もしながら士官学校対策をしてきたカークが次席って本当にすごい事なんじゃないのかな?そうウォリスに言うと、『そういう考えもあるが気持ちの問題』との事だ。

 

「さすがにランチには早い。カフェにでも行くか?メープルヒル校に合格報告に行くにも、時間が早すぎるしな」

 

「男だけでカフェか。まあ、しばらくは大人しくするつもりだし、よかろう」

 

そんな事を話しながら士官学校を後にする。肩を並べて進んでいく3人の背中を見て、僕は嬉しく思うと供に、寂しくも思った。士官学校の4年間は、カークも含めてこんな時間が続くだろう。でも任官したらそれぞれの場で任務に励むことになる。この数年は僕の人生で予想外の変化が起きたけど、意外とこの変化が自分の大切なものになっているのだと気づいた。

 

勿論、カークにも合格していた事を報告した。彼が次席だった事、僕が93位だった事も添えて。彼からの返信は『悪ガキどもは自己責任だが、フラウローザスには恩がある。アルフレッドが不合格だと俺も責任を感じただろう。朗報をありがとう。詳しくは夕食でな』という物だった。『キング』に『三銃士』以上に気にかけてもらっていた事実を知り、僕は変な喜びを感じるのだが、それはまた別の話となる。

 

 

宇宙暦726年 帝国暦417年 1月末

惑星テルヌーゼン 市立経済大学

クリスティン・ウーラント

 

「ふう。アルフレッドも合格だったそうだ。これでフラウローザスに不義理をしないですんだ」

 

「それは良かったですわね。でもアルフレッドさんも十分合格圏でしたのでは?」

 

私が受験した市立経大の合格発表を、ターナー様と弟のユルゲンと三人で見に行き、私の受験番号を見つけて、周囲にいた先輩方からも祝辞を頂いたりした後、名所と言われる欅の並木道を三人で手をつなぎながら歩いていると、婚約者であるターナー様がタブレットを取り出し、メッセージを確認するとホッとしたようにつぶやきました。

 

「なんて言うかなぁ。普段一緒にいる連中が、良くも悪くも目立つ連中だ。隣の芝生は良く見える......。じゃないけど、ちゃんと良さを持っているのに、それに気づいていない生徒をみているようだったから。これで少しは自信をもってくれればなぁ」

 

「カトリナさんもおられますし、きっと大丈夫ですわ」

 

それもそうだな......。と苦笑すると、視線を戻して歩き始める。私たちの間で両手を繋いでいたユルゲンも嬉しそうだ。ユルゲンはアルフレッドさんに良くして頂いている。自分の事のように思っているのだろう。

 

「ちなみに次席だったそうだ。言った通り不合格の心配はなかったよ」

 

からかうような表情で伝えてくる婚約者に、『おめでとうございます』と返す。今日は士官学校の合格発表の日でもあった。そちらに行くべきではと伝えたのだが、私の合格発表を優先して下さった。嬉しい反面、婚約者だからと言って、自分を犠牲にされているのではとも思う。ウーラント商会の事が無ければ首席も取れたのではないだろうか......。

 

「クリスティン。何を考えているか分かるが、気にするな。ウーラント家に見込まれなければ、あのまま航海士になり、良くて下士官待遇で徴兵されていた。それに比べれば俺の人生はだいぶ拓けたものになっているよ。少なくとも知り合いの子弟の誕生日にシルバーカトラリーを贈れる身分ではなかったさ」

 

微笑みながら声をかけてくる未来の夫。兄貴分のトーマスさんが遺されたタイロンさんの一歳の誕生日をきっかけに、ウーラント家は知り合いのご子弟にシルバーカトラリーをお贈りすることになった。

 

帝国風の贈り物で正直良いのかとも思ったが、誕生日ごとに一組のカトラリーと手紙を添える風習をターナー様が気に入り、この形になった。エルファシルのタイロンさん宛だけでなく、エコニアの義妹、そしてトーマスさんの弟君にも、私と連名でお贈りしている。

 

ウーラント家が同盟で根を張るための起業も、そしてユルゲンが徴兵を避けるための士官学校入学も背負ってくれた。その負担を少しでも減らせればと、本当は士官学校に隣接した音大に行きたいけど、市立経大に進路を決めた。お父様も会話はまだまだだが、同盟語の読み書きを覚え、財務経理業務を担うようになっている。

 

亡命を決めた時に見えたウーラント家の将来像は、良い方向に大きく舵を取り、順調に進んでいる。そして帝国風の価値観も良いと判断すれば受け入れて頂ける。お父様が良い意味で帝国騎士としての矜持を保っていられるのもターナー様のおかげだ。

 

「もう、そんなことではありませんわ。いつか私たちの子供と、こうして手を繋いで歩きたいと思ったのです」

 

そんな事は考えていなかったが、いつも私を気遣ってくれる婚約者を困らせたくて、思わず言ってしまった。淑女としては、はしたない事なのかもしれないと恥ずかしくなった時には、もう言葉を吐き出した後だった。

 

「大丈夫さ、その時は三人でまた歩こう。その頃にはもしかしたらユルゲン様にも良いお相手がいるかもしれない。タイロンも大きくなっているだろう。皆でピクニックをするのも楽しいかもしれないな」

 

そんな言葉を笑顔で返されては、頬が熱くなり何も言えなかった。

 

「カーク兄さん、僕の良いお相手って誰?」

 

「そうだな、そういう人が出来たら自然とわかるんだ。そういう人が出来たら教えてくれるかい?」

 

ユルゲンは『うん』と応じた後、ターナー様と繋いでいた右手を離し、拳を作って差し出した。『約束!』お互いにそう言って、拳をくっつける。

 

「入学したらお互い忙しくなる。今は穏やかなこの時間を楽しもう」

 

ユルゲンと手をつなぎ直すと、ゆっくりと歩き始める。まだ冬のテルヌーゼンの気温は低く、寒いはずだったが、ゆっくりと3人で並木道を歩くひと時は、どこか温かかった。夕食はいつもの7人だけでなく、ウォーリック家のウォリスさんも同席された。

 

元旦の際には見事な手品を披露して下さったのだが、首元に遺る3本の赤い線が気になって、この日は集中できなかった。話題にするのは失礼だと思って控えたが、途中で離席したフレデリックさんが、首元に口紅で3本の線を描いて戻ってきたとき、はしたないとは分かっていたけど笑ってしまいました。




いつもの7人:カーク、フレデリック、ヴィットリオ、アルフレッド、クリスティン、ユルゲン、カトリナ
4431、93。オードリさんのファンなので、強引かもですが使わせていただきました。サブタイトルを『赤い三本の線』にしようかとも思いましたが、武士の情けで戻しました。では、また明日!

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