カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています



第21話 シミュレーター

宇宙暦726年 帝国暦417年 10月末

同盟軍士官学校 戦術シミュレーター棟

ファン・チューリン

 

「く、また見透かされたか......」

 

私はシミュレーターのコンソールを叩きながらぼやく。士官学校特有の講義である戦術シミュレーター。既に対戦がはじまって一時間。稀にみる長期戦の様相を呈していたが、じりじりと私は戦力を削られている。

 

私の誘いには徹底して乗らず、誘いとは違うポイントをかすめる様に攻撃し、出血を強いてくる。ボクシングで言えば、ジャブを打ち合っているが、相手のジャブばかり当たると言った感じだろうか。

 

「彼が相手の土俵に合わせてくることは分かっていた。こうなったらトコトン粘ってみるか」

 

こちらの誘いが全て見透かされる以上、下手な事はしない方が良い。相手が上手ならトコトン守勢に徹してやる。そう決心してからさらに一時間。時間切れで判定負けとはなったが、必死に食らいつくだけの時間は、妙に楽しい時間だった。

 

「良く集中力が続いたな。ファン、お疲れ」

 

戦術シミュレーターを出て、一息ついているとウーロン茶を差し出しながら対戦相手が声をかけて来た。オレンジの髪とエメラルドの瞳が特徴的な同期のターナー。士官学校に入校してまだ半年だが、同期の中では話題の人物だ。

 

戦術シミュレーターの対戦で、相手の得意な戦術と同じ戦術で戦い、楽しめたなら対戦相手の好みのドリンクを差し入れる。彼からドリンクをもらえれば教官も及第点は付けるなんて話まで出ていた。

 

「ありがたく頂く」

 

短く礼を言い、ウーロン茶で喉を潤す。彼に視線を向けるとお馴染みのストレートティーを飲んでいた。いつか彼にストレートティーを胸を張って奢りたい。それが今の私の小さな目標だった。

 

「ファンの粘りはすごいな。シミュレーターで2時間、実戦なら48時間か。48時間あれば戦場以外の要素が動くはずだ。防衛戦としては十分だな」

 

「というと?」

 

彼の意図が掴みかねて、私は短く応じる。本来なら素直に教えを乞うべきなのは分かっていた。ただ、私はコミュニケーションが苦手だ。同年代の友人も少なく、同期の中でも話をするのは少数だ。直すべきだとも思うが、こればかりは性分なのか、自分なりの努力は実を結んでいなかった。

 

「そうだなあ。対帝国との戦争で、同盟は基本的に防衛側だ。帝国の連中はご苦労なことにオーディンからイゼルローン回廊を抜けてくる。追加の戦力を呼ぶにも、補給を受けるにも、こちらの数倍の労力が必要だ。負けない戦いをされるのは、向こうさんにとっては嫌だと思うぞ?」

 

確かにそうだ。帝国の首都星オーディンからイゼルローン回廊を抜けるのに40~50日、輸送船を伴っていたとしても、戦力の維持には限界がある。戦術シミュレーターで大敗は無いが大勝もなく、惜敗と辛勝を重ねている事は、私の密かな悩みだった。でも一歩引いてみれば、我が軍は勝つ必要はないのだ。負けなければ、帝国は引き返すしかない。

 

「まぁ、目立つ連中は攻勢型が多い。戦争って意味では、国民の為にも勝利は必要だろうが、勝ちに行くって事はリスクを負うってことだろ?それも必要なんだろうが、リスクを抑えて負けない戦いが出来るファンは、きっと必要とされるよ。司令官の立場で考えたらわかるだろ?」

 

「確かに。部下全員がジャスパーだったら、安心して良いのか不安に思うべきなのか悩むな」

 

ボソッと漏れた私の本心は、思った以上に彼の笑いのツボにフィットしたらしい。『笑える表現だ』と言いながら、彼は私の肩を叩いてきた。ジョークを言ったつもりはないのだが。

 

「やってみて思ったが、守勢に徹するのは精神力が問われるな、何度も攻勢に出たいと思った。実戦でここまで粘れるかは、正直疑問だな。良い勉強になったよ。自分の性に合う戦術を探しているんだが、なかなかな」

 

彼はそう言いながら肩をすくめた。対戦相手の得意戦術に合わせていたのはそういう意図もあったのか。名前が出たジャスパーとの対戦では、お互い大攻勢をかけあい、わずかな損耗率の差で勝敗がついた。対戦時間はわずか15分。

 

首席のアッシュビーとは定石から外れた艦隊軌道をお互いに取り、最終的に本拠地を数秒の差で陥落させた事で、勝負がついた。教官たちもどう評価をすべきか頭を悩ませたという話が、士官学校のニュースに疎い私にも漏れ聞こえている。

 

「なんとなくだが、ファンの気持ちも判った気がするよ。ほら、俺も辺境星域出身だからさ」

 

悲し気に話す彼が意外だった。別にハイネセンを始め、人口密集地帯の住民たちが冷たいなどと言うつもりはない。ただ、入植し開拓を住人一丸となって進める辺境星域では、町全体が家族みたいなものだ。戦死の報に触れれば、町全体で悲しむ。

 

血はつながっていなくても、兄弟姉妹みたいな感覚で成長して行くのだ。自分では把握できていなかったが、なるべくリスクを抑えて、損害を減らす戦い方を好むのは、私のそんなバックボーンも影響しているのかもしれなかった。

 

「だいぶ時間を取らせたな。まぁ、嫌じゃ無ければランチも付き合ってくれ」

 

そう言い残すと、ターナーはストレートティーが入っていたカップをゴミ箱に投げ入れ、戦術シミュレーター棟を後にした。ランチの誘いはうれしいが、同期の中でも目立っている彼の周囲には、ジャスパーやベルティーニと言った攻勢系の同期だけじゃなく、何かと芝居がかったウォーリックなど、私が苦手とする連中もいる。だだ、それも良いかと思った。少しでもコミュニケーションの面で改善できるかもしれない。

 

それにあの連中がいる所にはローザスがいる。同期の間での揉め事を仲裁するのは、首席のアッシュビーでも次席のターナーでもなくローザスだ。彼がいれば、大きな問題にはならないだろう。迷惑をかけることになるのは不本意だが、どうせ毎日ランチは食べるのだ。一度くらいは同席してみるのも悪くないかもしれない。私もウーロン茶を飲み干してカップをゴミ箱に投げ入れる。今までに感じた事が無い楽しさを感じた。

 

 

宇宙暦726年 帝国暦417年 10月末

同盟軍士官学校 戦術シミュレーター観戦室

ジョン・ドリンカー・コープ

 

「手堅いファンと2時間の長期戦か。ジョン、どう思う?」

 

「そうだな。良くも悪くもあいつには得意戦術がないってトコかな?戦術目標によって手を変えるのは俺に似たタイプだが、あちらさんが2枚上手って感じだな。ファンがしっかり準備して手堅い手を打ってくるのは分かっていたはずだ。同じ土俵に乗ってどこまで出来るか試した......。って可能性もあるかな?」

 

「敢えて相手の得意分野で勝負する。余程の自信があるのか?それとも結果にはあまり興味がないのか?」

 

ブルースは戦術モニターに視線を向けたまま、あごに手を当てて考えこんでいる。ハイネセンの中等学校でクラスメートになって以来の仲だが、ブルースはずっと首席だった。同年代で適う奴はいなかったが、さすがに士官学校まで首席で入学しちまうとは思わなかった。ただ、やはり世間は広い。こいつが意識する存在が両手で足りる程度でも現れたのだ。

 

「相手の土俵に立って勝てば、力関係を明確に出来るが......。いや、奴はそういうタイプでもないしな」

 

士官学校に入学して半年。ブルースが一番意識しているのが、次席で入学したターナーだ。首席のブルースからしたら一番のライバルのはずが、あちらさんはそこまで意識してこない。

 

それだけでもブルースからすると肩透かしを食った感じなんだろうが、戦術シミュレーターで僅差で負けてから、更に意識するようになった。俺からすればターナーは単純に戦術シミュレーターを楽しんでいるだけのような気もするが、それを伝えても納得はしないだろう。

 

ターナーに僅差で負けた以外は、大勝する事が多い事もあって、戦術評価ではブルースの方が評価点は高い。ただ、敢えて評価を気にしないかのようなターナーの振る舞いが、ブルースには理解できないんだろう。

 

黙ってはいるが、マーキングをして縄張りを主張している狼が、我関せずで縄張りの上を飛ぶカラスを気にする感じだろうか?マーキングし、遠吠えをしてみても、興味深そうに木の上から見ているカラスに、どうしたもんかと悩んでいる感じだ。

 

もっとも、ブルースが言った通りターナーは学生同士の力関係を気にするタイプじゃない。むしろ教官以上に、接点をもった学生の良さを示している感じだ。弟を励ます兄貴みたいな感じだろうか?そういう意味でもブルースとはかみ合わないだろうな。常に首席だったブルースにとって、同期は自分の下位者でしかなかった。下手したら教師陣すら相手にしていなかった事も踏まえれば、そもそも励まされる経験も皆無に等しいだろう。

 

「一人で考えても仕方ないんじゃないか?どうせならランチでも一緒に食べてみたらどうだ?それとも派閥が気になるか?」

 

「派閥の事はどうでもいい。ただ奴に負けたような気になるから決心がつかないだけだ」

 

まぁ、ブルースの考えもなんとなく解る。自分が目的は何であれ、ランチを一緒にしたいと思う存在も今までいなかったんだろう。誘われる側であり、質問される側であり、羨望の視線を向けられる側だった。例年は俺達が属するバーラト原理派の学生が上位を占めるが、今年はそうでもない。ターナーとファンは辺境出身、ジャスパーとベルティーニは亡命系、ウォーリックは融和派の雄であるウォーリック商会の出身だ。バーラト原理派に囲まれて育ってきた俺たちにとって、よく言えば新鮮、悪く言えば慣れない環境とも言える。

 

それに良くも悪くも唯我独尊な所があるブルースは、先輩や同期から必ずしも好まれていない。優秀なだけに一目置かれているが、学年を跨ぐ問題はまずターナーの所に行くし、同期の間の問題は世話好きで温和なローザスの所に行く。人数が多いバーラト原理派のリーダー的な存在ではあるが、今までのような文字通り『主役』という立場にはなっていない。本人も気づいていないのかもしれないが、妙なやりにくさを感じているんだろう。

 

「あちらさんは勝ったなんて思わないとは思うがなあ」

 

「それも分かっているが、気持ちの問題だからな......」

 

そう言いながら、空になった紙カップを握りつぶすブルース。仕方ない、俺が一肌脱くとするか。ローザス辺りに相談すればうまく事を運んでくれるだろう。優秀な奴だし、いずれは同盟軍を背負う人材だ。多少はおせっかいを焼くのも、将来の同盟軍の為だからな。

 

俺達はカップをゴミ箱に投げ入れ、観戦室を後にした。そう言えば、ターナーとの対戦も近い。さすがに2時間シミュレーターに籠るのは骨が折れる。ファンの時同様、手堅い手の打ち合いになるであろう対戦を考え、俺は小さくため息をついた。




という訳で士官学校突入です。ただ、士官学校の日々は個人的な傑作が既にあるので、もうサクサク進めると思います。730年マフィアが一応出揃いましたので、軽く紹介

【730年マフィア】wiki抜粋
・ブルース・アッシュビー
開校以来の秀才と謳われる。身長186センチという均整のとれた長身に鋭気をみなぎらせた端整な美丈夫という容姿で欠点がなく、少尉の身である無名時代から大佐より偉そうに見えたという逸話が残る。

・アルフレッド・ローザス
沈着で公正な良識人。後年に至って”七三〇年マフィア”の私的なつながりが崩壊した後も、ローザスのみはそれぞれと個人的な友誼をある程度保っていた。

・フレデリック・ジャスパー
ダイナミズムに富んだ用兵ぶりから「行進曲(マーチ)」の異名を持つ戦術家。精悍で鋭敏で直線的であり、「中途半端は、おれの主義じゃない」と公言し、その戦績は大勝か大敗という、とかく派手な用兵を好む。

・ヴィットリオ・ディ・ベルティーニ
一般に粗野な下士官型の前線軍人と評される猛将。ヘビー級ボクサーのような体躯に、無数の小さな戦傷にいろどられた赤銅色の顔と剛い頬髯という見た目通りに、艦隊指揮は勇猛で、攻撃力はアッシュビーにも勝る。

・ウォリス・ウォーリック
十分に有能と言える指揮官。通称「男爵(バロン)」。士官学校はアッシュビーに次ぐ次席で、彼の作戦計画において不可欠の人材とまで言わしめる。常に容姿・言動がキザで芝居がかっており「男爵」と揶揄されたが、むしろ本人が気に入って自ら名乗るほどだった。

・ファン・チューリン
用意周到で手堅い用兵家。劣勢でも大きく崩れず戦線を維持し、ついに逆転するという。個人としては気難しく、堅苦しい性格で、冗談を解さない性格。このため非常に上官・部下問わず人受けが悪かった。

・ジョン・ドリンカー・コープ
追撃戦の名手と評される戦術家。与えられた戦術的課題を黙々とこなすタイプと見なされ、15年間アッシュビーと共に活躍する。ドリンカーというミドルネームだが酒は一滴も飲めず、勝利の祝杯もアップルジュースで済ました。

旧版アニメの外伝『螺旋迷宮』(スパイラルラビリンス)が確かDVD4巻にまとまっていますので、もし興味があれば観てみてくださいな。

今更だけど幼女戦記を観ました。表題に引っ張られて観てなかったんだけど、凄くおもしろかった。そんでレビューにも表題に騙されるな!観てみろ!って書かれてました。たまには素直にならないとね。

えっ!日曜日だったんだから2~3話書けたんだろうな?って?ももももちろんですよ。執筆がノーマンの生きがいですからね。はっはっは~!では。明日!

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