カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第22話 その頃 船長とオーナー

宇宙暦727年 帝国暦418年 3月末

エルゴンーエルファシル航路上

キャプテン佐三

 

「この航海が副長として最後の航海だと思うと、なんだか変な気持ちでさぁ」

 

「ハイネセンに戻れば、船長になるんだ。雇われとは言え、責任重大だぞ?頼むぜ」

 

苦笑する副長を横目に、エンブレム号はエルファシルへの航路を順調に進んでいた。ターナーのお陰で亡命融和派とのパイプも太くなり、帝国語に堪能な航海士見習いも確保できた。ウーラント商会の案件もまずお声が掛かるのはうちだし、ウォーリック商会からも前以上に声をかけてもらえるようになった。

 

引き合いが多いのは嬉しいが、一隻でこなせる案件数でもない。そこで関係各所に出資をお願いして、中古ながら2隻目の商船を購入し、一部システムのアップグレードと、メンテナンスを進めている。エルファシルからシロン経由でハイネセンに戻る頃には、運用可能になる予定だ。

 

「為せば成るとは言わねえが、副長歴もそれなりにあるんだ。フェザーン方面を任せるんだからよ。頑張って稼いでくれよな。あっちはエコニアの案件もあるし、面白い事になるはずだ。きっと良い経験になる」

 

そう俺が笑顔で言うと、副長は安心したようだ。ただ、1週間おきに不安げにしやがる。こいつも手が焼けるぜ。とは言え気持ちも判る。俺もウォーリック商会で雇われ船長になった時は、身が引き締まる思いがした。

 

その分、独立して商船持ちになった時は業務面では心配はなかったが、今度は資金繰りっていう悩みが増えた。商船持ちになるのは夢だったが、創業期の資金繰りに悩む俺を横目で見ていた副長は、独立までは考えていないかもしれなかった。

 

「そういう意味では、ウォーリック商会はやっぱりすごいわな」

 

船長席の前に据え付けられたモニターに視線を向けつつ、俺は改めてお世話になったウォーリック商会の独立支援の手厚さに舌を巻いた。零細資本から脱皮しつつある出光商会には、まだそこまでの余力はない。ただ、今関わっている案件が成功し、モデルケースになれば、時間はかかるだろうが中堅資本くらいにはなれるだろうし、独立支援を行う余裕も出てくるはずだ。

 

「これもターナーがつないでくれた縁か。こんな案件に関われるとは思わなかったなぁ」

 

エンブレム号の船倉には、シロンで積み込んだ帝国風の食材と最新式の醸造設備、農業機械を積んでいる。テルヌーゼンで成功したビジネスモデルを、前線へ行く前に同盟軍が寄航するエルファシルでいよいよ始めるからだ。

 

エルファシルの人口は200万人を超え、小さいながらも駐屯地もある。十分成功は見込めた。今後の計画では、エンブレム号はハイネセン―シロン―エルファシル間をメインに運航予定だ。そして新しく購入した商船は、ハイネセン―シロン―エコニア―フェザーンを軸に運航する。

 

同盟の中でも田舎に属するエコニアを加えるのは、現段階では採算が厳しいのも確かだ。ただウォーリック商会の働き掛けもあり、既存の人造湖の倍くらいの人造湖を新設する予算が下りた。フェザーンからの帰路に惑星ウルヴァシーに寄港し、船倉の合間に淡水を積み込んでエコニアで下ろす。今は余剰穀物くらいしか商材がないが、いずれは加工肉や酒も商材になるはずだ。そうなれば十分採算がとれる航路になるだろう。

 

「井上にも少しは借りを返したいしな」

 

親友でもある井上はエコニアで商店を経営しているが、採算がとりにくい航路は諸々の発送もあと回しにされがちだ。入植時に持ち込んだ農業機械がメンテナンス時期を迎え、エコニア経済からすれば大規模開発が行われるともなれば、メンテナンス部品だけでなく、新規で農業機械の購入も検討されているだろうし、醸造設備も必要になるだろう。

 

住民に寄り添う商売をしている井上商会は、住民たちにヒアリングを行って事前にニーズを取りまとめて、出光商会に発注してくれた。普通に発注したら半年以上かかる物も、事前に取りまとめてもらえれば用意可能だ。

 

それでも数週間かかるが、今までと比べれば劇的な改善だろう。そしてエコニアがモデルケースになれば、最低減のインフラ投資がされた後、放置されている辺境星域が採算の取れる市場になる。自分たちを介して、星系が発展する。そうなる事で美味しい市場になり、ますます発展する。建国期の商船乗りたちが感じていたやりがいや誇りを、感じられる新興エリアが出来るかもしれなかった。

 

「士官学校を卒業したら任官だろ。まだ当分里帰りはしないだろうし、どうせならエコニアが発展しすぎてびっくりさせてやりてえな」

 

「船長、内心が漏れてますぜ」

 

そう指摘してきた航海長もどこか嬉し気だ。もっとも独立して数年の零細商会が、商船を追加できるほど好調なのが誰のおかげかはみんな知っている。恩返しじゃないが、エコニアを発展させてびっくりさせたいって考えているのは、俺だけじゃなかった。

 

良縁を結んでくれたオレンジ頭の元航海士見習いからは、彼の兄貴分の子供であるタイロン宛の誕生日プレゼントと手紙を預かっている。誕生日プレゼントを届けるのに手ぶらじゃ行けねえ。俺は独立商人風に、情操教育に良さそうなおもちゃを用意してる。

 

トーマスは俺の船に乗る可能性もあったんだ。半分身内みたいなものだ。出来る事はしてやりたかった。前に会ったのは半年前だが、赤ん坊の成長は早い。成長しているであろうタイロンに会うのが楽しみだった。

 

 

 

宇宙暦727年 帝国暦418年 4月末

惑星エコニア 井上商会

井上オーナー

 

「発注して一か月足らずで納品されるとはなぁ。井上オーナーは魔法でも使ったのかい?」

 

「ありがとうございます。いやぁ、航海士になったターナー家の、そうそうあのオレンジ頭の縁で、ある商会がエコニア経由の定期便を運航してくれましてね。そのお陰もありまして」

 

「そうかい。そういえばあのオレンジ坊やが、士官学校に入学したんだもんなあ。エコニアも捨てたもんじゃないね。これで第二人造湖が出来ればもっとエコニアは良くなる。子供はともかく孫世代には首都星系の大学に行く人も増えるかもしれない。夢みちゃうねぇ」

 

農業用機械とメンテナンス部品を受け取りに来た常連の中年男性が嬉しそうに話しかけてくる。世間話をするのはいつもの事だが、人造湖の新設が動き出してから、明るい話題が増えた。

 

人造湖が完工したらそのまま灌漑設備と道路の整備。そして増産した穀物で酪農業と酒造業が動き出すだろう。そうなれば、寄航する商船もさらに増えるはずだ。常連は夢と言ったが、孫世代にはハイネセン記念大学や、国立自治大学に進学するのも、そこまで難しい事ではなくなるかもしれない。

 

「ありがとうございます。またお願いします」

 

嬉し気に農業機械を輸送用トラックに積み込み、手を振ってからトラックに乗り込む常連を頭を下げながら送り出す。お客の景気が良けりゃ、こちらも自然と明るくなるってもんだ。今までは半年待ちでやっと入荷した商品を、更に価格交渉されることが多かった。

 

お互い知らない仲じゃない。懐事情も分かってはいるから無下にもできなかったが、景気が良くなった事もあって、そういう事も無くなった。隣のマスジットに出店する為にしていた資本蓄積を使って、エコニアの倉庫を大幅に拡充し、冷凍冷蔵用の倉庫も新設した。降ってわいた好景気に対応できたのは、井上商会だけだった。

 

「オーナー、戻りました。収容所の皆さん、喜んでましたよ。でもせっかく入荷した帝国風の食材を差し入れちまうなんて......。なんか勿体ないような気がしちゃいます」

 

「気持ちは分かるがな。これも投資よ。懐かしい帝国風の食材を食べれば、連中も頑張って働こう!って思うだろう?それに、何人かが、エコニアに骨をうずめても良いって考えるかもしれねえ。収容所はここだけじゃねえんだ。捕虜のまんまじゃ定員があるが、住人になっちまえば定員はないからな」

 

「確かに住人になってもらえたら嬉しいですね。俺ももっと愛想よくします!」

 

そう応じると、配送役の新入りが伝票を置いて裏口から倉庫に戻っていく、次の配送に向かうんだろう。収容所内の売店を経営していたし、第二人造湖開発事業の主幹になっている事もあって、捕虜と接する事も多かった。

 

一括りに捕虜と言っても、中には業界の専門職のような技能を持っている人材もいるし、多くの人材は、農業や酪農の経験者だ。事業計画の太枠は首都星系から降りてきたが、実際に現地調査と設計図の細かい調整を行ったのも、収容所の捕虜たちだった。首都星系では高給取りに属する人材が眠っていることに、今更ながら気づいたわけだ。

 

「捕虜のまんまじゃ、敵国人のままだ。帝国を捨てて、エコニアに住もうって思ってもらって初めて真の勝利よ!オレンジ、俺は俺で、戦争してるぜ。おめえさんも頑張れよ!」

 

遠い首都星系で、士官学校で励んでいるであろう元従業員に思いを馳せながら、独り言をつぶやく。経済成長が進めば、首都星系の開発支援事業が無くても、惑星独自に開発予算を捻出できるようになる。大規模緑化事業が中止され、エコニアの地表の多くは荒れ地のままだった。でも自分たちの頑張り次第で、エコニアを緑溢れる惑星にできるかもしれない。

 

そう思っているのは俺だけじゃないはずだ。捕虜の同化政策がうまくいけば、エコニアに優先的に捕虜が収容されるようにもなる。帝国風の食材の差し入れは、決して安くはない投資だが、エコニアの将来に必ずプラスになると信じていた。




という訳でおじさんたちの近況回でした。原作で捕虜から市民になる方法は特に記載がなかったので、今作でも条件は特段記載しない形で進めます。これぞ言い訳!、、、ではなく原作尊重です。はっはっはっ!では。明日!

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