カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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という訳で2章開始。半分状況説明回かなあ......

     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


融和と排除 宇宙暦730~736年
第28話 守るべき存在


宇宙暦730年 帝国暦421年 6月末

惑星ハイネセン ホテルユーフォニア

カーク・ターナー

 

「紅茶のお代わりは如何ですか?ターナー様」

 

「お願いしようかなメアリー。いつもありがとう」

 

手元のティーカップを横に滑らせると、メアリーがティーポットから紅茶を注いでくれる。お礼も込めて会釈し、カップを引き寄せながら視線を経済紙に戻す。任官して以来、ホテルユーフォニアでお世話になっている俺は、朝食を取りながら経済紙に目を通すのが日課だ。

 

早番担当のメアリーとは、もう馴染みの仲だ。まぁ、コーヒー派が多いこのホテルで、少数派の紅茶派だった事もあり、顔を覚えてもらえたようだ。変な勘繰りは無しだぞ?メアリーとは長期宿泊者と従業員の関係だ。

 

士官学校を卒業した俺は、クリスティンと結婚式を挙げ、ハネムーンがてら惑星エコニアに6年ぶりに帰省した。捕虜収容所が増設され、地方星系の中では経済的に一つ頭が抜け出たエコニアだが、ハネムーンの行き先としては正直微妙だ。

 

俺としては、他の面々が候補にしていた景勝地や、バカンスの定番を薦めた。ただ、クリスティンとしては、俺の両親や義理の妹弟にもきちんと会っておきたいという意向が強かった。

 

クリスティンに押し切られた形での帰省だったが、今では押し切ってくれた事に感謝している。久しぶりのエコニアは、数字では理解していたが、実際に見てみると、俺が暮らしていたエコニアとは比較にならない程、発展していた。

 

ターナー家が所有していた荒れ地は、第二人造湖が造成されたことで有望な農地となり、父さんは別人のように楽し気に働いていた。7歳の妹と6歳の弟は初対面という事もあったが、何かと写真を見せていたらしく、早々に懐いてくれた。

 

クリスティンも混ざって、農作業をしたのも良い思い出だ。俺は早々に井上商会に働きに出たから、ターナー家の農地を耕した経験がほとんどなかったからな。

 

やつれた姿を見せまいとしている印象が強かった母さんも、明るい表情を見せていて安心できた。俺の仕送りの一部を活用して、牧畜業も始めるとの事だった。

 

このままいけば、妹弟達はエコニアで身を立てる事が十分可能だろう。帝国風の食材の生産も、捕虜たちの協力を得ながら始まっていて、思った以上にクリスティンも楽しめたと思う。

 

「ただねぇ、まさか孫と同年代の子供が出来ちゃうなんて......」

 

終始笑顔だったクリスティンが反応に困っていたのが母さんのお腹に4人目の命が宿っていた事だ。同盟は多産を奨励しているから、高齢出産にも医療機関は対応している。

 

まぁ、俺も20歳で結婚と、同盟でも早めに身を固めた事もあるが、あれからクリスティンの懐妊熱は高まったと思う。別に俺のすることは変わらないんだが、あんまり義務感ではしたくないのも本音だ。

 

井上商会にももちろん顔を出した。7年前は髪も黒々としていたオーナーが、白髪交じりになっている事に、時の流れを感じた。ただ、井上商会は今ではエコニアを代表する商会になっている。世話好きで甘い所がある彼が、ちゃんと成功したことは、自分の事のように嬉しかった。

 

捕虜たちもエコニアの開発に協力的らしいが、発展著しいエコニアは慢性的な人手不足らしい。妹弟にも人材として目を付けている様だが、自前の広大な農地に、牧畜にも手を広げるとなると、むしろ作業員として捕虜を雇う側になるだろう。

 

収容所の規模が一気に3倍になったことで、惑星エコニアの男女比が男性寄りになっているのも事実だ。出光商会を通じて、集団就職の募集を亡命系に依頼することを提案した。この辺に関しては、ウーラント商会の社長と言う立場もあるが、同盟軍の少尉という立場もある。

 

亡命者と結婚した俺は、良くも悪くも亡命派寄りに見られる。そういう意味で、捕虜の同化政策のモデルケースでもあるエコニアにあまり口出しすると、逆に変な目で見られかねない。表立って動けないのが心苦しかった。

 

エコニアを後にして、テルヌーゼンに戻り、ハイネセンのシルバーブリッジにある尉官向けの官舎への引っ越し手配を始めた辺りで、クリスティンに妊娠の兆候があった。彼女本人は、予定通りシルバーブリッジでの同居を望んでいたが、軍人と言う商売は艦隊勤務にでもなれば半年単位で家を留守にする事もある。新婚の妻が一人きりで子育てをするのも厳しいだろうと判断し、俺は単身赴任をすることにした。

 

独り身で官舎を整えるのも無駄なので、ホテルユーフォニアに転がり込んだ訳だ。同期連中もシルバーブリッジの官舎で新婚生活を始めるし、そこまで心配する必要もなかったかもしれない。ただ、市立経大の同窓生もテルヌーゼンに多くいるし、義弟であるユルゲンがハイネセン記念大学に進学した以上、ウーラント邸には義父一人になってしまう。ビジネス面でもクリスティンはテルヌーゼンにいる方が都合が良かった。

 

「メアリー、ご馳走様」

 

空になったティーカップを横目に、俺はメアリーに声をかけて、ロビーを抜け、ロータリーに停車している自動運転タクシーに乗り込み、統合作戦本部ビルへ向かう。

 

「任官式を危うく欠席する所だったが、無理をして会っておいてよかったな」

 

タブレットには、エコニアで撮影した両親と妹弟の写真のほかに、エルファシルにいるシーハン嬢とタイロン少年の写真もある。このタイミングを逃すと厳しいという事で、スケジュールはタイトだったが、エルファシルにも足を運んだ。

 

トーマス譲りの優し気な顔立ちと、シーハン嬢から黒髪黒瞳を受け継いだタイロン君は、どこかどっしりした所があり、初対面の俺にも物怖じしなかった。エルファシルでのウーラント商会の事業立ち上げで、幼い頃から大人と接する機会が多かった。それにプレゼントを託していたキャプテン佐三も顔をちょくちょく出していたらしく、人見知りしない子に育ったようだ。

 

「そんな気がしていたが、これはこれで良かったんだろうな」

 

手元のタブレットをスライドすると、3人の写真が表示される。タキシードで身を固めたキャプテン佐三、ウエディングドレスに身を包んだシーハン嬢。そして子供用の礼服を着たタイロン君。

 

もともと俺が支援していた事もあり、キャプテン佐三としては本心を明かすか迷ったようだが、シーハン嬢とタイロン少年と過ごす時間は、ビジネスにかまけて来たキャプテンにとって安らぎの時間になっていたようだ。俺のエルファシル訪問に合わせて、シロンから到着したキャプテン佐三から、シーハン嬢への想いが打ち明けられた。

 

トーマスへの想いもあったようだが、シーハン嬢もまだ30歳だ。一人でタイロン君を育てるのも大変だし、相思相愛なら俺から言う事はないと思った。タイロン君の父親代わりのような存在になっていたキャプテン佐三に、シーハン嬢も感じる所があったようで、急遽、入籍する事となった。

 

立会人はなぜか俺だったが、悪い気はしなかった。エンブレム号の乗組員や、ウーラント商会のエルファシル支社の面々も急遽集まり、教会で式を挙げた。久しぶりに会うエンブレム号の乗組員は、機関長以外は、初対面だった。

 

今では5隻の商船を運用する出光商会は、中堅資本と言えなくもない所まで急成長している。副長も、航海長も、今では船長として活躍している以上、予想できる事だった。

 

「まぁ、納まる所に納まったな」

 

どうやら周囲もどこか感じる所があったようだ。久しぶりに会った機関長がそんなことをつぶやいていた。キャプテンもまだ40代に入ったばかりだ。ターナー家の事例を考えるとタイロンの弟か妹の誕生は十分期待できるだろう。

 

エコニアを飛び出してたった7年足らずで、知己が増え、家族も増え、そして後進達も増えていく。国防の末端を担う者としても、任官前にちゃんとそれに気づけて良かったと思う。

 

『目的地に到着します。ご利用ありがとうございました』

 

到着を告げるシステム音声が、俺を現実に引き戻した。クレジットカード機能も兼ねた身分証をリーダーに通し、タクシーを降りると、地下駐車場の降車場だ。首にかけたセキュリティーカードをゲートに通し、情報部専用のエレベーターに乗り込む。意外なことに、俺を含めた同期連中はまとめて参謀本部勤務を命ぜられた。

 

今の俺は参謀本部勤務で特命中と言う扱いで、ジークマイスター分室にデスクを持っている。参謀本部という組織はある意味とても便利で、各艦隊や基地に参謀役を派遣できる事から、軍組織全体を触りだけでも経験させるには都合がよい組織だ。ブルースを始め、同期の面々を軍としても、将来の上層部にすべく、育成するつもりなのが分かる。

 

俺との情報交換をする為に、参謀本部付きを拝命して最初の任務が、機密情報アクセス権取得者検定だった事には、正直笑った。ただ、それだけ室長の分室が期待されているという事でもあるだろう。

 

エレベーターを降り、情報部独自のセキュリティゲートを通過すると、いよいよ我らの分室だ。リーダーにセキュリティーカードを通し、ドアロックを解除して席に向かう。荷物をデスクそばに置いて、まずはお茶の準備だ。

 

機密保持の観点からこの分室には従卒は入れない。ジークマイスター室長以外に、この部屋に出入りしているのは俺ともう一名だけだ。紅茶を帝国流に入れられるのは俺だけなので、新人少尉の業務の一環として受け入れている。

 

もっとも、室長は月に一回は帝国亭で食事をされるのだが、その際に必ず御供にしてもらっているので、メリットが無い訳ではない。統合作戦本部や参謀本部に呼ばれる事もあるから、もう一人の少尉と共に、上位者の目を気にする事なく、伸び伸びと勤務できている。

 

「おはよう。ターナー。今日も早いな」

 

「おはようファン。俺も今来たところだ」

 

もう一人の少尉で、俺の同期でもあるファンが部屋に入室してきた。結婚したことも影響しているのか?初めて会った時から比較するとだいぶ柔らかくなった。

 

新婚生活もうまくいくか心配していたが、この分室勤務になって以来、少し照れながら昼食に愛妻弁当を頬張るファンを見る限り、俺の心配は杞憂に終わりそうだ。ファンはこの分室と参謀本部の連絡役として着任している。冷静沈着で手堅い仕事をするファンを当ててきた辺り、参謀本部も適性を理解している様だ。

 

「昨日までで、あらかたの分析は終了した。概要図にまとめたものを添付しておいたが、もう確認済みだろうか?」

 

「ああ、ちょうどPCを起動して確認していた所だ。どう思う?連中も最前線に食物プラントを持ち込むまでには至っていない。あちらさんもゴタゴタしてはいるだろうが、そろそろ動き出すだろう?手始めにダゴンで試してみたい。あそこなら想定以上の戦力が出張ってきても、アステロイドベルトの多さで撤収も容易だろ?」

 

「そうだな。同意する。それに同盟軍はダゴンに強い思い入れもある。そういう意味でも上申した案が採用されやすいだろう。では、作戦案の大枠の作成を進める事で良いかな?」

 

「そうだな。上の連中が介在する余地もあった方が良いだろう。んじゃ善は急げだ。取り掛かるとしよう」

 

ファンと業務割り振りを確認して、俺達は上申案の作成を始めた。室長の予定を確認すると、こちらには午後から来るようだ。それまでに概要はまとめておいて、相談のうえで最終案を煮詰めれば問題ないだろう。




もうここまで来たらエコニアのターナー家の面々の名前は、機密指定で進めようと思います!では!明日!

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