カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

31 / 116
     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第30話 初陣

宇宙暦730年 帝国暦421年 9月末

ダゴン星域 アステロイドベルト

アルフレッド・ローザス

 

「アルフレッド。この一文、どう思う?奴がこんな命令を許すとは思えんが......」

 

「ブルース。出元はおそらく防衛部あたりだろう。基地を破棄させ、敵討ちの機会も奪った。なら一応の慈悲を示す機会は与えるが、それ以上の譲歩を認めない......。という所だろう。私達には地上戦の経験はない。彼らの価値観を理解するのは難しいだろう」

 

「そうだな。言い分は分かる。気持ちも判るつもりだ。願わくば帝国の連中が降伏勧告を受け入れてくれることを期待したいな」

 

イゼルローン回廊を抜け、ダゴン星域へこれまで通りに到着し、惑星カプチェランカへ補給を行おうとしていた定期補給艦隊を蹂躙した私達、臨時特務艦隊8000隻は、拿捕した輸送艦をエルファシルに回送したごく一部の部隊を除いて、アステロイドベルトの中に紛れ込み、おそらく来るであろう救援艦隊を待ち構えていた。今頃はハイネセンから帝国へ通報してくれとばかりに大々的に出撃した2個艦隊が、パランディア星系へ向けて進軍を開始しているだろう。

 

帝国の首都星オーディンからイゼルローン回廊までにかかる期間は40日。カプチェランカの帝国軍には、そこまで持ちこたえる物資がない。帝国軍は前線に遊弋している独立艦隊を糾合して救援艦隊を編成することが想定されている。

 

糾合した戦力を分散させる意味で、イゼルローン回廊出口からみて丁度ダゴン星域と三角形が出来るパランティア星系に念を入れて広報までして進軍している。ダゴンを救えばパランティアを放棄することになる。地表のレーダー施設ではアステロイドベルトに潜伏している艦隊を見つける事は困難な一方、パランティア星域には2個艦隊が向かっている事が確実なため糾合された艦隊はおそらく二分され、かなりの割合がパランティア星系に向けられる想定がされていた。

 

『カプチェランカに駐留する帝国地上部隊への降伏勧告は一回のみとせよ。勧告が受け入れられない場合、軌道上から地上施設を破壊すべし』

 

作戦要項の最後に書かれた一文が、輸送艦隊の撃滅を喜ぶべき臨時特務艦隊に一抹の影をもたらしていた。ブルースを始め、バーラト系原理派の若手士官の顔色が冴えないのは、この命令の大元が自派から出ている事をなんとなく察しているのもあると思う。

 

バーラト系融和派の勢力拡大、亡命系の態度の軟化、そして辺境では捕虜の同化政策が進む一方で、バーラト系原理派は確実に自分たちが少数派になりつつあることを理解している。

 

カプチェランカは何年にも渡って地上戦が繰り広げられ、猛吹雪だけじゃなく血しぶきと憎悪が吹き荒れた場所だ。意図的に捕虜を取らない皆殺しも行われた過去がある。そのような戦場を経験した捕虜が、同化政策になびくかと言われれば、私も懐疑的にならざるを得ない。無条件に慈悲を与える事は許さない......。そんな意思表明を兼ねているのだろう。

 

そうまでしたいなら自分たちの手を汚して欲しい。そう言いたい所だが、そんな心情を漏らせばブルースを傷つけるだけだ。私は内心、少しでも救援艦隊の到着が遅れる様に、そして地上部隊の指揮官が、憎悪に囚われずに素直に勧告に応じる様にと祈っていた。

 

カプチェランカからの打電を鵜呑みにしたのか?戦力はパランティア方面に集中していると判断したのか?ダゴン星域に現れた帝国軍の救援艦隊は、アステロイドベルトを警戒することなく、私達に背面をさらした。戦力も4000隻程度。これで撃破できない訳がない。

 

なんとなくだが、皆予想していたのだろう。拿捕した輸送船に、やけに救助活動を丁寧にして収容した捕虜をのせ、エルファシルに送り出すまで降伏勧告は行われなかった。

 

命令で降伏勧告の機会を制限されていなければ別の未来もあったのだろうか?最初で最後の降伏勧告が無視された時、司令官は帝国軍からの通信をシャットアウトさせた。

 

静止軌道から艦砲によって地上施設を蹂躙し、帰路に就く。暗黙の内に誰も指摘しなかったが、惑星カプチェランカは極寒の地だ。基地を破壊され、屋外で過ごさざるを得ない状況でどうなるか?司令官は自分が全てを引き受けるつもりだったのかもしれないが、残念ながらその思いは無に帰した。そこまで想像力がない人間の方が、珍しいだろう。

 

もしかしたら私達はトーマスさんの仇をとったのかもしれない。でも、オレンジ頭の親友に、胸を張ってそれを言う気にはなれなかった。落ち込んだ様子のブルースを慰める言葉も見つからなかった。カークならうまく励ませたのだろうか?

 

ハイネセンに帰還した時、どこかホッとし、しばらくはこの話をしない事にすると決めた。いずれ経験すると覚悟していたはずの初陣は、私達の心をえぐり、自分たちの手が血濡れた物になった事ばかりが記憶に残るものとなった。

 

 

宇宙暦730年 帝国暦421年 10月末

パランディア星域 外縁部 同盟軍第5艦隊

ジョン・ドリンカー・コープ

 

「何はともあれ、多くの兵士たちが無事に伴侶なり恋人なりの元に帰れる。それだけが朗報だな」

 

「ああ、それに戻る頃には、ターナーの所の予定日だ。慶事が続くな。またジンジャエールで祝杯を挙げるとするか」

 

「まったく、風貌は精悍なのにワイン一杯も受け付けんとはな。ヴィットリオと足して割ればちょうどいい。あいつは底なしだからな。良いワインを水みたいに飲みやがるから、奴との食事は高くつくんだ」

 

そう言いながら、気づかいに感謝するかの様に肩を叩くと、ジャスパーは視線をモニターに戻す。俺達は帝国軍の戦艦から抜き出した戦術データの分析をしていた。データ自体はすべてエルファシル辺りまで戻ったタイミングで、同盟軍のデータベースにアップロードされる。

 

情報部はそれを元に捕虜対応をするだろう。ただ、俺達は参謀本部から第五艦隊に参謀の一人として配置されたが、ジークマイスター分室への報告も任務に含まれる。フェザーンでの情報の受け渡しに軸足を置く分室は、分析担当は俺達の同期2名だけだ。少しでも負担を減らす意味で、事前分析は必要な事だった。

 

「予測のひとつだったが、結局正規艦隊は出てこなかった。独立艦隊がわらわらと来たわけだが、フェザーンが知らせなかったと思うか?」

 

「その点は判断できないが、おそらく知らせたと俺なら判断するな。正規艦隊は出てこなかったが、5つの独立艦隊が出てきている。ダゴン星域に行ったのも含めれば34000隻近い。こちらが2個艦隊を出したという情報が無ければ、対応策として的確過ぎるな」

 

「そうだな。俺もそう思う。フォルセティ会戦で貴族出身の『名ばかり少将』が多数戦死した。そのゴタゴタが落ち着いたかと思えば、ハーレム帝が死去。600人近い庶子がばらまかれ、後を継いだオットー・ハインツ2世は、方々に気を使わないといけない。軍にもまた『名ばかり少将』が増えただろうしな」

 

俺の意見に賛同しながらも、ジャスパーはどこか悲し気だ。彼の父親はオルテンブルク家の直系だ。俺の出身であるバーラト系原理派からすると許しがたい事に、疑似的な貴族制を取る亡命派。オルテンブルク家はその雄の一人だ。

 

ただ、冷静に見れば派閥の雄としての責務は果たしている。亡命派が飢える事が無いように仕事も確保している。そして徴兵に関しても、最低限の負担には応じるが、不公平な話はすべて突っぱねている。そんな彼から見れば、帝国の連中が貴族の責任を放棄したようにも映り、思う所があるのだろう。

 

「ジャスパー。俺達は同盟軍だ。帝国には帝国の事情があるんだろう。あまり気に病むな」

 

「分かっちゃいるんだがな。為政者としてはある意味正解さ。下手をしたら反乱の神輿になる存在や、実績も無いのに声だけはでかい連中を同盟にぶつけて処分する。勝利できればそれはそれで良し。治世は始まったばかりだ。処分の機会はまだまだある。分かっちゃいるんだ。ただ、それに付き合わされる下級貴族や平民の事を思うとな。亡命者も案外増えるかもしれん」

 

パランディア星域に進出した第5艦隊と第7艦隊に応対してきた独立艦隊は、連携も不十分で安易な突撃をしてくるし、こちらの誘いにもホイホイ乗ってきた。指揮官に軍事的な教養があったとは思えない。

 

ジャスパーの言う通り、『名ばかり少将』達の艦隊だったんだろう。先帝の庶子という事で中将もいたかもしれない。そんな連中に階級を投げ与え、300万人を超える兵士たちが戦地に送られる。任官したばかりとは言え、俺も軍人の端くれだ。気分の良い話じゃなかった。

 

「あっちじゃ、案外ウォリスの方が憤懣を抱えているかもな。あいつはこういう話に一番目くじらを立てるからな。ヴィットリオも苦労していそうだ」

 

ジャスパーの言う通りかもしれない。なんでもそつ無くこなすウォーリックは、変な所で高潔だ。ベルティーニは口下手とは言わないが、勝敗の事ならともかく、こういう事情をうまくいなせる奴でもない。

 

熊みたいな体躯でしょんぼりしている奴を思うと、それはそれで面白かった。本当なら、その風貌から粗野だと思われがちなベルティーニを抑える意味でウォーリックと組ませたんだろうが......。

 

そういう意味では、幼い頃から何だかんだと一緒にいたブルースと組めなかったのは残念だが、ジャスパーも気持ちの良い男だ。分析も本能的に要旨を掴む所があるが、逆に細かいところを無視するから、補う意味で自分の役割も明確だった。

 

お互いの妻同士も仲が良い。アデレードから逃げ回るせいで、同期連中の新婚家庭からも距離を置きがちなブルースの事を考えると、ジャスパーと家族ぐるみの時間を過ごすことが増えそうだった。

 

「それで、ターナーの所には何を贈るんだ?実用性を考えたらオムツ券とかになるが?」

 

「馬鹿を言うな。シルバーカトラリーを贈るに決まっているだろう。ターナーも用意するだろうし、実家のウーラント家からも送られるだろうが、あれは何セットあっても良いんだ。贈られる数が多いほど祝福された証になる。使う機会が少ないかもしれないが、婚約の機会なんかの身内の会食なんかで使えるしな。様式を確認して、揃いの物を贈るんだ。一度頼めば毎年手配をしてくれるからな。プレゼントに悩む必要もない。貴族趣味だと思うかもしれないが、案外道理に適っているんだぜ」

 

そう聞いてみれば、案外道理に適っている。シルバーカトラリーが並ぶ中でオムツ券と言うのも様にはならない。あまりに破格だと困るが、毎年プレゼントに悩まずに済むならそれも良いかもしれない。結局、俺達はお互いの子弟にシルバーカトラリーを贈り合うことになる。

 

贈り合うカトラリーのクラスも合わせたから、子沢山の方が勝ちだなんて話になり、既婚者たちは子づくりに励む事になる。誕生を知らされる度にアデレードに結婚を迫られるブルースが笑い話の種になるのだが、それはもう少し後の話だ。




評価・しおり・お気に入り登録ありがとうございました。28話で一気にポイント伸びてて驚きました。補給はばっちり。ノーマンもしばらくは頑張れそうです。では!明日!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。