カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第31話 有効活用

宇宙暦731年 帝国暦422年 2月末

惑星テルヌーゼン ウォーリック邸

クリスティン・ターナー

 

「本日はわざわざ足を運んでもらって済まないね。シュテファン君も元気そうで何よりだ」

 

「会長、良い名前を頂きありがとうございます。義父も良き名を頂けたと喜んでおります」

 

「はい。父も同盟の地に来てまで帝国風の慣習に配慮すべきか悩んでいたようですが、会長のお陰を持ちまして良き形になったとホッとしておりました」

 

夫が任官する前にと考えていた私のお腹に、命が宿って1年。名付け親になって頂いたウォーリック会長に、シュテファンの顔を見て頂こうと、夫婦でご挨拶に伺いました。帝国の芸術にお詳しい会長は、名付けの慣習についてもご存じで、快く引き受けて頂けました。

 

本来なら寄親にお願いするのですが、お世話になった恩人にお願いすることもあります。父としても初孫に慣習に応じて名付け親を......。と考えていたそうですが、ウーラント商会で既に多大なご支援を頂いている以上、さらに甘えて良いものかとお悩みでした。

 

「貴方たちに似て、きっと優秀な子になるわね。物怖じしないし、美形になりそう。シュテファン、ウォリスみたいな女性泣かせになってはダメよ?」

 

「イネッサ。あれは末孫だから私も少し甘やかし過ぎた。幼い頃から良い芸術に触れたおかげで、趣味は悪くないんだがな。まぁ今はああだが、やると決めたらやる子だ。そのうちあいつも曾孫を連れてくるさ。どれどれ、私にも抱かせておくれ」

 

そう言って、あやして下さっていたイネッサ様からシュテファンを受け取り、抱きながらあやして下さる。男子ばかりとは言え3人もお育てになられ、既にウォリスさんの兄君方はお子様もいらっしゃる。

 

手慣れた抱き方にシュテファンも上機嫌だ。物怖じしないシュテファンは夜泣きもあまりしない。泣き出す可能性は少ないと思っていたが、上機嫌に過ごしてくれてホッとした。

 

シュテファンは夫の友人、私の友人を始め、多くの方に抱いて頂けている。帝国ではより多くの方に抱いてもらえれば、それだけ縁も多くなると言われている。シュテファンが成人する頃には、ウーラント家も同盟に根が張れたと、言える日が来るのだろうか?

 

「イネッサ様、シュテファンは既にウォリスにも抱いてもらいました。私はウォリスのなんでも器用にこなす部分は、是非シュテファンにも見習ってほしいと思っております。お二人の温かい薫陶があったからでもありましょう?恋愛も器用にこなしていますが、相手を泣かせるような事はしていません。最も、私もシュテファンが恋愛に器用になり過ぎるのは困りますが......」

 

「まぁ、ターナー君はお上手ね。それに友人思いだわ。そうそう、遅ればせながら昇進おめでとう。ウォリスのお友達たちも揃って昇進でしょ?任官一年以内に功績を立てられれば、万歳昇進とは差がつくものね。おめでとう」

 

「ありがとうございます。ウォリスを含めて皆優秀です。運もありましたが、昇進に値すると評価頂ける結果を出せた事は嬉しく思っております」

 

詳しくは機密という事で教えて頂けませんでしたが、お知り合いの面々は無事に帰還され、昇進されました。作戦立案に関わっておられた夫とファンさんも中尉になられました。

 

軍人の妻として昇進は喜ぶべき事なのでしょうが、多くの方は前線で功績を上げられました。万が一の事があったらと、不安に思うのが妻としての本音です。そしてそれを見せまいと明るく務めるのも役目でしょう。

 

ただ、任務に向かう夫たちが留守の間は、無事を祈りながら過ごしているのもまた事実。私は運よく授かる事が出来ましたが、多くの方々は、夫に英気を養ってもらいながら、お互いの愛の結晶を求める事になるでしょう。

 

「それじゃあ、クリスティンさん、テラスにお茶の用意をしてあるわ。一緒に行きましょう。男性陣はビジネスのお話もあるようですから......シュテファン、さぁ、いらっしゃい」

 

イネッサ様は、グレック会長からシュテファンを受け取り抱き上げると、あやしながら応接室を後にされる。会長に会釈をしてからイネッサ様に続いて部屋を後にする。大きくとられた窓のお陰で明るい雰囲気の廊下を、イネッサ様に続いて歩く。

 

シックにまとまった内装に、アクセントのように飾られた帝国風の美術品は、上級貴族家もかくやと言う雰囲気で、不思議と居心地が良かった。大奥様に先導されてテラスに出て、テラスの一角に用意されたテーブルに腰を下ろします。

 

「クリスティン?出来る男を夫に持つと大変でしょ?私もそうだった。あんなこと言ってるけど、結婚する前はグレッグも相当モテたのよ。ウォリスの兄たちは商会に関わっていたから、早めに婚約させたから良かったものの、そうじゃ無かったらウォリスが3人になっていたと思うわ」

 

「カークさんもダンスパーティーではかなり人気者でした。淑女としてはしたない事ですが、嫉妬しなかったと言ったら嘘になります。殿方は、やはり妻がいてもよそ見をしてしまうものなのでしょうか?」

 

「まぁ、ターナー君はそっちの方は器用じゃなさそうね。ただ、ちゃんと話し合う事が大事ね。シュテファンの事もそうだけど、貴女は商会の経営にも関わっている。もう少しすれば、ユルゲン君も卒業するでしょ?相談事の話題は尽きないはずよ?抱え込まないで、うまく頼るの。貴方はどちらかと言うと抱え込むタイプじゃない?むしろそういうのは要注意よ?」

 

シュテファンをあやしながらなんでもない事のように話して下さるイネッサ様。イネッサ様は、夫婦としてだけでなくビジネスの面でもパートナーだったと聞く。私も妻としてだけではなく、ビジネスの面でもパートナーになれるだろうか?いえ、なると決めるのです。クリスティン。ビジネスでも軍でも夫は結果を出してくれました。次は私の番。うじうじ悩んでいるよりよっぽど生産的でしょう。

 

名付け親になって頂いたお礼に伺ったにも関わらず、心まで晴れやかにして頂くなんて。シュテファンにもお二人へのご恩を聞かせておきましょう。それから、淑女同士の会話を楽しみながらお茶を頂きました。もしおばあ様が存命ならこんな話を交わしたのかもしれません。そう思うと、どこか温かい気持ちになりました。この日から、ウーラント商会で励む傍ら年長のお茶会仲間と温かい時間を過ごす事が、私の新しい楽しみとなります。

 

 

宇宙暦731年 帝国暦422年 2月末

惑星テルヌーゼン ウォーリック邸

カーク・ターナー

 

「ウォリスから事前に聞いている例の件の事だろう?君が結ぶ縁は、本当にすごいな。亡命系だけじゃない。バーラト系原理派にもいつの間にかすごいパイプが出来ている。全く大したものだ」

 

「その縁の始まりは、会長とのご縁です。ウーラント商会が立ち上がっていなければ、亡命系とのつながりはここまで強くはなりませんでした。今回の件も、私はあくまできっかけに過ぎません。それに、この案を動かすにはバーラト融和派の会長に動いて頂かないと始まりませんから......。次男か長女かはわかりませんが、誼を通じる意味で、次の名付け親は亡命系にお願いするつもりです。名付け親同士、太くはないかもしれませんが、お役に立てるかと」

 

今回の事業プランは、地方星系の開発と増加傾向の捕虜の有効活用を狙ったプランだ。切っ掛けは帝国軍の戦闘艦が、大気圏突入能力を持っている事に始まる。同盟軍の戦闘艦は、生産効率の兼ね合いから大気圏突入能力を備えていない。つまり、帝国軍の戦闘艦から武装を取り外して輸送艦に改修すれば、インフラ投資が不足した地方星系にも効率よく輸送できる訳だ。

 

「うん。ウォーリック商会を立ててくれたのは理解しているつもりだ。事業計画も読ませてもらった。鹵獲した帝国の戦闘艦を武装解除し、捕虜たちに運航させる。ウルヴァシーの水資源をインフラ投資が未熟な星系に輸送し開発を促進する。そして余りがちな穀物を搬入し、ウルヴァシーに新設した倉庫群に集積し、輸出効率も上げる。悪くはない案だ」

 

「はい。同化政策の最大のネックは、収容所を作った惑星の男女比です。今のままでもインフラ開発に寄与してくれてはいますが、圧倒的に女性不足です。地方惑星を行き来する事で、出会いの機会も少しは増えるでしょう」

 

「そうだな。帝国軍人は男性ばかりだ。同化政策のお手本のエコニアは適齢期の女性はほとんど既婚者になりつつある。かといって女性だけを移住させる訳にもいかない。そういう意味でも政策としても見るべき点がある」

 

そう。収容所にいる限り衣食住は事足りる。最近では、収容所の近辺の商店では帝国風の食材も取り扱いが増えた。低賃金だが、適度に働けば嗜好品も買えてしまう。つまり、帰化して家庭をもちたいと思う切っ掛け、恋人が必要なのだ。

 

「発起人は会長に。既に出資に関してはバーラト系原理派からアッシュビー家、コープ家。亡命系からはベルティーニ家、そしてジャスパー家を通じてオルテンブルク家も内々に参加する旨を回答頂いております」

 

「そうだな。そろそろバーラト系原理派にも利益配分を始めるべきか。勢力も減少傾向だ。さすがに門外漢にしておくのも、それはそれで問題だと思っていたからな......」

 

出資比率は同盟政府・バーラト系原理派・バーラト系融和派・亡命派・、そして辺境系で20%ずつで話がついている。ウーラント商会は辺境枠で出資する予定だ。もちろん井上商会と出光商会にも辺境枠で出資してもらう。

 

短期的に見ればこの事業の受益者は地方星系だ。だから利権として噛ませる。長期的には経済成長すればバーラト系の民需用の消耗品・各種機械製品、亡命系の各種嗜好品の購買層になるだろう。ただ、一見すれば捕虜優遇策に過ぎるという主張も当然出てくる訳で、黙らせる意味でも利益配分をしておく必要がある。

 

「後は、艦船を強奪して帝国に向かうような事が無いようにしなければならない点だが......」

 

「ワープシステムの機能に一部ロックをかければ宜しいでしょう。後は事前通知です。武装解除したとは言え、フェザーン回廊に戦闘艦で向かえば、政治問題に発展します。帝国がそのまま受け入れれば、フェザーン回廊の非武装中立が破られる事にもなりますから。我が軍の哨戒網を潜り抜けてイゼルローン回廊を抜けられれば、それこそあっぱれと言うしかないでしょう」

 

「そうか。そこまで考えているなら話を進める事にしよう」

 

「よろしくお願いします」

 

これで地方星系の開発がさらに促進される。派閥の融和も少しは促進できるだろう。防衛体制を確立するまでは国防費の削減は正直難しい。なら予算を割けないなりに、今から手を打つしかない。

 

それに、万が一、艦船を強奪してフェザーンに向かうなら、それはそれで同盟には問題がない。非武装中立が破られたという前提が出来れば、帝国がフェザーン回廊を使用する可能性も生まれる。そうなればフェザーン回廊に対する防衛体制も検討する口実になるのだから。

 

おぼろげながら記憶にある第二次世界大戦。武力に乏しい中立地帯は大国の都合で蹂躙される。永世中立なんて、前世のスイスくらいしかまともに成立していないが、あそこは国民皆兵を採っていた。

 

住民が皆兵士という事は、攻め込んでも荒れ果てた山地が手に入るだけ、だから永世中立が成り立った。宇宙の交易の中心地であるフェザーンに、残念ながらそれは当てはまらない。




平和の代名詞として日本では使われるスイスですが、調べてみると結構血塗られた歴史を持っていたりします。山岳が多く、食い扶持が確保できない為、傭兵が主産業だった時期もあるんですよね。

陣営が別れたスイス人傭兵同士が血で血を洗う戦いを繰り広げたり、そうした勇戦が評価されてスイス人傭兵の単価が上がったり。一番の例は、ローマ教皇を守る衛兵が、過去に教皇を守るために死亡率77%の奮戦をした功績に感謝してスイス人傭兵だったり。まぁ、銀英伝2次読者の方々にとっては釈迦に説法かな?

シュテファンは、マリア・テレジアの夫のフランツ1世から頂きました。この時代には珍しく恋愛結婚なのですが、結婚するために領していたロレーヌ公国を手放したり、財政家としても当代屈指だったり。

んで、マリア・テレジアさんの肖像画って後年のごつい奴のイメージが強くて、少女時代のやつ見たら、シュテファンが全部捨てる意味もなんとなく分かったり。子供も16人いて、同盟建国期の女性陣もびっくりの実績出してたりね。では、また明日!

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