カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています

誤字報告が無いならないで、反響が無くて寂しく感じるこの頃です。


第33話 ある老夫婦の涙

宇宙暦731年 帝国暦422年 6月末

惑星シロン オルテンブルク邸

クラウス・フォン・オルテンブルク

 

シロンの宇宙港から車で1時間前後。平民街を抜け、従士たちがすむ住宅街の先に、爵位を持った亡命者たちが暮らす住宅と言うより邸宅が立ち並んでいる。その中でも一際大きな、館と言うべき物件が数件。その一番東側の物件がオルテンブルク侯爵家の邸宅だった。

 

庶民からみれば物語に出てくる侯爵家に相応しい館に見えるだろう。実際、屋内も落ち着いた木目調で揃えられ、先祖たちが亡命時に持ち込んだ美術品が、あくまで品を保つ様に配置されている。

 

ウォーリック商会の会長がこの館を訪れる事があれば、一日中館の主と美術品談議に花が咲いただろう。正面に構えられたエントランスの上部には広めのベランダがある。屋内とを仕切る大きくとられた全開口窓の先で、繰り広げられる美術品談議。ではなく、大人の事情ならぬ貴族の事情による話し合いが行われていた。

 

「では、フリードリヒから打診のあった名付け親の件だが、そのターナーとやらは十分それに値する男なのだな?」

 

「オルテンブルク侯、その通りでございます。フリードリヒ様が投資されたウーラント商会の立ち上げは彼が行ったものです。既に収益化もされておりますし、投資先としては非常に優良な物件です。業績にもよりますがあと数年で元本回収の見込みです。

 

それに今回の捕虜となった同胞たちに地方星系の開発に一役買ってもらう件でも、色々と骨を折ってくれたようです。また、侯が後援されているイーセンブルク校にてマナーを学んでいたことも確認できました。担当したフラウベッカーに確認した所、非常に優秀な生徒であったとの事です」

 

「左様か。そこまで亡命系に貢献してくれた事と、庶子とは言え直系男子の友人ともなれば、先例としてもそこまで批判は出ないであろう。フリードリヒにも良い返事ができる。喜ばしい事だ」

 

庶子ではあったが初孫で男子のフリードリヒ。可愛くない訳がない。本当なら手放したくもなかったし、ましてや戦死の可能がある士官学校に行かせたくはなかった。ただ、文字通り間の悪さが重なり、そうせざるを得なかった。

 

公式に詫びるような事は、立場がさせなかった。私情で動いて詫びたとしても、私は多少批判される位だろう。だが庶子の養育を頼んだジャスパー家はおそらくシロンを中心とした疑似的貴族制の中で、生きていけなくなったに違いない。

 

生活費だけは苦労させたくない。そんな気持ちから個人口座のへそくりを振り込んだが、詫びとするのにはあまりにも少額だった。既に家督を譲っており、当主と正妻との間にまだ子はなかった。ここで自分が可愛がればお家騒動になる。帳簿に残る侯爵家の口座から資金を動かす訳にも行かなかった。

 

「フリードリヒ様は、すでに功績を立てられ、4月から大尉になられたと聞き及びました。紹介いただく投資案件もこれぞというもので、資産をお預かりする私どもも、感謝しております。本来ならハイネセンにお伺いし、お礼を申し上げるべき所、シロンを離れる訳にもいかず心苦しく思っております」

 

「良いのだ頭取。あやつもそんな事は望んでおるまい。フレデリックとして自由に生きると申しておったそうだ。ただ、良き縁に恵まれたのであろう。冷たい仕打ちをしたとは言え、我が家に亡命系にメリットがある話を紹介してくれる。

 

あやつこそ当主の器であったが、残念ながら庶子では家を継がせられん。ましてや幼い嫡子がいるとなれば、優秀であるほど危険でしかない。後継ぎのいない頃合いの合う子女がいる家でもあれば良かったが、さすがに侯爵家が動いてはな。強引に取り込むつもりかとも思われかねん。何かと不自由な身分よな」

 

資産運用の相談相手の頭取は、少し困った表情をしてから、ごまかすようにティーカップを手に取り、お茶を飲んだ。確かに彼にはそうする事しか出来ないだろう。侯爵家当主の後見人を蔑むような発言は出来るはずがない。それに、万が一これが正妻の耳に入れば、それこそ気分を損ねて後々どんな災難が降りかかる事になるやら。

 

「フリードリヒ様の案件は、黒字化の見込みだけでなく、亡命系が投資しやすい状況も整えられています。そういう意味でも、亡命系融和派だけでなく、亡命系原理派の方々にもご紹介しやすいですから、皆様から感謝されております」

 

「そうだな。これを切っ掛けにバーラト系との融和も多少は進むだろう。それにシロンだけではもう先は見えている。地方星系の開発の件に出資できたことで亡命系の惑星の開発も進むだろう。亡命系が協力する事で国力が高まれば、バーラト原理派も強硬な事は言うまい。そうなれば我々もいちいち身構えずに済む。そうなればさらに融和が進むだろう」

 

ダゴン星域会戦の帝国の敗戦。それを期に、自分の将来に危険を感じていた層が一気に同盟に流れ込んだ。国力を高めた同盟はコルネリアス1世陛下の大親征も何とか跳ね除けた。だが決して同盟の傷も浅い物ではなく、亡命者が持ち込む資産に高い税金をかける案や、実質的な志願の強制が行われかけた。

 

使い潰されぬ為の窮余の策として、シロンに固まって団結し、不公平な政策を跳ね除けた。先人たちの苦労も分かるが、結果として亡命系は同盟に溶け込めていない。一同盟市民としては懸念を感じつつも、亡命系原理派の雄であるオルテンブルク侯爵としては、簡単に妥協は出来なかった。

 

「頭取よ。今は私が動かせる資産だけでも賄える案件ばかりだ。私からも紹介はしているが、オルテンブルク家が正式に投資していない案件を紹介する訳にはいかぬ。今後もフリードリヒは案件を紹介してくれるだろう。その際は、財務に携わるプロの目に適う案件であれば、力になってもらえまいか?

 

今は良いが、あやつの関わる案件にそれなりの金額を投資していると正妻が知れば、それはそれで騒ぐであろうからな。融和を進める意味でも、亡命系はバーラト系と様々な事業に取り組むべきだ。双方が歩み寄るには、継続的な利益が必要であろう。なんとか頼む」

 

「そのような事はお止めください。お願いされずともそのつもりでございます。嗜好品の生産しか投資先がない中で、新しい可能性が生まれているのです。部下たちも張り切っておりますから、むしろ頭を下げるのは当行の方でございます」

 

頭取が慌てた様子で応じる。それだけでも、フリードリヒの案件が、ひいき目なしでも優良なものなのだと改めて感じた。そしてそれを公に誇れない立場を疎ましく思う。この館に代表される貴族的な様式美をかなぐり捨てれば、もう一つか二つは大規模な緑化を行い、大々的に開発する事も出来た。ただ、それを行うという事は信じてついてきてくれた者たちの家業を奪い、世間に放り出すことになる。

 

幼い頃からオルテンブルク侯爵家を支えてくれた者たちを路頭に迷わす判断は、残念ながら私だけでなく多くの家も出来ないだろう。頭取の暇乞いを受け、ベランダに向かう。私の立場から比較すれば自由に動ける頭取が少し羨ましかった。頭取が乗った乗用車が、表門に向けて走り去って行く。初夏の装いになりつつあるシロンだが、このベランダには良い風が通る。

 

「この時期はここが一番ですわね。良い風が通りますから」

 

「おお、クラウディアか......。頭取との話し合いで少し疲れたのかもしれん。しばらくここで休憩しようかと思ってな」

 

「そうでしたか」

 

そう言いながらメイドにお茶の用意を命じ、ベランダの一角にしつらえたテーブルに座るクラウディア。こやつにも色々と苦労を掛けたのかもしれん。情が深い事は良く知っている。もしかしたら私以上に初孫を可愛がりたかっただろうし、当主の戦死の際も、本来なら悲しみを露わにしたかっただろう。

 

だが、それを堪えてくれた。もしかしたら侯爵夫人と言う立場に私以上に縛られたのが我が妻だったのかもしれない。珍しく人払いを命じてから、彼女は話し始めた。

 

「フリードリヒの事、悩んでおられるのでしょう?でも、亡命系に限っていた投資話に、急にバーラト系の案件を含めて御家の資産を割いたら、さすがのあの娘も気づきますわ。そうでなくてもいずれお茶会などで話題になるはずです」

 

「確かにそうだな。ただ実際に利益は出ておるし、亡命系の将来を広げる意味でも必要な事なのだ。先兵となって切り開いてくれているフリードリヒの顔を潰すわけにもいくまい......」

 

「貴方は本当にずるい御方です。いつも立場を意識して抱え込まれてしまう。貴方があの時フリードリヒを可愛がりたいとおっしゃってくれれば、既に隠居していたのですから、それなりの隠居先を用意して、私達がフリードリヒを育てる選択肢もありました。投資の件もそう。一人でフリードリヒに陰で支援して、他にも支援したいと思っている者がいるとは思わないのでしょうか?」

 

私が視線を向けると、クラウディアは怒気をはらんだ視線をこちらに向けていた。

 

「生活費の件も、帳簿に残らない資産なら私の持参金もございました。言って下されば私もあの子の力になれた。厳しく接したのもお家の為です。同じ屋敷に住んでいる子がない正妻の目の前で可愛がるような事をすれば、どんな事がおこるか。正妻に嫡子を生んでもらわねばならない以上、ああするしかありませんでした」

 

表情は変らないが、手元のハンカチを強く握りしめていた。確かに私がもう少し素直になれれば、違う未来もあったかもしれない。そして、当主である私が本心を隠した以上、その判断は絶対だった。私は自分の決断でこうなったが、妻は私の決断に巻き込まれ、本心を隠す道しかなかった。

 

「初孫が同盟の中心地で、少しでも亡命系の立場を高めようとしているのです。力になりたくない訳がないでしょう?次からは私の持参金も、投資に使ってくださいまし。その位しかもう出来る事は無いのですから」

 

「クラウディア。お前には苦労を掛けてしまったな。本当に済まなかった」

 

傍によって肩に手を添えると、声をこらえながら涙を流す。見ているのはつらく、視線を空に向ける。私がこの場を離れてしまえば人払いが終わってしまう。そうなれば涙を流す訳にもいかないだろう。

 

空の先にある宇宙、その先にある首都星ハイネセン。そこで頑張ってるであろうフリードリヒの事を思う。本当なら大声でお前を褒めたい。我が家の誇りだと社交界で言いたい。こそこそと隠れる様に其方の案件に投資する事くらいしか出来なかった私を笑えと言いたい。

 

ふと気づいたが、私の瞳からも涙が流れていた。この日から、ほんの少しだけだが、私達夫婦は人払いをしたときは素直に話し合うようになった。そしてフリードリヒから紹介される投資案件の資料を二人で読むのが、夫婦だけの秘密の楽しみになる。




という訳で、亡命系原理派の雄。フレデリック・ジャスパーの祖父母のお話でした。フレデリックは帝国読みでフリードリヒになるので、今回はフリードリヒと記載しています。

オルテンブルク侯爵家は格式もあり、正妻に嫡男を生んでもらう必要がありました。ジャスパー家は本来はオルテンブルク侯爵家の侍女の家柄です。先に庶子でしかも男子が出来ちゃうと、祖父母としても立場があるため、可愛がることが出来なかったというお話。少しづつ同盟では融和と開発が進んでいきます。

察しの良い方は気づいていられるかもしれませんが、先代侯爵夫婦はあくまで侯爵家基準で話しているので、一般的な市民としてはかなり高額なやり取りが行われています。今作切っ掛けで投資家の方を読んでくれた方もいるみたいですね。重ねて感謝です。では!明日!

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