カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第34話 ある捕虜の選択

宇宙暦731年 帝国暦422年 8月末

惑星エコニア 西収容所

デニス・アッカーマン

 

ひと昔前までは捕虜収容所の存在が強いて言うなら特徴であった惑星エコニア。それ以外はインフラ投資も行われず、荒涼とした大地が広がる自由惑星同盟によくある惑星のひとつだった。

 

それが、エコニアの顔役になりつつある井上商会と出光商会、そしてウーラント商会が、バーラト融和派の雄であるウォーリック商会に働きかけたことで、第二人造湖の開発事業が動き出してからは、順調に経済成長が進んでいた。

 

当初は仮設宇宙港から惑星でただ一つの都市、エコニアポリスを挟んで南側に建設された捕虜収容所は、現在では南収容所と改名され、エコニアを中心に東と西にも収容所が新設された。温かい地域住民の対応や、帝国風の食材が容易に入手できるようになり、同盟市民になる事を希望する捕虜も多かった。

 

とは言え、捕虜のままなら衣食住に困る事もない。第二人造湖の建設から始まる灌漑設備の新設や、その後、現在では第14まで建設された人造湖の建設と灌漑施設の整備。当然増えた農作業への応援。捕虜にもいくらでも仕事があり、帝国軍の下士官よりはマシな生活が出来ていた。

 

収容所の新設にあたって、南収容所にいた3万人の捕虜を1万人ずつ移動させ、古株として新しく収容される捕虜の指導役のような役割も与えられる。新しい面々も貴族階級出身は別の惑星に送られた為、理不尽な事もまず起きない。

 

捕虜の多くを占める徴兵された若年層にとって、帝国で今でも過ごしているであろう家族の事を除けば、それなりに収入もあり、それなりに贅沢もできる。悪くない生活が過ごせていた。悪くはない生活だが、同盟市民になるには何かきっかけがいる......。3つある収容所の合計で10万人を超える捕虜の多くはそんな状況だった。

 

「こりゃ、いよいよ本気で取り込みにかかった感じだな。悪くはない生活だったが、ここが正念場か......」

 

「アッカーマン軍曹、どういうことです?」

 

新入りの一人が、代表するかのように声をかけてくる。新入りと言ってもフォルセティ会戦で捕虜になったからもうすぐ3年か。古株として信頼されている以上、変に隠す必要もないか......。

 

「明日、掲示板にも上がるだろうが、古株に事前連絡で明日から募集が始まる案件の情報が回って来たんだ。まぁ見てみろ」

 

支給された型遅れのタブレットを渡すと、俺が世話役を務めている8人がタブレットを囲むように集まった。さすがにそんな人数じゃ、一つのタブレットを閲覧できる訳がない。仕方ない。解説してやるか。

 

「読めば分かるが、輸送艦乗組員の募集が明日から始まる。乗るのは帝国の戦闘艦だ。最も武装撤去はされているだろうがな。んで、カンダルヴァ星系の惑星ウルヴァシーを起点に、水資源を地方星系に運ぶ、そして地方星系から穀物をウルヴァシーに新設される倉庫群へ運ぶ事になる。

 

注意すべきは特記事項だな、この案件に1年以上従事したら、同盟市民になる際に好きな惑星に移住できる。待遇は同盟軍の新兵並みの給与だが、衣食住の保証付き。まぁ、悪くはない条件だな」

 

「そうしたら、同盟市民になってフェザーン経由で帰国する事も出来るんでしょうか?」

 

そういう夢は捕虜生活3年ならまだ捨てきれないよなあ。だが、知らない仲じゃないし、この案件に従事するなら、そういう未練はない方が良いだろう。

 

「フェザーンの大商人クラスへの伝手や、爵位持ちの貴族様に顔が利くならともかく、帰国の夢はあきらめた方が良いぞ。最前線で捕虜になり、救出されたとかならともかく、俺達は長期間、同盟市民と悪くない関係を続けてきた。帰国の際には尋問も受けるだろう。平民相手にわざわざ情報部が人員を割くとも思えない。担当は社会秩序維持局だろうな」

 

そこまで言うと、俺が伝えたいことが理解できたようだ。

 

「正直に話した所で、危険思想の持主ってことにされるだろうな。そうなれば残してきた家族も危険な事になる。将官クラスは戦死か捕虜かを把握しているだろうが、俺達みたいな平民の下級兵士はまとめて戦死扱いだろう。少額でも戦没者年金が支給されているはずだ。帰国が良い選択とは、残念ながら言えないだろうな」

 

念のため、最後まで伝えておく。万が一艦船を奪って帰国を図る連中が出てくれば、この事業が中止されかねない。この先も捕虜になる連中は出てくるだろう。そいつらから同盟で新しい人生を始める機会を奪わない為にも、未練がある奴には参加させない方が良いだろう。

 

「軍曹はどうされるんです?応募されるんですか?」

 

「そうだな。俺もこのゆりかごからそろそろ出ようと思っている。悪くない生活だったが、もともと艦船乗りだったしな。土木関係なら設計図も引けるようになったし、重機の操作にも慣れた。地方星系を回りながら気に入る惑星を見つける。そこでも人造湖や灌漑施設の建設が行われるだろ?んで、出会いがあれば結婚して同盟市民として生きていく。まぁ、悪くない未来だ」

 

「そうですね。エコニアじゃ既婚率が高すぎて家庭を持つは難しい。でも他の星系ならそうでもないだろうし、そういう可能性もあるのか......」

 

そもそもエコニアの人口はそこまで多くはなかった。捕虜はすべて男性である以上、男女比は圧倒的に男性寄りだ。そういう意味でも他の星系を回れるのは良い機会だろう。

 

「それにな。同盟じゃ、帝国では皇帝陛下と貴族たちの悪政が敷かれていると教育してるんだ。徴兵された平民はむしろ戦争に駆り出された被害者って認識らしい。そういう連中が、待ち望んでいたインフラ開発の援軍に来るんだ。大歓迎になるかは分からんが、少なくとも反発される事はないだろう。井上商会もこの案件に関わるから、近々は無理かもしれないが、帝国風の食材も手に入るようになるだろうしな」

 

そこまで言うと、連中も自分の将来像がイメージできたようだ。悪く言ってもかなり前向きに検討を始めたって感じだな。井上商会のオーナーにもだいぶ世話になった。これ位の恩返しはしておかないとだろう。

 

それにオーナーの話じゃ、あのオレンジ頭も士官学校を卒業して任官したと聞く。弟の様でもあり子供の様でもあったあいつが、しっかり人生を歩んでるんだ。俺だけが、いつまでも足踏みしている訳にもいかないだろう。

 

この案件が掲示板に上がり、募集が始まると捕虜たちの応募が殺到した。おそらく古参の連中が、俺と同じように説明したんだろう。このゆりかごでの生活は悪くなかった。でも足踏みしている事も良く分かっていたんだと思う。

 

帝国臣民としての人生を捨てて、同盟市民としての人生を始める。踏ん切りをつけるのに3年くらいは必要だろうが、さすがに10年は長すぎる。俺も35歳だ。人生をやり直すとしたら最後の機会だろう。

 

「曹長、いや、今日から副長ですね。嫁さん探しは階級関係なしでお願いしますよ!」

 

「馬鹿野郎!お前らは若いんだ。早くいい人を捕まえろ!俺なんかをライバル視してると、他の連中に持ってかれちまうぞ!」

 

想定以上の応募によって、鹵獲された帝国戦艦が武装撤去されると同時に、事業が動き出した。古参だった俺と俺が担当していた連中は、比較的早めに輸送艦乗組員になる事が出来た。連中も含め、どこか収容所にいる時はあきらめた雰囲気もあったが、明るい表情になっていて、背中を押してよかったと思えた。

 

初年度だけでも1500隻が動き出したのだからすごいものだと思う。運航人員だけとは言え、2万人近い人員が同盟市民になるべく新しい人生を歩み始めたのだから。急速に開発が進む地方星系では、男手が求められる。

 

また、想定以上に電力需要も伸び、帝国軍の巡洋艦を地表に降ろし、動力部のみを活用して簡易発電所にする計画も数年後に始まることになる。そういう意味でも帝国の艦船に知識がある捕虜が、地方星系で求められる存在になった。

 

捕虜たちが結婚相手として地方星系の女性たちに人気となるのだが、そうなるまでには数年の時が必要になる。ひとり、ふたりと、良い相手が見つかった奴から船を降り、新しい人生に進んで行った。

 

数年後に俺の番が来て、とある惑星で農場を経営する家庭に、俺は迎え入れられる事になる。お互い連絡を取り合っていた俺の班員は、結婚式や子供が生まれた際には都度都度集まった。

 

そうして移り住んだ惑星で子育てを終える頃には、今までの経歴が活きて当てにされる事が多かった俺は、地域のまとめ役のような存在になっていた。嫁さんとのんびり余生を過ごそうとしていた頃合いで、割り当てが増えた代議士枠への立候補を求められるのだが、それは当分先の話だ。




という訳で、おっちゃんことデニス軍曹のお話でした。悪政?の下、徴兵されて前線に送られ、捕虜になったとなれば、同盟市民にもっとなっても良いのでは......。

とも思ってましたが、原作ではそうでもなかったので、補足も含めました。捕虜=生産人口ですから、同化できればそれに越したことないとも思うんですが。では!明日!

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