カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第35話 役得

宇宙暦731年 帝国暦422年 10月末

統合作戦本部 ジークマイスター分室

ファン・チューリン(大尉)

 

統合作戦本部の中層に位置する情報部の一区画をわずか3人で使用する特殊な事情を抱える分室に勤務をし始めて一年半が過ぎた。さすがにターナーばかりに室長のお茶の用意をさせる訳にもいかない。ファネッサに頼んで亡命系の資本が経営する紅茶専門店が主催する『紅茶通への第一歩』なる講習会に参加してもらい、ふたりであれやこれやと紅茶談義を続ける事半年、やっとターナーのお墨付きを貰い、室長にお茶を用意できるようになった。

 

『ファン大尉、君の紅茶は仕事ぶり通りに紅茶も手堅い味がするな』

 

ニヤリとしながら紅茶の感想を頂いた時は、作戦が成功した時のような不思議な安堵感があった。自分の果たすべき役割は理解している。ただ、どんどん自ら仕事を創り出して室長に提案し、先に進んでいくターナーに置いて行かれたくはなかった。

 

お茶の用意位は分担する。些細な事だが、私の精神衛生の為にも必要な事だ。室長の感想もターナーのようにうまくやる必要はない。私らしく手堅くやれと励ます意図もあるのだろう。

 

「ターナー大尉に引っ張られて動きすぎたかな?人員の割に手間のかかる仕事を情報部から押し付けられたものだ。そしてターナー大尉は君に押し付けて自分がやりたい仕事に出かけたか。次は施設部と防衛部あたりに貸しを作らないといけないかな?君も忙しいだろうが、頼むぞ。特別手当は出しておこう」

 

「お気遣いありがとうございます。ただ、私はお気遣いいただかなくても任務を果たすつもりです」

 

「そんな事は分かっている。だから君には正式に軍からの給与に合わせて処理しているんだ。大尉もいずれ人を使う側になるだろう。前線任務なら問題ない。ただこの分室では話が違う。目の前を何百万もの予算が動くのだ。それなりの報酬を与えておくのが当然なのだよ。それにターナー大尉は経営もしている。自社に利益が落ちる様にしているはずだ。お子さんも生まれるのだし合法的に処理しておくから気持ちよく受け取ってくれ」

 

情報部に所属する他の分室がどう運営されているのかは不明だが、うちの分室では明らかに機密費から割り振られた予算以上の金額が動く月がある。分室で独自に用意した構成員たちが営む店舗だけではなく、おそらくは株式投資、もしくは先物取引をしているのだと推察していた。

 

帝国からもたらされる情報の中には、穀物の生育状況なども含まれる。それらがあれば穀物の先物取引で儲け放題だろう。ただ、機密費が有限である以上、活動の為の資金を自前で調達する事は理解が出来る。これがジークマイスター分室の流儀なのだと私は理解していた。

 

それでも大尉の年俸が約8万ディナールなのに、特別手当が既に5万ディナール。さすがに多すぎるのではないかと気にはなっている。

 

「了解しました。ではありがたく頂戴します。国防委員会からの特命に関してはいつまで担当することになるでしょうか?ターナー大尉の動き次第では、私はそちらの支援に回る必要性も出てくると思いますが......」

 

「この案件は戦争が続く限りチェックが必要になる案件だ。長くても数ヵ月、その後はウォーリック商会に調査費を支払う形で手配すれば良いだろう。あちらもこの事業が軌道に乗らなければ困るのだ。どうせする作業に料金が生じるならむしろ歓迎するだろう。国防委員会というより、あの分析を出したのが我々だから、ちゃんと予算を取ったぞと言う打診の意味も含んでいるのだ。優先すべきはターナー大尉の支援だろう」

 

「承知しました。では、そのように進めます」

 

急遽、国防委員会からジークマイスター分室へ指名で与えられた任務は、動き出した捕虜たちに武装撤去した帝国の戦艦を輸送艦代わりとして運行させる事業の立ち上がりの確認だった。

 

収容所を主管する同盟軍施設部だけでなく、人的資源委員会・経済開発委員会・天然資源委員会からも情報を集める必要があった。事業の進展には地域社会開発委員会と財務委員会も注目しているし、国防委員会としても失敗する訳にはいかないと言った所か?

 

「二度手間になるだろうから、エルファシル星系のデータも一緒に集めてしまうと良い。どうせ必要になるだろうから」

 

そう言いながらティーカップを手に取り、紅茶を飲む室長。話は終わったようだ。自分のデスクに戻り、作業を進める。縦割り行政の弊害で、各委員会は縄張り意識が強く、連携して動くのが不得手な状況になっている。

 

予算の奪い合いをする相手だから気持ちは分かるが、似たようなデータを別個で集めていたり、統合すれば活きるデータを各々で抱え込んでいたりもした。帝国の情報も入ってくるこの分室が、ある意味、人類社会の概要を一番把握しているだろう。うまく活かして、自前でも活動費を稼ぐというのは、有効的な活用方法なのかもしれなかった。

 

ターナーがエルファシルに向かったのは、最低でも中規模、出来れば大規模な艦隊駐屯地を作る事前調査の為だ。前線との距離と、補給を含めた生産拠点に必要な労働力・軍人たちが羽を休める歓楽街。それらを踏まえると、エルファシルが唯一の候補だった。

 

『そうだな。私が帝国軍の司令長官なら、贅肉を早めにそぎ落としたいだろうな』

 

正規艦隊を敢えて出撃させずに済ませた帝国軍の意図は正直掴みかねていた。使えない『名ばかり少将』達を処分するために独立艦隊として前線に送り込んでいる。そういう可能性も考えられていたが、本当にあり得るのか?という疑問は残った。

 

その疑問が晴れたのは、室長の一言だった。今の内に前線を押し上げ、イゼルローン回廊出口付近を押さえる案もあった。ただ、グエン・キム・ホアの唱えた距離の防壁の理論に反する事になる。まず独立艦隊を遊撃戦で撃破し、帝国の正規艦隊をおびき出して撃破。そのうえでイゼルローン回廊出口付近まで押し上げるというのが、ターナーを含めた同期達で考えたプランだ。室長にもそれはお伝えしている。

 

エルファシルに大規模な基地が完成すれば、ハイネセンから派遣するのに比して半分の距離になる。イゼルローン回廊のこちら側にも帝国の地上部隊はまだ駐屯している。補給艦隊には独立艦隊が護衛についているので、有利な状況を創り出しつつ戦力を削ぎ落しにかかるのが第二段階だ。

 

「エルファシルか。確かに唯一の候補だ。ただ帝国軍の来襲をフェザーンが通報してくるのが通例になってるとは言え、なぜ正規艦隊をハイネセンに集中させてきたのか?前線と補給地の距離が近い方が有利なのは、戦略の基本だ。誰かしら思いつきそうなものだが......」

 

この時、ふと浮かんだ疑問は、各部署から申請した資料が揃った事でそちらに意識が向き消え去ってしまった。この時浮かんだ疑問を思い返して口惜しい思いをするのは、まだ先の事だった。

 

 

宇宙暦731年 帝国暦422年 11月末

惑星エルファシル ウーラント商会支社

ヤン・出光・シーハン

 

「母さん、カーク兄ちゃんはまだかな......」

 

「そうねえ。もう少しかかるんじゃないかしら?」

 

エルファシルの歓楽街から2つ通りを挟んだオフィス街。その一角にウーラント商会は支社を構えている。歓楽街にはレストランを構えると同時に、歓楽街を中心に帝国風の食品と地ビールを卸す事業は、意外なほど順調だった。

 

郊外に大き目の農場も構え、醸造もそこで行っている。エルファシルで事業を開始した時から、ウーラント商会は子育て支援が特徴的な待遇で人員を確保してきた。このビルの最上階は保育園のように改修され、保育士資格をもつ職員が配属されている。農場の方だと完全に保育園のような一角がある。

 

父子家庭や母子家庭が多かったエルファシルで、新興企業なのに人気企業になりつつあるのは、手厚いとも言える子育て支援の賜物だろう。実際、タイロンも保育園にお世話になり、初等学校に通いだしてからも、下校後はこのオフィスで私が退勤するまで面倒を見てもらっていた。

 

「どうせなら母さんも来ればよいのに。兄ちゃんならランチ一人分くらい文句言わないと思うよ?」

 

「そうねえ。でもお父さんが留守の時に一緒に出掛けるのは、あんまり良くない事なの。タイロンもお父さんが内緒で美味しいものを食べてたら良い気分はしないでしょ?」

 

「うーん、難しくてよくわかんないかなぁ」

 

ウーラント商会の社長でもあるターナー君が、任務でエルファシルに来て一か月近く。午前中はエルファシルの駐屯基地で施設部門の関係者と打ち合わせをし、午後から軍服をスーツに着替え、調査名目で取引のある飲食店や食品店を回る。

 

『僕も一緒に行きたい!』そんなタイロンの一言から、大体14時にこのオフィスに顔を出し、タイロンがいると一緒に出掛ける。そして夕食前頃にタイロンを送り届けてくれる。そんな生活をタイロンは楽しんでいた。

 

「それで、ターナーお兄ちゃんに迷惑はかけてない?」

 

「うん。ちゃんと良い子にしてるよ。それに全部は分からないけど、色々説明してくれるんだ。契約用の印鑑を、代わりに押させても貰ったよ。後ね、お父さんに買ってもらった資本主義ゲーム?あれみたいで楽しい」

 

「そう......。それなら良いのだけど......」

 

おそらくエルファシルの駐屯基地が大規模に増設されるんだろうか?商会名義で農場付近に大規模な農耕地を追加購入しているし、歓楽街で手ごろな物件も複数押さえている。出光商会のオーナーでもある夫と相談して、住宅地の造成事業も計画している。利益が出る話なんだろうけど、タイロンはまだ初等学校に通いだしたばかりだ。生々しいビジネスの場に触れるには早すぎる気もしていた。

 

「お!タイロン、準備は良さそうだな!」

 

「あっ、ターナー兄ちゃん。遅いよ~」

 

「すまんすまん。ヤンさん。またタイロンを借りていきますね。こいつはうまそうに料理を食べるし、商談の場でも物怖じしない。一緒にいてくれると会話が弾むので助かります」

 

そう言いながら、タイロンの頭をなでるターナー君。ダークブルーのスーツに、髪と同じオレンジのネクタイ。靴も茶系で決めた彼は、軍人と言うより、大規模資本の御曹司のように見える。タイロンの実父であるトーマスとも、養父である夫とも親交があり、タイロンを可愛がってくれる。

 

「ターナー君、迷惑じゃないのかしら?タイロンはとても喜んでいるんだけど......」

 

「お気になさらず。社員には聞かせられない話もあるので、本当は一人で回るはずでした。ただ、それじゃ寂しいですしね。タイロンがいてくれれば一個艦隊の援軍を得たようなものですから。夕食前には、送り届けますので」

 

そう言いながらタイロンを抱き上げ、肩車をしながらオフィスを出て行く。上機嫌のタイロンの様子に、親の心、子知らずだと思った。私は看護婦だったし、独立商人の知り合いなんていなかった。

 

結婚した夫によると、成功した独立商人は幼い子弟を契約の場に同席させてビジネスの場の空気に慣れさせるという慣習があるらしい。契約の場に同席するほど、成功するとも言われていて、ターナー君が契約の場にタイロンを連れ出すことを、むしろ歓迎していた。

 

『タイロンには器量があるからな。ターナーも目をかけたいんだろう』

 

嬉し気に夫が発した言葉が頭に浮かんだ。確かに夫は独立商人で、私も看護師から支社の役員の一人になっている。タイロンはおそらくビジネス界に将来進むことになるのだから、良い事なのだとも思う。でも、私といる時より楽しそうなタイロンの表情を見ると、それはそれで複雑な気持ちになる。

 

「あの人が帰ってきたら、3人でディナーに出かけよう......」

 

そんな思いが思わず口からこぼれた。気持ちを切り替える意味で、常備されているシロン産の紅茶で喉を潤す。『扱うからには味を知っておくべき』というターナー君の方針のもと、常飲する紅茶はシロン産だし、生産している食材も社員価格で買える。タイロンが幼い頃から食している物は、美味ではあるが、本来は高級品とされるものが多かった。

 

「タイロン、頑張って甲斐性を身に着けないと、生活レベルが下がるわよ......」

 

そこで気持ちを切り替えて、私も午後の業務を始める。事業を拡大するならやる事は多い。確定時点で指示が下りてくるだろうけど、事前に準備しておくに越したことはない。役員の一人である私の決済を待つ書類は、そうでなくても多いのだから。




という訳で、分室とエルファシルの日常回でした。原作でも独特な価値観を持っていたタイロン氏。子供時代とは言え、表現に悩みました。

フィリーネ・オルフ氏の文才が欲しいこの頃。表題で避けてたけど、読んでみると全然違って面白かった。では!明日!
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