カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

38 / 116
     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第37話 年貢の納め時

宇宙暦732年 帝国暦423年 6月末

惑星ハイネセン レストラン:メトロポリタン

カーク・ターナー(大尉)

 

「それでは、ブルースとアデレードの門出を祝して。乾杯!」

 

「「乾杯!!」」

 

ヴィットリオの乾杯の音頭に、会場の面々が続き、グラスが触れ合う音が響き渡る。身内の慶事はそれだけで嬉しいものだが、とうとうブルースが年貢を納めるともなると自称悪友連中に取っては、笑いを含んだものになる。

 

ジョンの所も子供が生まれ、恋愛体質のウォリス以外、文字通り妻子持ちとなったブルースの悪友達。結婚式はもちろん、出産祝いにも同席していたアデレードの突き上げは、もはや活火山もかくやと言える勢いだっただろう。

 

主賓席に座るアデレード嬢が満面の笑みなのに比べ、ブルースの笑みはどこか作り笑いだ。まぁ、士官学校を卒業して2年。ブルースは良く守ったともいえるし、アデレードは良く攻めたとも言えるだろう。

 

「フレデリック、良い挨拶だったぞ」

 

「ああ、あんまり長いのは好みじゃないからな。簡潔にまとめてみた。カークの友人挨拶も短めだったしな。主役じゃないんだ。こういうのは短い方が良いだろ?」

 

「そうだな。俺の方はあのジョークを言うんじゃないかと冷や冷やしたが......」

 

「バチェラーじゃないんだ。そんなこと言えるか」

 

苦笑するフレデリックに引っ張られるように、同じ卓に座る男性陣が笑い、パートナーである妻達が夫に感心しないかのような視線を向ける。

 

まぁ、バチェラーの内容は、参加者だけの秘密にするのがマナーだからな。クリスティンは流石に呼ばれていなかったが、ご婦人方の何人かはアデレードのバチェロレッテに参加したはずだから追及はないだろう。

 

流石にバチェラーとは言え、俺達も同盟軍の士官だ。羽目を外し過ぎる訳にもいかないから、礼儀作法無視の結婚式の予行演習を行った。俺は本番と同じように友人代表挨拶を行ったが、アデレードの攻勢にタジタジなブルースを笑い話にしたし、フレデリックは『スカートとスピーチは短い方が良いと言いますので』と乾杯の挨拶を始めた。

 

極めつけはアデレードの代役として歓楽街にある有名なニューハーフ店のママを招待した事だろう。多芸なウォリスは、人前式を神父になり切って取り仕切り、あの手堅いファンが、新婦の付き添い役を担当した。前世でバチェラーを経験した覚えはないが、人生でも屈指の笑えるひと時だっただろう。

 

ママも、結婚式を挙げてみたかったらしく、ノリノリだった。新郎役だけが憮然とする一幕もあったが、妻子持ちの先達にとってはそれも笑えるポイントだった。

 

「貴方?さすがメトロポリタンですね。お味も良いですし、食器もグラスもカトラリーもかなりの物です。うちも導入を検討すべきかしら?」

 

「そうだなあ。帝国亭はむしろ今のままで良いと思うぞ?内装も含めた雰囲気も違った方が、わざわざ足を運ぶ意味も出るだろ?うん、確かにうまいな」

 

クリスティンはシャンパンで喉を潤しながらアミューズと前菜を食べている。ウーラント商会の経営陣のひとりとして、学べる所は学ぼうとしている様だが、メトロポリタンと帝国亭は雰囲気が違いすぎるからなあ。どっちにする?という選択肢に同時に上がる事はないだろう。

 

「確かにそうですわね。うちに期待されるのは帝国風の雰囲気ですから......」

 

納得したようで、うなずきながら視線をこちらに向けてくる。

 

「貴方のスーツ姿は久しぶりであの頃を思い出しますが、皆さんのスーツ姿も素敵ですね」

 

「そうか?まぁ、折角ご婦人方が着飾るんだ。男性陣も第二種礼装じゃ詰まらんと思ってな。それに軍服には毎日囲まれてるんだ。こんな日くらい、別の恰好をしないとな」

 

「ええ、とても良いお話でした。アルフレッドのスーツ姿なんて、もう何年振りかしら」

 

嬉しそうに声をかけて来たのは、ローザス夫人となったカトリナだ。クリスティンの親友でもあるし、帝国亭にも参考になる意見をくれた。アルフレッドが普段ブルースの世話役をしている事を含め、俺にとって数少ない頭の上がらない女性の一人だ。そう言えばフラウベッカーはお元気だろうか......。

 

「カトリナさんのおっしゃる通りです。うちの人も軍服とパジャマ位しか着ませんもの。ターナーさん。お勧めくださってありがとうございます」

 

嬉し気に応じたのは、ファン夫人のファネッサだ。あのダンスパーティーがきっかけで結婚するとは思わなかったが、人間関係に不器用な所があるファンを支えてくれている。突っ走りがちな俺を、手堅いファンが補ってくれている事を踏まえると、こちらも頭が上がらない。ん?意外と頭が上がらない女性が多いな......。

 

「普段は一緒に買い物に行く機会も少ないでしょうしね。お互いの服を選ぶというのも良いかと。次はウォリスの番かな?」

 

「残念だなカーク。俺はもうしばらく恋愛体質を続けさせてもらうぞ。恋人はいるが、パートナーとして連れてこなかったのも、年貢を納めるつもりが無いからだ。向こうもそう言う気持ちが無いのに披露宴に同席させるのもな。変に火がついても、それはそれで困る......」

 

語尾がどんどん弱くなったのは、淑女たちの冷たい視線に気づいたからだろうか?浮名を流すウォリスでも、手に負えない女性がいるようだ。その一人がクリスティンと言うのは、どこか悩ましい部分があるが......。

 

「それにしても......」

 

そう言いながら多芸なウォリスの趣味のひとつであるカメラの画角を見るような素振を始めた。

 

「俺が言うのも何だが、ここだけ切り取るとマフィア映画の一幕だな。ビシッと決めたスーツに身を包んだ漢達、傍に控える見目麗しい淑女。結構絵になってるな」

 

満更でもないのか、淑女たちの表情は嬉し気だ。クリスティンも澄ました顔をしているが、口元が少し緩んでいる。まぁ、帝国軍と団結して闘ってる辺りは、マフィア映画とも共通するかもしれないな。家族ぐるみの付き合いもしているし、マフィアと言えなくもない。

 

そんな話をしている間にも披露宴は進んでいく。こういう機会でもなければ全員がそろう事も難しい。なんだかんだと楽しい時間はあっという間に過ぎて行った。この時の話が淑女たちから漏れて、俺達の事を『730年マフィア』と呼ぶ連中が出てくるのだが、大々的にそれが広まるにはもう少し時間を必要とした。

 

 

宇宙暦732年 帝国暦423年 6月末

惑星ハイネセン バー:レガリス

ウォリス・ウォーリック(大尉)

 

「予想外に盛り上がったな。まぁお疲れさん」

 

「ああ。そうだな」

 

シングルモルトのロックを手に取り、軽くグラスを交わしてお互いに軽く傾ける。ブルースの結婚式の2次会が終わった後、カークに声をかけられて裏路地の片隅にあるこのバーに場所を移した。

 

奥方を先に返したようだが、俺と三次会となると妙な勘繰りが心配だ。こいつの嫁のクリスティンは淑女然とはしているが、本来はかなり嫉妬深い。まぁ、こいつなら何とでもするか。

 

「それで、内密の話か?素人ならともかく、ここってそういう場所だろ?」

 

「ああ、情報部が資金の出元の店だな。遮音磁場がそれぞれの個室に用意されている。念のためだが、今後は使う事もあるだろう。オーナーへの顔つなぎもかねて連れて来た」

 

そう言いながら、防音磁場を作動させ、グラスを回すカーク。披露宴の続きじゃないがスーツを着こなした男性が2人。場末のバーで内緒話か。マフィア映画かスパイ映画か?観る者が見れば、創作意欲を刺激されそうな場面だな。

 

「来月からウォリス、ブルース、そしてアルフレッドはジークマイスター分室に異動するだろ?その背景を先に伝えておきたくてな。ブルースはこれから新婚初夜だし、アルフレッドは隠し事が苦手だ。それもあってウォリスに同席を願った訳だ」

 

「それで?俺とブルースが指名されたって事は政治がらみか?フレデリックが外れてるから、同盟政府の話だろ?」

 

「ああ。エルファシルの件は話したろ?敢えてフェザーンの連中抜きで事を進めた。奴らは帝国に正規艦隊の出撃情報を流してる。こっちも貰ってるから政治家達はそこまで危険視していないがな」

 

フェザーンが同盟の正規艦隊の出撃情報を流しているのは、前回のカプチェランカ誘因作戦に始まる一連の流れでほぼ明らかになっている。帝国の正規艦隊は贅肉を削ぎ落し終えるまで出てくる事はない。

 

それを踏まえると、フェザーンからの情報の旨味は薄まった。前線では今後独立艦隊同士の遭遇戦が主になる。補給の軸になるエルファシルにフェザーンの浸透を許せば、不測の損害を受ける事になりかねない。こいつの判断はむしろ正しいだろう。

 

「まぁ、持ちつ持たれつと言えば聞こえは良いが、同盟の損害の事を思えば良い気持ちにはなれないな」

 

「当然だが、エルファシルの防諜の必要性は高まっている。んで、事前にエルファシルの物件を方々で押さえた。それこそ諜報員が潜伏するにはちょうどいい物件は数える位しかないようにな。俺はそっちを調べることになる」

 

そこで、グラスを取りシングルモルトを口に含むカーク。俺も習うようにグラスをとり口に含んだ。

 

「そしてもう一つ気になる動きがあった。財務委員長の取り巻き連中にフェザーン系の企業から例年以上に献金がされ、エルファシルの案件にフェザーン系も噛ませろと言う圧力と、宗教法人への税制優遇法案の提出が行なわれた。同盟に大きな宗教法人はない。つまりこの2つは、フェザーン系のリアクションなわけだ」

 

「それを俺達で担当する訳か。現職の政治家が絡むとなればこちらも代議員を動かす必要がある。俺のバーラト融和派への人脈とブルースのバーラト原理派への人脈が必要になるか......」

 

「話が早いな。今の同盟は地方星系の経済成長が始まっているがフェザーンはそれに絡んでいない。そこにエルファシルの基地の案件から外されたともなるとな。裏は取れてないが、同盟の地方星系にフェザーン系の金融機関が出店を検討したという話もある。奴ら、必死かもしれん」

 

「交易の拠点はウルヴァシーにある。フェザーンはそこから輸出だけさせておけば良い。それでも十分利益が出るはずだ。それ以上のさばらせる必要はないか......」

 

「ああ、同盟領内もなるべくうろちょろさせない方が良いだろうな。漏れているのが正規艦隊の出撃情報だけとは限らない。そんな事も考えない程、政治家達と癒着してるのかもな。大方宗教法人の件も、手に品を代えて諜報組織でも入り込ませるつもりだろう」

 

「そこまで見えていれば、裏どりをして然るべき所にそれを提示すればよいか?誰がつながっているか分からんし、法秩序委員会の協力も必要だろうからな」

 

「ああ。その辺はやりすぎないようにお前が調整してくれ。その辺のバランス感覚は信頼している」

 

任務の話はそこまでだった。グラスを空にすると100ディナール紙幣をその下に置き、俺の肩を叩くとカークは席を立って店を出て行った。今日は顔見せも兼ねている。俺が店を後にしたのは、もう二杯ゆっくり酒を楽しんでから。既に夜は十分更けていたがむしろ夜風が心地よかった。




この辺りから展開に悩んだんですが、帝国内に諜報網がある以上、同盟にとってフェザーンからの情報はバイアスがかかる可能性も考えると、そこまで重要じゃないんですよね。そうなると情報部としては、可能な限り防諜の方向で動くと判断しました。では!明日!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。