カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第38話 贖罪

宇宙暦732年 帝国暦423年 8月末

惑星エルファシル 某所

カーク・ターナー(大尉)

 

「諸経費はこれで賄ってくれ。もし不足するようならいつもの方法で」

 

「助かるぜ旦那。他からの仕事はどうにもしみったれた上役が多いからな」

 

「そう言うな。連中は連中で予算をやりくりしてるんだろうよ。んじゃ、また会うことがあれば」

 

握手を交わして名も知らない壮年の男性を裏通りの4階にある物件に残して、俺は次の場所へ向かう。人の出入りが多く、かつ近所付き合いが少ないエリアは歓楽街の裏通り位しかない。

 

即入居できる物件を監視できる物件を押さえておいて、そこに工作員を配置すれば網の完成だ。ジークマイスター分室の簿外資産から資金を用意し、工作員に現金で渡しておく。小額紙幣で50万。まぁ、経費と報酬含みでも悪くない金額だ。

 

情報部の制服組はこういうフィールドワーカー達に敬意を払う事を忘れがちだ。有限である以上、予算も抑える。公務員としては正しいのだが、非正規で命のやり取りをするし、場合によっては良い仕事をする為に資金もかかる。うちの分室では敬意も勿論、報酬も多めに渡すようにしている。

 

プロの仕事に敬意と報酬を惜しまなければ、自然と経験豊かな工作員がうちの仕事を受けてくれるようになる。まぁ、他の情報部連中が公務員流で諜報活動をしているとしたら、うちの室長は帝国貴族流で諜報活動をしている訳だ。

 

前世のインサイダー取引すれすれの事もしていそうだが、その収益は最終的には国益の為に使われる。少なくとも俺は取り締まる立場ではないし、気にする必要もないだろう。中将待遇である室長を窘める立場にあるのは、所属も踏まえると統合作戦本部長とか次長クラス。

 

同盟軍でも最高幹部クラスなわけだが、諜報活動をしているうちの分室には秘匿性も求められる。最高幹部クラスが動いた時点で秘匿性を失いかねない訳だから、気づいても見て見ぬふりをするのが落ちだな。

 

階段を降りてウーラント商会名義の社用車に乗り込み、次の場所へ向かう。今の俺は軍服姿ではなくスーツ姿。物件のメンテナンス名目で諜報用の器材を修理機材に偽装して持ち込ませ、進捗確認名目で物件を回るわけだ。それなりの商会の社長がやる仕事じゃない?大丈夫さ、取引先なら例え小さな定食屋さんでも足を運ぶ義理堅い存在として社員たちにも認識されている。

 

オフィスに行けばタイロンがついてきたがるかもしれないから、今回は午前は軍服を着て駐屯基地へ。増設事業の進捗を確認したり、建設現場に足を運んでから、ホテルで着替えて、本来の任務にあたっている。余裕があればタイロンとも飯を食べたい所だ。

 

「さて、このネタをうまく使ってくれれば良いんだが......」

 

こっちでは諜報員の疑いのある連中を押さえる事まではしない。顔写真、入居時に記載した身元、シャトルでのチェックイン名義を押さえておく。家賃の引き落とし口座の入金元も勿論押さえる。かなりの確率でハイネセンの政治家連中に非正規ルートで献金している件とどこかでつながるはずだ。フェザーンにも強気で交渉できるだろう。どこかの星系の利権を取り上げるなり、制裁金を課しても良い。

 

仮に突っぱねるようならウルヴァシーでの穀物引き渡し価格を上げる。ブラフだと思うならウルヴァシーに醸造施設や酪農施設新設する事業を進める素振をすればよい。

 

穀物価格がかなり上がるだろうが、交易の面では重量当たりの単価は上がる。独立商人達にとっても穀物以外の交易品が生まれるのだから嬉しい事だろう。帝国に穀物を融通する事で何かしら強気の交渉をしているフェザーンにとっては不都合なことが多々あるかもしれないが......。

 

他に対抗手段があるとしたら、株の空売り位か?ただ、そうしてくれればむしろ僥倖だろう。同盟のGDPはフェザーンの3倍以上、もう少しで4倍に届く。中央銀行に国債を引き受けさせて無限介入を行えばよい。さぞかし儲かる事だろう。

 

地方星系を中心に同盟の経済成長は進んでいく。その資金はいずれ株式市場に流れていくだろう。数年後から株式を放出すれば、利益も見込めるし、フェザーンの影響力を弱める事も出来る。

 

フェザーン方面の防衛体制が確立できていない以上、どこかで折り合いをつける必要はあるが、交易がなくなればフェザーンの存在意義は無くなる。うーん。念のため簡単にレポートにまとめて提出しておくか......。フェザーンに取り込まれている連中の取り巻きもなんだかんだと騒ぐだろうしな。

 

そうこうしている内に次の物件が近づいてきた。紙幣の入った量産品のバッグを手に取り、階段を上る。陸軍中野学校修了者や、満鉄の調査部なんかはこんな事もしていたんだろうか?

 

そう考えるとスパイ映画の主人公になったようで、こういう裏方役も悪くない気がする。妙にワクワクしている辺り、俺もまだまだ子供なのかもしれないな。不思議と階段を上る足取りも軽くなるというものだ。

 

『コン、コンコン。コンコン、コン』

 

符丁通りにノックをし、次の物件に入る。ハイネセンのあいつらも任務を楽しめていれば良いんだが......。下手したら支援していた代議士が関わっている可能性も考えれば、そうも言っていられないか?それにサポート役のファンも、組織の駆け引きの現場を垣間見るのは初めてだろう。きっと良い経験になるはずだ。ドアが開き部屋に入りながらそんなことを考えていた。

 

 

宇宙暦732年 帝国暦423年 8月末

惑星ハイネセン 統合作戦本部ビル

ファン・チューリン(大尉)

 

「あのガマガエルの悪評は母さんから聞いていたが、ここまでやりたい放題とはな」

 

「まったくだ。表では帝国の攻勢を防ぐために、国民の団結を訴えている連中がな......」

 

統合作戦本部ビルの中層に位置する情報部、その一角に居を構えるジークマイスター分室は、統合作戦本部直属の分室だ。特命扱いであるため、流儀が異なるのは致し方ない。

 

新しく配属された2名の同期が慣れるまでのサポートが出来れば......。そんな風に思っていたのだが、次の任務は命のやり取りをする類のものではなかったが、ある意味、私達に同盟の膿を見せつけるモノだった。

 

普段は表情から感情を読み取らせない室長が、どこか悲し気な視線を私達に向けてくるのも、理想の国と信じて亡命した先が、決別した故国と同じような有様だからだろうか......。

 

良き上司であり、内心尊敬もしている室長に、身内の恥を晒したようで心苦しかった。辺境星系出身の私ですらそうなのだ。生まれから、代議士との接点が多かったであろう2人の同期にとっては、さらにつらい日々だったかもしれない。

 

「だが、どうする?正直、政界にとっては爆弾だ。普通の持って行き方では握りつぶされかねんぞ」

 

「俺もそう思う。普通にウォーリック商会や国防委員会に持ち込んでもそもそも対処できるか?」

 

渋い表情で対策を考える2人。その通りではある。おそらく消極的な関与も含めればバーラト星系の代議員の半分は捜査対象になるだろう。軍需産業や金融機関にも影響が出るだろうし、フェザーン系の資本を受け入れている企業にも緊急監査が入るかもしれない。短くても1年、下手をしたら数年は同盟の政界は混乱するだろう。

 

落とし所を用意すべきだろうが、士官学校を出て2年目の青年士官たちにそれを用意するには、さすがに経験が足りないだろう。むしろエルファシルの調査に私が赴き、ターナーを残した方が良かったのではないか......。

 

「ファン大尉、皆でお茶でも飲もう。準備を頼めるかね?」

 

室長が声をかけて来たのはそんな時だった。どこか自分たちの経験不足を指摘されたようで気まずかったのだろう。同期の2人は浮かない様子だったが、紅茶の用意は私の仕事だ。急いで分室の端に用意されたテーブルにお茶を用意する。

 

4人でテーブルに座るとティータイムが始まるが、室長がゆったりと紅茶の香りを楽しむ一方、同期達はどこか忙しい様子だ。これも人生経験の差だろうか?

 

「さて、お困りの様子だったが、君たちはスタート地点を勘違いしている。落とし所を考える前に、しなければならない事がある。同盟にとって、この機会を活かしてどんな形にするのがベストなのかという事だ」

 

そう言いながら紅茶を飲む室長。だが、士官学校を卒業して2年と少し。同盟のあるべき姿なんて考えた事もないはずだ。視線を向けると戸惑う様子が目に入る。私自身も、もし問われる側だとしたら、同じような表情になったはずだ。

 

「少し話が大きすぎたか......。今回に限って言えば、同盟内におけるフェザーンの影響力を弱める。バーラト系に偏った議席枠を是正して、地方星系の不満を抑える。亡命系の隔意をフェザーンに向けさせ、融和をさらに進める。優先順位ではこんな所ではないかな?」

 

「論点を頂ければ、確かにイメージしやすい。どうも軍人の視点に引っ張られていたようです。たしかに政策決定や機密確保の面でもフェザーンの影響力は弱めておくに越したことはありません」

 

「議席枠の件も同様だな。地方星系の経済発展は始まったばかりだが、議席枠の増員は避けられない未来だ。とは言え、バーラト系だけが人口比で優遇されているのも問題だ。この際、統廃合させた方が良いだろう」

 

室長の発言をきっかけに議論は進みだした。そんな光景を近くで見ながら、ある意味、これが室長への贖罪なのではないか?とも思った。アッシュビーもウォーリックも同い年の私が言うのもなんだが、まだ変な組織の理論に染まっていない。

 

室長ご自身も『清い流れに魚は住まない』と言った初級の統治論など承知のはずだ。目に余る部分を修正でき、しかも同盟の若者たちがそれを行う。少しは亡命した事を良かったと思って頂けるだろうか。

 

「後は、リアクションへの対策だな。ターナー大尉からフェザーンへの対策レポートが来ていただろう?あれの君たち版を作ればよい。それをまとめて、母君と祖父君に提出したまえ。そのタイミングで統合作戦本部の方に私も根回しを始める。政界が動くなら軍部も細かい事は言うまい」

 

「では早速取り掛かるとするか!」

 

「ファン。俺達じゃ身内な分、甘い部分も出てくるだろう。忌憚なく意見を出してくれよ」

 

明るい表情でこちらに視線を向ける2人が、なぜか誇らしかった。もちろん喜んで協力させてもらうつもりだ。保険をかける意味でターナーに意見を求めるのも良いだろう。私の思考を見透かすかのように、室長は目線が合うと軽くうなずいた。




という訳で、本部で悩む面々と、フィールドワークを楽しむターナーでした。山場をなんとか作りたいんだけど、意図的にやろうとするとどうも不自然に。

皇女戦記が典型的な山場なんですよね。読者としてはヤバイ事態が始まった!って展開が心配だもんなあ。なんとが頑張ります。では!明日!

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