カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第39話 年貢の取り立て

宇宙暦733年 帝国暦424年 2月末

惑星フェザーン 自由惑星同盟高等弁務官府

ロッキード高等弁務官

 

『本国は年明けから大変そうだなあ。うちのボスも年明けから泊まり込みだろ?栄転でもするのかね?』

 

「さあなぁ。まあ、偉いさんには偉いさんの戦いがあるんだろ?俺達には俺達の戦いがある。亡命希望者に丁寧に接する事で、同化が今まで以上に進むようになる。頑張り次第じゃ亡命希望者が増えるかもしれない。100万人で1個艦隊近い人員を、10億を超えれば1個艦隊分の経済力を奪ったに等しいんだ。弾丸は飛んでこないが、ここはある意味最前線だ!俺達はそっちに集中しようや」

 

弁務官府の運営方針に大幅な修正が加えられた。亡命業務担当からバーラト原理派が排除され、帝国式のマナー研修が担当者に義務付けられて1年。そんな会話が1階の亡命部門では交わされるようになった頃合いで、同盟の政界を揺るがす出来事が起きた。

 

初めに火がつけられたのは地方星系の地元紙だ。各地の地方紙で連日のようにバーラト星系の代議士たちの汚職疑惑が報じられた。その後、バーラト星系のゴシップ紙に飛び火し、法秩序委員会が動くという憶測も流れた。

 

それだけなら、数年に1回は流れる悪質なデマで片付いただろう。ただ、バーラト星系の全国紙もそれを報じた翌日、現職の財務委員長が逮捕拘禁され、違法献金の実行者の数人がフェザーン国籍を持ち、同盟の偽造身分証を複数所持していたことも明らかになった。

 

そこから報道も過熱し、ワイドショーなどではフェザーンを同盟の権益をかすめ取る悪代官として扱う報道が始まった。そしてこの弁務官府に、弁務官補佐官という名目で、私の目の前にいる少佐が派遣されてきた。それ以来、私は弁務官府に泊まり込みと言う名の監禁と監視を受けている。

 

『小官はターナー少佐と申します。本国は当然、貴方の行いに関しても把握しております。もちろん積極的に働きかけた訳でもない事も。本国の方針を実現するために尽力いただければ、引退には早いかもしれませんが、勇退という形になるでしょう。』

 

『ロッキード高等弁務官だ。それはどういう意味かね?私は潔白だ』

 

私の名前を聞いた時、妙な表情をしていたのが気になった。

 

『そうですか。では別の方に功績を立てて頂くだけですね。本日付で、送還するだけです。しかしながらそれは賢い選択肢でしょうか?今まで得た不法な利得は国庫に没収されるでしょう。これだけ市民たちの耳目を集めた事件です。生贄はいくらでも必要でしょうし、今後の規範にもなります。どこまで不法利得とされるでしょう?法秩序委員会も功績を上げたいでしょうからね。無一文......。状況によっては負債を負わせる可能性もあるでしょうね』

 

そこまで言われれば、虚勢を張る意味もない。その日から弁務官府への泊まり込みが始まった。流石に状況が状況だ。自治領主府で担当補佐官と直接交渉するのは憶測を呼ぶという名目で、テレビ通話で交渉を行った。役目を誠実に果たした証拠として必要だと押し切られ、その模様はすべて録音されてもいる。

 

「ロッキード高等弁務官、いよいよ仕上げの段階ですね。観客はいませんが我々の演劇もいよいよ最終幕です。終わり良ければすべてよし。気持ちよく本国へ帰るためにも、あと一息、頑張りましょう」

 

「ああ、そうだな......」

 

彼との出会いを思い返していると、現実に引き戻すかのように声をかけられた。私を脅しつけているこの男は、意外なことに降伏してからは補佐役としてとことん尽くしてくれる。入れてくれるお茶は美味しいし、すべき事の事前資料も完璧だ。

 

彼の振り付けに沿って踊るマリオネット......。それが今の私だが、不本意なのは私の人生の中で一番仕事をしている気がすることだ。出会い方が違えば、彼を秘書としてスカウトし、委員長職を目指す未来もあっただろうか?

 

「高等弁務官、自治領主府からの外線です。事前資料通りに進めて頂ければ大丈夫です。失敗しても指示通りに動いたのですから、責任には問われないでしょう。小官も証言しますから」

 

最終局面で緊張が表に出ていたのか?笑顔でそう告げられると変な安心感を感じた。これでは監視役と言うより、派閥の長だろう。大仕事に緊張する新人をなだめるかのような態度だ。23歳で少佐ともなれば器が違うのだろうか?とにかくテレビ電話のある執務室のデスクに向かう。

 

フェザーンに対しては初手として指名手配された献金の実行者の引き渡しを要求。市場調査員としての秘匿性を理由に拒否された。対抗手段として同盟はウルヴァシーの穀物引き渡し価格を2倍に値上げ。一部政府系コメンテーターにフェザーン系企業への特別監査を主張させている。

 

「ヴァレンティ補佐官、お待たせした。ロッキードです」

 

『ロッキード弁務官、私達が貴方と誼を通じていたのは、こういう時の為です。本国のご友人たちは動いておられるのでしょうか?』

 

「その件ですが、現在、市民にはフェザーンへの不信感が広がっております。こうなってしまった以上、不信感をぬぐい去るか、フェザーンへの敵意はむしろ危険であると思い知らせる必要があるのではないでしょうか?既に経済界は不安を唱えております。事件が落ち着いた後の新政権も、就任早々株価が暴落しているというのは良い気分でもありますまい。如何かな?」

 

『高等弁務官殿もお人が悪いですな。よろしいでしょう。フェザーンに武力はありませんが、資金というものは使い方次第で剣にも盾にもなる事を証明しましょう』

 

これで良し。私に与えられた役目は果たせた。後は同盟とフェザーンの証券市場に戦場が移るだろう。通話を終えると同時にドアがノックされ、少佐が入室してくる。

 

「お疲れさまでした。これでお役目は完了です。それではこちらのファイルをどうぞ。法秩序委員長の署名入りの免責証明書です。ご確認ください」

 

渡されたファイルには確かに法秩序委員長の署名入りの免責証明書が入っていた。これで身の安全は確保できる。詳細を確認すると、不法利得に関しても半額を国庫に納めればよい事になっていた。

 

「本当は25%まで交渉したのですが、さすがに今後の範という部分もありましたので。検察が把握している金額の50%になりますが、発表は懲罰金も含むと発表されます。くれぐれも発言には注意してください」

 

「なぜ、ここまでしてくれたのかね?」

 

「気持ちよく本国にお戻りいただける条件を用意しませんと。勇退するとは言え、懲戒もありますから退職金は出ません。それも含めればきちんと経済的に困らない資産を確保するのも私の役目です」

 

そう応じられては笑うしかなかった。数日後には本国へ向かう。引継ぎに備えて、資料の準備でも始めるか。人生で最初で最後の演者としての時間はこうして終了した。彼が動いてくれた事で老後の心配もない。本国に戻ってひと段落したら新しい趣味を探すのも良いかもしれないな。

 

 

宇宙暦733年 帝国暦424年 4月末

惑星フェザーン 自治領主府

ヴァレンティ補佐官

 

『補佐官、ご指示通り空売りを仕掛けての事です。補填はして頂けるのでしょうな?少なくとも3社の証券会社が破産寸前です。ご指示を受けての利益が自治領主府に還元される以上、損失も当然還元させて頂きますぞ。では』

 

フェニキア銀行の頭取が一方的に通話を切った。3月の頭からフェザーンの金融機関は一斉に同盟で株の空売りを開始した。2週間で25%値を下げ、フェザーンの資金の怖さを同盟市民に知らしめたはずだった。資金提供しているコメンテーターや芸能人がフェザーンとの協力を呼びかけ始めた所まではシナリオ通りだった。

 

ただ、そこから大量の買い注文が入り、連日のストップ高。何回か大規模な売り攻勢を仕掛けたが、すべて買い注文にかき消された。今日の終値は介入前の150%近い。頭取は証券会社が3社と言ったが、それは希望的観測だ。下手をしたらメガバンクまで倒産しかねない状況だろう。

 

同盟ではフェザーン資本が5%以上入っている企業への特別監査を実施。今後も定期的に監査を実施すると政府広報が告知しており、同盟企業にはフェザーン資本を嫌厭する流れも出来ている。空売り分も含めて、同盟の経済界でフェザーンの影響力は排除されつつあった。

 

「まさかロッキードごときに嵌められたのか......」

 

株式市場への介入をほのめかしたロッキード高等弁務官は既に本国に召還され、帰国している。奴もフェザーンから不法利得を得ていた。いざとなればこの証拠で脅すことも考えていたが、先手を打たれたのかもしれない。あちらには免責証明書という最後の手段がある。免責されるなら脅しに屈する必要もない。うまくやられたか......。

 

だが、損害も天文学的な額。その上同盟からフェザーン資本が排除されたともなれば引くに引けない。いっその事、調査部のイリーガルを使って破壊活動を行うか?だが、今の政局でそこまでしたら、犯人はフェザーンだと子供でも気づく。進駐される事はないだろうが、更なる穀物価格の引き上げ、最終手段として交易自体の停止もあり得る。そこまで踏み込んで火消しは出来るのか?

 

「ピピピッ。ピピピッ」

 

そんな事を考えていると内線の着信音が響く。発信主を確認して俺は思考を止めて通話ボタンを押す。

 

『ヴァレンティ補佐官、してやられたようだな』

 

「自治領主閣下、良きご報告が出来ずに申し訳ございません。何とか巻き返しを......」

 

『今回の件は、これで手仕舞いだ。新任の財務委員長から内々に話があった。同盟は中央銀行に国債を引き受けさせて無限介入をしているそうだ。フェザーンは豊かとはいえ、同盟のGDPはフェザーンの3倍だ。タネ銭がつきるのはこちらの方だな。それこそ帝国で動かしている資本を原資に繰り入れればまだ何とかなるが、そこまで徹底抗戦する価値があると思うかね?』

 

無限介入だと。そこまで覚悟されてはどうしようもない。帝国で動かしている資本も短期換金資本は限られている。少しづつ浸透させてきた資本を動かす訳にはいかないだろう。

 

「申し訳ありません。私が至りませんでした」

 

『それに手駒のコメンテーターや芸能人も売国奴として名指しで非難され始めているようだ。同盟憲章にも、私人、法人を問わずあらゆるものへの税の公平性を追加記載するらしい。自国の膿を吐き出す、フェザーンの影響力を排除する、宗教法人への対策も実施した。おまけに大儲けか。この脚本を書いた人間がいたらスカウトしたい位だ』

 

少なく見積もっても一石四鳥。こんな筋書きを描いてやり切る人材などそうはいない。それこそ補佐官職にいれば、次の自治領主候補筆頭だ。そして、残念ながら私は自治領主候補から外されただろう。

 

「重ねてお詫びします。せめて事の裏はきちんとご報告出来るようにいたします」

 

『そうだな。それと顔が割れている工作員だが、全員処分して死体を渡してやれ。それで手仕舞いにする。顔が割れた工作員など使いようがない。整形してもDNAデータもとられているだろうからな』

 

「はっ!承知しました」

 

そこで通信は終わった。俺が後始末をしつつ簡易調査を終えたのは数か月後だ。ウルヴァシー以外の惑星にフェザーン人が向かうにはDNAの提出や渡航目的の提出など、かなり手続きが厳格化されていた事もあり、まともな調査にはならなかった。

 

本来なら厳重にボディーガードがつくはずの、自治領主府に所属する補佐官の一人が、このゴタゴタで破産した証券会社の元社員に逆恨みで殺された記事がフェザーンのローカル紙の刑事欄に小さく載るのは、この日から半年後の事になる。




という訳で、ロッキード高等弁務官とフェザーンをハメたターナー君は、口止め料も含めてすでに昇進しているようです。士官学校卒業3年未満で少佐か。はぁ、昇進させないで、内容が面白い軍務ってどこかにないかなあ......。では!明日!

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