カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第41話 進む融和

宇宙暦734年 帝国暦425年 1月末

統合作戦本部ビル ジークマイスター分室

ファン・チューリン(少佐)

 

『ファン少佐、君の同期達は混乱を最低限に収める為に苦労するだろう。手堅い仕事で助けてあげなさい。それとね、情報分析をこの分室で主管しているんだ。どうせなら私見も添えなさい。君は分析屋で生涯を終えるのかい?』

 

室長にそう言われたのは、昨年末。それ以来、分析した資料に関しては私見を添える様に意識してきたが、それもこうなる事を予見されていたからだろうか?ターナーには同い年として敵わないと思っていたが、室長には年長者として敵わないなと思う。いつか私も、室長の様に部下達を育成できるようになれるのか?いや、ならねばならんだろう。ここまで手塩にかけて頂いているのだから。

 

「ファン、国防委員会も法秩序委員会も自分たちが主導権を取りたがっている。カークも厄介な提案書を出してくれたものだ」

 

「ジョン。彼らの言い分も理解出来る部分はあるんだ。妥協点がすぐに見つかるなら、私達がわざわざヒアリングに動く必要はない。まずは情報の精査から始めよう。ファンにもまた意見を出してもらえると助かるよ」

 

「それに関しては既に資料を取りまとめておいた。私見だが、お互いに予算を割くから口出ししたくもなるのだろう。人員は事前に資格を設定して、予算は財務委員会に付けてもらうのはどうだろう?防諜専門の捜査機関となれば、口出しする組織は少ないに越したことはないと思うが?」

 

「ならブルースに相談してみるか?財務委員会も他の委員会に譲ってばかりでは不満もたまるだろう。それに金融機関への監督権も彼らにはある。金の流れも含めて洗えるならむしろ財務委員会に主管させた方が良いかもしれないな」

 

何とか落とし所の取っ掛かりは提供できたようだ。二人に聞こえないようにホッとため息をつく。年始から730年マフィアと呼ばれる私を含めた同期達は、ジークマイスター分室に配属となった。もっとも、公式の所属は参謀本部なのだが......。

 

ローザスとコープは、各委員会の懸案事項を事前にヒアリングしながら落とし所を探る任務に当たっている。人当たりが良く、世話好きなローザス。士官学校まではアッシュビーのお目付け役でバーラト原理派出身のコープ。なるべく良い形で取りまとめようという誠実さと、この一件で、自業自得とは言え割を食っているバーラト系としての出身。折衝役として悪くはないだろう。

 

もともと配属されていたアッシュビーはジャスパーと組んで財務委員長になった母上との連絡役。肉親という最も強いパイプと共に、亡命系のジャスパーを同席させる事で国内の融和を図る。ウォーリックはベルティーニと組み、祖父であるウォーリック商会の会長との連絡役を務めている。

 

ベルティーニはシロンで大農園を経営する家の出身だ。経済面でも亡命系と連携を強め、政策と経済の両面から融和を進める。正直言えば、統合作戦本部の特命扱いとは言え、いち分室が担う役割ではないようにも思う。

 

ただ、今回の一件をある意味主管し、事前のシナリオ通りに事を進めたジークマイスター分室は、実力を示しすぎた。同盟のシンクタンクのような役割をしつつある訳だが、委員会ごとに領分を主張するし、他の委員会も自分の領分を守るために、最適かどうか?ではなく貸し借りで動きがちだ。そういう意味でも実力を示したこの分室が、第三者視点で提言するのは悪くはないだろう。

 

自分たちの提言が採用される可能性が高い以上、やりがいもあるが責任も大きい。現段階で最適だと信じられる提言をする為にも、情報分析と精査は必要不可欠だった。手堅く仕事を進めるのは私の得意とする所だ。私見を添えるのはまだ慣れないが、同期達に対して自分なりに役に立てている実感もあり、充実した日々を過ごせてもいた。

 

「それにしてもターナーの奴、俺達に面倒なお偉いさん達との折衝を任せて、自分は楽しい宇宙旅行か。俺もあっちが良かったなあ」

 

「ジョン。そう言うな。カークはカークなりにすべき事をしているんだろう。実際、今フェザーンに何か工作活動をされれば、政府が落ちつくまで更に時間が必要になる。最重要課題のひとつでもあるぞ」

 

確かにお偉方との折衝はコープにとっては慣れない分、煩わしい事も多いのかもしれない。ただ、ターナーがある意味自分のやりたい任務に当たれているのは自分から必要だと思われる任務を提案し、室長がそれを認めたからだ。赴任したばかりのローザスとコープには難しいだろう。

 

それにアッシュビーやウォーリックが室長が認める内容の提案をしていれば、そちらを任せていたはずだ。そして私に私見を添える様に促したのも、そういう事なのだ。

 

「すまないが、お茶の用意を頼めるかね?」

 

「ファン、今日は私にやらせてくれ。私もカークから色々習ったからね」

 

そう言って、ローザスがお茶の用意を始めた。私のお茶は手堅い味、ローザスのお茶は世話好きな味、コープのお茶は苦労人の味と室長はおっしゃった。部下のお茶の味で適性や性格が判るのだろうか?室長は帝国騎士という決して帝国では身分が高くはない立場で、艦隊司令まで昇進された方だ。もしそんな極意があるなら、学びたい所だが......。

 

何度目かの室長とのランチの際に、意を決してお尋ねしたのだが、単に私たちの印象を添えていただけだと応えながら、珍しく大笑いされる事になるのだが、それを今の私はまだ知らない。

 

 

宇宙暦734年 帝国暦425年 4月末

惑星シロン オルテンブルク邸

ナタリー・アッシュビー(財務委員長)

 

「主はすぐ参ります。アッシュビー様、しばらくお待ちください」

 

秘書とは違う、映画に出てくるような執事が優雅に一礼して、案内された応接間を後にする。シックにまとまった内装、重厚な応接セット。絵に描いたような帝国貴族の邸宅に異文化に触れる思いだ。融和が進めば、いずれ歴史ドラマのロケーションなども行われるようになるのかしら?原理派の過激派なら、憎むべき帝国の民衆を犠牲にした悪魔の文化などと言うかもしれない。でもシロンでは自由意思に基づいて疑似的な貴族制が維持されている。

 

亡命時に不当な扱いをされそうになった事に対する自衛、亡命に巻き込んだ部下たちへの責任。少なくともこの屋敷を維持する専門職のニーズが、同盟にあったとは思えない。ある意味、自分の寄子達への責任を果たしたのだろう。その行為自体は、むしろ貴族的で高貴な責任感によるものだ。簡単に社員を首にする同盟資本と比べたら、どちらが雇い主としての覚悟があるだろうか?

 

『コンコン、コンコン』

 

ノックに応じると、初老の夫婦が入室してくる。私もソファーから腰を上げ頭を少し下げる。訪問の目的は融和の促進。財務委員長という肩書はあるけど、侯爵家に敬意を払うのは当然の事だものね。

 

「アッシュビー委員長、遠路はるばるのお越し、感謝に堪えない。どうぞ頭を上げて、ごゆるりとされよ」

 

「では、お言葉に甘えます。ただ、今回は財務委員長としてではなく、息子の友人のご祖父母にご挨拶に来たという立場です」

 

「であれば、私達も孫の友人の親御さんをお迎えするまでの事です。どうぞおくつろぎ下さい」

 

お互いにソファーに腰を下ろす。息子のブルースと共に、財務委員会とジークマイスター分室を繋いでくれているジャスパー君は、オルテンブルク侯爵家の庶子。お二人はジャスパー君のご祖父母にあたる。ブルースは濁していたけど、何か事情があるようだったからジャスパー君は同席させなかった。

 

彼がいてくれるお陰で、実施しようとしている政策が、亡命派にどう受け取られるかを忌憚なく意見してもらえている。亡命派の代議員がいない訳ではない。ただ、議員という立場をもつ層から意見を聞けば、当然、バーラト系の議員の声も聞かなければ不満を持たれる。

 

そういう意味でも、ジークマイスター分室の人員配置はありがたかった。経済面はウォーリック商会を中心に動いている。バーラト系代議員を中心とした大規模な汚職事件は、事前のシナリオ通りに進み、沈静に向かっている。とは言え、実際に落ち着くまでには数年はかかるだろう。

 

「孫はお役に立っておりますかな?」

 

「はい。亡命派としての見解を忌憚なく上申して頂いています。一部、今までの意見に引きずられている者もおりますが、大多数は融和を進めるべきと考えています。今後はフェザーンが必ずしも友好的とは言えない以上、なるべく過去のわだかまりを解消し、融和を進めたい。これは私個人の考えとも一致しております」

 

用意されたお茶を楽しみながら、話を進める。非公式だからか?それとも普段接している口だけでリスクは負わない連中とは違うからか?誠実な息子の友人の祖父母との会談は、腹の探り合いの必要もなく、シロン産の紅茶の良い香りも相まって、リラックスできるものだった。

 

「そうですか。孫のお陰で私達亡命派も今回の一件でかなりの収益を得られました。同盟領内の様々な企業ともご縁が持てたのは喜ばしいことです。ただ、経営に関わると言う事は責任も伴う。今までのように一線を引いたままでいられないでしょう。亡命派にとっても、融和を進めるには良い切っ掛けとなりましょう」

 

嬉し気に頷くオルテンブルク侯は、好々爺然としている。ご夫人も嬉しそう。ブルースも自慢の息子だけど、精悍な顔立ちに貴公子然としたジャスパー君はそれだけでも自慢の孫だろう。そんな彼が、亡命派に多大な利益をもたらし、同盟の上層部にも太いパイプを作りつつある。もしかしたら、オルテンブルク侯爵家を継がせると言う事もあり得るのかしら?

 

「確かに孫は大功を立ててくれました。それを持ってすれば亡命派から異論も出ないでしょう。だからこそ、そのような事は出来ないのです。オルテンブルク侯爵家を亡命派の雄足らしめているのは、血で結ばれた血縁でもあるのです。それを捨てるのは、また私達には早すぎるでしょう。それに私達も、孫には自由に生きて欲しいと思っております。自分で切り開いた立場を捨ててまで、亡命派の雄になりたいとは、あれも思わないでしょう」

 

少し悲し気なオルテンブルク侯、市民には市民なりのしがらみが、貴族には貴族なりのしがらみがあるのだろう。私自身はどうだろう?選挙区の支援組織を引き継げば、ブルースは立候補さえすれば代議士に当選するだろう。

 

でも、唯我独尊の傾向が強いブルースに、政治の世界は正直合わないと思う。強く本人が希望するならともかく、私から積極的に引き継がせたいとは思わない。

 

「どうやらバーラト系でも気苦労というものからは自由になれないようですな。人間が社会を作る以上しがらみは生まれる物でしょう。立場が高まるほど、そのしがらみもまた強くなる。融和に向けても様々なしがらみが障害になるでしょう。それなりの時間も必要になるだろうが、今の垣根を子孫たちに負の遺産として遺すのは、我々の代で仕舞にしたい。協力は惜しまないつもりだ」

 

広くとられた応接室の窓から、快晴の空が目に入る。できればこの快晴の空のように、国内の融和が進むことを願う。息子の友人の祖父母とのお茶の時間は過ぎて行った。お二人にもそういう思いがあったらうれしい。財務委員会に残っていれば、つまらない腹の探り合いに巻き込まれる。大方針は確定している以上、パンくずの奪い合いに参加するつもりはない。

 

そういう意味でも、財務委員長に就任早々、亡命派に挨拶に訪れた事は悪手ではないはず。出来れば次世代の若者たちが、ブルースとジャスパー君のように協力しあうのが当たり前になれば、同盟の国力もさらに高まり、防衛戦争も優位に進められるだろう。団結するには明確な敵が必要。フェザーンが友好的な勢力とは言えない状況はむしろ好都合だ。亡命系にとって商売敵だった存在が、同盟市民の敵にもなりつつあるのだから。




ロッキードさんのネタは結構反応が多くて嬉しかったです。せっかくの人選なのでもう少し増やしたい気持ちもありつつ、あんまりやると銀英伝っぽさがなくなるので悩ましい所です。では!明日!

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