カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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この話だけ、年代が大きく原作に近づきます。今後も『老提督との邂逅』の場合は、年代が進みますので、留意くださいませ。

     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生
宇宙暦788 老提督との邂逅 ←ここ


第44話 老提督との邂逅:黒幕

宇宙暦788年 帝国暦479年 10月末

惑星テルヌーゼン ローザス邸

ヤン・ウェンリー

 

「今話題の英雄に足を運んでもらえるとは、嬉しい限りだ」

 

「いえ。私も閣下の回顧録は何度も読ませて頂きました。機会があればお話を伺いたかったのですが、中々そうした機会に恵まれずにいた次第で......」

 

「そんなに構えなくても良い。君とは変な縁がある。半分は私の孫みたいなものだ。ミリアムはターナーに抱いてもらった事もあるし、覚えていないかもしれないが、君を私が抱いた事もある。まだ赤ん坊の頃の話だ。覚えていないのも無理はないけれどもね」

 

そう言いながらローザス提督は紅茶を用意してくれる。茶葉は実家でも扱っているシロン産のものだ。私も紅茶を常飲しているが、シロン産の紅茶が一番好みだ。軍で常備されているのは量産品のティーパックだ。年代物のティーセットも相まって、私は既にローザス提督に篭絡されかけていた。

 

「それで、引退した老人に話を聞きたいとの事だったが、どんな事だろうか?旧交を温めに来たという話でも構わないのだが......」

 

「はい。そもそもの事の始まりは、アッシュビー提督が謀殺された......。という投書が続いた事に始まります。軍部としても無視する訳にもいかず私がその任に充てられた訳でして。功績を立てた私に、席が用意できるまで働いてこいという話でした」

 

頭を掻く私に提督も苦笑されていた。もし、もう一人の祖父のような存在だった彼が生きていたら、こんな話を聞くことが出来たんだろうか?彼が紅茶党だった事は、親しい間柄でなくても有名な話だ。提督も紅茶の香りを楽しみながら、ゆっくりと思案されている。当時を思い出されているのだろうか?

 

「それで、何から話せば良いだろうか?」

 

「私の本来の志は歴史家にありました。今回も捜査をするつもりはないのです。出来れば、私が聞きたかったお話を、提督にお聞きできればと......」

 

それは私の本心だった。祖父のような存在だった彼が、家族の徴兵順位を下げる為に士官学校に進んだように、私も家族の徴兵順位を下げる為に士官学校に進んだ。父さんは代議士に献金すれば何とかなると言ってくれた。でもそんな事はして欲しくなかったし、させたくもなかった。

 

彼から最後に連絡を貰ったのは、シミュレーターの授業で10年に一人の天才と言われたワイドボーンを破った時だ。大きなジュラルミンケースにぎっしりと詰め込まれた最高級のシロン産の茶葉。添えられたメッセージカードには

 

『苦労を背負いこんだな。戦略的大敗に最高の一杯を』

 

と達筆なペン運びで書かれていた。実際、それがきっかけで戦史研究科の廃止に伴って、秀才が集まる戦略研究科に転入させられ、軍人として不本意な出世をすることになるのだから敵わない。

 

「そうだな。未だに機密扱いの物もあるが、少佐になら話しても構わんだろう。ターナーの功績を君にも知っておいてもらいたい。それにしても、よく皆で話したものだ。なるべく長生きしようと......。先に死んだら悪口を言われる。死んでしまえば無条件降伏だ!とね。

 

私は彼らの中では決して優秀な存在ではなかった。ただ、優秀な人材は我も強い。組織として力を発揮するには、彼らを取り持つ潤滑油のような存在が必要だと考え、そうなるべく志を立てた。そんな私が生き残り、彼らを語るのだから運命というものは皮肉なのかもしれないな......」

 

そこで言葉を切り、紅茶でのどを潤すローザス提督。私もティーカップを手に取り、シロン産の紅茶特有の香りを楽しむ。マホガニーで統一された重厚な書斎には、こういうゆったりとした時間の使い方が似合う。私がこういう書斎に似合うようになるには、まだまだ時間が必要だろう。

 

「それで、何から話そうか?」

 

「まずはジークマイスター分室に関して、お聞かせ頂けないでしょうか?佐官級のアクセス権で閲覧できる資料は閲覧しました。推察は出来なくはないですが、材料が足りません。提督にご迷惑にならない範囲で、お話頂けないでしょうか?」

 

「あの分室の詳細な実績は、少なくとも中将クラスのアクセス権が無ければ閲覧できないだろう。それを尋ねるという事は、将来少なくとも中将になるという事だな?」

 

視線を向けられたが、正直、私に出世欲はない。どうしたものかと頭を掻いたが、提督も半分冗談だったようだ。苦笑されて話を続けられた。

 

「ジークマイスター室長は、私達の教官でもあり、ある意味父親のような存在だった。思い返せば分室での経験は、同盟の上層部を担うための視野と組織の動かし方を、私達に身に着けさせるものだったと思う」

 

帝国騎士であり、帝国軍でも艦隊司令官の地位を持った現役の大将。そんな立場を投げ捨てて同盟に亡命したジークマイスター提督は、亡命にあたって統合作戦本部付きの特命分室を任された。その分室に所属した人員の名簿は諜報機関の前例に倣って存在しない。

 

ただし、ローザス提督を含む730年マフィアと呼ばれた男たちが任官後、それなりの期間所属していたのは確かだ。参謀本部に所属していた彼らの経歴の中で、前線で活躍を始める中佐以前の経歴は真っ白だ。一時期前線に出た者もいるが、祖父のような存在のターナー元帥は、中佐までは昇進した日付位しか記載がない。730年マフィアの中ではファン元帥の経歴も同様だった。

 

「あの分室は情報部とも太いパイプを持っていた。室長は帝国軍でも最高機密に触れられる立場であったし、当時の宇宙の状況を一番把握している存在でもあった。そんな場所に大した経験もない大尉が配属されたんだ。初めは右も左も分からなかったな」

 

情報部との太いパイプ、帝国の最高機密に触れていた責任者。中将待遇だったはずだから機密アクセス権もかなり高いレベルで付与されていたはずだ。宇宙のあちら側の事も含めれば、少なくとも同盟ではもっとも情報を集めていた組織と言えるだろう。

 

「配属当時は、『ハイネセンの嘆き事件』が明るみに出た頃合いでね。多くの代議士や高級官僚、そして企業人が罪に問われ政府が混乱している最中だった。慌てる各委員会や、経済界の有力者から状況を確認し、それを取りまとめる任にあたったのが私とコープだった。

 

特に混乱の収拾を主導した財務委員会や経済界の雄には他の面々が担当として付けられていたな。同盟の最高幹部たちと日常的に折衝する日々の始まりだ。不思議と身が引き締まる思いがしたな」

 

提督が大尉になられたのは21歳の時だ。配属された正確な時期は不明だが、士官学校を卒業して数年でお偉方との折衝の日々、私にはとても勤まりそうにない。出来れば退役までそんな役割はしたくないが、式典など公務員である以上避けられない事もある。そんな将来が来ないように願いたい所だが、これもあの戦略的大敗により背負い込んだ苦労になるのだろうか?

 

「今でも機密指定にされている事だが、『ハイネセンの嘆き事件』の切っ掛けを掴んだのはジークマイスター分室だった。統合作戦本部付きの分室が、汚職事件発覚の切っ掛けと明らかになれば、政府と軍の信頼関係も揺らぐ。おそらく機密指定が解かれることはないだろう」

 

確かにそうだ。制度上、軍は国防委員会に属する組織だ。まだ法秩序委員会に属する捜査組織が切っ掛けなら公開もできただろう。統合作戦本部付きの分室がそれを担ったともなれば、軍が政府にノーを突きつけたに等しい。機密指定になるのも無理はなかった。

 

「その後に生じた『蝙蝠相場』で莫大な利益を同盟にもたらしたのもジークマイスター分室だ。担当していたのはターナーだが、私達も各方面に資金投入を依頼して回っていた」

 

『ハイネセンの嘆き事件』と同時期に発生した株式市場の大幅な値下がりとその後の高騰は、同盟と帝国、どちらにも良い顔をしていたフェザーンが天文学的な損失を出した事を揶揄して『蝙蝠相場』と呼ばれている。実家もその時期にかなりの利益を株式売買で上げていた。

 

合法的にフェザーンから資本を吸い上げた同盟では、それまで予算不足を理由に放棄されていた地方星系のインフラ整備が進み、建国以来の高度成長期を迎える事になる。

 

「確証はないが、おそらく事件の混乱収束までのシナリオと対策を作成したのは室長、ターナー、ファンの3名だろう。折衝にあたって事前に対策案をいくつも用意して臨んでいたのは確かだ。あの当時、混乱収束までのシナリオと、その先にあるべき体制を具体案として持っていたのは、我々だけだった」

 

あの一件は同盟領内に影響力を強めていたフェザーンへの危機感がきっかけと思っていた。確かに多くの不法行為が明らかになるが、混乱が収束した時には同盟の一人勝ちと言える状況になっていた。

 

天文学的な収益、フェザーンの影響力の排除、亡命派との融和、地方星系への議席枠増。国内問題をあらかた片づけられたからこそ、経済成長が進んだとも言える。

 

「少なくとも数年は、同盟で最も影響力を持った組織だったと言えるだろう。だが室長は、混乱が落ち着いた頃合いで、それを支えた我々を参謀本部に戻し、分室の人員を削減してしまわれた。同盟自体を多角的にとらえる視野、上層部との太いパイプ、それなりの階級。実戦経験以外の上層部を担う人材として必要な要素を与えられた私達は、活躍の場を前線に移すことになる」

 

そこまでの影響力をもったジークマイスター提督は、同盟を陰から主導するという甘美な役割をなぜ敢えて捨ててしまったのだろうか?同盟市民の私から見ても、現在の同盟ですら理想通りには運営されていない。『ハイネセンの嘆き事件』の前なら、尚更腐敗が目に付いただろう。

 

自分の影響力を使って、理想の民主共和制国家を実現する。亡命するほど民主共和制に心酔していたなら、そう動いても良いのではないだろうか?

 

「少佐、君の言いたい事は理解できる。その答えは、室長が民主共和制に本当に心酔していたからだ。もちろん理想通りでない現実もあるだろう。ただ、今の同盟をデザインしたのは、当時のジークマイスター分室だ。言ってみれば、ジークマイスター体制は今も続いているという訳だ。もちろん公言は出来ない事実だがね」

 

そう言いながら、提督が2つのティーカップに紅茶を継ぎ足してくれた。そうか、民主共和制を心酔していたからこそ、自分の理想を独断で現実にするわけにはいかなかった。そして彼が育てた730年マフィアの面々は、前線での活躍を通じて同盟軍の上層部を担う存在に成長していく事になる。

 

「一度お話を伺いたかったですね。もっとも民主共和制を担う市民としての心構えが足りないと、怒られてしまいそうですが......」

 

「そうだね。私自身も、正直肩身が狭かった。民主共和制に関しても博識だったし、市民たちが聞けば苦笑するような理想像を信じておられたからね」

 

苦笑しながら頷く提督。彼が主導したジークマイスター体制のお陰で、同盟は帝国に負けない国力を整える事が出来た。民主共和制の維持という観点では、国父ハイネセンやグエン・ギム・ホアに匹敵する功績を上げた方とも言える。

 

そんな存在が帝国からの亡命者だという事に、私は歴史の皮肉を感じずにはいられなかった。一歩間違えば、帝国の改革の旗振り役となり、国力で圧倒された同盟が敗戦する未来もあったであろうから。




何話もインタビューが続くのもあれなので、節目の所でに差し込んでいきたいと思います。書いてみて思ったけど、原作キャラがいた方がすげー筆が進みますね。普通に原作年代で書けば良かったかなあ。でも国力への改編できなくなるしなあ。

これで2章は完結です。18時に登場人物一覧を公開予定です。ノーマンへのご褒美を兼ねて、評価がお済みでない方はぜひお願いします。

10付けるのはコメント書かなきゃだし、手間だなあ......。気持ちはわかります、なら『完結まで書いてくれる期待も込めて10にします』で行きましょう。ノーマンも完結まで頑張ろうと励み+良いプレッシャーを感じますよ♪では!明日!

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