カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第47話 ダゴンでの年末

宇宙暦736年 帝国暦427年 12月末

ダゴン星域 アステロイドベルト

カーク・ターナー

 

「物資の積み込み作業は1500には完了見込みです。隊員たちも張り切ってますから、予定より早く完了するでしょう」

 

「了解だ。その後は半舷休息で24時間この場に留まる。折角の年末がこんな僻地ですまないが、その分、飯を豪勢にするように頼んでおいた。英気を養うように努めてくれ」

 

船内通話で指示を出していたハドソン軍曹に答礼して通信を終える。ダゴン星域の惑星カプチェランカにあった帝国軍の地上基地を殲滅した同盟軍であったが、経済的価値が皆無な事もあり、その後に地上基地を復旧するような事はしていない。一方で比較安定したアステロイドベルトの小惑星のいくつかの内部をくり抜き、簡易補給ポイントを新設していた。

 

俺達はその一つから、物資を搬入している所だ。星系の中心にある恒星の活動の影響は皆無ではないが、宇宙空間は基本極寒だ。天然の冷凍庫のようなものだから、維持費もかからず俺達のような小規模編成の部隊にとってはありがたい存在だった。

 

「データでは見たことがあるが、実際に見ると凄まじい星系だな。こんな所で防衛戦を仕掛けた両元帥にも頭が下がるが、帝国の連中も良くもまぁこんな星系に大軍で侵攻したものだ」

 

「隊長はダゴン星域は初めてですか?私も初めて見た時は驚きました。ダゴン星域会戦と言えば、同盟市民は知らない者がいない会戦ですが、良くもまぁって思うのも無理はありません」

 

航海長が肩をすくめながら同意を示してきた。俺にとってはトーマスの最期の地という印象が強いダゴン星域だが、ここは航路としては最悪な場所だ。恒星を中心にいくつものアステロイドベルトが渦を巻き、索敵の面だけでなく、補給の面でも最悪の環境だ。商船経験のある俺からすると、こんな航路は通りたくない。

 

機敏な動きが出来ない大型商船だと、余程のベテラン航海士でもない限り接触事故が起きるだろう。防護磁場の出力が小さい商船にとっては、致命傷になりかねない。それは軍の輸送艦でも同じことが言える。

 

せめて惑星カプチェランカの環境がもう少しまともなら話は変るのかもしれないが、一年の半分がブリザードな事で有名なあの惑星を、少なくないリソースを割いて維持する価値はないだろう。モニターに小さく映る惑星カプチェランカに、俺は自然と黙祷をしていた。

 

イゼルローン回廊の同盟側で、帝国が地上基地を維持しているのはティアマト、パランディア、ファイアザードの3星系だ。帝国軍の正規艦隊を釣り出すにあたって、戦場をどこにすべきか?という議論は、参謀本部でも行われているし、ジークマイスター分室の面々とも何度も話し合った事がある。

 

同盟軍の勢力圏であるアスターテ星域とイゼルローン回廊の中間点に位置するヴァンフリート星系は、大戦力を展開するには宙域が狭いから候補としては不適切だ。ファイアザード星域は、一気にフェザーン方面に抜けられると対応しにくい。

 

このままだとティアマトかパランディアになるが、ダゴン星系を活用すれば予備戦力の秘匿は容易だろう。年明けに強行偵察に入るティアマト星系を見た上での判断になるが、個人的にはティアマトが有力候補になりつつあった。

 

戦争に絶対はない。仮に会戦で不利になったとしても、エルファシルまで戻れば補給は万全に受けられる。ダゴンで遅滞戦を仕掛ければ、再戦力化の時間も稼げる。パランディアを選ぶと、遅滞戦をアスターテで行うことになる。あそこは宙域が広い、遅帯戦を効率よく仕掛けるのはかなり難しいだろうしな。

 

「ああ、惑星カプチェランカですか。以前、輸送艦に乗船していた時に何度か補給任務を受けた事があります。あそこの光景は今でも覚えていますよ。年中ブリザードが荒れ狂っていて、宇宙服を着ても凍えそうな光景でした。その分、補給をみんな楽しみにしてくれていて、大歓迎してくれたもんです。当時下っ端だった私にも、皆さん良くしてくれました」

 

「そうだったのか。私も知り合いをあの惑星で亡くしていてね。何となくだが黙祷をさせてもらった所だ」

 

『そうでしたか......』と言うと、航海長もモニターに向かって黙祷をささげ始めた。帝国軍の地上基地が軌道上からの攻撃で殲滅されて6年近い。人類の戦闘の痕跡は、ブリザードで覆い隠されて残っていないだろう。

 

でも、カプチェランカに降りてみたいとは思わなかった。トーマスの事はけじめをつけたと思っていたが、心のどこかに棘のように刺さったままなのかもしれない。

 

「話は変わりますが、ティアマトに突入する前に、簡易操艦プログラムが形になってホッとしました。さすがにダゴンで緊急モードを使う訳にはいかないでしょうが......」

 

「そうだな。バスケス中尉の腕は信頼しているが、わざわざこんな所で試したいとは思わんな」

 

俺が肩をすくめると、航海長も同意する様に苦笑した。アスターテ星域の外縁部で試行錯誤を繰り返し、簡易操艦プログラムは一応使えるレベルになった。ただ、改善の余地はまだまだあるし、緊急モードに関してはエンジンへの負荷がかなりの物になる為、常用するとエンジンの寿命が縮まる事になる。

 

エンジンに関しては通常の物に比して、頻繁なオンオフへの耐久性を加味した物の開発が、操艦データに関してはスパルタニアンのベテランパイロットを集めて、一気にデータ量を増やすような事をしないと、これ以上の改善は難しいだろう。

 

「隊長と航海長はレディーの噂話をされるんですか?マナー違反ですよ」

 

「「ん?」」

 

モニターに向けていた視線を声の方に向けると、バスケス中尉がこちらに視線を向けていた。

 

「いや、噂話ではないぞ?こんな有様の星域では、中尉の腕は信頼しているが緊急モードは使いたくないという話をしていただけさ」

 

「隊長のおっしゃる通りですよ。中尉」

 

事実を伝えたのだが、中尉は納得しかねる様に俺達に視線を向けている。彼女はハドソン軍曹と共にこの艦のムードメーカー的な存在なのだが、陰で『姐さん』と呼んでいる兵がいる位、有無を言わぬ雰囲気をたまに出すことがある。

 

誰かに似ていると記憶を探ってみると、シーハン嬢の事を聞いたクリスティンや、鬼教官モードに入ったフラウ・ベッカーに似ている。流石に俺には軍の階級と言う盾があるが、わざわざ火薬庫の前で火遊びをする趣味はない。

 

「隊長、糧食長がメニューの確認をお願いしたいそうです。さあ、参りましょう」

 

『そんな事よりなにか用件があったのでは?』と言うあからさまな話題そらしをした航海長の言葉に、中尉はそう返して、俺の腕を取り、腕を組むと食堂に向かう通路を進み始めた。

 

何かと接する機会が多い彼女だが、どうも距離感が近いような気がしてならない。ただ、既婚者である事は知っているはずだし、プライベートエリアが近い人材がいる事も知っているから好きにさせている。

 

さすがに告白もされていないのに、異性として一線を引いてくれと言うのも先走りに過ぎる気がする。それに隊内で『タイロンが隊長の隠し子か?』という賭けが行われていた際に、早々に『否』に賭けて稼ぐほど、人間観察に優れた人物だ。黙っていても察してちゃんと適切な距離感を掴んでくれるだろうし、タイロンにもだいぶ良くしてくれた。お礼も込めて、多少は好きにさせてもよいだろう。

 

中尉に連れられて食堂に赴くが、糧食長もだいぶ頑張ってくれたようだった。同盟軍の糧秣は決して良いと言えるものばかりではないが、アステロイドベルトで新年を迎える事に、彼なりに思う所もあったんだろう。これなら士気も維持できそうだった。

 

『軍曹、姐さんはだいぶ攻勢をかけているようですが、どう思います?』

 

『お前はまたイジイジ迷ってんのか?姐さんが『撃墜する』方にもう賭けただろうが』

 

『そうなんですがねえ。タイロン坊の事もあるから、隊長は情が深いと思って賭けたんですが、隊長の嫁さんって、亡命者のお嬢様らしいんですよ。ガサツな姐さんじゃ厳しいんじゃないかと思いまして』

 

『うーん。賭け直すのは構わないが、お前これで2回目だろ?かけ直しは3回までだからちゃんと考えた方が良いぞ』

 

『そうなんですよねえ。ああ見えて変な所で姐さんは奥手だしなぁ。やっぱり姐さんが『撃墜される』方に賭け直そうかなあ。』

 

『隊長の好みがお嬢様なら、姐さんはだいぶ不利だろうしなぁ』

 

そんな会話を兵たちがしていたらしいのだが、俺がそれを知る事はなかった。ちなみにそれを知った姐さんとやらに、制裁を加えられた某軍曹がいたらしいのだが、本人たちの名誉の為にも、名前は伏せる形にしたい。




軍人たちの隠語解説

・撃墜する=付き合う
・撃墜される=フラれる

簡易操艦プログラムに関しては、PCのゲームでマクロを組むイメージですね。難易度が全然違うけど。FF14を当時の最後までやっていたんですが、マクロ組めるの知ってめっちゃ感動した記憶があります。本当は20回くらい行動指定しないといけないのがワンクリックになるんですよね。PS版だとどうなるんだろ?では!明日!


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