カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第5話 出立

宇宙暦723年 帝国暦414年 2月初旬

惑星エコニア 簡易宇宙港 搭乗口

カーク・ターナー

 

「んじゃ、父さん、母さん。行ってくるね」

 

「カーク、くれぐれも身体に気を付けてね。無理しちゃダメよ」

 

妊娠初期になり、少しおなかが目立ち始めた母さんが、別れを惜しむかのように抱きしめてくる。少し気恥かしいが、何事も無くても数年は会えない。下手したら最後の機会になるかもしれない以上、ことさらに逆らわず好きにさせた。父さんは、申し訳なさそうな表情で、俺と母さんに視線を向けている。

 

「父さん、遅かれ早かれ、俺はエコニアから飛び出していたよ。過ぎたことは気にしないで、母さんと弟か妹を宜しくね。俺もガンガン仕送りするからさ」

 

俺がそういうと、父さんは頷きながら感極まったのか男泣きを始めた。まあ、父さんがもう少し早く立ち直ってくれていれば、俺も別の道を選んだ可能性もあった。ただ、遅かれ早かれエコニアを飛び出していたのは確かだろう。

 

今の同盟の在り方だと、地方星系は表現を選ばなければ搾取の対象だ。身を立てて、本当の意味で自分の意志で人生を決める為には、捕虜収容所以外、大した特徴もないこの惑星に留まる判断は、残念ながら出来なかった。

 

年始に井上オーナーから航海士見習いの話を聞いたとき、俺は2つ返事で受けることに決めた。もちろん年齢の問題から両親の承諾が必要だった。当然両親に相談したし、心が折れた父さんに代わって、母さんと二人三脚で家計を支えてきた俺を、二つ返事で航海士見習いにするのは、特に母さんにとって重たい判断だっただろう。

 

ただ、二人目の命が母さんのお腹に宿ったのをきっかけに、身重の妻だけを働かせるのはさすがに父さんの良心が許さなかったらしく、荒れ地の開墾を俺の目から見ても人並み以上にこなすようになった。もし父さんの心が折れたままなら、身重の母さんの双肩に家計が圧し掛かる。経済面はともかく、精神面で不安があったのも事実なので、何がきっかけになったとは言え、ターナー家にとって良い変化だと思っている。

 

『14時発のシャトルに搭乗予定の方は、搭乗口までお急ぎください。まもなく出発時刻となります』

 

アナウンスをきっかけに、母さんが抱きしめるのをやめ、確かめるように俺の肩に触れた。

 

「んじゃ、行って参ります!」

 

両親の寂し気な視線を振り切るように別れの言葉を述べると、俺は搭乗口へ急いだ。名残は尽きないが、我が母星のエコニアは、この銀河でも有数のド田舎だ。シロン行きの便は月にわずか一本。今後の予定が詰まっている以上、一か月も時間をロスするわけにはいかない。

 

シャトルに搭乗し、窓際の指定席に座ってしばらくすると、定刻となり、シャトルは加速を始めた。前世で旅客機にのった経験はあるが、今世ではこれが初めてだ。両親を始め、井上商会のみんなや収容所の面々の顔が頭をよぎったが、それでも変な高揚を感じていた。

 

トーマスから半年遅れだが、俺はこの銀河の田舎代表のようなエコニアを、心のどこかでずっと飛び出したかったのかもしれない。トーマスはまだ基礎訓練中って所だろうか。どうせなら小さいとは言え、曲がりなりにも店舗の責任者だった経歴はあるんだ。うまく立ち回って補給部門にでも潜り込めればなあ。

 

だが、これからの俺にはあまり人の心配をしている時間はないかもしれない。これから亡命系の中心地であるシロンに向かい、亡命貴族が経営する社交マナーの塾に短期入学する。俺が航海士見習いにこんな若年でなれるのは帝国からの亡命者対応を引き受けるためだ。

 

さすがに公爵家や伯爵家クラスの亡命は少ないらしいが、亡命業務に関わる以上、帝国流の社交マナーも学んでおく必要がある。そんなもん通信教育にしとけとも思うが、立場なんかで口上も変わる。それに通信教育の教材にしないことで、亡命系の食い扶持を守る意味もあるんだろう。この分野は亡命系の独占市場だからな。さすがのバーラト系も手が出せないらしい。

 

まあ、よくよく考えれば、短期間とは言え学校に通うのは、カークとしての人生では初めてだ。エコニアでは後輩の面倒も見てきたけど、ほとんどの時間を大人と過ごしてきたし、同世代との接し方を学ぶ意味でも丁度良いかもしれない。

 

そんな事を考えているうちにシャトルは成層圏を抜け、文字通り惑星としてのエコニアが、シャトルの窓から見える。水に乏しいエコニアは、地球とは違って全体的に茶色い印象だった。

 

決して美しくはないし、パッともしない光景だ。でもそれでよかった。同盟圏内に多くあるであろう、こういうパッとしない星系を少しでもまともにしたい。それが俺の今世での志みたいなものになりつつあった。

 

しばらくすると軌道上に待機していた商船にシャトルがドッキングし、俺は小さめの客室に潜り込んだ。成人男性なら体格によってはかなり狭く感じただろうが、幸いなことに俺はまだ13歳。シロンまでの船旅は快適な物になりそうだ。

 

そして何より、航海士見習いの話を承諾して、井上商会を退社した先月から、航海士見習いとしての給与も支給されている。衣食住に不便しない以上、今の俺には怖いものはないのだ。

 

 

宇宙暦723年 帝国暦414年 2月末

惑星シロン ジャスパー家

フレデリック・ジャスパー

 

「ふざけるな!なんで今更、俺が帝国の社交マナーなんてもんを学ぶ必要がある?」

 

「ではもう一度申し上げます。フリードリッヒ様は庶子とは言え、オルテンブルク家の直系に連なる方です。旦那様の戦死を機に、後を継がれたリーンハルト様の後見を大旦那様がされる事となりました。オルテンブルク家内部は形式の面では整いました。

 

ただ、亡命系の雄であるオルテンブルク家が軍務で貢献できないとなると外聞が悪うございます。フリードリッヒ様には、亡命系の名門に相応しい作法を身に着けた上で、士官学校への進学をするようにとの旨、大旦那様がお指図されました」

 

「間違えるな。俺の名はフレデリックだ。それも今更の話だな。侍女として勤めていた母に手を出した挙句、あの鬼婆がいびり出すのを見て見ぬふりをしておいて、よくも指図などできたものだ」

 

怒りを禁じえない俺の視線の先には、本家であるオルテンブルク家の従者が形式だけは恭しく控えている。彼らにとって主家は絶対的な存在だ。当然、その血を引いている俺にも形式的には敬意を払う。そうしなければ彼らの価値観にそぐわないからだ。ただ、内心では大旦那様のお指図に逆らう不届き者とでも思っているだろう。

 

亡命系とは言え、ここは自由惑星同盟だ。帝国での政争の落伍者たちが貴族ごっこをする分には、俺にとっては関係ない話だ。貴族宜しく侍女に手を出し、子まで産ませておきながら、派閥内の面子の為に後継ぎは本妻との子にしなければならない。

 

そんな事情から、本妻が母をいびるのを見て見ぬふりをし、やっとこさ嫡男をなしたかと思えば戦死した父は、俺からすれば因果応報としか思わない。ただ、貴族ごっこのゴミみたいな脚本の片隅に、俺が配役されるのはごめんだった。

 

「かしこまりました。私はあくまで大旦那様のお指図をお伝えに上がっただけでございます。お指図にフレデリック様がどうしても従わぬとの仰せであれば、その旨、ご報告するまでです。ただ、本当によろしいのですね?」

 

痛い所をついてきやがる。オルテンブルク家の分家も分家のジャスパー家に所属する以上、奴らの貴族ごっこの有り様はよく知っている。フェザーンが成立して嗜好品メインで稼いでいた亡命系はかなりの打撃を受けた。そしてそれ以降、団結を強めてもいる。

 

俺の個人口座には、自分だけならいくらでも好きに身を立てる原資がある。ただ、オルテンブルク家の指示に逆らったとなれば、ジャスパー家は亡命系の中ではもう生きていけないだろう。貴族ごっこの中で生きてきた祖父母を、俺のわがままで全く違う世界に叩き込む決断は、俺には出来なかった。

 

「わかった。指図通りマナーも身に着けるし、士官学校を目指そう。その代わり、俺に二度と関わるな。お前達が敬愛する大旦那様の面目が立つように最大限努めよう。その代わり、その邪魔をするな。俺はお前たちのように貴族ごっこに興じる趣味はないからな」

 

「承知いたしました。大旦那様には家名を汚さぬよう精いっぱい務める為、静かに見守って頂きたいとでも申し上げましょう。私としても、頂いたお役目が不本意な形にならず、安心いたしました。では失礼いたします」

 

本家の従士は、形だけは恭しく一礼をしてから、部屋を辞していった。亡命系の会合があり、祖父母が留守のタイミングを狙ってきたのも、もしかしたらあの従士の配慮なのかもしれなかった。コルネリアス1世の大親征を同盟が跳ね返して以来、政争に敗れた帝国貴族を中心に亡命者は増えている。

 

貴族にとって血は可能性だ。政争に敗れたとはいえ、大逆罪でもなければ族滅される事はほとんどない。持ち運び可能な資産を持たせ、亡命させるのが主流だ。その最たるものが、亡命帝と呼称されるマンフリート2世だろう。

 

とは言え、コルネリアス1世の親征は、当時の同盟軍に大きな被害をもたらした。亡命者たちが帝国から持ち出した資産の一部も、同盟の軍備増強に用いられている。

またバーラト系の強硬派が、持ちこまれた資産を絞りとるかのような動きをしたのも確かだ。結果、自衛のために亡命系はシロンを中心に入植し、同化することなく、帝国領内のような疑似貴族制を維持して体制を整えた。

 

敵国である帝国の、ましてや貴族ともなれば、亡命を受け入れてやるのだから全財産を没収しろと、短絡的に考えた当時の同盟強硬派の気持ちもわからなくはない。彼らのルーツであるハイネセンを始めとした人々は流刑惑星で農奴として強制労働に従事していた。建国の父たちの苦渋を返さんとする気持ちもわかる。だが、そのせいで国内に派閥抗争を呼び込んでしまったとしたら、その責任はバーラト系と亡命系のどちらに帰するのだろうか?

 

「いっそすべて捨ててしまえれば......。などと言うのは贅沢だろうな」

 

先ほどの従者を乗せた本家の地上車が遠ざかっていくのを窓から見ながら、俺は内心を吐露していた。




730年マフィアのひとり。マーチジャスパーの登場です。原作で730年マフィアとして登場する7名のうち、一人は亡命系にするつもりでした。その際、前作でフリードリッヒとフレデリックがスペルは同じというご指摘をいただいていたのが強く残っていましたし自分的にも瓢箪から駒的な納得感があったので、フレデリックジャスパーに白羽の矢を立てました。

サイトによっては黒人って記載もあるんだけど、旧版のアニメの印象だとラテン系のイメージなんですよね。とらえ方は人によるから難しい。

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