カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第50話 生餌

宇宙暦737年 帝国暦428年 1月初旬

ティアマト星系 外縁部

カーク・ターナー

 

「まもなく指定されたポイントです。帝国軍との距離変わらず」

 

「了解、中尉、右舷に45°進路変更だ」

 

「右舷45°了解しました」

 

艦橋上部に備え付けられた戦術モニターが、我々を追ってくる帝国軍も回頭を始める様子を映している。3番エンジンの修復が終わり6時間が経過した。帝国軍の長距離ビームの射程圏ギリギリの距離を保って、ブルースが送って来たポイントまでわざわざ引っ張って来た。俺達の回頭は、3番艦を通じて第54分艦隊にも共有されている。後はうまくやってくれるだろう。

 

ちなみに54個も分艦隊がある訳じゃない。第5艦隊の第4分艦隊だから第54分艦隊と呼称している訳だ。中佐とは言え、ブルースはまだ参謀長ではないはずだ。アルフレッドはまだジークマイスター分室のはずだし、ブルースにてんてこ舞いしているであろう上層部の苦労がしのばれる。もっとも、ピンチがチャンスに変わった俺達にとっては喜ばしい事なのだが。

 

「ポイントを通過。帝国軍の通過までカウントダウン開始します」

 

オペレーターの声と共に、手元のモニターのひとつがカウントダウンを開始した。正規艦隊が出張って来るようになればこんな戦いばかりじゃなくなる。敵の実力を高く評価するのは、友軍にとってはあまり好ましい事じゃないだろうが、そろそろ指摘し始めても良いかもしれない。

 

『帝国軍通過まで3......。2......。1......。』

 

「帝国軍左舷後方に感あり、同盟軍第54分艦隊です」

 

「やりましたね。隊長」

 

オペレーターの報告と同時に、艦橋も嬉し気な声に包まれる。緊張の中、操艦を担当していたバスケス中尉もホッとした様子だ。航海長も胸を撫でおろしている。オペレーターに戦況を艦内放送で流すように指示しつつ、右舷に進路を取りながら帝国軍の側面に艦首を向ける。ここからは観測班としての役割が待っている。

 

「第54分艦隊、斉射しました。弾着確認。600隻前後の反応が消滅」

 

オペレーターの明るい声が艦内放送に流れる。他部署の連中も歓声を上げているかもしれない。艦首に武装が集中している戦闘艦では、側面や背面を敵にさらす事は一方的な損害を受ける事を意味する。ん?まさかそこでそれをするか......。

 

「帝国軍、第54分艦隊へ向けて回頭する模様」

 

おそらくブルースを始めとした分艦隊上層部も唖然としているに違いない。確かに側背面を晒しているのは悪手だろうが、敵前回頭は更なる悪手だ。慣性を殺すために減速して艦首を敵に向け、攻撃を開始するまで一方的に攻撃を浴びる。

 

初撃で30%近い損失を出した以上、そのまま加速して右舷回頭して離脱する。一矢報いたいなら左舷回頭して第54分艦隊に突撃する。この2つしかあの状況での選択肢はなかった。

 

「こういう発言は良くないのかもしれませんが、あれでは帝国の連中があまりにも......」

 

「航海長、俺も同感だが、それ以上は......」

 

気持ちは分かるが、帝国軍に同情する余裕は、今の同盟には無いはずだ。もっとも本来なら2隻の偵察艦に分艦隊で追撃する判断自体が指揮官に軍事的素養がない事を表している。責任があるとしたら、能力的に分艦隊司令に相応しくない人物にその地位を投げ与えた帝国軍上層部にある。俺達が変な同情心を出す必要もない。

 

「2番艦、3番艦に救援活動の準備を伝達。当艦も同様だ。格納庫を一時的な救護室として使えるように準備しておこう」

 

俺が指示を出したと同時に、第二斉射が帝国軍に突き刺さった。これで勝敗は決した。帝国軍は半数近くが戦闘不能となり、一部の艦は撤退に入っている。あの中に、愚考に愚行を重ねた司令官の乗艦はいるのだろうか?だとしたらこの世はあまりにも不条理だ。

 

「分艦隊司令部へ発信。こちらは救援活動の準備を完了、指示を乞う」

 

「了解、救援活動の指示を乞う旨、発信」

 

第54分艦隊の上層部も追撃をすべきか判断に悩んでいるはずだ。仮に撤退を開始した帝国軍に司令官が残っていたら?処分するにもやんごとなき方々に属する以上、帝国軍上層部には配慮が求められる。処分自体が貴族たちにとっては不満につながる。彼らにとって平民の犠牲など気にする必要もない話だ。

 

では軍にとっては?処分が軽ければ上層部への不信につながる。処分ナシなら猶更だろう。ブルースも今の一報で気が付くはずだ。わざわざ数百隻の敗残兵を追跡して、帝国内部の混乱の芽を摘むのか?既に同規模の戦力を撃退できた。功績としても十分だろう。

 

「分艦隊司令部より入電。救援活動の割り当てが送られてきました」

 

「では指示に従って救援活動を始めよう」

 

全チャンネルをオープンにして、救援活動を開始した旨の発信を始める。ゆっくりと戦場に近づいていくが、悪あがきをしようとする艦は、少なくとも俺達の割り当てエリアではいなかった。誤った判断の積み重ねの上に最後は見捨てられた。これで尚、上官の命に従うと言うのは、さすがに上意下達の軍隊でも難しいだろう。

 

救援活動を終え、指定された輸送艦に捕虜を移送し終えたのは半日後。損傷が少ない艦には工作艦がとりつき、曳行の準備を始めている。今回の戦果に貢献した第111強行偵察大隊は上客扱いで最優先で補給を受けられた。ブルースが俺の乗艦を訪れたのは、最優先で対応された補給が開始したタイミングだった。

 

ブルースはよく言えば自信家、悪く言えば傲慢と言えなくもない性格だ。俺自身は自信家は嫌いじゃない。ただ、特に成果が出た直後のブルースは、知らない人間からすると絵に描いたような傲慢ぶりを発揮する事がある。アルフレッドが近くにいれば何とかなるんだが、それもない以上、部下たちのブルースへの印象を守るために少し画策した。

 

ブルースがエアロックから入ってくる際に、手すきの者を集めておいて、『救援ありがとうございます!』と言わせた後に敬礼し、答礼したブルースに交代で握手を求めさせたのだ。部下たちからすると多少は疑問が浮かぶ対応かもしれないが、敬愛する彼らのボスの同期であり、誘因ポイントの通信もブルースの名前でされていたから反発するまではいかなかった。

 

上司の顔を立てる意味で、多少の歓迎は給料のうちだと思ってくれたようだ。補給中とは言え、任務中だ。艦橋で対応しても良かったが、そうすると話が漏れる。俺はわざわざ先導して艦長室へブルースを誘った。

 

「帝国軍の連中は大魚を逃したな。と言うかお前には副艦隊司令長官を務めてもらうつもりなんだ。こんな所で終わってもらっては困るぞ」

 

「それが事実なら、『名ばかり少将』殿も捨てたもんじゃないな。戦利に沿った判断は一切しなかったが、優秀な同盟軍士官が乗艦している事をかぎつけたらしい。とにかく今回は助かったよ。ブルース」

 

そう応じながら、個人で持ち込んだシロン産の茶葉で入れた紅茶をカップに注ぎ、ブルースの手元に置く。こいつは砂糖を小さじ二杯入れるはずだ。自分のカップに注いてから、シュガーポットを添える。

 

嬉し気にシュガーポットを手に取り、小さじ二杯の砂糖をブルースは自分のカップに入れた。意外と甘党なのかもしれんな。母親がお菓子作りに目覚めて、差し入れされていると話していたのはフレデリックだったか?そういう隙をもう少し出せれば可愛げが出てくるんだが......。

 

「ふん。カークならあれでこっちの意図は察してくれると思っていた。最後の右舷への進路変更も絶妙だったな。あれで初撃の戦果が跳ね上がった。分艦隊司令もだいぶ喜んでいたぞ」

 

「物言いは相変わらずだな。優秀なのは周囲も認める所だろうが、もう少し何とかならんのか?味方を増やすのはアルフレッド辺りに任せればなんとかなるだろうが、お前が敵を増やしていては本末転倒だろうに」

 

「事実を言ったまでだ。俺は前言撤回するつもりはないぞ」

 

そう言いながらすねた様に紅茶で喉を潤すブルース。香りもちゃんと楽しめ。紅茶の香りで少しでもお前の棘のある口調がまろやかになってほしい所だ。そんなことを思いながら俺も紅茶を楽しむ。わざわざ指摘したのはこいつの言動が目に余ると危惧した上官が、

 

『君は自分が万能だとでも思っているのか?有能なのは認めるが言を慎みたまえ』

 

と指摘した事に対して、

 

『もちろん小官にも不可能はありますよ。あなた方以上のミスをすることです』

 

と返した事を小耳にはさんだからだ。宇宙暦730年卒の中で、出世が早かった俺達は『730年マフィア』なんて呼ばれているらしい。新進気鋭の代名詞でもあったが、ブルースがはしゃぐせいで生意気の代名詞にもなりつつある。

 

「軍は俺達だけじゃ動かないぞ?ちゃんとアルフレッドにも感謝しておけよ?」

 

「大丈夫だ。アルフレッドは総参謀長。カークが副司令長官。後の連中が各艦隊司令になれば問題ない。帝国軍に負ける可能性は限りなくゼロだ」

 

そう応じるブルースには苦笑するしかなかった。まぁこいつはこいつなりに人材の重要性は理解しているんだろうな。自分の欠点を補える人材を理解してはいる様だ。もっとも、自分が改めればだいぶ楽になる......。という視点は残念ながら無い様だが。

 

「話は変わるが首都星に戻り次第、アデレードとは離婚するつもりだ。あいつなりに俺を想ってくれるのは分かっているつもりだ。ただ、俺は一人の相手につなぎとめられるのは正直合わない。ついては......」

 

「仲裁役ならアルフレッドにでも頼め。ダンスパーティー以来、我がターナー朝のクリスティン女帝陛下はアデレード嬢を要注意人物扱いだ。お前の救援に出て行ってこっちまで火達磨になるのはごめんだぞ?

 

そういう傾向の男性が存在するのは俺も理解している。お前を責めるつもりはないが、同盟には一人でも将来を担う世代が必要だ。お前たちの子供なら優秀だろう?アデレードも母親になれば変わるんじゃないか?」

 

「そういう可能性もあるだろうが、夫としてだけじゃなく、父親としての義務も増えるだろう?アデレードの事だって俺なりに愛しているつもりだ。子供も多分愛せると思うが、お前たちのように温かい家庭が作れるとはとても思えない。幸いにも独身で国家に貢献した人物は枚挙に暇がない。ブルース・アッシュビーの名を、独身者たちにとって栄えある物にするさ」

 

「俺は、妻帯して子供を残した上で、国家に貢献した人物を列挙できるが、まぁ、もう決めた事なら何も言わんよ」

 

俺達は苦笑しながらティーカップを少し上げた。アルフレッドが匙を投げる様なら出張る事に否はない。家庭問題に引きずられて変なミスをされても困る。ただ、第111強行偵察大隊はエルファシルを拠点に動いている。今回の戦訓を活かして装備の改善案や偵察手法の提案、操艦プログラムの改善などすべきことは山積みと言える。離婚調停に首を突っ込む余裕は、残念ながら無いだろう。

 

アルフレッドに厄介事を押し付けることになる。詫びも込めて何か贈っておくか。ブルースも家庭と新しい配属先で色々たまっていた様だ。2時間ほど雑談をしてから分艦隊旗艦に帰って行った。補給を終えた俺達は、ダゴン星域を通過してエルファシルへ戻る事になる。少なくとも全員を生還させる事が出来そうだ。ブルースを送り出してホッとしながら、俺は艦橋に足を向けた。

 




こういう会話シーンは筆が進むんですよね。でも反響としてそんなに悪くない感じも来ていて、それも悩む。自分がスラスラかけている部分はそんなに面白くないのか?的な思いがよぎりますからね。この辺はジレンマでしょう。

艦隊戦のある作品ではないですが、アクションで面白い作品を連載中と完結済みで2作品ご紹介。ガンゲーはディビジョン2とかバイオ系位しかやった事が無いけど。いつかこういうのも書いてみたいですね。

 異世界SF! FPS!
https://ncode.syosetu.com/n0432fz/

ハードボイルド小説みたいな戦争の世界に、VRシステムを通してログインする内にどんどんその世界にハマっていく主人公。戦闘描写が凄いと更新のたびに思います。

 FPSで盾使いのおっさんが異世界に迷い込んだら
https://ncode.syosetu.com/n6372dv/

こっちは異世界にゲームキャラで転移するんですが、戦闘描写もちゃんとしているし、中の人も社会人経験者なのでハーレムとか、変な正義感みたいなのも無くてすんなり読める。気分を変えたいときに読み返す作品のひとつ。

では!明日!

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