カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第52話 バスケスのやけ酒

宇宙暦737年 帝国暦428年 10月初旬

惑星エルファシル 帝国亭エルファシル店

エレン・バスケス(大尉)

 

「それでは、隊長の栄転を祝って!」

 

「「カンパーイ」」

 

私のやけくそ気味な乾杯の音頭とともに、ジョッキがぶつかる音が方々で鳴る。くっそぉ。心から隊長の栄転を喜べるお前らが恨めしいよ私は......。帝国軍の分艦隊撃破という功績を評価された第111強行偵察大隊は、昇進と共に装備改善と運用手法の確立という任についた。

 

部隊も第7試作試験大隊に変更。幸いにもエルファシルに新設された第3駐留基地は敷地も広大だった。強行偵察艦の製作会社であるヤマハ技研は、エンジニアチームと機材を持ち込んで、巡洋艦の艦型に理想的なエンジン配置の試作を開始。一週間ごとに異なる組み合わせを試すためにアスターテ星域に繰り出す日々だった。もちろん緊急操艦プログラムもそのまま試したけど、エンジンの耐久性を損なう事には変わりなかった。

 

技研のエンジニアチームの話だと、エンジン内部に超硬度鋼を大量に使用できれば解決の目途が立つとの事だったが、調達価格が通常の5倍になるという話をきいた大佐が、打ち切りを命じた。まぁ、偵察艦は量産するにしても数が知れているし、当然の判断だったと思う。

 

「姐さんも栄転おめでとうごさいます」

 

「曹長にもなにかと世話になったね。まあ一杯」

 

昇進して曹長になったハドソンが声をかけて来た。私の内心と真逆で本心から嬉しそうなこいつを観ていると腹立たしくなるけど、内心を見透かされると負けたようでそれも癪だ。酒が残っていたグラスを空けさせ、強めの酒を注ぐ。もちろん返杯も同じく強めの酒。良いのよ。今日は酔いたい気分だし。

 

隊長として第7試作試験大隊の指揮をしていたターナー大佐は、偵察艦の装備改善・運用手法の確立に成果ありと認められ、准将に昇進した。そして通常なら少将がその任につく分艦隊を任せられる事になった。とは言え通常編成の半分の1500隻編成らしいけど。

 

そして曹長を始めとした機関部門の連中は、隊長に個人的な売り込みをかけて分艦隊旗艦の機関部に異動する事が内定している。新型戦艦の機関ともなればこいつらが垂涎なのも分かるけど、なんだが裏切られた気分だ。

 

「私のは栄転なのかね......」

 

「技術科学本部でテストパイロットになるんでしょ?十分な栄転ですよ」

 

そう言いながら肩をすくめるハドソン。もう一つ腹が立つ理由を思い出した。こいつは私が隊長に『撃墜』される方に賭けていたはずだ。それで儲けたと思うと強めの酒を10杯くらい一気させたい気持ちになる。隊長には、この人事が発表になった時点で気持ちを伝えた。

 

『大尉の気持ちはすごく嬉しい。ただ、私としては優秀な部下としての大尉の期待には応えられるが、女性としての大尉の気持ちには、男性としては応えられない。』

 

それが隊長の答えだった。気持ちを打ち明けなければ佐官講習が必要だけど少佐に昇進の上で副官になれたかもしれない。でも気持ちを隠したまま傍にいるのも不誠実だ。個人的な感情が大きなミスにつながる事だってある。

 

『子供は女性にしか産めないんだ。功績の面では前線勤務はもう十分だと思う。後方で支援する側に回りながら、もっと自分の為に使える時間を増やしてごらん』

 

テストパイロットの内示を隊長から伝えられた時、正直厄介払いされるのかと傷ついた。ちょっと部下としてあるまじき発言もしたと思う。でも、隊長は少し困った表情をしながらこう応じた。

 

確かに前線勤務じゃ、出会いもない。日常的に命の危険にさらされる以上、自分の将来をちゃんと考える時間も無い。隊長なりに私の事を考えてくれたんだという結論に至って、その人事を受け入れる事にした。

 

「あんたらは隊長についていけるからね。なんだか置いて行かれるみたいでさ」

 

「そりゃ偵察艦のままなら隊長も姐さんの操艦に期待するでしょう?でも次は艦隊旗艦だ。艦隊旗艦だけがとんでもない操艦が出来ても僚艦はついてこれませんよ。それに旗艦がそんな有様じゃ負け戦確定だ。異動にもそういう判断があったんじゃないですかね?

 

俺達は逆ですよ。隊長は准将で終わる器じゃないでしょう。いずれは正規艦隊司令ってお人だ。そんな人の旗艦ならまず生き残れます。志願した以上、覚悟は出来てますが生き残れる可能性が高いに越したことはありませんよ」

 

視線を向けると少し真剣な表情を浮かべているハドソン。私の様なスパルタニアン乗りは、どこかで生死は自分次第だと割りきって戦場に臨んでいる。操艦を担当している時も、私がうまくこなせれば生き残れる状況だった。でも機関員たちはそうじゃない。防衛戦自体は優勢とは言え、艦隊戦が行われれば当然撃沈される艦もある。機関部は生存率が決して高いとは言えない部署なのも事実だ。

 

「忠誠心だけじゃなくて、打算もありの判断か。でもそういうのは嫌いじゃないわ」

 

「どうせ命を賭けるなら、尊敬できる上官にって気持ちももちろんありますよ。会った事もない上官の為に、死線を一緒に潜り抜けた上官と同様精勤できるか?って言われたら、そりゃ出来ません!って答えます」

 

もしかしたら急な人事への不満もあったのかもしれない。第7試作試験大隊はエルファシル星域造兵廠に吸収される。強行偵察艦の開発は統合作戦本部と情報部も関心を高めていた案件だ。大筋が決まった所で引き取って、功績のおこぼれを頂戴したい。そんな意図も見え隠れしていて、隊員達には不満もたまっていた。

 

「それに事なかれ主義で功績になるんですかね?名前を添えるとは言え、率直な意見が関係者なら閲覧できる。開発担当もそれを見るんでしょ?現場を肌で知ってる人材じゃないと、むしろ厳しいと思いますがね」

 

「確かにね」

 

お互い少し悪い笑みを浮かべながらグラスを傾ける。装備改善を進めるにあたって、隊長は統合作戦本部のサーバーを確保して、強行偵察艦の乗組員なら誰でも装備についての不満を書き込める掲示板を用意した。ただし、軍人である以上、不満だけでなくコストは考えずに改善案も添える事を条件にして。

 

結果として改善はかなりスムーズに進んだが、命に係わる分、かなり手厳しい意見もあった。最前線を知っている隊長だからこそ笑って受け入れたが、前線を知らない技術士官がどこまで活かせるのか?と考えると、疑問が残る。ヤマハ技研のエンジニアチームにはこういうのは新鮮だと好評だった。

 

確かに聞くべき意見をくみ取ってフィードバックと改善に向けた要点を伝えられれば有用だけど、なかなか出来る事じゃない。美味しい所をつまみ食いするつもりだろうが、そうなる可能性は低そうだ。

 

「まぁ、第7試作試験大隊としての役割は節目だったとも言えるでしょう。現場の努力で出来る事は粗方片づけました。姐さんの名前も一応残りますし、それで十分でしょう?」

 

「そりゃあね。ただ、タイロンが余計なことを言わなければ、全部あたしの名義だったんだ。口惜しくないと言えば嘘になるかな......」

 

「それこそ逆恨みでしょう。あの歳で対象者が望むものをきっちり読んだんです。あいつは大商人になりますよ。大隊全員の子供であり弟みたいな存在だ。喜んでやらにゃ」

 

「当然でしょ。私のお酌でオレンジジュースを飲んだんだからね。あいつには大物になってもらって子供たちを雇ってもらわないとね」

 

操艦プログラムのデータ収集にあたって、隊長は各地のスパルタニアン部隊に、強行偵察艦の操艦データを送ると共に、『採用されたデータにはそのパイロットの名前をつける』とメッセージを添えた。当初は賞金を出すつもりだった隊長に、『エースクラスのパイロットなら金銭より名誉の方が報酬に相応しいんじゃない?』と意見したのはタイロンだ。

 

隊長はその意見を採用し、結果として同盟軍のスパルタニアン乗りが自分の名前を残そうとこぞってデータを残した。当初はほとんど私のデータだったのに、今では『バスケスターン』と命名された戦闘機動のひとつにしか、名前は残っていない。賞金にする予定だった金額を隊長は報酬としてタイロンに渡した。

 

それだけだったら多少は恨み言も言えるが、タイロンはその報酬で帝国亭のフルコースを私に奢ってくれた。あいつは商人としてきっと成功するはずよ。弟みたいに思っていた存在に手玉に取られて悔しかったけど、それを差し引いても帝国亭のフルコースは美味しかった。

 

「さてと、そんじゃ航海長のとこにでも行ってきますかね。姐さん、タイロンは記念大を志望してますからね。首都星に行ったら早めに良い人を見つけないと、あいつも心配しますぜ」

 

「うるさいわね。行ったいった!」

 

ハドソンが笑いながら席を移ると同時に、私もタイロンの近くに席を移した。記念大に受かれば会う機会もあるだろうけど、こいつのお陰で前線勤務が殺伐とした物だけにならずに済んだ。合格を記念してバスケス姐さんのお酌で好物のオレンジジュースを飲ませてやろうじゃないの。

 

何となく部隊の全員が帰りがたい気持ちを持っていたんだろう。この日の壮行会は夜明けまで続き、多くが二日酔いになった。人生で二日酔いになって嬉しかったのは、この日が初めてだったかもしれない。そんなそぶりを見せない隊長が、いつも以上に紅茶を飲むのを観て、皆で苦笑したのも良き思い出だ。

 

ハイネセンでテストパイロットの任についた私は、ヤマハ技研のエンジニアの一人に思いを告げられ、付き合うことになる。その人の妻としてのキャリアを始めるのは2年後。その後は妻として、母としてのキャリアを積んでいくのだが、そんなことを知らない私は、任官してから最も居心地の良かった部隊がなくなる寂しさをもうしばらく引きずることになる。

 




という訳で、偵察相大隊はこれで区切ります。ノーマンはヤマハさんのアンプによくお世話になっていました。今もトヨタの高回転エンジンはヤマハさんで作られているのかな?新型スープラの生身はBMWと聞いたので少し寂しい気もしています。では!明日!
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