カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第53話 参謀長

宇宙暦737年 帝国暦428年 11月初旬

首都星ハイネセン 統合作戦本部ビル

ファン・チューリン(大佐)

 

「式典はまだ慣れないか?早ければ来年にはファンも分艦隊司令になるんだ。笑顔の練習も参謀長の業務に組み入れるか?」

 

「止してくれ。私が笑顔になりだしたら、それこそ部下たちは困惑するだろう」

 

そう応じると、ターナーはやれやれと言った様子で肩をすくめた。彼のお陰で人間関係に関してはだいぶ改善できたと思う。子供たちも私に懐いてくれているし、ファネッサもその点は評価してくれている。

 

ただ、部下に愛想を振りまくようなタイプじゃない。人には向き不向きと言う物が有るのも事実。私は私にできる指揮官像を目指せば十分だ。

 

「わかったわかった。確かにファンが笑顔で艦隊結成式で挨拶したらハイネセンに隕石が落ちそうだしな。改めてになるが参謀長を引き受けてくれてありがとう」

 

そう言いながら右手を差し出してくるターナーに応じて、私も右手を差し出し、握手をする。ターナーが准将に昇進し、半個分艦隊司令となる事が内定した段階で、参謀長への就任を打診してきたのは正直意外だった。

 

ローザスはアッシュビーと組むから除外するとして、幼い頃から付き合いのあるジャスパーかベルティーニ辺りに頼むのではと思っていた。私に声をかけて来たのは正直意外だった。

 

「私で良かったのか?違う選択をすると思っていたが......」

 

「相変わらず自己評価が低いな。ブルースもウォリスもファンを欲しがっていたさ。それが判っていたからこそ、内示を受けてすぐに連絡を入れた。もちろん快諾してもらった旨をすぐに二人にはメールしたさ。だから連中は3人組。俺達は2人組なんだ」

 

嬉しそうに紅茶を飲むターナーは、いたずらが成功したかのような嬉し気な表情をしている。アッシュビーの司令部にはローザスとジャスパー。ウォリスの司令部にはコープとベルティーニが席を構えている。ジークマイスター分室でコンビを組んでいた組み合わせがベースになっていて、司令部を運営する上で不都合は無いと思うが......。

 

「本当はウォリスの所にファンが入るのがバランス的には良かったかな?ただなぁ、俺も小なりとは言え分艦隊司令を拝命した以上は部下を一人でも多く生還させる責任がある。冷静沈着で手堅いファンがどうしても欲しかったのさ。

 

ブルースの所はアルフレッドが攻勢型2人をどう制御するか頭を抱えているだろう。ウォリスの所はジョン辺りが慣れない抑え役にならざるを得ないと悩んでいそうだな。分室でも皆が意見を求めていただろう?攻勢型が大半の中で、守勢に強く冷静なファンは誰と組んでもバランサーになれたんだ」

 

「そう言われれば、そうかもしれないが......。自己評価にすんなりとそれを加えられるほど、私は柔軟じゃないぞ?」

 

「それでいいのさ。その代わり、ファンが艦隊司令になる時までに、ムードメーカータイプの参謀役を見つけておけよ?別に年上でも良いんだ。タイプ的にはヴィットリオかジョン辺りかな?攻勢志向だけど、熱くなり過ぎないようなタイプだ。自分に足りない部分は補ってもらえばよいんだから」

 

そう言いながら寛ぐターナー。ムードメーカータイプか......。個人的には苦手なタイプだな。10時から始まった結成式を無難にこなした私達は、控室で休憩タイムだ。午後からは統合作戦本部や参謀本部の各所に挨拶周りを行い。夕方からアッシュビーの実家に集合することになっている。式典に上層部が出席する事もあり、アッシュビーの式典は14時~。ウォーリックの式典は16時~の予定だ。

 

「後は旗艦の名前も考えておいた方が良いぞ?システムの登録もあるからな。いきなり聞かれて面くらったのも事実だしな」

 

「長門だったか?旧世紀の軍艦の名前からとったそうだが」

 

「ああ。まだ人類の生存圏が地球に限られていた時代の、ある島国の戦艦の名前だ。その国の総旗艦にもなった艦だし、何より大戦を通じて生き残った艦だ。縁起が良いだろ?」

 

確かに戦闘に勝利しても生還できなければそこで終わりだ。一人でも多く生還させたいと考えているターナーの乗艦としては良い名前かもしれなかった。アッシュビーは『俺と出会う帝国軍は不幸だから』と言う理由でハードラック。ウォーリックは『ファッションに興味はあるが、タトゥーだけは出来なかった。なのでタトゥーの神の名前を付ける』と言ってルーガイランと名付けた。私らしい旗艦の名前か......。確かに今から考えておいた方がよさそうだ。

 

「俺達を含めて、配備されるのは新型艦の先行量産型だろ?新しいおもちゃをやるから戦功を立ててこい!後は改善すべき点があれば早めに上申しろ!って所だろうな。強行偵察艦で一通り経験はしたが、今回は規模が違う。そういう意味でもファンの手堅い視点が欲しかったのさ」

 

「そういう所は見習いたいな。何とかなりそうな気分になってくる」

 

ジャスパーもそうだったが、要点をしっかり掴んで、すべき事を明確に出来るのはターナーの美点でもある。大抵の任務は目的地が明確になっておらず、それを明確にすることから司令官の仕事が始まる事が多い。色々と考えすぎてしまう傾向がある私にとっては、良いパートナーなのかもしれなかった。

 

例を出すなら山登りだろうか?私が山頂までのルートや装備から考え始めるとしたら、ターナーやジャスパーはヘリを使えば楽が出来ると考える。そんな違いがある。

 

「ところでファンはお菓子類は得意なのか?一応手土産にシロン産の茶葉とワインを用意はしたんだが......。ブルースのお袋さんが料理に凝りだした事は小耳に挟んだんだが、ブログをみたら菓子類ばかりアップされていてな。男性陣が集まるんだから大丈夫だと思うが、甘いケーキを肴にワインを飲むのは俺は勘弁だぞ......」

 

「気持ちは分かるが、招かれた以上は出されたものに文句を言うのはマナー違反だぞ?ターナー。ちなみに私は地元で売り出され始めたチーズの詰め合わせを用意した」

 

「お!以前贈ってくれたカマンベールの燻製は美味だったな。クリスティンも絶賛して帝国亭でも扱っていたはずだ。良い物を紹介してもらって感謝だ。ただ、手土産にチーズは男性のセンスじゃないな?奥方のチョイスだろ?ファネッサ夫人は細かい気づかいが出来る人だからな。どうだ?当たりかな?」

 

苦笑しながら私が認めると、嬉し気に声を上げる。チーズの生産元には私も出資させてもらっている。実際に味も良いし、故郷で作られた物を手土産に出来るのは密かな喜びだった。それを勧めてくれたのはファネッサだ。確かに家庭では私の至らない点をファネッサが補ってくれる。軍でもそういうパートナーが見つかれば良いのだが......。

 

「一息付けたし、そろそろランチに行くか?室長にも声をかけてあるんだ。時事の挨拶はしているが、ハイネセンで時間を取れるのも中々ないしな。我らが上官殿にご馳走になりに行こう」

 

「お忙しかったんじゃないか?無理を言っていないだろうな?」

 

「大丈夫さ。俺達は半分息子で半分生徒みたいなもんだ。室長だってお偉方との腹の探り合いばかりだろうし、不肖の弟子とたまには気楽に食事を楽しみたいと思っておられるさ」

 

そう言いながら、ベレー帽を指にひっかけて回しながら上機嫌に控室を後にするターナー。慌ててベレー帽をしっかり整えて後を追う。統合作戦本部ビルのロビーを抜けて、ロータリーの自動運転タクシーに乗り込み、歓楽街へ向かった。

 

「統合作戦本部の士官食堂じゃ室長は利用できないし、情報部の方は流石に部外者が入り込む訳にもいかないからな。一応、予約しておいたのさ」

 

そう言いながらタブレットを渡してくる。画面にはマーチラビットの別館の情報が映っていた。

 

「ここなら帝国風のコースもあるし、個室もあるんだ。警護もしやすいだろうし味は保証付き。それに良い値段を取るからな。人の財布をあてにできる際にはお勧めだ」

 

「うーむ。私が指摘するのも何だが、室長にご馳走になって良いのだろうか?」

 

そこからマーチラビットまでの道のりは、ターナーの恩送り論を聞く羽目になった。彼曰く、我々はそもそも昇進が早いから、本来ご馳走になる機会が減り、逆に奢る機会が増加しているらしい。その分、ご馳走になる機会があるなら見逃すのは失点であり、階級も年齢も下の私たちが上官の財布の心配をするのはむしろ失礼になるそうだ。

 

そうしてご馳走になった分、我々は部下に還元すれば、上官の人徳も高まり、部下の士気も上がる。おまけに経済も良くなるから最善らしい。冷静沈着を自認する私としては、特命分室を預かる室長より、半個とは言え分艦隊を預かるターナーの方が明らかに支出が多いと思うのだが、この場で指摘するのもどうかと考え、恩送り論を黙って聞く事にした。

 

別館最上階の個室でお会いした室長は、私達を嬉し気に迎えてくださった。ランチにしては豪勢な肉料理のコースを完食される健啖家ぶりも健在だ。私達の前線での活躍を把握されており、お褒めの言葉も頂いた。

 

もっとも、ある分艦隊司令官が調子に乗って年代物の赤を頼もうとした時はさすがに制止する側に回った。参謀長として司令官の足りない部分を補う機会が、こんなに早く訪れるとは思わなかった。

 

ただ、それを見ていた室長が嬉し気にされた所を考えると、私の制止も含めて、ターナーは一芝居打ったのかもしれなかった。それならそれで構わなかった。私達はお互いを補い合って、室長に楽しい時間を過ごして頂けたのだから。




という訳で、結成式と久しぶりのジークマイスター室長との一コマでした。エアコンの加護を受けた屋内と屋外の温度差にノーマンは少し夏バテ気味です。では!明日!

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