カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第54話 母親孝行

宇宙暦737年 帝国暦428年 11月初旬

首都星ハイネセン アッシュビー邸(実家)

ブルース・アッシュビー(准将)

 

分艦隊の結成式とそれに伴う挨拶回りを終えた俺達は、いったん解散し、20時に俺の家で集合する予定になっている。何かと忙しい悪友たちが一堂に会するのは、俺とアデレードの結婚式以来だ。気のいい奴らだし、集まれるのは嬉しいが、あれ以来と言うのは正直気にかかった。アデレードとは離婚したからな。

 

18時を過ぎ、夜の帳がおり始めたハイネセンの街並みが車窓から見える。アデレードとの離婚は穏便には進まなかったが、何とか成立した。調停役を押し付けたローザスは疲れた様子で『女性を怒らせるものではない』としみじみと言っていたな。

 

離婚届にサインする際に、『どうせ貴方は私の元に帰ってくる事になるわ』と断言してきたアデレードの目を見た時、感じた事のない恐怖を覚えたのは確かだ。折よく小なりとは言え艦隊司令の内示を受けた事もあり、しばらくは軍務に精勤しようと気持ちを切り替えてはいたのだが、俺の離婚はもう一人の身近な女性を激怒させた。

 

離婚が成立し、独り身になる以上官舎を引き払って、カークの様に優雅にホテル暮らしを楽しむつもりだった俺に、断れない召集令状が届いた。送り主は代議員でもある俺の母だ。

 

もともと『ハイネセンの嘆き事件』の煽りを食って国防委員だったにも関わらず財務委員長に担ぎ出された母は、キャリアアップを目指すなら最高評議会議長を目指すしかない状況だった。ただ、母としては兄貴たちを含めて3人の育児を終え、ビジネスに興じて家庭を顧みない父への当てつけもあって政界に飛び込んだ。

 

財務委員長になる事すら不本意で、本心を聞けたのは離婚成立後だが、俺達夫婦に子供が生まれたら、政界を引退して孫育てを本業にするつもりだったようだ。『次世代の育成に貢献したい』とでも言えば、引退の名目としても成立しただろう。兄貴たちだって家庭を構えているし、当然、孫は既にいる。そう判断して油断したのが良くなかった。

 

『育児も人並みには頑張った。不本意だったけどブルースの為にもと思って財務委員長も引き受けた。私はだいぶ貴方に尽くしたけど、人並みの幸せを期待しちゃいけないのかしら?やっと結婚したし、子供もすぐ出来ると思うのが普通ではないかしら?』

 

そう切り返されてはぐうの音も出ない。気が付けば無条件降伏していたし、その中でハイネセンにいる間は実家に戻る事。なるべく帰って来る事を約束させられた。

 

こうなると分艦隊の拠点がエルファシルになる事は不幸中の幸いだった。それを起案したのはカークのはずだ。あいつは軍人に納まらない多角的な視点をもっているが、誰かにこんなに感謝したのは数える位だ。最近で言えば、仲介役を渋りながらも承諾してくれたアルフレッド位かもしれない。

 

本来なら、今夜も馴染みの店に皆で繰り出すはずだった。ただ、パイプ役をしていた事もあり、面識のあったフレデリック経由で、ハイネセンにいる間はなるべく実家にいる約束の件が悪友たちに漏れ、それなら実家に集まろうと言う話に、いつの間にかなっていた。

 

どうせ画策したのはウォレス辺りだろう。嬉しそうに

 

『ブルース、下手を打ったな』

 

とニコニコしながら肩を叩いてきたからな。もともと結婚式の祝儀はそれなりの額を包んでもらっていたし、負い目もあった。それでもなんとか回避しようと画策したが、

 

『財務委員長には俺達もお世話になった。こうなったらブルースの親孝行に力添えするのも良いだろう』

 

とフレデリックが発言した時点で、戦局は確定した。あいつの竹を割ったような性格は好ましく思っているが、俺の気持ちも考えろと思った時点で気が付いた。こいつは母方の祖父母に育てられたから、特に母親に悪友を紹介する微妙な気まずさが分からないのだ。

 

そしてそれを指摘する程、俺もガキじゃない。そんな事を思い返しているうちに車窓の光景が見慣れたものになっていく。モニターに目を向けると現在地は既に実家付近だった。

 

「覚悟を決めるか......」

 

ため息をつく俺の気持ちを察する事無く、自動運転タクシーは実家の前で一時停止し、門が開いていく。徐行したままロータリーに進み、玄関前で停車した。リーダーにカードを通して料金を支払うとドアが開く。右手でアタッシュケースを引き寄せ、降車した。ここまで来たら覚悟を決めるしかない。玄関のドアを開けて『ただいま!』と言いながら歩みを進める。

 

「ブルース。おかえりなさい。早く着替えてらっしゃいな。軍服は避けるんでしょ?」

 

「ああ。その予定だけど......」

 

嬉し気にキッチンから出てきた母さんの恰好に一言いいたかったが、何とか言葉を飲み込んだ。俺達の中でいつの間にか飲みに出る時はスーツ。家族ぐるみの付き合いをするときは普段着に着替え、なるべく軍服で過ごさない習慣が出来たのはいつからだろうか?今夜も普段着で集まる予定だったが、母さんは完全にダンスパーティーで着るようなナイトドレスにエプロンをしていた。

 

「言いたいことは分かるけど、息子の戦友に会うのに張り切らない母親はいないの。大丈夫よ。アデレードさんの時のように貴方の子供時代の話なんてしないわ。そうなるのは共通の話題が無いからなの。私が国防委員で財務委員長経験者なのをしっかり感謝しなさいね」

 

そう言いながら肩を叩かれ、二階の自室に追いやられた。軍服をハンガーにかけ、少しラフ目なシャツとズボンにツイードジャケットを羽織る。

 

「ブルース、暖炉を見ておいてちょうだい」

 

階下の母の声がする。階段をおりてリビングの一角へ向かう。既に暖炉に火が入っている事もあり、ジャケットを羽織った俺には暑い位だった。ただ、母さんはナイトドレスだし、飲み始めたらジャケットを脱ぐはずだ。これ位の温度が、むしろ適切かもしれなかった。

 

リビングの一角に設えられたテーブルには、オードブルとグラスが既にならんでいる。通常ならケータリングなりバーテンダーなりを頼む所だが、俺達が機密に触れている事もあり、おそらくお手伝いさんと一緒に母さんが用意してくれたんだろう。

 

「副業で代議員をしてる割には大したものでしょ?」

 

「あいつらも楽しみにしてたよ」

 

嬉しそうな母さんにはそう応じるしかなかった。思い返せば家に友人を呼ぶこと自体が初めてかもしれない。兄貴たちはたまにそんな事もしていたけど、俺は気恥ずかしくてそういう事は避けてきた。この張り切りようはそれもあるのかもしれない。

 

「それでね。出迎えは母さんがやるから、貴方はここで皆さんがそろうまでのお相手をしてちょうだいね。貴方の背中を守ってくれるかもしれない人たちでしょ?ジャスパー君は知っているけど、それ以外は初対面だもの。母さんも少しは話しておきたいし......」

 

また余計な事を言い出したが、このタイミングで言うという事は譲る気はないという事だろう。俺は苦笑して応じるしかなかった。そうこうしているうちに20時近くなり、来客を告げるベルが鳴る。嬉し気に玄関に向かう母を横目に、俺はため息をついたが、持つべきものは戦術家の悪友達だ。

 

「ブルース、皆さんお着きよ!それにこんなものまで頂いたわ!」

 

どうしたのか?と思って玄関に向かうと大きな花束を持った母さんが嬉しそうにこちらを向き、悪友達が勢ぞろいしていた。

 

「上官に尽くすのが部下の務めですから、国防委員に尽くすのは当然ですよ」

 

笑顔でそう応じるウォレスに喜ぶ母さん。その後、リビングの隅に用意してあったハンガーラックにジャケットをかけると、皆でパーティーの用意を始めた。戸惑う母に

 

「集まると人数が多いですからね。出来る事は自分たちも手伝う事にしているんです。そうしないと場を整えてくれた家庭の負担が多いですから......」

 

と言ったのはアルフレッドだった。飲み始めてから席を外そうとする母に

 

「むしろ国防委員として、財務委員長としてのご苦労をお話して頂ければ......。このまま進めば軍上層部を担う事になります。予算の金額だけで一喜一憂するような上層部にはなりたくありませんから......」

 

そうカークに言われた母は、見た事もない位上機嫌で、いつの間にかバーテンダー役まで身に着けたウォレス特製のカクテルを楽しみながら、気づいたらこの輪の中心になっていた。話題も子育てや、軍に息子を送りだした母親の想いなど、主役が母さんになる話題が続く。そこまでされれば俺も気づいた。こいつらはフレデリックの言通り、俺の親孝行にとことん付き合うつもりだったのだと......。

 

23時近くなると、自然と片付けが始まった。軍人として身の回りの事は出来る連中だが、一糸乱れぬ有り様は専門業者もかくやと言う物だった。ウォレスに至ってはグラスまで磨いていたし、指示を母に仰ぐ場面もあったが、ヴェットリオがレシピを聞いていた事もあり、母があまり動かずに済むように配慮してくれてもいた。

 

「ブルース、貴方は才能には恵まれたけど、友人は少なかったでしょ?母さん正直心配していたの。でも、すごく良い仲間に恵まれたのね。あの子たちの力に少しでもなれるように、もう少し頑張ってみるわ」

 

片付けが終わり、各々にお礼を添えながら帰っていく連中の見送りを終えた時、母さんはそう零した。子供の頃からなんでもそこそこの努力でトップを取ってきた俺にとって、幼馴染のジョン以外は、正直取るに足らない存在ばかりだった。当たり方も当然つれない物だったし、それを改めようと思った事もない。でも、確かに友人に恵まれたんだろう。

 

「ああ。俺もあいつらと勝利をつかむよ。同盟軍が誇るべき艦隊司令官になる連中さ」

 

素直に接する機会が少なかった母さんに、不思議とこの時は素直に応じられた。この日以降、概算要求が始まる時期には、可能な連中は『ナタリー・アッシュビーを応援する会』と称して実家に集まることになる。

 

開催時期に意図的な物を感じるのだが、国防費の増額は俺にも関わる事だ。毎年一度くらいの親孝行と言い聞かせてもちろん参加した。うれしそうな母さんの顔を見ると、やめようとも言えなかったのだ。




という訳で、息子が離婚して気落ちした母を励ます会でした。原作だと家族ぐるみの付き合いは限定的だったニュアンスもありますが、今作ではそうでもないですからね。では!明日!

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