カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています

syu_satouさん、誤字報告感謝です。PYさんも連日ありがとうございます。


第56話 格差(ファイアザード会戦)

宇宙暦738年 帝国暦429年 4月中旬

惑星エルファシル 第3駐留基地 司令部

カーク・ターナー(少将)

 

前線に散っていた独立艦隊は呼び戻され、ティアマト・パランティア・ファイアザードの各星系の情報分析と並行して作戦立案を進めている。エルファシルに戻った段階で、うちの分艦隊は功績が認められ昇進の辞令を受けた。ブルースたちも派遣されたファイアザード星域で補給艦隊を撃破して昇進している。

 

これで悪友達は少将が3人、准将が5人。730年卒の中では最速で昇進中だし、いよいよ正規艦隊司令も見えて来た。ブルースは40歳までに艦隊司令長官になると豪語したが、予想以上に早くその地位に就くことになるかもしれない。半個分艦隊だった艦隊規模も戦力化された新型艦の分隊が配属され、3000隻規模に再編成中だ。

 

部下たちに骨休めを命じながら、俺と参謀長のファンは同盟軍が久しぶりに撃退されたティアマトで生じた遭遇戦の戦闘詳報を確認していた。

 

「どうやらターナーの言った通りのようだ。欺瞞工作を見切って進路を取られているな」

 

「まともな連中ならそろそろ対応してくる時期なのも事実だ。毎回欺瞞工作に引っかかっていた方が異常だったんだ」

 

強行偵察艦の運用体系を提案したのは俺自身だ。帝国軍の欺瞞航路分析を逆手に取って優位なポジションから遭遇戦を開始する戦法は、かなりの戦果をあげた。ただ、これだけ罠にかかれば、まともな軍事的素養があるプロなら当然修正してくる。

 

ティアマトに派遣された同盟軍の分艦隊は運が悪かったとも言えるし、前例に引っ張られて油断したとも言える。もっともそれを判断する立場にはないが......。

 

「同盟軍もそこまで判断は悪くないか......。不利になった時点で撤退の判断を下している。補給は許してしまったが、そもそもティアマト星系はまだ帝国に預けておいた方が良いだろう?負けたが犠牲は最低限に抑えられた」

 

「それで上層部が納得してくれると良いのだが......。久しぶりの敗戦だ。軍法会議にはならないと思うが、分艦隊司令でいられるかは厳しいのではないかな?」

 

ファンは、厳し気な表情でモニターを見つめながら応じた。俺はどちらかと言うと帝国軍がいよいよ重い腰を上げつつあることを分艦隊レベルの遭遇戦で知れたことを喜ぶべきだと考えていた。これが正規艦隊同士の会戦で起こっていたら比べ物にならない損害が出ていたはずだ。

 

相手のある事である以上、常勝なんてことはまずあり得ない。負けるなら損害をどれだけ抑えられるか?も重要だと思うのだが、准将になり分艦隊司令の立場が見えて来たファンの採点はもう少し厳しい様だ。

 

手堅い仕事振りで自分にも厳しいファンからすると、油断した事自体が言語道断なのかもしれない。価値観を否定するつもりはないが、責任を重く捉えすぎて潰れるような事が無いか?少し心配になった。まぁ、こいつの精神は鋼糸で出来ているから問題ないか......。

 

『ピッピッピッ。ピッピッピッ......』

 

内線の着信音が鳴り始めたのは一息入れようとお茶の用意をして紅茶を楽しみ始めた時だった。

 

『カーク、ファン。司令部に上申したい作戦案がある。協力してほしい』

 

内線の主はブルースだった。

 

「お前が協力なんて言葉を使うとはな......。同期としては喜ばしいが、エルファシルに隕石でも落ちやしないかと怖くもあるな。それでどこに行けばいい?」

 

ファンもブルースが協力なんて言葉を使ったからか、まばたきが増えていた。それも面白かったが、まずはブルースが俺達に協力を求めてまで上申したいという作戦案に興味があった。急いでカップに残った紅茶を飲み干し、二人で指定された第4ブリーフィングルームへ向かう。

 

「お前らにしては遅かったな」

 

「正反対の会議室にいたからな。待たせたならすまん」

 

部屋に入るとニヤニヤしながらウォリスが声をかけて来たので、わざと申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「くそ、そういう意味じゃ」

 

「ウォリス、下手を打ったな」

 

焦る様子のウォレスに嬉しそうに声をかけるブルース。まぁ、アッシュビー邸に世話になった時もなにかといじっていたからな。一本返せてブルースも嬉しそうだ。

 

「全員揃ったようだし、俺が思いついたことを伝えよう。帝国軍の戦力は正規艦隊を含む3個艦隊と予想されている。普通に考えれば、独立艦隊が索敵を担当し、ハイネセンから来る正規艦隊が会戦を担当する。だが、それでは帝国軍と同じ土俵に乗るだけだ。戦力を増やせば、奴らは逃げに入るから撃滅は難しくなる」

 

俺達が席に着くや否や、ブルースは話し始めた。そう、同盟としてはなるべく帝国の正規艦隊を削っておきたいのが本音だ。半端な独立艦隊より、正規艦隊を撃滅する方が難易度も高い。

 

ただ、人的資源を削る意味では難易度以上の効果がある。それにコルネリアス帝の大親征の時のように大軍で一気に来られるのも厄介だ。3~4個艦隊ぐらいずつ処理するのが理想でもあった。

 

「そこでだ。新型艦のみで編成された我々の3個分艦隊は、エルファシルからフェザーン方面の航路を長躯進撃してファイアザード星域で帝国軍を挟撃する作戦案を思いついた」

 

ブルースが俺達を見回すが、皆思考を始めているようで期待していたのであろう驚きのリアクションは無かった。ただ、非常に良い案だし、ブルースらしい前例に捕らわれない発想の作戦案だ。俺がそう思う以上、帝国にとってもそうだろう。奇襲は高い確率で成功すると思う。

 

「こうなると時間が最大の敵だな。補給は済んでいるのか?」

 

「うちは問題ないはずだ」

 

「運用想定以上の長躯進撃になる。途上での補給も必要だが......」

 

「ターナー。惑星ウルヴァシーは今や同盟の集積港だ。物資もそれなりにあるんじゃないか?」

 

「一万隻くらいまでなら何とでもなると思うぞ?ただ、ウルヴァシーでの補給は頂けないな。フェザーン籍の交易船にも目撃される」

 

「先行させてメイン航路から外れた星域で補給すれば大丈夫だ」

 

「何とかなりそうだな......」

 

「よし、作戦案を早急に煮詰めよう。アルフレッド、参謀本部の友人に現地の司令部から作戦案の上申を明日行う旨を伝えてくれ。上申の主はブルース、連名でウォリスと俺も署名している様だとね。先にあちらが正規ルートで指令を出すと厄介な事になる」

 

「了解だ。今から取り掛かる」

 

「ファンは補給計画を整えてくれ。上層部が懸念するとしたらそこだ。サインが出たらすぐ動けるようにな」

 

「取り掛かろう」

 

「残りのメンバーで作戦案を煮詰めてしまおう。明日に俺達の総意と言う形で上申して裁可を貰う。あちら側の自称戦争のプロ達に派手に喧嘩を吹っかけてやろう!」

 

「「おう!」」

 

俺の声に応じる様に皆が動き出したが、ブルースだけが少し不本意な表情をしていた。どうした?と声をかけると

 

「案を思いついたのは俺だぞ!采配を取るのも俺の役目だろう」

 

少しすねた様子のブルースを宥めつつ、俺達は作業を始めた。まぁ多少子供なような気もするが、この作戦が成功すれば忘れたかのように機嫌も良くなるだろう。早朝までかけて細部を詰め、翌日には連名で上申した。

 

俺達の作戦案は参謀本部で最優先で検討され、その日の夕方には裁可を得る事が出来た。ブルースを臨時司令官とした約1万隻の臨時特務艦隊がエルファシルを発ったのは、裁可を得て3時間後の事だった。

 

 

宇宙暦738年 帝国暦429年 5月上旬

イゼルローン回廊 同盟側出口付近

ジークハルト・ケルトリング(中将)

 

「全艦隊のイゼルローン回廊の通過が完了しました」

 

「出口付近での待ち伏せを警戒していましたが、叛徒どもは違う選択を選んだようです。最も、偵察艦の接触は確認しております」

 

「参謀長、念のため素人どもにもう一度厳命しておいてくれ。くれぐれも偵察艦の接触に過敏に反応して艦列を崩すような事のないようにとな」

 

「了解しました。重ねて全艦隊に通達いたします」

 

参謀長が敬礼してオペレーターに指示を出し始めた。正規艦隊の練度なら、オーディンからここまでかかっても40日だ。だが、何を勘違いしたのか素人のお荷物艦隊が作戦に加わった事で、50日以上も時間を費やす事になった。

 

平民出身のコーゼル少将が叛徒達を退けた事で、『皇族の自分たちが出向けば必勝間違いなし!』などと高をくくっているらしい。向かっているファイアザード星域の地上基地は、一日も早い補給を望んでいるはずだ。お荷物どもにはそんな事すら意識にないのだろうが......。

 

「ロイス伯の艦隊から入電です。司令、如何なさいますか?」

 

「聞かぬわけにもいかないだろう。メインに映してくれ」

 

オペレーターが困った様子で対応する。既に叛徒達の勢力圏に近いのに安易に通信をする。どれだけ素人なのか?平民とは言えコーゼル少将は歴戦の猛者だ。皇族だからと言って好き勝手されるのもそろそろ限界だな。

 

「ケルトリング中将、回廊出口付近に叛徒どもはおらぬようだが、偵察艦の接触は確認しておるのだろう?出方を見る意味でも、しばらくここに留まるべきではないかと皆が言う物でな」

 

「そうでしたか。どうしてもと言うのであれば伯の艦隊の離脱を許可しますが?我々の任務にはファイアザード星域への補給も含まれています。偵察艦の接触程度で、むやみに現在地に留まる判断は出来かねますな」

 

「なっ。儂は皇族だぞ!口の利き方に気を付けたまえ」

 

「私は中将で、伯は少将でしたな。今は軍務中です。軍の階級をいい加減弁えて頂きたいですな。それと偵察艦が接触しているという事は、叛徒達の勢力圏という事です。無闇な通信はこちらの現在地を知られる事に繋がりますので、お止めいただきたい。こんなことは下士官でも知っている事です。では」

 

オペレーターに目配せして通信を切らせた。派遣された戦力の半分はロイス伯のような連中が率いている独立艦隊だ。勝手に離脱して叛徒どもの餌になるのは構わないのだが、こうも好き勝手されると出来る物もできなくなる。

 

「参謀長、既に戦闘宙域に入ったと判断して通信封鎖をかけよう。合わせて全艦隊に伝達してくれ。という訳で、連中からの入電は通信封鎖を理由に拒否するように」

 

参謀長が了解の旨を伝えてくる。オペレーター達もうんざりしていたのだろう。嬉し気な雰囲気がある。身分を理由にされては父も押し返せなかったようだが、お荷物を前線に派遣した判断は正直間違いだ。政府系が軍部は平民の協力が無ければ叛徒どもに勝てないなどと言い立てている事も漏れ聞いている。

 

こんなことならコーゼル少将も戦力に加えるべきだったか?若しくは実力主義を推奨した事で宇宙艦隊でも浮いているミヒャールゼン艦隊に合力を頼むべきだったか?ただ、実力主義の提唱者であるシュタイエルマルク大佐とお荷物どもを同じ場にしたらそれこそ厄介事にしかならないとも思う。

 

どちらにしてもファイアザード星域へ向かうしか我々に選択肢はない。我が艦隊を中心とした帝国軍は、ファイアザード星域に向けて進撃を始めた。前線で苦労しているであろう兵士たちに何としてでも物資を届けねば。メインモニターに映る星々を見つめながら、私は襲い掛かってくるであろう叛徒どもの選択に思いを馳せていた。このまますんなり補給を許す程、奴らは甘くはないはずだ。

 




という訳で第二幕です。すんなり昇進させてますが、一応ファイアザード会戦は730年マフィアが最初に主導して大勝を掴んだ会戦。さすがに准将だと主導権を握るのは難しいと思ったので、さらりと昇進させました。では!また明日!

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