カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

60 / 116
     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第58話 結末(ファイアザード会戦)

宇宙暦738年 帝国暦429年 6月上旬

アルレスハイム星系 分艦隊旗艦ディアーリウム

コーゼル少将

 

救援の為にファイアザード星域へ急行していた私たちだったが、アルレスハイム星系からパランティア星系へ向かう航路上で、急激に叛徒たちの強行偵察艦との接触が増えた。少なくとも一個艦隊以上の戦力がこちらに向かっていると判断できる状況だった。

 

それを受けて、総司令であるミヒャールゼン提督は進撃の停止とアルレスハイム星系への後退を命じられた。ファイアザード星域に向かったはずの3個艦隊を無視して、戦力をこちらに割く可能性は低い。

 

先行した艦隊が壊滅したとなると、最大で4個艦隊の戦力がこちらに向かっている可能性もある。アルレスハイム星系への転進は、妥当な判断だった。

 

「司令部より入電、メインモニターに繋ぎます」

 

『コーゼル少将、叛徒たちは続々とアルレスハイム星系に進出している。残念ながらファイアザード星域で友軍は撃滅されたか、少なくとも掃討戦に入っていると私は思うのだが、貴官はどう思う?』

 

私の敬礼に答礼すると、提督が疑問を投げかけて来た。画面の左にはシュタイエルマルク大佐も映っている。悔し気な表情を見る限り、彼も友軍の敗退を認識しているのだろう。

 

「小官も閣下の判断に同意いたします。ただ、この段階で見切るにはいろいろと事情がありすぎるのではないかと。見捨てたなどと口実を付けて批判される可能性もあるでしょう。惑星タンムーズ近郊から星系外縁部まで後退し、戦況を確認されてはいかがでしょうか?」

 

『そうだな。救援は絶望的な状況とは言え、同等の戦力相手に矛を交えずに退くのも外聞が良くないか......。卿の意見を採用しよう。一先ず外縁部まで後退する。叛徒たちの戦力が一個艦隊以上と判断された段階で撤退を開始する。その際は、無念だろうが指示に従ってもらいたい。では』

 

通信が終わり、紡錘陣形を取ったまま右舷に進路をとり、恒星の重力を利用しながら加速を始める。戦術モニターには既に一万近い反応が出ている。きれいに整った艦列を見る限り、間違いなく精鋭だ。陽動の為の欺瞞戦力でない事は確かだろう。

 

外縁部へ進む我々に追従する様に、叛徒たちはゆっくりとすり鉢のような陣形で追従してくる。彼らが惑星タンムーズを通過した辺りで、星系外縁部に反応が増え始め、一個艦隊クラスの戦力が到着した。そのまま先行部隊に追従する様に進攻を開始する。残念ながら敵戦力は2個艦隊近い。このまま速度を上げて撤退するか?そんな考えが浮かんだ時に、先行部隊のおそらく旗艦からオープンチャンネルで通信が送られ始めた。

 

『帝国軍の諸君。私は同盟軍のブルース・アッシュビーだ。ファイアザード星域において我々は帝国軍3個艦隊相当の戦力を殲滅した。ケルトリング中将は奮戦の上戦死、ロイズ伯とやらは泣きながら命乞いをした』

 

通信と共に何かのデータが送付されている。オペレーターが確認を求めてきたが、許可して開封すると戦闘詳報とおぼしきデータがモニターに映し出される。ある意味予想通りか。ファイアザードで挟撃された帝国軍が、文字通り艦列をズタズタにされて殲滅される様子が映し出される。

 

『偽報だと思われても困るのでな。念のため証拠を添付しておいた。この作戦案を考えたのは俺だ。お前たちを叩きのめした人物はブルース・アッシュビーだ。次に叩きのめす人物はブルース・アッシュビーだ。忘れずにいてもらおう』

 

これは挑発なのか?だが、ここまでされてすごすごと撤退して良いものなのか?思わず艦隊旗艦の方に視線を向ける。提督はどう判断されるのか......。

 

「司令部より入電、メインモニターに繋ぎます」

 

『少将、叛徒たちにも跳ねっ返りがいるようだ。元気があって何よりだが、こちらが同じ目線に立つ必要はない。ファイアザードでの顛末も明らかになった。このまま撤退する』

 

「閣下がそう判断されるなら、小官からは何も言うべきことはありません。このまま最大戦速で離脱します」

 

モニターに映る提督の傍らで、大佐が何やら指示を出している。数分後に、司令部旗艦からオープンチャンネルで通信が送られた。

 

『貴官の勇戦に敬意を表する。願わくば再戦の機会まで壮健なれ ハウザー・フォン・シュタイエルマルク』

 

この一報で、少なくとも儀礼の意味では帝国軍は一矢報いる事が出来たと思う。私の見込んだ通り、シュタイエルマルク大佐は帝国軍の未来を背負う人材だ。そう感じたのは私だけではあるまい。だが、これで軍務尚書はご子息の仇討とばかりにアッシュビーの首を望むだろう。

 

そして、その功績に目がくらんで帝国軍は協力ではなく、足の引っ張り合いを始めるのではないだろうか。確かに叛徒たちの戦力の方が多かった。ただ、全滅の危険を冒してでも、アッシュビーを討ち取るべきだったのではないか?イゼルローン回廊を抜け、ファイアザード星域会戦の戦闘詳報を見直しながら私には新しい悩みが生まれた。

 

突撃のタイミング、帝国軍の艦列を一閃した進路選択。大口をたたくだけの事はある。品性はともかく、アッシュビーは確かにワレキューレに愛された漢だった。彼を討ち取るまでに積み上げられる損害を思うと、私達は最少の被害でアッシュビーを討ち取る機会を逃したのではないかと思い始めた。この悩みは、友軍の敗戦を聞くたびに私の胸をえぐる事になる。

 

 

宇宙暦738年 帝国暦429年 9月上旬

惑星ハイネセン ホテルメトロポリタン

クリスティン・ターナー

 

「お父様、抱っこ~」

 

「なんだ?エリーゼは甘えん坊さんだな」

 

そう言いながら、夫はエリーゼを左腕で抱き上げながら、右足にまとわりついているシュテファンの頭を右手で撫でている。こうしてみると大学の同窓生たち同様、子沢山の家庭の良き父親に見える。

 

テルヌーゼンにある自宅では軍服を着ている事の方が稀だ。帝国軍との戦争で久しぶりの大勝利を挙げた同盟軍。その立役者である新進気鋭の艦隊司令官の一人としてニュースでも取り上げられた。

 

『母さん、お父さんがニュースに出てるよ!』

 

とシュテファンとエリーゼは大騒ぎしていた。思い返してみると、夫の軍服姿を二人が見たのはこれが初めてだったかもしれない。戦勝の報が流れたのは6月の頭。最前線からエルファシルの駐留基地に戻り、戦勝記念パーティーや勲章の授与式に参加するためにハイネセンに到着したのが8月末。それに合わせて、子供たちを連れてハイネセンに来て欲しい旨の連絡があった。

 

アッシュビー君を始め、同盟軍で注目の若手ともいえる夫たちは、自分たちの戦勝パーティーを妻子同伴にすることにした。これは広報部からの提案でもあったらしい。

 

集合写真には妻子たちも一緒に映ったが、物怖じしないヴェルナーはアッシュビー君に抱かれて。エリーゼはウォレス君と手を繋いで撮影に臨んだ。事情は分かるが、二人は私達の子供。正直もやもやした気持ちになったが、夫のフォローもあって何とか気持ちを静めた。

 

『こういう事が続けば、奴らも行いを改めるかもしれない。それに、クリスティンに似て二人とも気立てが良いからな。一緒に映りたいんだ。ここは譲ってやろう』

 

そう言われては引き下がるしかなかったが、中心人物として注目を集めていたアッシュビー君の写真は色々な紙面を飾った。そして彼に抱かれていたヴェルナーも当然一緒に掲載されることになり、いくつかのモデル事務所から所属の打診があった。もっとも子役としての人生を始めさせるつもりはなかったから、すべてお断りさせて頂いたけど......。

 

「行事が続いてみんな疲れただろう?しばらくはゆっくりできるから、のんびりハイネセン観光でもしよう。少なくとも第13艦隊司令官の着任式までは休暇だからな」

 

「お疲れなのでは?子供たちは喜ぶと思いますが......」

 

「構わないさ。そうでなくても任務優先で夫としての務めも、父親としての務めもしっかり果たせていないんだ。事業の方もユルゲンが戻って来たんだし、君にも少しは休息が必要だろ?」

 

そう言いながら二人を連れて客室のドアを開け、私を待ってくれる夫。ヴェルナーを抱き上げて私も客室を後にする。今日の夕食は最上階のレストランの個室を予約している。エレベーターに向かい、家族そろって最上階へ向かった。

 

夫は一躍時の人となった。認められた事が嬉しい反面、出歩くとサインや写真を求められるため、安易に出歩けなくなった。最もスーツに着替えてパナマ帽を被ってしまえば、気づかれる事はほとんどないのが救いだけど。

 

「お待ちしておりました。ご予約ありがとうございます」

 

レストランの入り口に近づくと、支配人らしき初老の男性が、敢えて名前を呼ばずに出迎えてくれた。彼の先導で個室に案内される。ソファーが備え付けられた個室は、子供連れには嬉しい配慮だ。一枚ガラスの大きな窓から見える夜景も素晴らしかった。

 

「すごーい。ねぇねぇ。父様、すごいよ~」

 

嬉し気に窓を指さすエリーゼ。シュテファンは窓によって早速景色を眺め始めている。私はソファにヴェルナーを座らせて一息ついた。

 

「支配人、お任せで頼めるかな?子供もいるから定番から見繕ってもらえると嬉しい。子供たちにはアイスティーを。私達は料理に合わせてワインを見繕ってもらえれば」

 

「承知いたしました。当レストランのアイスティーはシロン産ですので、ご安心を。では、お寛ぎください」

 

そう言いながら静かにドアを閉める支配人。夫はパナマ帽とジャケットを部屋の隅のハンガーラックにかけながら

 

「やっと寛げるな。こうなってみると芸能人の苦労がしのばれる。俺にはとても無理だ」

 

やれやれと言ったジェスチャーをする夫に、思わず笑みがこぼれる。こうしていると、やり手のビジネスマンにしか見えない。同盟市民の多くが軍人としての夫しか知らない事を思うと、この姿を独占できる私は、幸せ者なのかもしれなかった。

 

そして、夫も、夫の友人たちも、おそらく子供たちを軍人にしたくないのだろう。戦功に湧く同盟に比して、夫は昇進自体はあまり喜んでいない様子だった。休暇中くらい、ありきたりな父親としての時間を過ごしてもらおう。それが夫の何よりの休日になるだろうから。




これで第3章はおしまいです。明日は章末のお約束、老提督との邂逅をお送りします。年代がジャンプするのでご留意下さい。

話は変わりますが、作者と読者の関係で切っても切れない話題のひとつが評価のクレクレだと思います。後書きに書いた方が伸びるのは事実なんですが、書きすぎるとイラつくのもまた事実。そんなクレクレの新境地を感じた作品をご紹介します。

 偽典・演義 ~とある策士の三國志(仮)~
https://ncode.syosetu.com/n5802ft/

内容は三国志のある人物に転生した主人公が、後漢末期に活躍する話。結構独自考察もしていて歴史小説としても楽しいです。それ以上に新鮮だったのが、気持ちいいほどのクレクレ。

評価ポイントが大量に入ったら深夜に次話公開してて、『評価が作者の燃料。続き読みたいなら燃料頂戴』というスタンスをちゃんと実行してくれました。薦めるのも早く次話が読みたいから。ノーマンはもう評価入れちゃったからね。では!明日!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。