カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


前哨戦 宇宙暦738~742年
第60話 正規艦隊司令たち


宇宙暦738年 帝国暦429年 12月上旬

惑星オーディン 宇宙艦隊司令本部

コーゼル中将

 

「閣下、新しいオフィスの使い心地は如何ですか?」

 

「そのような事、聞かなくても分かっているだろう?平民出身の私が正規艦隊司令になるのは、やはりまだ時期尚早だった。口では祝辞を述べながらも、眼は私を見下す方ばかりだ。卿と違って社交パーティーに呼ばれないのがせめてもの救いだな」

 

「ご苦労をおかけしているのは理解しております。ただ、軍の大部分を占めるのは平民出身の兵たちです。身分だけの指揮官に命を預ける事の危険性も身に染みているでしょう。帝国軍の士気を維持するためにも、必要な事だったと、小官は考えております」

 

「それを言われては何も言えん。二つ返事で参謀長を引き受けてもらったのだ。卿の進言を拒む訳にもいかんからな」

 

そう応じながら、軍に常備されているコーヒーを飲む。正規艦隊司令職は、いままで軍部系貴族に独占されていた事もあり、司令官オフィスで出される飲み物は、司令官の好みに合わせるのが慣例だった。私のオフィスで出すのは、前線で支給されるインスタントコーヒーだ。人生の中で一番飲んできた味だし、今更気取って高級品を入れた所で、貴族の猿真似だと揶揄されるのが落ちだ。

 

それならばと下した判断だが、軍部貴族は別にして、平民将校たちには評判が良い。昇進したからと言って、平民としての苦労を忘れてはいないと受け取られたようだ。そのお陰で、平民出身者からの転入希望は多い。正規艦隊司令に内定した際は、貴族出身の高級士官の転出希望が重なったが、その穴埋めは出来たし、風通しの良い艦隊運営が出来るようになった。今では怪我の功名だったと思っている。

 

「そちらこそ将官になった気分はどうなのだ?参謀長を押し付けてしまったが、卿なら数百隻とは言え分艦隊を指揮したいと言う想いもあったのではないかな?」

 

「その想いが無いと言えば嘘になりますが、数百隻では戦術面の影響力があまりにも少ないとも思いました。参謀長として戦術研鑽をしながら艦隊指揮を現場で学ぶ方が良いと判断しました。叛徒たちが手ごわい事は小官も認識していますから」

 

インスタントコーヒーを文句も言わずに飲みながらシュタイエルマルク准将は応じた。救援が失敗に終わったあの一件以来、感じるものがあったのか?准将は精神的にもう一歩強くなったようだ。アッシュビーを始め、叛徒たちが手強いのも事実。頼もしい参謀長を得られたことは、幸いな事だろう。

 

「話は変わるが、ファイアザード会戦の帝国への影響をすり合わせたい。私の考えでは、宇宙艦隊の中で唯一、平民が指揮官の我が艦隊は、難易度の高い任務を命じられる可能性が高い。だからこそ年明けから訓練に入るわけだ」

 

「はい。小官も同意します。ケルトリング中将の後任を巡って軍内部のよけいな駆け引きも増えています。今はオーディンから離れた方が良いでしょう。訓練を敢えて辺境星域で実施する判断も手間は増えましたが正解です。既に一部で不穏な空気があるのも事実ですから......」

 

あの通信で泣きながら命乞いをしたとアッシュビーが公言したロイズ伯は、フェザーン経由で100億帝国マルクの身代金を支払い。帰国すると共に勅命により自裁を命じられ、伯爵家もお取り潰しとなった。皇族でありながらあまりにも無様を晒した事もあり、陛下としても一罰百戒の意味で命じられたのだろう。ただ、これでやりたい放題していた一部の皇族と、後ろ暗い所がある門閥貴族たちが、明日は我が身と危機感を募らせた。

 

帝国が不安定になる一方で、叛徒たちは救援艦隊の派遣の速さからフェザーンの商船が通報したと断定し、自治領主府に捜査協力を打診した。その結果、通報した商会が明るみになり、巨額の賠償金を請求したと聞く。事が起こるごとに叛徒たちは何かと利益を得ている。

そしてどこからともなくその噂が流れ、一部の門閥貴族はそれを口実にフェザーン商人に資金協力を強制したようだ。そんなことをすれば、商品の価格に転嫁されて、平民の暮らしが困るだけだと言うのに。さすがにこの場でため息をつく訳にもいかない。

 

「命じられれば任務を果たす覚悟はあるが、貴族の反乱鎮圧など命じられてはどこで恨みを買う事になるか予想もできん。貴族出身の卿の前でこういう事を言うのは心苦しいのだが、平民出身の正規艦隊司令という立場には、慎重さも求められると思っている。苦労を掛けるがよろしく頼む」

 

「参謀長として精一杯お支えする覚悟です。あまりお気遣いなさいますな」

 

その後、艦隊編成の確認などを行って、参謀長はオフィスを後にした。軍務省人事局長に転出したミヒャールゼン中将に抱いている懸念は、確証がないため未だに話せずにいる。年明けに私の艦隊は訓練の為に辺境星域へ進発した。ケルトリング中将の後任人事を聞いたのは、フレイヤ星域を通過している時だった。後任はミュッケンベルガー少将。中将に昇進して正規艦隊司令となる。

 

ミュッケンベルガー少将に含む所はないが、正直良い人事とは思えなかった。少将はケルトリング軍務尚書の甥にあたる。絵に描いたような情実人事だったし、何より、軍務尚書が嫡男の仇討を全軍に強いるような人事でもあった。奮戦した宇宙艦隊司令長官の仇ならともかく、一正規艦隊司令の仇討を命じられても兵たちにとっては迷惑なだけだ。そして将官たちは功にはやる。決して良い結果にはつながらないだろう。

こうなると、国内に不穏な動きがある事で、大規模な軍事行動がとれない状況は、むしろプラスかもしれなかった。一応の決着がつくまでは辺境で訓練を名目に政争から離れよう。そう考えながら、残っていたコーヒーを一気に飲みほした。

 

 

宇宙暦739年 帝国暦430年 3月上旬

惑星エルファシル 第3駐留基地

カーク・ターナー(中将)

 

第13艦隊司令官への着任式を終えた俺は、家族とゆったり過ごす休暇を終え、司令部をエルファシルに異動させる所から司令官の任にあたった。ブルースの第2艦隊、ウォリスの第5艦隊も同様に司令部をエルファシルに置く。各艦隊から分艦隊を派遣したり、独立艦隊を最前線での哨戒任務に充てていたが、いよいよ宇宙艦隊も拠点をハイネセンに限定しておく事の非効率さを理解したようだ。

 

エルファシル勤務が確定した際、クリスティンは任官以来の単身赴任を気にしたのか?エルファシルへの移住を相談してきた。ただ、次男のヴェルナーはまだ3歳。後2年はワープの影響で健康を害する可能性がある。そして2年後には長男のシュテファンは12歳。早ければ進路を決める時期だ。移転が終わり落ちつけば4半期ごとに休暇は取れる。そう説得して、テルヌーゼンに残ってもらった。義弟のユルゲンと結婚したジェシー嬢も妊娠しているし、クリスティンがウーラント家の傍にいた方が良いと判断した。ブルースやウォリスじゃないんだ。浮気なんてしないよ。

 

少将に昇進したファンは引き続き参謀長をお願いしたい気持ちもあったが、艦隊司令の候補でもあった。旗下の分艦隊司令に異動してもらう一方、アッテンボロー准将を少将に昇進させて参謀長役をお願いした。もともとは准将で退役して孫の面倒を見ながら、のんびり日向ぼっこをするつもりだったそうだが、叩き上げの経験を買って、なんとか頼み込んだ。

参謀長としてのファンは冷静沈着で手堅い助言役という役回りだった。今更、若手の有望株を引っ張ってきて、前のめりな参謀長を迎えるのは、あまりにも環境が変わりすぎる。その辺りもしっかり伝えて、第13艦隊のご意見番のような役割をお願いしたい旨を伝えると、最後の働き場所にすると気持ちを入れ替えてくれた。

 

「それにしても面白い事を始められましたな。艦隊司令官同士が同期で友人というのは聞いておりましたが、このような訓練は今までの同盟軍であまり実施されてきませんでした」

 

「参謀長にそう言ってもらえると嬉しいね」

 

参謀長が訓練報告書を見ながら声をかけて来た。同盟軍の宇宙艦隊で訓練と言うと、それぞれの艦隊や分艦隊独自で行うのが一般的だった。同盟軍の艦隊編成は司令部付きと4つの分艦隊で正規艦隊とし、15000隻前後の戦力を有する。3個艦隊が駐屯するエルファシルには、15個の分艦隊が駐留するわけだ。

この15個の分艦隊を、艦隊の垣根を越えて合同で訓練する取り組みを始めた。例を挙げるなら、ファンの第131分艦隊とフレデリックの第21分艦隊、そしてジョンの第52分艦隊が合同訓練する感じだ。ダゴン星域のアステロイドベルトを活かした遭遇戦訓練や、アスターテ星域で船速を維持したまま艦列を組む訓練などを実施している。

 

「やはり、帝国の大規模侵攻を想定しての事なのでしょうか?」

 

「そうだね。今は政情が許さないだろうけど、軍務尚書の嫡男を戦死させた上にあれだけ煽ったんだ。帝国のメンツをかけた侵攻が一度はあるだろう。その時の為に艦隊単位じゃなく、分艦隊単位で戦況に対応できるようにしたいんだ。幸いなことに、軍部系貴族は個人的な功績を優先しがちだ。我々がそれに付き合う必要はないと思ってね」

 

「戦力の適切な配分ですな。メンテナンス専門部隊の創設案も、閣下が提唱されましたな」

 

「極端な話だけど、戦線の後方で迅速に補給が可能になれば、戦術面での選択肢は大きく増えるんだ。長距離戦でエネルギーを気にせず打ちまくる。エネルギーが切れたら入れ替わって補給を受ける。先に息切れするのはあちらさんだから、撤退するしかない。防衛戦がそれだけで成功する訳だ」

 

正規艦隊司令になってから、最初に上申したのが新規艦隊編成の中断と、その予算で装備更新とメンテナンス専門部隊の新設をする事だった。幸いなことにエルファシルに駐留する3個艦隊は新型艦に更新済みだが、一部の艦隊は2世代前の艦を戦力にカウントしていて、実質訓練艦隊になっている所もある。資料上の艦隊数も確かに政治の世界では重要だ。市民たちも同盟軍の戦力が多い方が安心できる。ただ、その為に旧式艦までカウントするのは本末転倒だ。

 

軍人は雇うだけで固定費が掛かる。だからこそしっかり使えるものを与える方が経費の無駄にならない。国防委員会は経済成長が著しい事もあり、2個艦隊の整備費を要求するつもりだったようだが、俺の上申で整備更新費に差し替えたようだった。

 

「メンテナンス専門部隊は遠い将来に起こるであろう『臣民を解放する作戦』でも必要だろうしね。もともとは補給拠点をハイネセンからエルファシルに短縮しただけでもかなりの成果があった。ならより戦場の近くで補給できれば成果も期待できる!って言う子供みたいな発想から生まれたんだけど」

 

「いざと言うときに旧式艦で最前線に行かされるのは兵士たちもごめんでしょう。補給も同様です。軽微な損傷でも推進剤が失われれば、最新鋭の艦ですら戦力では無くなります。司令のお考えは正しいと思いますよ」

 

参謀長は美味しそうにシロン産の紅茶を飲みながらそう応じた。年長者としての余裕なのか?参謀長は指摘すべき事は指摘してくれるが、褒めるべきところはしっかり褒めてくれる。軍歴で一番長く上官だったジークマイスター室長は、褒めると言うより『好きにやってみなさい』と承認してくれるタイプだった。年長者から率直に褒められる機会が少なかった俺は、どうも気恥ずかしい気持ちになる。

でも、30手前で正規艦隊司令になり、苦労を抱え込んだ可哀相な後輩を気遣って、意識してそうしているとも思うから、止めてくれとも言えずにいた。決して、シロン産の高級茶葉が飲み放題だからだとは、思いたくない。

 




ミヒャールゼンの動きはほとんどオリジナルなんですが、帝国国内を本当にかき回してくれます。カークどころかブルースよりも同盟軍に貢献してるんじゃないだろうか?では、また明日!
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