カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第65話 人事異動(帝国)

宇宙暦739年 帝国暦430年 9月上旬

惑星オーディン 軍務省人事局 局長室

ハウザー・フォン・シュタイエルマルク

 

「閣下のお力でなんとか......。なっていればこんな人事案は通っていませんな」

 

「ケルトリング少将、いや、中将には自重を何度も進めたのだ、ご長男が残念な形になった以上、伯爵家を継ぐ者としての責任もある。ただ、ああも軍務尚書ご自身が仇討を口にされ、評価は得ていたとは言え自分ではなく、甥を仇討役に加えたとなるとな。伯爵家は継がせるが期待外れだと周知されたようなものだ」

 

「だからと言って......。いえ、だからこその統帥本部長派への参加と正規艦隊司令への任命ですか。実力主義を標榜する統帥本部長派からの推薦でその地位につけば、情実人事で着任したと看做されているミュッケンベルガー中将とも差が付けられる。筋道は通っておりますが、派閥間の対立は更に深まりました」

 

軍務尚書のご次男、ケルトリング少将は元々は局長の部下で人事局次長だった。兄君が戦死されたことで伯爵家の跡取りとしての立場も得られたが、仇討役として選ばれたのは軍務尚書の甥にあたるミュッケンベルガー中将だった。軍部系貴族の跡取りとしては納得いかない判断だったかもしれない。だが、貴族として最優先の役目は血を繋いでいく事だ。ミュッケンベルガー中将には幼いとは言え男子がいる。軍務尚書の判断は貴族として正しかった。

 

「政府系や門閥貴族どもから、陰口を色々と言われていたそうだ。兄が戦死したから名門のケルトリング伯爵家を継げる。軍務尚書からは家を継ぐ事しか期待されてない。期待していないから誉れ高い仇討からも外された。そのような人物が栄光あるケルトリング伯爵家の後継ぎとして相応しいのか?などとな」

 

「さすがにそれだけで父君の敵対派閥を作りつつある統帥本部長派に行くのでしょうか?いえ、だからこその正規艦隊司令なのですね。軍務尚書閣下が、嫡男誕生までは前線に出る事を許すはずがない。ケルトリング中将が自分の名誉を回復し、実力を示せる地位を得るには統帥本部長派になるしかなかった」

 

軍務尚書は既にご高齢だ。このまま退役されれば後任は統帥本部長の地位にある者が繰り上がるのが通例だ。そして厄介な事に、伯爵家の3男である宇宙艦隊司令長官のツィーデン元帥もかなり高齢であらせられる。将来の帝国軍はこのまま進めば統帥本部長主導でデザインされる事に、ケルトリング中将の人事で皆が気づいた。統帥本部長派は実力主義を標榜する事で出征の主導権を握ろうとし、ケルトリング中将が加わった事で仇討と言う大義名分まで手に入れた。

 

「むしろ私が自重を促しすぎたのかもしれん。少なくとも軍官僚としての彼は十分優秀だった。前線に行かずとも、十分に伯爵家を継ぐに値する功績を残せたはずだった。残念なことに、帝国軍はもう何年も輝かしい戦勝を飾れていない。自分より優れていたと囁かれる兄の仇討と共に久しぶりの戦勝を飾れれば、これ以上の証はない。自重するにはよほどの忍耐が必要だが、まだ若いケルトリング中将には難しいだろう」

 

「今後に関しては、いかがお考えでしょうか?軍務尚書も後継ぎに配慮しない訳にもいかないでしょう。次の出征は統帥本部長派が取り仕切ると考えるべきでしょうか?」

 

「その可能性が高いだろう。実力主義に基づく任用であると証明する為にも戦功を上げなければなるまい。ただ、宇宙艦隊司令本部がそうやすやすと主導権を譲るとも思えんな。あまり大きな声では言えないが、やっと『名ばかり少将』の影響を排除出来たのだ。足枷がなくなりこれからと言うときに横から大功を上げる機会をやすやすと渡すとは思えん」

 

「コーゼル艦隊は、あくまで所属する宇宙艦隊司令本部の指示に従うつもりです。ただ、実力主義を標榜する統帥本部長派に期待する声もあり、難しいかじ取りを迫られそうです。コーゼル閣下としては叛徒たちに押されている以上、派閥争いなど愚の骨頂と言う姿勢ですが、結果として両派閥に苦言を呈する形になりました。提督自身は表立っての主張は控えておられますが、立場を明確にすべきだという圧力も強まっており、やりにくい状況になりつつあります」

 

コーゼル提督は平民出身で初めて正規艦隊司令になった。実力主義での任用を文字通り体現した存在でもある。兵たちからの期待も大きい。軍部系貴族からすると目障りな存在でもあるが、支持を取り付けたい存在でもある。ただ、貴族の矜持もあって、助力を素直に頼める存在でもない。両派閥の動きからも平民が偉そうに。黙って自分たちを支持しろと言う意思が見え隠れしていた。

 

「今は派閥からは距離を置いた方が良いだろう。どちらが先手を取るかは何とも言えん。ただ、先手が取れたからと言って勝てるとも限らない。負ければここぞとばかりに叩きにかかるだろう。命令系統にのみ従うという姿勢で今は良いと思う。卿が宮廷工作に自信があるのならまだやりようはあるが、平民出身のコーゼル中将を軸とするなら大きな成果は見込めないだろう。私も力になりたいが、所詮男爵ではな。実力主義の必要性を認めたという体の為に人事局長を任されてはいるが、正規艦隊司令の時と比べると影響力も低下してしまった。もちろん今後も協力は惜しまないし、現状を憂慮している存在がいる事は、忘れないでもらいたいと伝えて欲しい」

 

「ありがとうございます。そのようなお言葉を頂ければ、提督も心強いでしょう。私自身、軍内部に宮廷闘争を持ち込めばまたよからぬ影響が生まれると判断し、控えておりました。自信がある分野でもありません。襟を正して命令系統に従うのが軍人としてのあるべき姿だと、範となれるような運営に勤めます。引き続きよろしくお願いいたします」

 

用意されていた紅茶を飲み干して、私は局長室を辞した。両派から距離を置くという事は、出征の機会にも恵まれないという事だ。訓練で上げた練度を示す場が得られない点は悔しくもあるが、政府系や門閥貴族を巻き込みつつある派閥争いに参加するには、宮廷内部への伝手が足りなかった。実力主義を体現したコーゼル提督を今失う訳にはいかない。苦しい舵取りになるが、今は耐えるしかあるまい。少なくとも、現状を憂慮してくれる局長の様な方々もおられるのだから。

 

 

宇宙暦739年 帝国暦430年 9月上旬

惑星オーディン ミヒャールゼン男爵邸

クリストフ・フォン・ミヒャールゼン

 

「軍務尚書派と統帥本部長派、政府に門閥貴族も巻き込んで祭りの様な様相を示しておりますが、先手はどちらに取らせるおつもりですか?ご実家からも働き掛けがあると存じますが......」

 

「公式には碌な事にはならないから自重しろと伝えてある。だが、暗に煽っておいた。私怨を晴らすつもりはないが、駒としては役に立つ。先手を取らせるのは統帥本部長派にするつもりだ。叛徒たちの戦力は13個艦隊以上だ。派閥争いの結果としての出征で勝利できるほど甘くはない。門閥貴族どもの押しがあっての出征が失敗すれば、陛下も黙ってはおれん。処罰も当然あるだろう。余計なことに首を突っ込んだ落とし前を付けさせる」

 

「承知しました。統帥本部長派と言えば、ローエングラム伯が方々から要請を受けているとの事でした。既に統帥本部長派ですし、武門の家柄と本人を含め寄子たちも自負している様子。担ぎ出すにはちょうど良いと思いますが......」

 

目の前でワインを楽しむ男は、同志の一人だ。ローエングラム伯爵家の庶子の生まれだったが、なまじ優秀だったのが仇になった。右腕として重用すれば良いものを、幼少から比べられた嫡男から屈折した怨念を向ける対象とみなされた。栄達の道をことごとく邪魔された彼は、本来の能力からは程遠い職場で燻るしかなかった。

 

ジークマイスター提督が声をかけられ、伝手を使って宮内省の職員となってからは、能力を発揮して立場を築いた。そんな彼にとって、憎むべき対象は嫡男であったが、目障りだったのは同じ庶子でありながら皇族と言うだけで傍若無人の振る舞いをした連中だった。本人の強い希望もあり、彼らを処理する計画の一翼を担った。そこで得られた暗い喜びによってついた復讐の炎は、いよいよ本命を焼き尽くさんと動き出す事にしたようだ。

 

「伯爵家に連なるとはいえ、私の影響力は決して大きくはない。ローエングラム伯が失態を犯したとしても、卿を後継ぎに押し込む事は出来まい。それでも良いのか?」

 

「構いません。大した戦功のない武門の家柄など笑止なだけです。我々の目的の為、薪として精々派手に燃え上がらせる位しか使い道はありますまい。あれは昔から被害者意識の強い男でした。宮廷内部で少し噂を流せば過敏に反応してまいりましょう」

 

「分かった。卿がそこまで言うなら止める理由もない。それとコーゼル提督へ敵意を統帥本部総長派が向ける様に仕向けるのも忘れずにな。連中の出征に間違っても彼を参加させるな。平民の象徴になりつつある彼に何かあれば帝国軍内部の兵たちの反応が読めなくなる。期待が絶望に変われば一気に革命ともなりかねんからな」

 

「承知しております。平民でありながら実力で中将にまでなった方を、あのような愚劣な者たちの巻き添えにするわけには参りません。それにシュタイエルマルク少将でしたかな?一宮内省職員にも気を使って下さる良き方でした。あのような方が当主ならローエングラム伯爵家も武門の家柄と胸を張って言えたのでしょうが......」

 

悲し気な表情をしながら首を振る同志。ルドルフ大帝が帝国の統治を支えるべく用意した貴族制は一部限界を迎えている。能力を無視し、血を優先させた結果としてあまりにも不条理な事がまかり通るようになっている。私自身は相続の際にそれを思い知ったが、目の前の同志は伯爵家に連なりながら、その連中から自分の能力を否定され続けた。私以上に、闇を抱えているのかもしれなかった。

 

「帝国の不条理は尽きる事が無い。それを覆す力がない以上、未来の帝国でそのような事が少なくなる様にすべきだ。それを体験した我々だからこそ出来る事。今後は政府系と門閥貴族の宮廷闘争がメインになるはずだ。卿の働きに期待している」

 

そう言いながら空になったワイングラスに年代物の赤を継ぎ足す。高い能力相応に、目の前の同志は貴位も高かった。だからこそ口だけでなく相応のもてなしで労う。多くの同志たちに接した事で私は考えずにはいられなかった。優秀な同志たちの忠誠をささげる対象として帝国が相応しい有り様なら、同盟など一蹴できたのではないかと。この男を右腕として重用していれば、ローエングラム伯は今以上に影響力を持っていただろうし、宇宙艦隊司令長官の後任候補の一人になっていた可能性もあるのだから。

 




名前は不明の新キャラ登場です。有名所で言うと織田信長の庶兄の信広さんも一度反旗を翻していますし、後継ぎの敬意って火種になりがちなんでしょうか。簡単に考えすぎかもですが、後継ぎ争いをすれば勢力が割れて減退する。一方で協力して勢力拡大すれば、要職に着けるんじゃ.....。とも思ってしまいます。肉親の関係はそんなに簡単じゃないか.....。では!明日!

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