カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第66話 キャリア

宇宙暦739年 帝国暦430年 12月上旬

惑星ウルヴァシー 第4駐留基地司令部

ファン・チューリン(中将)

 

貨物用の巨大な宇宙港と併設された倉庫群、それを見渡せる郊外にあった星系警備隊の本部を中心に第4駐留基地の建設は急ピッチで進められている。分室からの情報では、帝国で正規艦隊司令たちが2派に分かれて派閥争いを始めているとの事だ。国防委員会を始め、多くの代議員たちは、それなら大規模な攻勢は無いと判断しようとした。そんな状況に警鐘を鳴らしたのもジークマイスター室長のようだ。

 

『白黒つける意味で、どちらかの派閥が総力を挙げて攻勢に出る可能性が高い』

 

と言う予想が、軍上層部の統一見解として叫ばれ始めたのが先月の事だ。最高評議会は補正予算を組んで第4駐留基地の事業費と1個艦隊の装備更新費を前倒しで予算組みする判断を下した。予算が潤沢なのは嬉しいが、早期戦力化の為に最低限の転換訓練を終えた分艦隊からこの基地に配属し、訓練を開始する旨の指示が来た時は正直頭を抱えた。

 

エルファシルの第3駐留基地を踏襲する形で計画が作成されたが、置かれた状況が大きく異なる部分がある。ウルヴァシーは軍需品だけでなく、フェザーンに輸出される交易品の集積地でもあるという点だ。フェザーン人の出入りも多いし、航行する民間船の数もかなり多い。ターナーが防諜体制を構築してくれたとは言え、駐留艦隊がフェザーン国籍の民間船に目撃される事は防ぎようがなかった。

 

『カークと煮詰めたロードマップの懸念点にはそんなことは書いてなかったはずだ。つまり目撃されるのを防ぐのは無理と判断したんだろう。なら、こちらもいつ?誰に目撃されたのかを把握できれば十分じゃないか?臨検なんて専門の警備隊以外にやらせても無駄だぞ?禁制品や密航者なんて、臨検専門の教育を受けて実地を経験しないとそもそも発見なんて無理だ』

 

そう言ってくれたのが、大筋を掴むことに長けているジャスパーだった。彼の強みは大筋を掴む能力もそうだが、明るくなんでもない事のようにそれを明言できる性格も有難いものだった。彼が言うと不思議とそう言う物か......。と妙な納得感を感じてしまう。

 

ターナーからも最高責任者として気合が入るだろうが、大筋で悩むことがあればジャスパーに意見を聞いてみろと言われていた。それもあって大筋で判断に困る場合はジャスパーにまず声をかける事にしている。大方針さえ決まれば、手堅い仕事が得意な私にとって、悩むことはそこまで多くは無い。

 

『地方星系の経済発展は素晴らしいな。カークも二次産業を立ち上げる時期だと言っていたが、実際に見たら奴も驚くだろう。ファン、報告書と出資依頼書だ。』

 

ウルヴァシーが所属するガンダルヴァ星系を始め、発展著しい地方星系を回りながら軍需物資の生産設備を立ち上げ始めたベルティーニは、コープの言を借りると秋の収穫を満喫するクマのように上機嫌に視察を続けている。そして私にも立ち上げた現地法人への出資を求めてくる。

 

見た目に反してビジネスへの関心が強かった彼は、軍需産業と交渉しながら、地元資本とバーラト系・亡命系そして我々を噛ませる事で横槍を防ぎながら地方星系を生産拠点にすべく精力的に動き回っている。もともと物流自体は穀物を中心に体制が整っていたので、生産が本格化したらそれに組み込むだけだ。もう少ししたら備蓄用の軍倉庫を更に新設する必要があるだろう。経済関連は自然と彼の担当になった。

 

『今後は転換訓練を終えただけの分艦隊も混ぜて戦力化をしなければならん。それにフェザーン方面からファイアザードを抜けてアスターテ経由でエルファシルに向かう航路は測量も万全とは言えない。これを含めた訓練計画が必要だろうな。前線の哨戒も手は抜けん。アルフレッドと綿密に相談した方が良いだろう』

 

室長から苦労人と評されたコープは分艦隊ごとに送られて来る転換訓練を終えただけの部隊を組み込みながら、エルファシル方面軍との合同訓練、そして観測データが不足している星系のデータ収集を取り仕切ってくれている。今後の同盟軍で戦力化のための訓練のスタンダードを我々が作ることになる。

 

最低でも数回はウルヴァシーからファイアザード経由でエルファシルへ向かう航路と、エルファシルからウルヴァシーの航路は経験させる必要があるだろう。特にマル・アデッタとフォルセティは大規模なアステロイドベルトもあり、追加の観測データは必要だった。

 

こうして、司令官として至らない点を補ってもらいながら、日々拡大していく駐留基地を帰宅前に眺める日々が始まった。報告書と決裁書の山を処理する日々でもあったが、書類の山を片付ける度に少しづつ工事が完了するのを目の当たりにすると、達成感を感じる事ができる。半年もすれば最初期の工事が終わる。その後は業務も落ち着くだろうし、私も訓練に出られるだろう。色々と良い報告が出来る月一開催のエルファシル方面軍との合同会議も楽しい時間になりつつあった。

 

 

宇宙暦740年 帝国暦431年 2月上旬

惑星エルファシル 第3駐留基地司令部

カーク・ターナー(中将)

 

「貴方は恋愛カウンセラーとしての才能もあったようね。おかげさまでブルースは何とか再婚に向けて歩みだしたわ。ルシンダは私の秘書でもあってね。娘みたいな存在なの。これで孫が生まれてくれれば、私も気兼ねなく政界を引退できるわ」

 

「おや、ナタリー代議員はアイドルグループ『730年マフィア』のファンクラブ代表としてご尽力頂けると思っていましたが......。でもそうですね。孫育ての方が政界の腹黒達を相手にするより、遥かに建設的で楽しいでしょう。私でもそうしますから強くは言えないのが残念です」

 

「女性初の財務委員長。代議員ももう何期目かしら?数えるのも億劫な位、腹黒達を相手にしてきたのよ?女性だからと甘く見られて悔し涙を流したこともあった。もう十分よ。もちろん政界に影響力は残せるでしょうけど、代議員としてより祖母としての時間を大切にしたいの。いけないかしら?」

 

「そんな事はありませんよ。ただ、ウォーリック会長も職を退くとの事でした。『ハイネセンの嘆き事件』を共に解決した有力な後援者を失うことになります。最高評議会の面々が我々に最大限の配慮をしてくれているのは理解していますが、危機を共に乗り越える以上に信頼が結ばれる事態はありませんからね」

 

ブルースの母親で、国防委員でもあるナタリー代議員とはお互いに相談に乗る関係だった。ブルースが再婚する様に援護射撃をしたのは、ナタリー代議員への義理立ても大きい。そして国防委員会に所属しながら火中の栗を拾うために一時的に財務委員長になった彼女は、代議員の中でも大きな影響力をもった存在だった。

 

「そうね。君たちのように優秀で気持ちの良い人材がこっちに来てくれれば私のやる気も出るかもしれない。でもね、これ以上となると最高評議会議長を目指す位しか代議員としての目標は無いわ。ターナー君は女性の評議会議長が今のご時世で成立すると思う?」

 

「大恩ある貴女に対しては、嘘は付きたくない。現状認識の甘い連中から砂糖で作った将来図は聞かされているでしょうしね。結論から言うと、女性の宇宙艦隊司令長官よりは可能性はあるでしょう。限りなくゼロに近いでしょうが......」

 

「君はそう言うタイプよね。ブルースなら気を使ってもう少しオブラートに包むわ。そうよね。私だって馬鹿じゃない。女性初の財務委員長の次は女性初の最高評議会議長を!って声も決して少なくないわ。でも戦争中はどうしたって社会の中心は男性よ。それに戦死者の数を数字で理解する生活ももう限界なのも事実。私はブルースを通じて君たちを人間として知ってしまった。君たち皆の戦死の報を、もう資料上の戦死者数として受け止められないわ。男性より女性は繊細なの」

 

「ブルースが優しいのも母親譲りだったという訳ですね。ブルースとウォリスが結婚に及び腰なのも彼らが優しすぎるからでしょう?完璧な人間などいないのですから、もっと割り切っても良いといつも言っているのですがね」

 

「意外な人物鑑定ね。確かにブルースは優しい子だけど、君たちの中で優しいとなるとアルフレッド君だと思っていたけど......」

 

「アルフレッドは確かに優しいですよ。ただ、自分の出来る事を理解して、及ばない事を理解しています。それは他の面々もそうでしょう。私なんて夫業と父親業は年に一か月位しかしていません。でもブルースやウォリスは優し過ぎるから完璧な夫、完璧な父たらんとする。理想通りの結婚生活が出来ないから結婚生活にストレスを感じる。そもそも結婚まで至らないように線引きする」

 

「そういう考えも確かに成立するわね。あの子は優秀で息子としては完璧だった。もっと甘えてくれればとも思っていたけど、世間的に評価される事は全て優秀だったわね。結婚生活以外はだけど」

 

「普通の人間は成功したい分野に全力を注いでやっと評価に値する成果を出せるかどうかでしょう?ただ、完璧になれた彼らは、短時間で完璧な夫や父になろうとする。どんなに優秀だったとしても人間関係、特に家族関係の構築には時間が必要です。相手のある事ですからね」

 

「そうね。家族関係も信頼関係同様、一緒に時間を過ごして思い出を作る事で家族としての絆は作られるものね。その点に関してはルシンダにも伝えておくわ。それで、ウォリス君の方は順調なの?」

 

「信頼関係を損なわない最低限のルールはプライバシーを勝手に漏らさないことです。既に競争心は十分煽っていますから、更に競争心を刺激するのは愚策だとアドバイスする事で回答とさせていただきましょう」

 

「相変わらず隙が無いわね。君ならこっちに来ても成功できるわよ。腹黒な爺どもをぎゃふんと言わせてもらいたいわね。そうなればもっと議会中継の視聴率も上がりそう」

 

「軍人の次はワイドショーの人気政治家ですか?気乗りしないキャリアプランですね。私の計画ではそう言うのはブルースとかウォリスに任せてビジネス界に戻りたいのですが......」

 

「あの卒論、読ませてもらったわ。情報部の月次報告フォルダーに紛れ込ませておくなんて、よほど貴方を守りたかったのね。あれを同盟の公式見解にするには強いリーダー一人じゃ無理よ?ブルースを担ぎ出すにしろ『730年マフィア』の中から数人は政界に進出しないと。最高評議会議長。財務委員長、国防委員長、法秩序委員長。この位は押さえないととても話にならないと思う。あの時から君たちとジークマイスター室長はこのために協力していたのね。お姉さん、仲間外れにされたみたいで悲しかったわ」

 

「そうでしょうか?少なくともアクセス権はお持ちでしたし、ブルースも知っていた事です。激務でお疲れの母上にこれ以上負担はかけたくなかった。私としても友人の想いを無視して告げ口する訳にもいきませんでしたしね。お姉さまの息子君の優しさに免じて、許して頂ければ幸いですね」

 

「そういう事にしておいてあげるわ。では!また」

 

そう言うと赤ワインの入ったグラスを掲げてナタリー代議員は通信を切った。こういう表現は良くないんだろうが、ナタリー代議員が男性だったら......。最高評議会議長になれたと思う。表舞台で女性だからと甘く見られるストレスの発散と、隠している爪を見せる相手として俺との会話を楽しんでいるんだろうな。

 

ただ、最近バスローブ姿なのが気にかかる。クリスティンを裏切るつもりはないが、視線に困るんだよな。ナタリー代議員はいわゆる美魔女って奴で、妙な色気がある。

 

勝手な憶測だが、彼女はブルースが政界に進出するにあたっての補佐役を俺にやらせたいんだろう。信頼関係の構築の特効薬のひとつは秘密の共有だ。そして女性が男性を動かすのに効果的なのが素直に頼る事。

 

「俺はビジネス界へのキャリアを志望しているんだがなあ......」

 

母子揃って俺のキャリアプランに変更を要求してくるとは。ただ、自分で蒔いた種でもある。政界の動かし方には自信はあるが、国力を伸ばす意味ではビジネス界に進みたい。さて、どうしたものか。カップに残った紅茶を飲みながら、俺は自分のキャリアプランに想いを馳せていた。




一応ノーマン独自の見解なので傲慢なブルース君と恋愛体質のウォレス君が結婚に後ろ向きな理由は読者の見解を尊重します。ただ、完璧主義者だったり、優しすぎる人が一周回って拗れるのが周囲には多かったかなあと。ヘルプも我慢してギリギリまで出さなかったりね。では!明日!

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