カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第67話 青年たち

宇宙暦740年 帝国暦431年 7月上旬

シャンタウ星域 惑星フォントノイ 人造湖建設現場

クリストフ・フォン・ケーフェンヒラー

 

帝都があるヴァルハラ星系からフレイヤ星系を通過した先にあるシャンタウ星系。その第2惑星である惑星フォントノイが、内務省に入庁した私の最初の任地だ。大学で専攻していた行政学を活かせる、地方行政部に配属された当初は、喜びを感じていた。

 

ただ、辺境星域の入り口であるシャンタウ星系ですら、インフラ投資は後回しにされ、一次産業位しか根付いていなかった。限られた予算では、現状のインフラ保守が精一杯。

イゼルローン方面への軍の航路上にあり、帝国軍の艦隊が往来する立地なら、駐留基地を作ってもよさそうだが、回廊のあちら側の最前線にある基地を維持する事と、摩耗した艦隊戦力の再整備に軸足が置かれ、ヴァルハラ星系以外の政府直轄領は、糧秣に使用する穀物を細々と生産しているに過ぎなかった。

 

『気持ちはわかる。俺だって予算があればもっとこの星系の発展の為に尽くしたいさ。ただ、財務省の連中は油断したらインフラ保守の予算すら削ろうとするんだ。そんな状況で何ができる?逆らって目を付けられるのは構わない。もっと辺境へ左遷されるだけだろう。だが、予算まで削られたら何とか維持されている経済すら破綻しかねないんだ』

 

任地に到着した翌日に行われた歓迎会の2次会で、勤務中は真面目な課長が強めの酒を煽りだした事にも驚いたが、漏れ出た本音にはもっと驚かされた。フォントノイは地味豊かで水量も豊富、温暖な気候でもあり農業には最適な惑星だった。人造湖や灌漑設備を新設すれば豊かな農地がいくらでも用意できるのに、その多くは手つかずのまま原野として放置されている。到着当初は可能性に見えたその光景が、政府に打ち捨てられた証なのだと数日で実感することになった。

 

酒の勢いもあって本音を吐露した上司を含め、先輩の大半が業務時間外や休日に、住民と一緒にインフラ保守作業を行なっている事にも驚いた。限られた予算だけでは地元企業に赤字覚悟で入札させるしかやりようがなかった為、作業を手伝う事で赤字の穴埋めをしていたのだ。地元企業が倒産すれば、インフラ保守すらおぼつかなくなるだろう。

 

「あまり使いたくない手だが、職員の犠牲の上に成り立つ現状はいつか限界が来る」

 

そう判断した私は、ケーフェンヒラー男爵家のコネと、大学の同期達への働き掛けを始めた。

 

『妹の婚約者だから骨折りは出来たが、何とかなるのは今回が最後だ。なんとかこれで収益を出さないと焼け石に水だな。商売相手は軍以外にはないだろう。そちらの航路は門閥貴族領も通過する。彼らは商船に通行税や関税を課しているんだ。政府への物納以外は課税の対象だからな。軍の輸送船に積める物。ビールなんかが良いと思う』

 

人造湖と灌漑設備を何とか新設できる予算を工面してくれたのは、ケーフェンヒラー男爵家と同じように官僚を代々輩出している男爵家の嫡男だった。彼の妹は私のフィアンセだった。

 

『リッテンハイム侯爵領の醸造所が設備更新されるんだ。整備すればまだ使用できると思うからきれいに回収してそちらに送れるように手配しよう』

 

そう言ってくれたのは、帝国最大手の醸造施設メーカーの営業担当になった同期。その他にもビールに向いた品種の小麦とホップの種を、種苗メーカーに進んだ同期が、予算内で最大の生産性を期待できる計画案を、大手ゼネコンの設計課に配属された同期が用意してくれた。地元企業にはそう言った計画案を作成するノウハウすらなかったのだ。

 

「ケーフェンヒラーの旦那。これで俺達の暮らしも少しは良くなりますかね?次の機会はもしかしたら孫の代かもしれねえ。でもね、ちゃんとノウハウとして残る様に些細な事も記録に残しているんでさ」

 

「棟梁、父親のような年齢の貴方にそう呼ばれるのは気が引けるよ。クリストフさんで構わない。一緒にフォントノイの明日を創る同志なんだから」

 

この3ヵ月の出来事を振り返っていた私に地元企業の棟梁が声をかけて来た。当初していた空元気の笑顔ではなく、明るい表情をしている。これだけでも方々に頼み込んだ甲斐があったと思えた。

 

「とんでもねえ。旦那はフォントノイの福の神様でさ。課長さんは何かと俺達の事を気にかけてくれる人でね。業務時間外や休日に作業に参加するなんて言われちゃね。俺達にだって意地があります。とは言えね、従業員たちを食わせるので精いっぱいで、先行きが不安だったんでさ。帝都を知っている旦那からすれば些細な事業かもしれませんが、小さな一歩でも新しい事業が始まったんです。それだけでも、俺達は希望が持てるんでさ。旦那、本当にありがとうよ」

 

軍人もかくやと言う体躯の棟梁が嬉し気に肩をバシバシと叩いてくる。正直痛かったが、彼なりの喜びの表現なのだと思えば不思議と耐えられた。周囲で作業している皆も、こちらに嬉し気な表情で視線を向けている。

 

「計画までもう少しだ。今日の作業を終えてしまおう!」

 

照れ隠し半分で私は声を上げた。このまま計画通りに作業が進めば、小麦の時期に間に合う。収穫できるのは来年の夏、それまでに醸造所を整えれば数ヵ月でビールを販売できるだろう。

 

「醸造の予行練習も必要だろうな。政府の穀物貯蔵庫から一時的に供出して頂くことは出来ないだろうか?」

 

そんな事を考えながら皆と同じように作業を進める。ベンとPCに慣れていた私の手には豆が出来ていたし、筋肉痛で節々が痛かった。でも前向きな計画に携われるこの時間は、不思議と楽しい時間だった。軍部にはケーフェンヒラー男爵家としての伝手は無かった。

 

ただ、軍務尚書派は政府系が、統帥本部長派は門閥貴族が後押ししている事は知っていたので、軍務尚書派とされる艦隊司令の皆さまや、平民出身のコーゼル提督、軍務省の高級官僚に状況の説明と協力を願う手紙を、小麦が植え終わった頃合いから書き始めた。

軍務尚書派が、コーゼル提督や人事局長のミヒャールゼン男爵を取り込む意味でフォントノイのビールを軍で正式採用する回答が得られるのはビールの仕込みを始めた頃合いだった。もちろん、この頃の私はそんな事情を知るはずもない。ある事情で志願してから一時お世話になる同名の上官から、事の経緯を教えて頂くことになる。

 

 

宇宙暦740年 帝国暦431年 7月上旬

タッシリ星系 惑星バラス

アレクサンドル・ビュコック

 

「アレク、折角バラスも発展して勤め先が増えて来たのよ?兄貴たちも工場で働き始めてる。そりゃうちは7人兄弟であんたが食い扶持を気にするのも分かるけど、志願する必要なんてないじゃない」

 

「それも分かってる。でもさ、姉ちゃんがデニスさんを捕まえたし、兄貴たちは工場で働いてる。うちは親父も従軍していないし、徴兵リストの順位は高いじゃないか!俺が志願したら兄貴たちを含めて徴兵順位が下がるんだ。それだけでも志願する意味はあるよ」

 

「アレク、お前さんはまだ14歳だろ?若いうちからそんな苦労を抱え込んじゃいけねえよ。いざとなりゃ捕虜上がりの俺が志願するさ。なぁに。これでも戦艦の航海士だったんだ。親父さんにも良くしてもらったし、子供も2人も恵まれた。こういうのは年齢順って昔から決まっているんだ。皆に心配かけちゃいけねえよ」

 

「デニスさんこそ分かってないよ。進出してきた工場に電力を供給している仮設発電所は帝国艦だろ?管理保守できるのはデニスさんを含めて数人じゃないか。デニスさんを志願させる位なら兄貴たちが先に志願するよ」

 

兄貴たちの状況を考えると、志願するなら俺しか候補がいないって事に気づいたのは新年のパーティーを皆でした時だ。兄貴たちも工場で出会った恋人を連れてきていた。二人には勿体ない位きれいな人たちだったし、結婚早々志願なんて家族としてさせられない。

 

「そんなに心配なら、一緒にメンテナンスに行くか?助手としてなら多少は報酬も出るだろうし、アレクは頭も悪くない。帝国語の読み位ならすぐに覚えられるだろう?」

 

「そういう事じゃないよ。とにかくビュコック家の男として、デニスさんを志願させる訳にはいかないんだ」

 

姉ちゃんもデニスさんも困った顔をしているが、デニスさんと結婚するまで姉ちゃんはすごく苦労をしていた。7人兄弟の長女だった事もあるけど、夜はいつも家計簿を見ながらため息をついていた。言うと怒るから言わないけど、婚期が遅れたのも兄弟の事を優先してきたからだと思う。

 

それに気づいたのは、フライングボール部に入って新しい靴を強請った時だ。渋々姉ちゃんは靴を買ってくれたけど、よくよく考えたら姉ちゃんは自分の靴なんて何年も買ってなかった。兄貴たちはうすうす気づいていて、

 

『必要なものがあったら先に俺達に相談しろ』

 

って後から言われた。先に言えよ。そんなんだから見た目は良いけど中身が子供とか言われるんだ。それに俺の下は2人とも妹だ。俺が志願するのが一番自然だと思う。それにデニスさんと結婚してから、収入が増えた事もあって姉ちゃんは笑顔でいる事が増えた。やっと笑顔になれたのに、デニスさんを志願させたらどれだけ悲しむか......。

 

「ったく、どうして俺が目をかけた子供はこうも生き急ぐかねえ。俺が14歳の時は、夕飯のおかずが気になっていたもんだが......」

 

そうぼやきながら俺の頭を撫でるデニスさん。航海士で重機も使えて図面も引ける俺の義兄は、バラスの発展にも必要な人だ。さすがに俺が子供でもそれ位は理解していた。

 

「親父さん達とも相談しないとだが、どっちにしても15歳になったら早期修了志願者の対象なんだろ?勝手に志願しちまう勢いだしなあ......」

 

「ちょっとあんた?アレクはまだ子供よ?」

 

「分かってるよ。アレクも親父さん達に相談するのは気が引けたから先に俺達に相談したんだろ?とりあえず決意は分かった。ただな、一度志願しちまえば当分バラスには帰ってこれないぞ?俺も入隊してから一度も故郷に帰れなかった。同盟軍なら帝国より福利厚生はまともだろうが、それでも頻繁に帰省は無理だろ?」

 

俺の父さんたちの世代は、宇宙艦隊はハイネセンに集中していた。志願したら2度と帰ってこないなんてのが普通だった。今ではエルファシルとウルヴァシーにも大規模な基地がある。それに星系警備隊に配属される可能性もゼロじゃない。そんなに世の中甘くないとも思っているけど......。

 

「いいか?家族を想う気持ちは嬉しいし、アレクの決意は俺も誇りに思う。だから15歳になるまでに冷静に自分の気持ちを確認してみろ。もうバラスに帰れない。それでも後悔しないか?ってな。一応、細いつながりだが、同盟軍にも伝手があるんだ。俺もそっちを当たってみるからよ。その代わり勝手な事はしないと俺達に約束するんだ」

 

「分かった。勝手な事はしないし、ちゃんと冷静に考えてみるよ」

 

姉ちゃんはまだ収まらない様子だったが、デニスさんが『一度冷静になる時間を取ろう』と宥めてくれた。そりゃバラスには愛着もあるし、どんどん良くなっていくって実感もある。うちだけじゃない。知り合い皆の笑顔が増えた。

だからこそ良くなりつつある皆の生活を守らなきゃ。最前線からは遠くても同盟と帝国は戦争をしている。悪徳貴族が攻め込んで来たら、バラスに何をされるか分かったものじゃない。家族の笑顔を守るためにも、俺は志願したいんだ。




この2人、原作ではかなりの重要人物なので登場させました。簡単に解説すると

 クリストフ・フォン・ケーフェンヒラー

ある事がきっかけで内務省の地方自治のエリートコースを捨てて軍に志願します。その後捕虜になり、40年以上、エコニアの収容所で過ごします。同名で志願直後にお世話になったミヒャールゼン提督の暗殺事件について独自の考察を進めていて、収容所に参事官として赴任してきたもう一人の主人公、ヤンウェンリーと出会い、歴史の考察仲間のような存在に原作ではなります。

 アレクサンドル・ビュコック

何かと政府に疎まれたり、昇進に嫉妬されるヤンの後見人的な立場になる人物。原作では志願して二等兵から軍歴をスタート。原作終盤では元帥になっており、同盟で老練という言葉はビュコック以外には使うな!といわれる宿将のような存在に原作ではなります。

という感じの人物たちです。原作読んでないとポカン回なので解説入れました。もしかしたらお忘れの方もおられるかもしれないのでアラートを兼ねて。デニスさんは長年捕虜としてエコニアの収容所で暮らしていました。オレンジ頭の少年に重機の扱い方を教えた事もあります。では!明日!

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