宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件
宇宙暦728 フォルセティ会戦
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業
宇宙暦738 ファイアザード会戦
宇宙暦742 ドラゴニア会戦
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生
※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています
宇宙暦741年 帝国暦432年 3月上旬
バーラト星系 惑星シュリナーガル
ブルース・アッシュビー
「ブルースさん、お茶を入れてきました」
「ルシンダ、まだゆっくりしていても良いんだぞ?」
「なら、お茶を飲みながら、もう少しベッドの中でゆっくりしましょ」
俺がマグカップを受け取ると、彼女は自分のカップをサイドボードに置き、しなだれかって来る。俺の胸元に彼女の頬が触れ、人肌の温かさと、髪から女性用のリンスの香りがかすかに香る。左腕で彼女を抱き寄せ、指先で髪を撫でる。そうすると安心するのか、さらに身体を預けてくる。
昼頃までこんな時間を過ごし、ランチ前に着替えて、一角にあるレストランでランチをし、様々なアクティビティを楽しむ。ゴルフや乗馬、フィッシング、陶芸、変った所では自分たちで燻製を作ったり、景勝地でもあるこの一帯をトレッキングするのもいい。
ディナーをルシンダと二人で、時には同じようにこの施設にいるウォレス夫婦と4人で楽しみ、ベッドでの営みを楽しんでから程よい疲労感と、人肌の温かさに包まれて眠る。ウォーリック商会が運営するリゾート施設に移動してからそんな生活を始めて2週間は経過していた。
眠ってしまった彼女の髪を撫でながら、この休暇の始まりを思い返した。事の始まりはジークマイスター室長の分室が、帝国の大規模攻勢をキャッチした事に始まる。それならば万全の準備をして撃破するのみだと考えていたが、帝国軍の油断を誘うために謀略を仕掛けたい。その対象に選ばれたのが、俺とウォリスだった。
俺の場合は、母親であるナタリー代議員が4月の改選に出馬しない方針を固めていた。そしてウォリスも後援者とみなされている奴の爺様が内々に引退を決めている。これに合わせて、適度に姿を晒しながらハイネセンの軍病院の最上階にある個室に形式的に入院し、変装して入室してきた工作員と入れ替わる形で俺達も変装し、そのまま宇宙港へ向かい、軍のシャトルで惑星シュリナーガルへ向かった。
そして俺は婚約間近だったルシンダと、ウォリスは長年愛人関係だったカタリーナと合流した。施設内にあるチャペルで簡単な式まで上げさせる念の入れようには正直悪意を感じたが、大攻勢が近い以上、こんな機会は当分ないだろう。カークの言葉もあり、俺とウォリスは婚姻届にサインをする事にした。
秘匿体制も万全だった。一か月前から改装を理由に休業する旨を告知し、敷地内の各所に情報部とおぼしき人員が警戒に当たる。軍人の俺達は流石に気づいたが、女性陣はそうでもないようで、この休暇に変な緊張感を持ち込まずに済んでいる。アデレードとの生活は衝突が多かった。前線勤務の間に無意識で気が張っていたのか?甘く穏やかな時間を悪くないものだと受け入れている自分がいた。
「これも室長の仕込みかな?まったく食えない人だ」
マグカップをサイドボードに置いて、タブレットを起動する。1週間前からアッシュビー・ウォーリック両提督の重病説が流れ、軍病院付近からの生中継がワイドショーで始まっていた。今日の話題はウォーリック商会を長年率いて来たグレック会長の引退だ。昨日のIRでウォーリック商会から正式に広報されたが、ウォリスの重病説と絡め、今朝の経済誌の一面を飾っている。
週明けには母さんの代議員引退が発表される。それと同時に、最高評議会と国防委員会の確執論や、俺達への陰謀論などが流れる予定だ。ここまで大々的に話題になれば、フェザーン経由で帝国にも流れるだろう。
タブレットを閉じ、ルシンダの寝息に引きずられる様に俺も目を閉じた。少なくとも3か月はこの生活が続く。その間は身を隠すのが俺とウォリスの任務だ。そう言い訳をしながら、俺は夢の世界へ旅立った。
「......スさん。......ルースさん」
「ん......」
「ブルースさん、そろそろ起きてください。もうお昼です」
「うーん。少し寝過ぎてしまったか......」
上半身を起こしながら頭を覚醒するためにこめかみを左手で揉む。喉が少し乾いていたから、目を閉じたまま右手をサイドボードに伸ばしてマグカップを手に取り、残っていた紅茶を飲み干す。
「お茶を入れ直してきます。カタリーナさんから、午後に燻製を作るのでご一緒しないかとの事でした」
そう言いながら、備え付けのキッチンに向かうルシンダ。後ろ姿を見る限り、彼女は身支度を終えているようだ。ここにきてから、ある意味お互い新婚旅行の様な物だから、男性陣ではなく、女性陣同士で連絡しあうようになった。お互い相手の妻のあられもない姿を見るのは、画面越しでも気まずいからな。
「そうか。燻製づくりは意外に楽しいからな。出来れば渓流釣りの釣果も一緒に燻製にしたいが、さすがにこの時間からでは難しいか」
「いいじゃないですか。まだまだ時間はあるんですから。釣果を燻製にするのは次の機会にしましょう」
そう言いながら新しいマグカップを手渡すと、ルシンダはタブレットを起動して、カタリーナと連絡を取り始めた。出来立ての燻製は自分たちで作った事もあってとても美味だ。それに料理の素人でも作業自体はそこまで難しくない。なんだかんだと話しながら一緒に作業する。不格好なものが出来てもご愛敬だ。逆にそう言う物の方がうまく感じるんだから不思議でもある。
燻す作業に入れば、傍らで焚火を始め、ワインやウイスキーを楽しみながらの談笑タイムだ。一角に作られている農場産の様々なチーズを肴に、燻製の仕上がりをまつ。まだ早春という事もあり、風は肌寒いが、アルコールの入った身体にはそれも心地よい。
俺はそこまで話題が豊富な男じゃないが、政治家の秘書官をしていただけあってルシンダは話題が豊富だ。ウォリスも同様だから2人でも4人でも退屈する事無く過ごせている。軍事一辺倒だった俺の頭に、それ以外の知識が、聞きかじりだが入るのも新鮮だった。
「家族ぐるみの付き合いをするときは燻製も悪くないかもな。そのままバーベキューにもできるし、そういう時間も楽しそうだ」
任務を押し付けてしまった僚友達を思い出してそんな事を考えた。子供がいなかった事もあって、アデレードをそう言う場に連れて行くのは気が引けた。でも3か月もこんな生活を続ければ、新しい命を授かるだろう。急に始まった2回目の新婚生活は、一回目と違って色んな事を前向きに捉えられていた。
別にアデレードに非があった訳じゃなく、ルシンダが凄いわけでもない。きっと俺の考えた方が少し変わったんだろう。そんな事を考えながらテキパキと身支度を始める。新婚とは言え、女性を待たせると厄介な事になるのは変わらない。折角の穏やかな時間を詰まらない事で騒がすのは嫌だからな。決して飼いならされたわけじゃない。
「ブルースさん参りましょう」
そう言いながら腕を組んでくる彼女を、自然と愛おしく思える自分がいた。
宇宙暦741年 帝国暦432年 3月上旬
惑星エルファシル 第3駐留基地
ジョン・ドリンカー・コープ(少将)
「急な話で申し訳ないが、ジョンにはエルファシルとウルヴァシーの駐留艦隊の訓練の取り仕切りを頼む」
「それは構わないさ。もともとウルヴァシーでもそっちを担当していたんだ。それだけで大丈夫か?ブルースとウォリス達の仕事も引き受けているんだろ?」
「そうだな。ならメンテナンス艦の運用の最終確認も頼めるか?大型輸送艦にユニットを取り付ける形だから量産体制にはすぐ入れるんだ。なんとか大規模攻勢の前にまとまった数を用意したい」
「わかった。運用確認で良いんだな?仕様書は読み込んでいるから任せてくれ」
そう応じると、カークは嬉しそうに『これで一息つける』と本音をこぼすと、紅茶をうまそうに飲み始めた。俺はどちらも好きだが、今回はブルースが用意したというコーヒーを飲んでいる。紅茶の香りも好きだが、バーラト系原理派だったコープ家はコーヒー党だった。
「基地も短期間でだいぶ増設が進んだな。ウルヴァシーの方もファンが着々と事業を進めているが、まだまだ始まったばかりだからな」
「少なくとも今回とその次、2回は大規模な攻勢が予想されるからな。最悪連戦もあり得る。物資とメンテナンス部品は抱え込んでおいて損はないだろ?最も保管倉庫の多くは民間規格と統一したんだ。それもわざと基地の敷地のはずれに建設した。フェンスの位置を変えれば、民間向けの倉庫に早変わりするわけだ」
「経済を意識する辺りは変らずだな。ただ、指名を受けた時は嬉しかったが、意外な気もしたな。幼馴染でもあるからフレデリックかヴィットリオを指名すると思っていたが......」
「意外だったか?ファン。フレデリック、ヴィットリオ......。何か気づかないか?」
意味深な言葉を投げかけてながら紅茶を飲むカーク。司令官のファンは手堅い守勢型。フレデリックは攻勢一辺倒、ヴィットリオもどちらかと言うと攻勢寄りだ。それに比べて俺は攻勢もできるが守勢もとれる万能型と自負している。そうか、エルファシルの部隊は金床、ウルヴァシーの部隊は戦槌を担当させるつもりなのだな。メンテナンス艦をまとまった数用意したいのもその為か。
「まぁ、それだけじゃない。軍政でもバランス型のなんでも屋に来てもらいたかったのも事実だ。基地増設関連は3軍曹殿たちのお陰で何とかなるが、艦隊の練度、メンテナンス艦の最終確認、ウルヴァシーも含めた訓練進捗と哨戒スケジュールの作成・確認。優先順位が高いタスクが目白押しだからな」
「なら精一杯、期待に応えられるように頑張るか。一応手土産として帝国亭のレアチーズケーキを差し入れておいた。俺も権力者に贈り物をする重要性は理解している」
重役の秘書に嫌われたら、民間じゃアポも取れなくなる。カークたちが重用している秘書官たちがそういう恣意的な事をするとは思えないが、新参者には分からない事も多い。それを積極的に補ってもらえるなら、多少の贈り物はむしろ安いものだ。
「それでウルヴァシーの方はどうだ?適度に噂は広がっているか?」
「ああ。一応フレデリックが旗振り役になって士気の低下に対応しているが、ブルースとウォリスの重病説、最高評議会との確執論は広まっているな。フェザーン商船の乗組員たちにも漏れているはずだ」
「苦労している甲斐はあったか。もっともあいつらはハネムーンを満喫中だ。3か月もあれば子供も授かるだろう。これでグレック会長とナタリー代議員に少しは恩返しができた」
ホッとした様子のカークに、俺も苦笑しながらコーヒーを楽しむ。『ハイネセンの嘆き事件』の際は、事態の収拾にかなり尽力して頂いたのがその2人だ。恩人たちが気に病んでいる問題の解決に、一肌脱ぐのも悪くない。帝国に対しての今回の謀略を主導したのはジークマイスター室長だろうが、潜伏する期間をそのままハネムーンにしたのは、おそらくカークだろう。
「それじゃあ、既婚者の我々は、新婚者の為にも任務に戻るとするか?」
「いや、もう少し雑談して行ってくれ。うちはともかく第2と第5は司令官依存が強いんだ。指示待ち傾向が出ているから、軍曹たちに頼んでケツを叩かせてる。俺があそこに戻ると指示を貰いたがるからな」
エルファシル方面軍を暫定的に取りまとめる立場になったターナーは、大会議室のひとつを改修して、3つの艦隊司令部合同のオフィスを作った。確かに俺が挨拶に訪れた時も、指示待ちの列ができていたな。
「あいつらは運もあるからそういう事は今までなかった。でも司令官が指示を出せない状況もあり得るんだ。少しは主体性を持たせないとな。アルフレッドに視察をさせているのもその為だ。代わりの依存先を見つけられても困るしな」
「それはまた手厳しいことで......」
「そうか?指示が大枠だけで悩んでる分艦隊司令達は、新任が訓練を統括してくれるだけで大喜びだ。イニシアティブを取りやすいだろうし、俺は同期の為に心を鬼にしたんだが......」
そう言いながらティーカップを掲げるカーク。俺もコーヒーの入ったカップを掲げる。お互い苦笑しながらカップの中身を楽しんだ。その後は子供の話などを小一時間してから、第11艦隊に割り当てられたオフィスに戻る。主体性か......。うちの艦隊も少し気を付ける必要があるかもしれない。
あれって思った方。正解です。ウォレスの長年の愛人は、士官学校の合格発表の日に、彼の首筋に3本線を描いた女性、カタリーナさんです。別れたりまたくっ付いたりする恋愛もありますからね。ウォレスが大将になったら、また3本線を描くんでしょうか?それはまた別のお話......。では!明日!