カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第70話 英雄の従卒

宇宙暦741年 帝国暦432年 5月上旬

惑星エルファシル 第3駐留基地

アレクサンドル・ビュコック(二等兵)

 

『ピピピッ。ピピピッ。』

 

「ううーん」

 

ベッドボードに置いた目覚まし時計に手を伸ばし、アラーム音を止める。暖かな布団に包まれていると離れがたい誘惑に駆られるが、そうも言っていられない。布団を跳ね飛ばすと、早朝なこともあり肌寒い空気に包まれる。その刺激を力に変えて眠気冷めやらぬ身体をベッドから引き起こし、寝ぼけながら洗面所へ向かう。冷水に一瞬気後れするが、覚悟を決めてジャバジャバと顔を洗う。何とか今日も眠気を追い払えた。

 

そのままキッチンに向かい、電気ケトルのスイッチを入れる。就寝前に洗っておいたマグカップを水きりラックから取る。第13艦隊のロゴ入りのカップは、実はお気に入りでもある。一緒にシロン産の紅茶が入った缶を持ってベッドサイドへ。乱れた布団をきれいに整え、パジャマを脱いでトレーニング用の軍服に着替える。こっちにも所属を明確にする意味で第13艦隊のワッペンが縫い付けられている。着替え終わり、パジャマをたたみ終えた辺りでケトルのスイッチが切れ、お湯が沸く。茶漉しをカップに乗せ、茶葉を小さじ2杯入れてお湯を注ぐ。1Rの広いとは言えない割り当てられた個室に、紅茶の良い香りが広がる。良し、今日も一日が始まった。そんな気がするタイミングだ。

 

香りを楽しみながら紅茶を飲み終わり、シンクで後始末をしたら出発だ。玄関脇に置いてある時計が6時を示している。ドアを開けると早朝の空気が出迎えてくるが、もう大丈夫。そのまま若年者向けの寮を後にして、司令部の方へ向かう。艦隊司令部の玄関口に近づくにつれ、警備隊の面々や艦隊司令部の皆さんが集まっているのが目に入る。もちろん、俺が従卒としてお仕えするターナー提督のオレンジ頭も目に入った。自然と駆け足になる。

 

「おう!アレク。今日も張り切っているな」

 

気が付いた提督が挨拶をしてくれる。慌てて駆け寄り敬礼するが『勤務時間じゃないんだから堅くなるな』といつも通り肩を優しく叩かれた。提督の言う通り今は勤務時間じゃない。ただ、事務作業や他部署との折衝が多い提督は、このタイミングで司令部の周りをランニングされる。当初は個人的に仲が良い基地警備隊や陸戦隊の面々が警備を兼ねて参加していたらしいが、いつの間にか艦隊司令部の面々も参加するようになった。

 

『まだ睡眠がたっぷり必要な年頃だろ?無理しなくていいぞ?』

 

参加を提督に伝えた時はそう言われたけど、デニスさんの口添えで提督付きの従卒になれたんだ。捕虜上がりの紹介じゃこんなもんだなんて、他の部署に思われる訳にもいかない。それに提督は辺境出身で俺より若い時から航海士として商船で働いていた。そんな身の上から士官学校に入って栄達を重ねた本物の英雄。辺境出身者の憧れの人物の傍にいられるんだから早起きも苦にならなかった。

 

「そろそろ始めよう。あくまで自分たちのペースでな」

 

ストレッチを終えた面々からランニングを始める。司令部の周りは一周2キロ前後。7時半までランニングをして、シャワーを浴びて軍服に着替える。そして食堂で朝食を食べたら勤務開始だ。提督を始め司令部の面々は軍人らしく締まった身体付きをしている。警備隊や陸戦隊の面々はドラマでも見た事が無い位筋骨隆々としている。親しくさせてもらっているけど、怒らせないでおこうと内心思った位だ。

 

「アレク君、司令の予定は会議が詰まっているから、今日は私のサポートに回って頂戴。午後から新兵訓練の日ね?じゃあ、この書類チェックをお願い」

 

「了解です。コナー曹長」

 

曹長に敬礼して書類を貰い、自分のデスクで確認を始める。曹長は提督の秘書官で、命令系統でいうと俺の上官になる。姉ちゃんよりももう少し年上。40歳はいかないと思うけど、提督に小声で『曹長に年齢の事は聞くなよ』ってアドバイスされたから聞かないように心している。

 

ちなみにこの曹長というキーワードには、コナー曹長だけじゃなく、第2艦隊付きのアビー曹長と第5艦隊付きのエスピノ曹長も含まれている。この基地がまだ駐屯地だった頃から事務部門を担当していて、実務のほとんどはこの3人を経由するんだ。一度適当な書類を出した陸戦隊の佐官が、曹長たちに詰められてタジタジになっていた。階級以外にも逆らってはいけない物があるって今更ながら学んだよ。

 

書類自体はそこまで難しい内容じゃない。二等兵が重要機密に触れられる訳もないからね。俺が受け持つのは主に補給申請だ。本当は第13艦隊の分だけで良いんだけど、アッシュビー提督とウォーリック提督が病気療養に入られた影響で3つの艦隊司令部をターナー提督が監督しているんだ。重要度は低いとは言え、新入りにまで書類仕事が回ってくるのはそんな事情もある。

 

「曹長、完了しました。誤差の範囲から逸脱した物をチェックしておきましたのでご確認ください」

 

「ありがとう。そろそろ良い時間ね。午後からは新兵訓練なんだから少し早いけどランチに行っちゃってよいわよ。お疲れ様」

 

補給申請の内容を確認して、前回の補給内容と照らし合わせる。訓練内容や哨戒報告から大体の適正値が割り出されるので、それと比較して過不足ないか?を確認するのが俺の仕事だ。初めは名誉ある同盟軍人にそんな事をする人がいるのか?とも思ったけど、ハイネセンを除けばこの第3駐留基地は同盟軍最大の基地なんだ。前線も近いし、物資の消費量は膨大だ。帝国の大攻勢に備えて備蓄も増やしているし、その分、ごまかそうと思えばごまかせるらしい。

 

コナー曹長は言葉を濁したけど、提督を始め、730年マフィアの面々はそれこそごぼう抜きで昇進された。アッシュビー提督なんて29歳で大将だ。これってダゴン星域会戦のリン・パオ、ユースフ・トパロウル両元帥より昇進が早い。悲しい事に人の成功を喜べない人種は一定数存在する。ごぼう抜きされた提督たちへの腹いせで、足を引っ張ろうとする人もいるらしい。実際、横流しが発覚したら監督責任が問われるのも事実だ。

 

食堂で食券を買い、列に並ぶ。昼時が一番込むけど、時間をずらす人も多いから食堂では既にたくさんの軍人がもりもりとランチを掻き込んでいる。

 

「あら、アレク。今日は早めなのね。内緒で大盛にしてあげるよ」

 

顔なじみになった食堂のおばちゃんが嬉しそうに山盛りのパンを俺のトレーに乗せた。『ありがとう。訓練頑張ります!』と返すが、列の後ろの諸先輩は苦笑している。本当は多すぎるって言いたいけど、前線に近い第3駐留基地ではこれが流儀なんだ。

 

今では優位に防衛戦争を進めているけど、昔はエルファシルで最後の晩餐を取り、そのまま前線から戻れない事が多かった。基地の食堂で働く人の中は、夫や息子を戦争で亡くした人も多い。彼らと新兵を重ね合わせて、しっかり食べて帰ってくる力を付けろって思いも込められているんだ。

 

山盛りのパンをシチューに浸しながらガツガツと食べる。チキンがゴロゴロと入っていて、訓練前には最適かもしれない。飲み放題のミルクに、自費で買った陸戦隊お薦めのプロテインを入れて飲む。給与の半分は仕送りに回しているけど、生活費も安上がりだし困る事はない。そして今更の事だけど、書類仕事が滞ったら補給もそうだし、給与も当然滞る。志願した時は軍人って戦うイメージが強かったけど、それ以上に事務作業って大事だと思う。

 

はちきれんばかりにランチを腹に詰めたら、訓練用の野戦服に着替えて第7格納庫へ向かう。訓練前に食べ過ぎない方が良いのは確かだけど、取り込めるだけエネルギーを補給して臨むように言われている。訓練中に吐くのは構わない。激しい訓練でエネルギーも消費するからそのままだと筋肉がやせちゃうんだ。もちろん訓練後も大量に食べる。こうする事で、実戦の緊張状態でもちゃんと消化できる強い胃袋が作れるんだとか......。

 

訓練終了後は、そのままシャワーを皆で浴び、教官が付き添って食堂に向かう。そこからへとへとの身体に鞭を打って3人前近い量を胃袋に押し込む。教官、これで効果が無かったら恨みます。食べ終わったら解散。20時前には寮に戻れるけど、くたくたですぐにベッドに潜り込む。身体を作るには睡眠も重要とか言われたけど、疲れすぎて睡眠以外の事をする気にならないのが本音だ。

 

訓練は厳しいけど、提督付きの従卒である俺には、役得もある。たまにエルファシルの要人との会食に付き添えるんだ。その時はドライバー担当と一緒に、提督持ちで好きなものが食べられる。従卒になって初めてご挨拶した時、『いつまでも従卒でいないで早く昇進しろよ?』って言われたけど、退役まで提督の従卒でもよい気もしていた。

 

ただ、書類仕事をしているうちに知識の必要性に気づいて、コナー曹長に色々質問するように意識を改めた。それがきっかけで、曹長の娘さんで経済学部志望のサラさんと休日は一緒に勉強するようになるのだが、そんな余裕が生まれるまで、数ヵ月の時間が俺には必要だった。




という訳でアレク君の日常でした。コナー曹長の娘、サラさんは某映画から名前を頂きました。だたアレクとコナーの息子が、抵抗軍となって機械の軍隊と闘う・・・・と言う感じには展開しないので、そう言う期待をされた読者には先にお断りを。
では!明日!

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