カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第72話 覚悟

宇宙暦741年 帝国暦432年 10月上旬

惑星オーディン 宇宙艦隊司令本部

コーゼル中将(正規艦隊司令)

 

「司令長官に上申はしましたが、もう何も申すなとの事でした。私にできる事は、もう無いのでしょうか......」

 

「シュタイエルマルクよ。卿の事だ。自分が一番よく理解しているのではないのか?軍務尚書閣下も司令長官閣下も派閥の事を抜きにして最大限支援はされた。あからさまな欺瞞情報を真に受けて、油断する方が愚かなのだ。卿もこの件についてはもう言うな」

 

フェザーンからもたらされた敵将のアッシュビーとその副将であるウォーリックの重病説がまことしやかに囁かれ、更に政争の勃発まで噂となった。それを真に受けて年明けに出征が予定されている統帥本部総長派の艦隊司令たちは、訓練と装備更新の猶予を与えた配慮を無駄に費やすような動きさえしている。今更してやれる事など無いのだ。

 

「平民である私の所に、既に方々の門閥貴族のパーティで勝利宣言をしたと漏れてきているほどだ。この段階での警句など疎まれこそすれ喜ばれる事はあるまい。此度の出征は勅命でもある。これ以上動けば、勅命に逆らう事にもなろう。卿の為にならん」

 

「そうでしたな。正規艦隊司令を拝命はしましたが、訓練も装備更新もこれからです。旗下の戦力を参加させられない状態で、あれこれと言うべきではありませんでした」

 

目の前で気落ちした様子のこの男に、もう少し宮廷内部での影響力があったら......。何度そう思っただろうか。だが、実力主義を標榜した時点で門閥貴族から敵意を向けられるのも道理。それに私自身、それ無しでこの男を信頼しただろうか?結局無いものねだりなのだという答えに落ち着くのだが、それも口惜しい。出身を理由に不利益を被ったり、理不尽な命令を下された事もある、だが、それに耐えて中将、平民初の正規艦隊司令にまでなっても、口惜しい事は無くならぬ。

 

「それにしても理解できぬ。なぜああも大々的に勝利宣言を行うのだ?そんな事をする暇があったら、訓練なり転換訓練に力を入れた方が勝利につながる。それに『勝って当然』などと事前に周知すれば、実際に勝利できても評価は低くなる。気負いも増える分、百害あって一利なしではないのか?」

 

「普通はそう考えます。あくまで私見ですが、統帥本部総長派はこの勝利を切っ掛けに軍内部の主導権を握るつもりなのでしょう。統帥本部総長が軍務尚書に、空いた統帥本部総長にローエングラム伯、宇宙艦隊司令長官にはケルトリング中将とでもお考えなのではないかと。事前に勝利を周知させているのも、門閥貴族の支援を狙っているのでしょう。宮廷工作は彼らのお家芸ですから」

 

「そうなれば、軍内部への門閥貴族の影響力が高まる事になる。軍全体にとってはむしろ悪夢の再来だな。勝っても地獄、負けても地獄だな。卿の重要性も不本意だろうが高まる事になる。言うまでもない事だが、くれぐれも自重してもらいたい」

 

今回の出征が成功するようならそれでも良い。平民出身の正規艦隊司令など目障りなだけだろう。政争に巻き込まれるのも癪だ。退役して故郷で農場でもやればよい。だが負けたとしたら状況は難しくなる。

 

シュタイエルマルクが今回の出征に警鐘を繰り返したことで、我らは軍務尚書派寄りだと思われている。次回の出征への参加は拒めない。だが、ただでさえ長男の仇討の色が強い軍務尚書派が、ご次男まで戦死すれば私怨で凝り固まるだろう。そんな状況で叛徒たちに勝てるのか?

 

「閣下と話せたことで小官もすっきりしました。ミヒャールゼン男爵からも今は自重の時期と助言を頂いております。旗下の練度向上と掌握に今は勤めると致しましょう」

 

来た時よりはすっきりした様子で、残っていたコーヒーを飲み干すと、敬礼をしてシュタイエルマルクは退室していった。名前の出たミヒャールゼン男爵への疑念は、まだ胸の内にしまっている。フォルセティ会戦はともかく、ファイアザード会戦には疑念がある。

 

あの時、攻勢候補はティアマト・パランディア・ファイアザードの3つだった。なぜ叛徒たちは作戦目標がファイアザードだと確信していたかのような作戦行動ができたのか?最前線基地も計った様にギリギリ維持可能なレベルで補給が成立している。そして、統帥本部総長派の出征が決まった直後に流れ始めた叛徒たちの内部情報。出てくる答えは一つだ。

 

「だが証拠がない。それに誰が通じているのか分からん」

 

空になった2つのコーヒーカップに視線を向けながら、私は本音を吐露した。シュタイエルマルクは軍上層部も将来を担う存在として認識していたはずだ。実力主義を標榜した事も、あくまで青さと捉えられていただろう。私と親密なのも、平民とのつなぎ役として使える訳だから利点もあった。だが、ミヒャールゼン男爵が強引に正規艦隊司令を私に譲り、実力主義に賛意を示した事で、状況は変わる。

 

上層部の多くを占める軍部貴族への造反者と見られるようになり、結果として、実力主義の可否も派閥抗争の口実に使われた。だが、爵位持ちの貴族で最初に実力主義による任用に賛意を示した男爵をシュタイエルマルクは信頼している。

 

「確実な証拠でもなければシュタイエルマルクには話せん。だが、平民出身の私には、情報部や内務省へのパイプがない。どうすべきか......」

 

本来なら司令長官であるツィーテン元帥に相談しても良かった。ただ、証拠もなく敵対派閥の出征が確定した段階で、情報漏洩を訴えるのは流石にタイミングが悪すぎる。少なくとも今回の出征が終わった後に相談しよう。叛徒たちがパランディア星域で待ちかまえていたら、情報漏洩の可能性が更に高まるのだから。

 

 

宇宙暦741年 帝国暦430年 10月上旬

惑星オーディン ミヒャールゼン男爵邸

クリストフ・フォン・ミヒャールゼン

 

「良いネタを頂き、ありがとうございました。おかげで狙い通り、きれいに踊ってくれました。これも閣下のお力添えのお陰です」

 

「何を言うか。良い素材が一流の料理になるには一流の料理人が必要だ。卿の差配は見事だった。良い素材を用意した甲斐があったと言う物よ」

 

お互いにワイングラスを傾けながら、称賛しあう。ジークマイスター提督は依頼に十分以上に応えてくだされた。そして目の前の同志も、それを最大限に活用してくれた。苦労した甲斐はあったが、ここまで思い通りに踊られると、逆に気味が悪くもある。自分たちの出征が決まった途端に同盟の内部情報、それも自分たちに有利になる情報が流れれば普通は警戒しても良い気がするのだが......。

 

「既に訓練や装備更新の費用が私的流用された証拠や、その資金が一部の門閥貴族に流れた証拠も押さえました。いつもの方法で届くように手配しております。閣下に活かしていただければ......」

 

「相変わらず手抜かりがないな。宜しい、今度は私が腕によりをかける事としよう」

 

そう言いながら添えられていたチーズを口に運ぶ。掌で踊る連中を想いながら飲むワインは格別だった。敗戦直後に自然な流れでケルトリング軍務尚書の手元に届く形にしてみるか?次男まで失っていれば、軍を割って派閥争いをした連中が更に汚職をしていたとなればどう反応するか?

 

どうせなら同時期に政府系にも流した方が効果的か?正規艦隊の再編をする以上、政府系に強くは出れない。門閥貴族を疎ましく思っているのは政府系も同様だ。その方が面白いかもしれない。

 

「閣下、本日は暇乞いもかねて参りました。同志としての日々は私の生活に輝きをもたらしてくれました。ただ、ローエングラム伯爵家への復讐が終わった後に、現状の意欲を維持できるか不安なのです。そんな状況で失態を犯す訳にも参りません。大敗の罪を償う名目で自裁しようと思います」

 

「急に何を言うのだ?卿にはこれからも働いてもらいたいと思っていたのだが......」

 

「庶子とは言え、大敗の責任者の縁者ともなれば、これまで通りにお役に立てるかも怪しいでしょう。それに私が自裁すれば、処分の基準にもなります。塵芥のように思っていた存在の命ひとつで門閥貴族たちを苦境に追い込めるのです。これ以上の命の使い道はありますまい」

 

「そこまで言うなら何も言えぬ。ただ、どうせなら卿も供にあのワインを味わってほしかった。これは私の本心でもある」

 

「そう言って頂けるだけで本望です。願わくば、私の死も閣下に活用いただきたく」

 

「勿論だ。もみ消しも断固阻止するし、爵位だけで人を計る連中をしっかり苦しめてやるつもりだ」

 

この男は確かに優秀だった。いや優秀過ぎたのだ。罪を償うと自主的に自裁するような人物が、反帝国活動をしていたとは思うまい。それに大罪を犯した嫡男を庶子とは言え兄が命で償う。ローエングラム伯爵家を潰し、命を奪い、そして名誉まで奪い去るか......。そんな事をしてのける逸材が、活躍の場を得られない帝国の有り様に改めて是正の必要性を感じてしまう。

 

もしマンフレート2世の治世が続いていたら、ローエングラム伯爵家を継ぐことは出来なかったかもしれないが、いずれかの省で辣腕を振るい、能臣としての名声を得ていた未来もあったかもしれないのだから。私は黙って彼のグラスにワインを注ぐ。覚悟を決めた以上、生前に会うのはこれが最後。そう思うと、ジークマイスター提督と別れの前にワインを飲んだ事を思い出す。

 

この先も、私はこういう別れを繰り返していくのだろうか?爵位や血に捕らわれない実力主義での任用。不条理な有り方の是正。必要なことだと思いつつ、その為に同志たちが命を捨てる必要があるとしたら、この世はなんと不条理なのだろう。ワインを注ぎながら、私はそんな事を考えていた。




帝国の反応回でした。原作では触れられていないので、ほぼフリーハンドなのですが、730年マフィアのチートで片づけるよりは味がある感じで進められているかなとも感じています。では!明日!

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