カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第75話 斜線陣(ドラゴニア会戦)

宇宙暦742年 帝国暦433年 2月中旬

パランティア星域への航路上 小惑星ドラゴニア付近

ケルトリング中将(軍務尚書の次男)

 

『叛徒どもは4個艦隊。こちらの方が2万隻近く多い。大軍に兵法なし、このまま押しつぶすのが良いのではないか?』

 

『ここでもたついては増援が来かねません。叛徒どもは戦力予想を過少に見積もっていたのでしょう。そもそも5個艦隊での侵攻など近年ありませんでしたからな』

 

アルレスハイム星域を抜け、パランデティア星域への航路上にある小惑星ドラゴニア付近に差し掛かった時、4個艦隊程度の叛乱軍がレーダーに映った。そこで一旦進軍を停止し、策を協議するために艦隊司令の旗艦を繋いでの会議が始まった所だ。口火を切ったのがエーレンベルク中将だ。それに賛同する様にフォーゲル中将が続く。叛徒達の戦力は約6万。こちらは8万隻を超える。確かにお二人の言う通り、本当に遭遇戦なら押し切ってしまえばよい。

 

「小官は叛徒どもが遊弋している位置が気にかかります。パランティア方面から進出するなら、あの位置は通常通らないはずです。総司令もそれを気にされたのでは?」

 

小惑星ドラゴニアは天頂方向から見て時計回りに自転をしている。アルレスハイム側から進出するなら右舷を、パランティア側から進出したなら左舷を通過し、スイングバイで加速をするのが本来の航路だ。だが、叛徒どもが遊弋しているポイントは、本来アルレスハイム側から進攻した際に加速を開始するポイントだ。このまま帝国軍が進攻すれば、自転の影響もあって効果的な突撃を実行可能だ。わざわざそんな優位を与えるほど、叛徒たちは素人の集団ではないだろう。

 

『ケルトリング中将の懸念も理解できるが、叛徒たちはここで足止めしたいのではないかな?加速に最適なポイントを押さえておけば我らは奴らを無視する事は出来ない。増援を待つつもりなのか?それとも別動隊がパランティア星系を攻めているのかは判断に迷うが......』

 

『ならば尚更先手を打たねば。増援が来る前に優位を活かして撃破すればよい。パランティア星系が攻められているとしても、残存艦隊で十分対応できるはずだ』

 

『ローエングラム伯、好機を逃す訳には参りませんぞ。我々には勝利する義務がある事を忘れてはなりません』

 

クラ-ゼン提督が私の懸念に応じて意見を出したが、エーレンベルク・フォーゲル両提督は、むしろ各個撃破の好機と捉えたようだ。本当に各個撃破の好機なら、会議をしている時間すら惜しい。本当に好機ならだが.....。

 

『分かった、ここは各個撃破の好機と捉えよう。我々には勝利が義務付けられている。機会を逃す訳にはいかない』

 

総司令のローエングラム伯が決断された。ドラゴニア寄りの右翼からクラ-ゼン・私・総司令・エーレンベルク・フォーゲルの順に艦列を整えながら前進を始める。独立艦隊は予備として中央後方に控える。

 

「それにしても妙な布陣だな」

 

お互いに長距離ビームの最大射程に入ったが、叛徒たちは距離を少しづつ縮めながらも後退している。そしてクラ-ゼン艦隊が対する敵左翼を先頭に、斜線陣を取っている。ドラゴニアの影響がどんどん強くなり、こちらの艦列は乱れがちだが、あちらの艦列は見事に維持されている。

 

「叛徒どもめ、何を企んでいる......」

 

罠の存在は確信に変わりつつあるがいつ来るのが分からない不安が脳裏を侵食していく。

 

「まだか.....。まだか......」

 

周囲には聞こえないように呟きながら戦況を見守る事90分。丁度帝国軍の右翼がドラゴニアに最接近した所で、この答えが明らかになった。

 

『エネルギー反応が一気に増加しています。砲撃。来ます』

 

オペレーターの警告と共に叛徒たちの猛撃が開始された。自転の影響で背中を押され前のめりになっていた前衛部隊がかなりの被害を受けている。

 

「臆するな。撃たれたら打ち返せ!こちらの優勢は変らぬ」

 

これが狙いか?確かに手痛い損害を受けたが、こちらの優勢を覆す程ではない。このまま押し切れる。そう判断した時に、戦術モニターに映る叛徒どもの艦隊に新たな動きがあった。

 

『これは.....。敵最左翼が戦線から後退、その穴を埋める様に全艦隊が左翼に向けて突撃を開始しています』

 

「敵の狙いはこれか!小惑星をうまく使っている。だがそれだけで数的不利を覆せると思ったら大間違いだ。光るものがあるのは認めるがな」

 

小惑星ドラゴニアをうまく使い、叛徒どもは安全地帯を意図的に作り出した。帝国軍右翼のクラ-ゼン艦隊はドラゴニアに近すぎてこれ以上戦線を広げられない。それに対して、叛徒どもの位置なら自転を利用してスイングバイが可能だ。加速した叛徒は艦列を整えて最右翼に回る。戦力の展開を制限された帝国軍は、叛徒どもの艦列に削り取られる様に撃ち減らされている。

 

『総司令部より入電。叛徒の艦隊機動に正対、左舷45度回頭せよ』

 

「オペレーター、総司令部につないでくれ」

 

確かにこのままではこちらの損害も大きい。だが、予備戦力を左翼後方から迂回させれば叛徒たちの艦隊運動を断ち切れる。ここは上申すべきだ。

 

『総司令部とつながりました。どうぞ』

 

「ローエングラム伯、戦闘中の上申をお許しください。敵の思惑に応じる必要はありません。予備兵力を左翼後方から迂回させ、艦隊運動の起点を断てば我々の勝利です」

 

『ケルトリング中将、戦術モニターをよく見たまえ。最左翼のフォーゲル艦隊の損害が著しい。このままでは左翼から押し込まれ、半包囲されかねない状況だ。予備戦力はフォーゲル艦隊の援護に出さざるを得ない』

 

馬鹿な。いくら突撃の起点とは言え、なぜこうも損害が出ているのか?それとも総司令が言われた通り、左翼を押し込んでドラゴニアに押し込む形で半包囲するのが目的なのか?戦術モニターに視線を向けているうちに、予備戦力がフォーゲル艦隊の援護に向かう様子が映し出される。

 

『気づいたことがあればいつでも上申してくれ。フォーゲルがもう少し持ちこたえてくれればな......』

 

そう応じて通信が切られた。フォーゲル中将は一定水準の能力をお持ちだ。どうしてこうも損害に差が出る。なぜ攻撃の勢いが衰えない。帝国軍左翼への砲撃の密度は濃い。損害を考えればミサイルも撃ちまくっているはずだ。帝国と叛徒どもが使う艦型にそこまでの大きさの違いはない。補給を受けなければこんな戦い方は維持できるはずがない。

 

「まさか、後退した部隊は補給を受けてから左翼に回っているのか?」

 

その答えを得たのは30分後。猛撃を受け続けた帝国軍左翼は援護に入った独立艦隊を含めてもかなり撃ち減らされていた。叛徒どもは何かしらの方法で補給を受けているのは明らかだ。

 

 

宇宙暦742年 帝国暦433年 2月中旬

小惑星ドラゴニア付近 メンテナンス部隊 指令艦

アレクサンデル・ビュコック(一等兵)

 

「無心だ。集中しろ。余計なことは考えるな......」

 

そう呟きながら、俺は自分のオペレーター席で文字通り奮闘していた。これを経験したら受験勉強なんて楽勝だ。メンテナンスを開始して既に2時間。分艦隊は一巡したが、どんどん減っていくミサイルの残弾数、埋まっていく重傷者収容枠。実戦を正直甘く見ていた。戦死の可能性は旗艦より確かに低かった。でも、艦橋でモニター越しに敵味方の戦闘艦が光点になるのを見るより、戦争を肌で実感できる。

 

『いいかアレク。実戦は訓練とは少し違う。だから訓練でやった事をミスなくこなすのが大事だ。色んなことを感じるだろうが、それに負けるな。負けそうになったら無心になるんだ。そして任務をこなす。お前なら大丈夫さ』

 

そう言ってくれたエイポーン軍曹をメンテナンスの合間に探したが、姿が見えなかった。その時になって、重傷者管理の為に他の部屋で指示を出すと軍曹が言っていたのを思い出した。そんな事を忘れるほど、無心でモニターと向き合っていたのだ。

 

軍曹が言っていた事は本当だった。戦力的に劣勢な同盟軍が曲がりなりにも帝国軍を抑え込めているのは、ドラゴニアを活かした戦列形成とメンテナンス部隊の補給のおかけだ。ミサイルの残弾数でどれだけ撃ちまくっているかがわかる。そして、重傷者数の増え方から、短距離で撃ち合っている事も。そうこうしているうちにモニターに艦名が次々に表示され始める。その中に『長門』を発見した。良かった。提督はご無事だ。

 

「無心だ。集中しろ。余計なことは考えるな......」

 

そう言い聞かせながら、タッチペンで『長門』の項目に触れ、メンテナンスを担当する艦をクリックする。建前じゃなかった。今、俺はターナー提督の命を預かっている。そして一つひとつの指示が命に係わるんだ。

 

「無心だ。集中しろ。余計なことは考えるな......」

 

もしかしたら『ハードラック』や『ルーガイラン』、『ヴィヴァスヴァット』もあっただろうか?そんな事が頭をよぎったが、また自分に無心になれと言い聞かす。担当するメンテナンス艦の残弾数がほとんどなくなり、収容枠も余裕がない.....。

 

「どうする.....。どうすれば良い......」

 

食い入るようにモニターを見つめ、出来る事がなくなったと絶望しかけた時。

 

『うぉぉぉ!勝ったぞ!!』

 

と歓声が上がった。そこでようやく俺は同盟軍が勝利した事に気づいた。

 

「おうアレク。キッチリ任務を果たしたようだな。お疲れさん」

 

どこからともなく現れたエイポーン軍曹は、いつもと変わった様子もなく明るく声をかけて来た。軍曹が手渡してくれた官給品の紅茶を一息で飲み干し、お代わりを飲もうと席を立った時に気が付いた、自分の腰が抜けていて歩けない事に.....。

 

こんな時は深呼吸だ。そして数を数える。2.....。4.....。5.....。8.....。9.....。11.....。そして13。よし落ち着いた。すぐに損害速報を呼びだして目を通す。少なくとも艦隊旗艦は無事なようだ。

 

「ふぅ......」

 

そこまでして、ようやく初陣と言って良いのか分からないけど、勝利を経験した喜びのような妙な感情が湧きだしてきた。

 

「うぉぉぉ!」

 

その感情が抑えられなくてみんなとふた呼吸は遅れて雄たけびを上げた。そんな俺をエイポーン軍曹を始め、みんな温かい表情で見てくる。その表情から何かを感じとるには俺はまだまだ新米だった。彼らの表情が、童貞を捨てた後輩を見る者だった事を知るのは、もう少し先になる。

 

戦闘に勝利してからも忙しい。自軍も含めた救援活動、負傷者の後送、捕虜の収容。結局割り当てられたベッドに潜り込めたのはこの時から12時間後だった。でもそれで良かったんだと思う。あの後すぐに寝ようとしても興奮して寝れなかっただろうから。こうして、俺の初陣らしきものは幕を閉じた。

 




という訳でアレクの初陣が嵐のように過ぎ去りました。ドラゴニアの設定はオリジナルです。また、決定的な勝因は次話で明らかになります。そのまま書くつもりでしたが、折角なので少し味を変えてみます。斜線陣もある意味銀英伝の味なので、活かせていれば嬉しいです。

明日は老提督との邂逅とは違った年代にジャンプします。お付き合い頂ければ嬉しいです。某皇女戦記の様に解説図作りたかったんだけど、良い感じに出来なくて断念しました。では!明日!

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