カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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章末お約束の老提督との邂逅です。年代がジャンプするのでご留意ください。

     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生
宇宙暦788 老提督との邂逅 ←ここ


第77話 老提督との邂逅:僚友(後編)

宇宙暦788年 帝国暦479年 10月末

惑星テルヌーゼン ローザス邸

ヤン・ウェンリー(少佐)

 

「さて、次はウォーリックとコープの話をしよう。正直、個人的にも彼らには複雑な思いがある。誤解してほしくないのだが、悪い意味ではない。私自身は士官学校に入る前から、同世代の才能達の潤滑油足らんと志していた。そして実際に輝く才能たちと行動を共にすることで予想外の栄達がなったわけだ」

 

一呼吸置くように2つのカップにお代わりを注いてから、ローザス提督は話を再開した。ウォーリック元帥とコープ元帥は、士官学校の成績も優秀だし、なんでも器用にこなす印象が強い。特にウォーリック元帥の多彩な趣味は、軍一辺倒になりやすい軍人に趣味を持てという意味を込めて、今でもエピソードが語られることも多い。

 

「経歴を見る限り、お二人とも私が言うのは失礼かもしれませんが、控えめに言っても優秀な方だと思いますが......」

 

「その通りだ。前線で兵を率いて良く、作戦家としての資質も持ち合わせていた。軍政面でも優秀だった。なんでもこなせる2人を、当初は羨ましく思ったこともある。だが、ちょうどドラゴニア会戦が終わった時期から別の考えが頭をよぎる様になった」

 

そこで言葉を区切り、少し考えこむような素振りをされる。発言をせかす必要もない。私は注がれたばかりの紅茶のカップを手に取り、再びシロン産の良い香りを楽しむ。暗黙の了解で嗜好品は持ちこむ事は可能なのだが、任官したての若造がシロン産の紅茶を持ち込むのは気が引けた。官舎には常備しているが、飲む方は得意なのだが、淹れる方はからっきしの私にとって、確かな淹れ方で紅茶を飲むのは久しぶりでもあった。

 

「なんと評すべきか.....。ドラゴニア会戦の勝利でアッシュビーが宇宙艦隊司令長官となった際、こう思ったのだ。戦略はターナー、戦術はアッシュビー、軍政はファン、兵からの人気ではジャスパーとヴィットリオが双璧だった。なんでもこなせながら、第一人者になれずにいる彼らには複雑な思いを抱き始めていた。何といえば良いのか?少なくとも生まれる時代が少し違えば、彼らは第一人者になれる能力も、気概もあったはずだからね」

 

言葉を区切りながらも提督が紡ぎ出した言葉は、ある意味的を得ていると思う。第二次ティアマト会戦で勝利し、帝国の脅威がひと段落した後、真っ先に軍を退役して政界に活躍の場を移したのが彼らだ。ウォーリック元帥は国防委員会へ、コープ元帥は法秩序委員会へ圧倒的な大差で当選した後に歩みを進めた。

 

「私個人は、730年マフィアの中で、お二人が政界に活躍の場を移した事は、結果として良かったと思っています。増大する一方だった国防費に初めてメスが入れられ、警察組織も防諜体制に一役買うようになりました」

 

「そうだな。あのときは『とうとう軍だけじゃなく政界まで730年マフィアが牛耳るのか』と心無い非難もあったが、きちんと成果を評価してもらえたことを、彼らも喜んでいるだろう」

 

同盟市民10億人あたり一個正規艦隊を整備する。その方針に最初に待ったをかけたのはターナー元帥だ。彼はドラゴニア会戦の数年前から、艦隊数ではなく装備更新を重視する主旨の上申を行っている。実際、730年マフィアの活躍を支えた要素のひとつに、旗下の艦隊が最新鋭の装備で整えられていた事を上げる評論家も多い。

 

「一応、これでもヤン商会の長男ですから.....。父から経済的な指導は幼い頃から受けていましたから......」

 

「そうか。少佐も軌道エレベーターの契約に連れ出されたんだったな。あれは些かやりすぎな感はあったが、経済界で重視された慣習でもあった。誰にどの押印を任せるか、ターナーが悩んでいたのを思い出す」

 

ハイネセンで既に運用が開始された軌道エレベーター。フェザーンの物を参考に設計されたが、軍事利用も踏まえた独自改良もされている。事業計画が動き出したとき、私はまだ10歳にもなっていなかった。当たり前のように利用している軌道エレベーターの完成がたった10年前だと思うと、意外な気持ちがする。もっと以前からあっても良い気がするのも確かだ。

 

「残念ながら私は経済界には進みませんでした。押印仲間たちには申し訳ない気もします」

 

「それを気にする必要はないさ。あれは子供の成功を願う親の為の儀式だ。それにウォーリックもコープも軍人として成功をおさめたからこそ、大きな方針転換となる決断を推進する影響力を確保できた。それに倣えとは言わんが、気になるなら将来なにかしら国益に寄与すれば良いだけだろう。それにウルヴァシーで400万人の民間人を救ったのだ。それで十分な気もするが......」

 

「やめてください。あれは何と申しますか.....。とにかく運がよかったのです」

 

私の反応が面白かったのか?提督は少し嬉し気に紅茶を飲まれている。提督の言われた通り、国防費にメスを入れたウォーリック元帥は、正規艦隊を既存の13個艦隊に制限し、新型艦への更新も3個艦隊に限定した。その上で、膨大な開発費がペイ出来ない事を懸念した軍需産業へ配慮して軍との共同開発を条件に研究開発費を大幅に増額した。

 

これによって5年周期で3個艦隊の装備が更新されることになる。巨額の研究開発費が注ぎ込まれたことで、今までとん挫していた多くのプロジェクトが動き出した。そこで得られた新技術が惜しみなく使われた新型艦は、性能と共に価格も高騰するが、戦力としての宇宙艦隊の密度を高めた点で、予算の使い方としては最適だった。13個艦隊全てを装備更新していたら、ここまで研究開発が進むことはなかっただろう。

 

「コープの法秩序委員長就任の時も色々な声があったが、成果が出たときは自分の事のように嬉しかったな」

 

警察を防諜体制に組み込む政策は、一歩間違うと秘密警察の登場を想起させ、計画段階から反対の声があったのも事実だ。だが、計画が実行された直後に、言論の自由を標榜していたコメンテーターや文化人がフェザーンから不明瞭な資金提供を受けていたことが明らかになり、最初の摘発対象となった。その後も、辺境の小惑星に作られた麻薬精錬施設や、第一次産業がメインだった地方星系でのフェザーン工作員の逮捕劇などの活躍が大々的に広報されると、反対の声は鳴りを潜めた。

 

『法秩序委員会と協力しつつ取り組んでいる防諜体制の確立は、ある意味で国防の最前線だ。考えてみて欲しい。我が軍の最新戦艦の設計図がフェザーンに盗まれ、帝国軍に活用されたらどうなるかを。市民の皆さんの長年の努力を無駄にしてはならない!』

 

国防委員長になった所信表明演説でウォーリック委員長はこう述べた。そして秘密警察にならないよう、最高評議会議長、財務委員長、国防委員長、法秩序委員長、そして統合作戦本部長の5名に報告を義務付けた事も併せて公表した。市民たちは防諜活動に一定の歯止めがかかった事に安心したし、これ以降、防諜機関の注意人物リストに載る事が一流ジャーナリストの証という風潮が言論界に生まれるのだから面白い。

 

『成功者は妬まれて普通。本物はそう言う連中も味方にするものさ』

 

あれは士官学校に合格した事を報告しに、父さんと一緒に彼が所有する蒸留所を訪れた時に言われた言葉だったか.....。

 

『タイロンからしたらうまい酒でも飲まないとやってられないだろう。候補生なら一人前扱いしてやろう。今度ジークマイスターと言う銘で売り出すウイスキーも用意した』

 

そう言って年代物のウイスキーやブランデーを飲ませてくれた。やけに美味しいチーズにソーセージ。初めて二日酔いになったのもあの時だ。そうか、ジークマイスター室長の名前を、彼はこういう形で遺そうとしたんだな。なぜ忘れていたんだろう。

 

『二日酔いか。ウェンリー、二日酔いの時にしか飲めない酒がある。それは迎え酒だ』

 

そう言いながら、シロン産の紅茶にブランデーを少し垂らしたものを出してくれたっけ.....。そんな思い出が、ふと頭をよぎった。良い紅茶の香りとブランデーの香りのハーモニーはなんとも魅惑的だ。あれ以来、紅茶にブランデーを少し垂らすのが私のお気に入りになった。

 

「さて、残るはターナーとアッシュビーだが、もう夕暮れ時だ。それに色々思い出した事もあり、私も一度整理したい。続きはまたの機会でもよいかな?」

 

「申し訳ありません。楽しい時間はあっという間に過ぎると申しますが、本来なら私から気づくべきでした」

 

書斎の窓から刺す光は、既に夕暮れ時の物になっている。楽しい時間に夢中になってしまうのは私の悪い癖だ。

 

「レイチェルがダスティ君を呼ぶといっていた。声をかけてくるから寛いていてくれ」

 

提督はそう言うと、書斎を出て行った。恐れ多い気もするが、こういう時に素直に甘えないと、退役軍人のお歴々は逆に気を悪くする。『年寄り扱いするな!』ってよく言われたものだ。憧れの書斎の雰囲気に浸っていると、

 

『コンコン、コンコン』

 

とノックがされる。それに応じると

 

「ウェンリーさん。ダスティはもう到着しているわ。私と話し込んでいたの。待たせてしまってごめんなさい」

 

「いいんだよレイチェル。私も楽しい時間の余韻に浸っていたからね」

 

そう応じると名残惜しい気持ちを押し殺して席を立ち、階下に向かう。提督の孫娘のレイチェル嬢とは何回か面識がある。距離感の近さが特徴的で、テルヌーゼン市立経大に在籍している。ご両親はハイネセンで働いていたはずだ。

 

「ウェンリーさんからも一度ダスティに注意してくれません?マフィアの身内同士ならともかく、教官相手に偽悪主義を貫くなんてバカみたい。もうすぐ卒業なのに、眼を付けられた教官の旗下になったら割を食うのはあいつなのに......」

 

「親父さんに似たのかなあ。ほら、あいつの親父さんは有名なジャーナリストだし、士官学校で非推奨の文庫を回し読む会で会長をやっていたはずだし......」

 

「そんな事までしてるんですか?あいつの事だがら活動に夢中になって自分はそんなに読んでないのが目に浮かびます」

 

レイチェル、あんまり婚約者を見透かしちゃだめだ。アッテンボロー、ちゃんと援護できなくてごめん。彼女が言ったマフィアとは、730年マフィアの面々が軸になり縁をもった人間が非公式に作った組織の呼称だ。家族ぐるみの付き合いをしていた彼らの子弟は、その後も縁を大切にした。父のタイロンも初期からのメンバーだ。

 

彼らは年に数回、一堂に会する場を設け、そこにこれはと思う人物を連れてくる。経済界や官僚、そして軍に散らばった独自の人脈で影響力を維持している。ターナー元帥旗下で参謀長をつとめたアッテンボローの曾祖父が、初代事務総長だったはずだ。もともとは休暇の際に前線に残した僚友達を気遣い、僚友の家族も集めてバーベキューやキャンプをしたことがきっかけだと言うから、本人たちもびっくりだろう。

 

「ターナーさんとタイロンさんから毎年貰っている花束に免じて、何も聞かなかった事にするわ。その代わり、私達に娘ができたら、ウェンリーさんも宜しくね」

 

「ちゃっかりしているなあ」

 

マフィアの中で特徴なのは、特に親しい間柄の子弟の誕生日にシルバーカトラリーを贈り合う事、そして女性には花束を、男性には成人の際に生まれ年のワインや、年代物のウイスキーやブランデーで祝う。会場はターナー商会の蒸留所が最上とされる。年代物の酒の分野はターナー商会の独壇場だから無理もない。そう言う意味では少し早かったが私も彼直々に祝ってもらったことになる。そして母や妹の誕生日に大量の花束が届くのも我が家の風物詩だった。

 

「初めはきれいなお花が毎年届くのが嬉しいと思っていたわ。確か10歳の誕生日だったかな。カークさん直筆のカードが付いていたの。『外見はこの花のように美しく、内面はこの花以上に美しく』ってね。帝国の文化に詳しい友達に聞いたら、『花を贈られた分、女性は美しくなる』って文化もあるんですって。どうせならそう言う感動を娘にもして欲しいじゃない」

 

そんな事を話しながら階下を目指す。

 

「先輩、任務お疲れさまです」

 

「アッテンボロー、世話になるね」

 

「いいんですよ。俺も先輩と話したかったですから。レイチェルまたな」

 

「はいはい。ウェンリーさん、また来てくださいね。祖父は久しぶりに長時間話したからか、サロンで眠ってしまったみたいで」

 

レイチェル嬢に見送られながらローザス邸を後にする。アッテンボローの先導で自動運転車に乗り込んだ。

 

「おっ。メンテナンスが終わったんだね」

 

「ええ。メンテナンスに出した専門業者からは売却を検討する際は必ず連絡をくれって念を押されましたよ。そんなに良い物なんですか?」

 

「ファイン社の特注モデル。自動巻きの腕時計。もともとターナー元帥が旗下の将校の退役の際に贈る為に作らせたんだ。シリアルナンバーが刻印されていて、誰に贈ったかもファイン社に写しがある。この宇宙に1000本しかないモデルだ。エルファシルとウルヴァシーに士官学校が新設される際に、その為のチャリティーオークションに一本だけ出されたんだ。その時の落札価格が30万ディナールだったかな」

 

「うーん。それを聞くと常用するのは気が引けますね。母さんが『軍人になったのはお前だけだから、爺さんの形見を付けて欲しい』って言っていたんですが......」

 

「アッテンボロー中将は歴代の第13艦隊の参謀長の中でも、ご意見番的な存在で、ターナー元帥からも一目置かれていたといわれる存在だ。そんな曾祖父所縁の品なんだ。身に着けてあげた方が良いと思うよ。少なくとも盗品として捌けるような品物じゃないし」

 

ちなみにこの時計を頼み込んで手に入れた父さんは、更に当時は解隊していた第111強行偵察大隊のワッペンを模した刻印を作り、自分の物をカスタマイズした。さらにファイン社に依頼して、当時存命だった旧第111強行偵察大隊の元所属隊員49名に、同じように腕時計を贈った。エレングランマや既に鬼籍に入ったが、ハドソングランパはどちらも所持していたはずだ。

 

そして、士官学校が新設されたことで、指導役として在籍していた生徒の6割が異動し、同時に戦史研究科の廃止が決定された。文科系の教育予算も充実しつつあり、歴史研究は記念大と自治大に任せる判断が下りた訳だ。そこから私の人生は予期せぬ方向へ動き出す事になる。

 

「それにしても詳しいですね。やっぱりタイロンさんの影響ですか?」

 

「うーん。私はそこまでじゃないよ。部隊のワッペンの善し悪しなんて私には分からない。商船に乗りながら各地の駐留部隊のワッペンを買い漁っているからねえ」

 

父のワッペン好きは退役軍人の間でも評判だ。時間が許す限り自分たちの英雄談を笑顔で聞き、所属した部隊のワッペンをきれいにファイリングしている父は、いつの間にか退役軍人会の名誉会員に納まっている。

 

「でもよかったのか?アッテンボロー。折角ならレイチェル嬢と夕食を取りたかったんじゃ?」

 

「あいつの美点は世話好きですが世話を焼き過ぎないことです。それにローザス提督の薫陶もあって、『男同士の付き合い』って奴にも寛容ですよ。それに報酬を伴わない関係は長続きしない。ちゃんと報酬を貰ってこいと、うちの司令官から指示もでてます」

 

「やれやれ。なら帝国亭が良いかな?久しぶりに本店の味を楽しみたいし」

 

「そう言うと思って予約してあります」

 

どうやら私よりアッテンボローの方が出世しそうだな。帝国亭へ進んでいく車の中で、私はそんなことを考えていた。




章末のお約束でした。小出しにネタ晴らしみたいなものを散らしていきます。18時にこちらもお馴染みの人物紹介を公開します。

章末恒例のクレクレの時間ですが、大枠は最終話まで見えたので、頑張って執筆しています。ただ......。残暑とかでノーマンも打ちのめされています。残暑見舞い(評価)があれば、もっと頑張れるのは間違いない。残暑見舞いください!では!明日!

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