カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


決戦  宇宙暦742~745年
第78話 ターナー邸とタイロン


宇宙暦742年 帝国暦433年 3月中旬

惑星テルヌーゼン ターナー邸

アレクサンドル・ビュコック

 

「ねえアレク。ほんとにここで合ってる?」

 

「うん。間違いないと思うけど......」

 

士官学校に合格した嬉しさは、初陣への緊張でそんなに噛みしめる余裕がなかった。そのままドラゴニア会戦に参加して勝利の余韻に浸ったと思ったらバーラト星系へ移動を始める時期になっていた。

 

『士官学校に合格したんだから初陣は卒業してからでも良いんじゃないか?』

 

何気なくターナー提督はそうおっしゃったが、新兵訓練の同期も参戦するし、何よりターナー提督を始め、エルファシルの第3駐留基地の上層部の皆さまには良くしてもらった。そんな状況で自分だけ後方に下がる判断は出来なかった。

 

『アレクって世渡り下手よね。でもすんなり後方に下がっていたらそれはそれで見損なったかも』

 

俺の判断を受けて一緒にバーラト星系にやって来たサラはそう応じた。姉ちゃんが知ったら怒るかもしれないけど、父ちゃんやデニスさんは褒めてくれると思う。それに士官学校に合格できたのは半分はサラのおかげだ。よくわからないけど見損なわれる様な判断をしなくて良かったと思う。

 

『初陣祝いだ。士官学校に入学したら多少の小遣いは支給されるが、応援してくれたサラにちゃんと恩返ししろよ』

 

エルファシルの歓楽街にある有名なテーラーに連れていかれ、礼服とスーツ一式を新調した時、提督からは餞別として5万ディナールが入金された北極星銀行の通帳を渡された。正直スーツの支払いも提督が持ってくれたし、どうしたものかと悩んだ。

 

『こういう時は年長者に恥をかかせるな。あと恩に着るならデニスさんにな。俺もあの人から重機の扱い方を習ったんだ。そのお陰でだいぶ家計を助けられた。多少は恩返ししておかないと、オチオチ再会も出来ないからな』

 

肩を組まれてそう言われては受け取るしかなかった。どこかのタイミングでサラへの恩返しに何かしようと思ったけど、ハイネセンからテルヌーゼン行きのシャトルの乗り継ぎは時間の余裕もなく、カバンを持つくらいしか出来なかった。そしてテルヌーゼンに到着し、自動運転タクシーに乗り込んで、目的地らしき場所で降りた所だ。確かに表札には『ターナー』って出てるけど、やけに広い敷地にドラマに出てくるような豪邸が庭の先に見える。間違いないと思うけど、呼び鈴を押すには妙なプレッシャーを感じる。

 

「もし、ビュコック様とコナー様でしょうか?」

 

俺達が門扉付近でまごついていると、お手伝いさんらしき女性が声をかけてくれた。

 

「そうです。私がコナー。こっちがビュコックなんですが、話に聞いていた以上のお家で気後れしてしまって......」

 

「いえいえ。私も初めて伺ったときは同じように気後れいたしました。その気持ちはわかります」

 

そう言いながら先導してくれる彼女に、サラの荷物も抱えながらついていく。青々とした芝生にガーデニングって奴だろう。所々に花が植えられているのが目に入る。そのままロータリーを越えて玄関に入る。提督は何社かの企業のオーナーだとも聞いていたけど、ここまでとは思わなかった。

 

「奥様、ビュコック様とコナー様がお着きになりましたよ」

 

「長旅ご苦労様でした。夫がお世話になっております。妻のクリスティンです」

 

お手伝いさんが声をかけると730年マフィアの特集番組に映っていたクリスティン夫人が奥から現れ、挨拶をしてくれた。

 

「アレクサンドル・ビュコックであります。提督にはいつも良くして頂いております」

 

「サラ・コナーです。母が提督にお世話になっております。私も勉強を見て頂きました。こちらこそお世話になります」

 

「ご丁寧にありがとう。長男と長女は中等学校なの。次男のヴェルナーです。ヴェルナー?ご挨拶を」

 

「ヴェルナー・ターナーです」

 

そう言いながらペコリとお辞儀をするヴェルナー君を見て、俺はピンときた。サラに視線を向けると彼女も気づいたようだ。一時期、同盟で一番有名になったアッシュビー提督が抱いていたのがこの子だ。一部のゴシップ紙が隠し子説まで報じてたっけ。

 

「ヴェルナー君よろしくね。私の事はサラって呼んでね。これからよろしく」

 

そう言いながらしゃがんで頭を撫でるサラ。もともと弟が欲しいって言ってたからな。面倒見の良い彼女にとってヴェルナー君はアイドルのように映っているんだろう。

 

「サラさんとビュコック君の部屋は2階に用意してあるの。部屋に荷物を解いたら少しゆっくりしていて頂戴。足りないものもあるだろうから、少ししたら買い物に行きましょう。ビュコック君も入学式までだけど、寛いでね」

 

そう言いながらヴェルナー君の手を引いて廊下を進み、階段の方へ先導してくれるクリスティンさん。慌てて俺達もついていく。広めの階段を上がり、右手に進むと、ドアが4つ並んでいる。

 

「一番奥をサラさん、その手前をビュコック君が使ってね。将官の家だから防犯システムはあるんだけど慣れない場所ですから。ビュコック君がエスコートしてあげてね」

 

「はい。勿論です。あと私の事はアレクとお呼びください。提督からもそう呼んで頂いておりますので......」

 

「アレク~」

 

「あらあら。ではアレク君と呼ばせてもらうわね。何か足りない物があったら遠慮なくおっしゃってくださいね」

 

そう言いながら2つのドアを開けて軽く会釈すると、クリスティンさんはヴェルナー君を連れて階下に降りていく。まずはサラの部屋にカバンを運ぶ。大き目の窓から良い風が抜ける。ベッドの傍にカバンを置き、窓に近づくと広々とした庭が一望できた。

 

「ここで4年間お世話になるのか.....。慣れるまでが大変そう......」

 

「うん。提督は30歳で退役してビジネスの世界に戻るつもりだったって言ってたけど、ここまでとは思わなかったな......」

 

「ねえ、ベッドもふかふかだよ。座ってみたら?」

 

「おう」

 

そう言いながらベッドに大の字になっているサラの傍に腰かける。確かにふかふかだ。俺に割り当てられた部屋のベッドも同じものだろう。士官学校に入学してから寝ることになる寮はここまで快適なはずがない。半月位だけど半分バカンスだと割り切って慣れないようにしないと.....。

 

「アレク。私も頑張る!こんな豪邸は厳しいけど、せめてベッドは良い物を買えるようになりましょ」

 

「そうだな。こんなベッドで休めれば、トレーニングも増やせそうだし......」

 

そう言うとなぜか枕で頭を叩かれた。『この朴念仁.....』ってサラがつぶやいていた気もする。勉強を一緒にするようになってから、たまにこういう行動をサラはする。ただ、姉ちゃんや妹たちで女性は意味不明で偶に理不尽な事をするのは慣れているから気にはしない。

 

「んじゃ、俺も荷物おいてくる」

 

そう言い添えて、自分に割り当てられた部屋に向かう。サラの部屋と同じように整えられた部屋は、正直俺には勿体ない気もした。ふかふかのベッド。窓の傍にはシングル向けのテーブルセット。ベッドの傍にはデスクもある。20平米位かな。それにクローゼットもついている。

 

俺は着て来たスーツを脱いですこしラフ目な格好に着替えながらカバンから服を出してクローゼットにかけて行く。候補生の制服もしわが付かないように少しテンションをかけてからしまう。そうこうしているうちにそれなりの時間が過ぎていたようで、買い物の時間が来たようだ。

 

「やぁ。僕はヤン・タイロンだ。よろしく」

 

「アレクサンドル・ビュコックです」

 

「さすが士官学校合格者だ。良い体つきをしているね......」

 

そう言いながら、腕や肩を触ってくる黒髪黒瞳の男性に戸惑っていると、察してくれたのか

 

「すまないね。奇妙なご縁でテルヌーゼンに於ける後見人をクリスティンさんにお願いしているんだ。記念大の3年次に在籍しているんだよ。サラさんの先輩になるのかな?日頃お世話になっているから運転手役を引き受けたわけだ」

 

そう言いながら苦笑する彼は、どこか憎めない人柄だった。

 

「ほら。カーク兄さんは子供の頃に重機オペレーターをして稼いでいたって話だろ。だから私もそれに倣ってね。重機の免許を取ったのは良いんだが、やせ型だろ?一応細かい建材運びをもしないといけないんだが、筋肉痛で重機の操作が翌日覚束なくてね。親方に重機以外触るな!って呆れられたものさ」

 

そんな話で笑いを取りながら間を埋めてくれるタイロンさんは、今まで俺の周りにいないタイプだった。故郷のバラスでは男は舐められたら終わりって感じだったし、入隊してからもそれは同様だった。でも不思議なことに卑下する感じや媚を売る感じはない。多分虚勢を張る必要がないんだと思う。自然な自信があるし、記念大に合格する位だから、実際優秀だろうし.....。

 

提督の事を『兄さん』って呼ぶ理由も、なんでもない事の様に教えてくれた。タイロンさんの父親が提督の兄貴分で色々面倒を見てくれた方らしい。その方が若くして戦死して以来、父親と言うには年の近い提督が、父親と兄の間の様な関係を続けて来たそうだ。

 

「ターナー邸ではなるべく軍服や候補生の制服は着ない方が良いよ。730年マフィアの面々はプライベートでは軍服を着ないから」

 

そう教えてもらったのは、クリスティンさんとサラが女性向けの下着店に入って行った時の事だ。ミックスのソフトクリームを上機嫌で食べるヴェルナーを挟んでベンチでアイスティーを飲みながら話してくれた。

 

「実戦を経験した事が無い僕が言うのも何だけど、映画やドラマで表現される様な良いものじゃないんだろ?優しく接してくれた軍人さん達も誰も志願しろなんて言わなかった。その代わり、ビジネスで身を立てて、戦艦を買ってくれって言われたなぁ」

 

確かにそうだ。俺も自分の兄弟に志願して欲しいとは思わない。それに横で美味しそうにソフトクリームを食べるヴェルナーにも。俺は軍しか経験した事が無いけど、なんとなく世の中は役割分担なんだと思った。俺みたいなのが前線で戦う。タイロンさんの様なタイプが稼いで武器や補給物資を買ってくれる。書類仕事と同じようなものだ。

 

前線でビーム砲を撃つ人材だけじゃ戦争には勝てない。年の近いタイロンさんと、クリスティンさんの弟で、提督の義弟でもあるユルゲンさんは、軍だけしか知らない俺に、知らない世界を教えてくれる兄貴分になった。そして、フライングボール部のレギュラーだという提督の長男、シュテファン君とはトレーニング仲間となる。見知らぬテルヌーゼンに不安も感じていたが、急に兄や弟の様な存在が出来て、テルヌーゼンは俺にとって第二の故郷のような土地になるのだが、それはしばらく経ってからの事だった。




アレク君とタイロンの出会いでした。タイロンは原作比で7年早く生まれていますので実現したコラボですね。残暑見舞いも感謝です。
偶に飲む友人で、誕生日プレゼントを前後半年受付している子がいるんですがノーマンもそれに倣って秋......。と言わずに冬まで残暑見舞い受け付けようかな......。とも思いましたが、完走の時のご祝儀に取って置いている方もいると信じて、ゴールまでつまずかないように執筆を進めます。では!明日!

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