カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第79話 新たな懸念

宇宙暦742年 帝国暦433年 4月中旬

惑星エルファシル 第3駐留基地

カーク・ターナー

 

「随分派手な勝利宣言だったわね。母としても市民としても誇らしかったわ。政府も支持率が回復して一安心でしょうね。高度経済成長は維持できても、各星系に議席枠を振り分け直した影響で、辺境系の影響力が大きくなった。今後も難しい政局が続きそうね」

 

「引退されても何かと頼られるでしょうね。辺境系に議席割り当てを増やしたのは貴女だ。バーラト系でありながら辺境系にも発言力がある。バーラト系にも大きな影響力がある事を踏まえれば、何かと頼られるでしょうね。お疲れ様です」

 

ドラゴニア会戦が同盟軍の勝利に終わって2ヵ月。式典などはハイネセンで行なうが、エルファシルに帰還した時点でブルースをメインに勝利宣言を政府広報の後に続く形で行った。

 

『帝国軍の諸君、お前たちを叩きのめした人物はブルース・アッシュビーと730年マフィアだ。次に叩きのめす人物も俺達だ。同盟市民の諸君、帝国の圧政に同盟軍は決して屈しない!』

 

ブルースの発言は同盟中を駆け巡り、市民たちは拍手喝采を上げた。同盟中の機関誌の一面を飾った以上、フェザーンを通じて帝国にも流れるだろう。

 

「それで?確認の為にあそこまで派手にした意図を確認させてもらえるかしら?気が早い支援者はブルースが政界に来るのではと確認してきたわ」

 

「ブルース本人の意思はわかりませんが、そう言う意図で行った訳ではありません。政府首脳部には事前に知らせましたが、帝国軍の宇宙艦隊には虎の子の部隊が残っています。それを叩かない限り、防衛戦の優位を確立できませんからね。軍務尚書の2人の息子は戦死。宇宙艦隊司令長官のツィーテン元帥は長年尚書と僚友関係にあります。なんとかもう一回出征してもらうための布石でもあるのです」

 

「フォルセティ以来、ここまで戦勝を重ねてもまだ帝国には出征の余地があるとみているのね。そう言う意味でも貴方の論文は正しかった。帝国の国力は侮れないわね......」

 

念願だった孫が誕生し、政界を名目上は引退したナタリー元議員を当てにしているのは俺も同じだ。帝国軍を誘き寄せるための餌としてブルース主演で730年マフィアを大々的に広報させた。だが、これで代議員たちが妄動するようでは困る。彼らからすれば前線で大功をあげた英雄が対抗馬になるのは悪夢だ。

 

そう言う意味で事前に根回しを欠かさないようにしているし、俺だけじゃなく、アルフレッドにもそれを依頼している。そして影響力の大きいナタリー元議員に報連相を欠かさないのも軽挙妄動を防ぐ意味も兼ねている。

 

「一応、渡された人事案に賛同する旨は国防委員長に伝えたわ。他のルートでも上申したんでしょうけど、今までの慣例から外れることになるから、否定的な意見も多かった。本当に良かったのかしら?」

 

「ご承知の通り、私は早めに退役してビジネス界に戻るつもりでした。自分の退役後の体制を考えた時、宇宙艦隊司令長官から統合作戦本部長になるルートには無理があるかと。司令長官に求められるのは前線で将兵を鼓舞する将器やカリスマ性。統合作戦本部長はどちらかというと軍政面や、国防委員会との折衝力、官僚にも有無を言わさぬ論理性、そんな所でしょう?前線を経験しないまま統合作戦本部長と言うのは弊害があるでしょうが、重視される項目が違いますからね」

 

「そうね。確かにブルースに宇宙艦隊司令長官の適性はあっても統合作戦本部長としての適性は低い気がするわね。あの子は優秀だけど、理解力の乏しい相手や門外漢相手に丁寧に説明する志向は皆無だもの」

 

そう言いながら納得する様に頷く元議員。ドラゴニア会戦の勝利にあたって、様々なルートから近い将来来襲するであろう帝国軍の精鋭との戦いに臨むにあたっての人事案を上申していた。人事案の主旨はこんな感じだ。

 

 

・ブルース・アッシュビー大将⇒元帥

宇宙艦隊司令長官 兼 第2艦隊司令

 

・ウォリス・ウォーリック中将⇒大将

宇宙艦隊副司令長官 兼 第5艦隊司令

 

・カーク・ターナー中将⇒大将

統合作戦本部次長 兼 第13艦隊司令

 

・アルフレッドローザス少将⇒中将

宇宙艦隊総参謀長 兼 第2艦隊参謀長

 

・ファン・チューリン中将⇒大将

ウルヴァシー方面軍司令 兼 第8艦隊司令

最高幕僚会議常任委員

 

フレデリック、ジョン、ヴィットリオの3名に関しては艦隊司令になるにあたって功績の前渡しで昇進していたから、それなりの勲章を要請している。問題になるのは俺とファンの人事案だろう。説明した通り、本部長と司令長官には求められる能力が異なる。正規艦隊司令から司令長官ではなく次長職を経由して本部長になるキャリアを認めて欲しいという意図を提示した訳だ。そして俺の後任候補はファンという意思表示も含めている。

 

「国防委員会の雰囲気だとジャスパー君たちの昇進も用意しそうね。帝国軍8万隻を包囲殲滅だもの。それにブルース一人が元帥なのも気にしているみたいね。大将を増やして、少しでも突出した感を薄めたい思惑もあるんじゃないかしら」

 

「クーデターが必要なほど今の同盟が悪政をしいているとは思いませんが、潔白な代議員など少数派でしょうからね。後ろ暗い事がある小心者は、なにかと勘繰りますか......」

 

「そうね。それに『ハイネセンの嘆き』事件を主導したのは貴方たちだと今更ながら思い出したのかもしれないわね。ご機嫌は取っておきたい。勝利ももたらしてもらいたい。ただ、政界に来られたらどうするか.....。って所かしらね」

 

やれやれと言った様のナタリー元議員。もしかしたらそんな周囲に疲れた事も彼女が政界を引退した要因のひとつなのかもしれない。

 

「人事案がなんとか承認されれば、後はこちらで何とか出来るでしょう。アルフレッドが説明に回れば代議員の多くが感じている不安も多少は拭えるはずです。それと、もう一点、こちらはご判断をお任せしますが、考えて頂きたい事があります」

 

「何かしら?もっとも代議員は引退したし、孫だけを楽しみにしている善良な市民に出来る事なら良いけど......」

 

「別に構いませんよ。親友の息子で恩義がある元代議員のお孫さん、ドナルド君が成人する頃に大問題になる可能性があるだけですから.....。善良な一市民には知らせない方が良いかも......」

 

「そんな言い方はずるいわね。それで?」

 

「民主共和制の仕組みを踏まえた対策を検討する時期かと。同盟の人口が帝国を上回るのは確実です。私が老人になる頃には300億も夢じゃない。そういう状況で一発逆転の手段が残念ながら残されている。これは民主共和制の根幹にかかわりますから、今から手を打たないと間に合いません」

 

「具体的には?」

 

「捕虜と亡命者に対する参政権の取り扱いです。亡命者に関しては正式に受理されてから3年後。捕虜に関しては帰化申請が受理された段階から認められています。極論ですが、フェザーンと帝国が結託して同盟に降伏する。彼らの人口は260億。現段階ならそのまま選挙で同盟を乗っ取れます」

 

「その可能性は低いわ。もう少し具体的な懸念を例として出して欲しいわね」

 

「そうですね。可能性として高いのは、帝国軍がフェザーンに進駐し、かの地を補給拠点として攻勢をかけてくる事です。同盟側からの物資が途絶えたとしても数回分の全力出撃を支える物資はあるでしょう」

 

「そうね。それは認めるわ。何しろ宇宙で一番商船が行き来する惑星だものね。続けて」

 

「既にフェザーンの防衛体制の構築にも手を付けています。余程の油断が無ければ攻勢を跳ね返す事は出来るでしょう。そのままフェザーンを防衛拠点とするのが効率の面でも最適です。そうなると......」

 

「状況にもよるけど、フェザーン人がそのまま同盟に亡命ないし併合されることになるわね。20億から30億人。その時の同盟の人口にもよるけど無視できる数ではないわね」

 

「そうです。それに彼らの飯のタネは交易です。帝国がフェザーンに進駐した時点で、交易なんて不可能でしょう。フェザーン回廊が紛争地帯になるわけですから。同盟の経済成長が続いていたとしても、多く見て30億人を養えるほど物流業界に隙間はないでしょうね」

 

「その先は私が言うわ。旧フェザーン人は自分たちの生活の為にも帝国への早期侵攻を望むでしょう。それなりの資金を持った人口10%の集団。確かに民主共和政体がいきなり抱えるにはリスクがありすぎるわね」

 

「おっしゃる通りです。それにフェザーン人への対応は、その後の帝国臣民を同盟市民として受け入れる際の前例にもなります。フェザーン人は利益に偏重し、帝国臣民のほとんどは初等教育を受けたかどうかのレべルでしょう。彼らに参政権を大盤振る舞いしたら.....。考えたくもない未来ですね」

 

「それで、貴方の腹案は?」

 

「亡命者に対しては参政権は亡命から20年後。納税も一定額上確認出来た上でと言うのはどうでしょう?捕虜に関しては正直悩みますね。彼らは軍に入隊した時点で最低限の教育を受けていますし、帝政や貴族制との違いを感じてもらうためにも参政権は早めに体感させたい所ですが......」

 

「具体的な法案は評議会と官僚に考えさせるしかないわね。ただ、確かに放置できないリスクを孕んでいるのは理解できたわ。この件はどこかに上申しているのかしら?」

 

「嫌な報告は信頼できる実力者に真っ先にすることにしています。小心者に知らせても右往左往するだけですからね。ご意見を伺った上で、他に対処しようかと......」

 

「実力者だなんて言われると照れるわね。ただ、ドナルドの件で貴方に借りがあるのも事実だわ。一旦待って頂戴。話はこちらで通すわ。それにしても人使いが荒いわね。やっと引退できたのに......」

 

「見どころのないご年配を相手にするより楽しいでしょう?それに、支持率に怯えた政策提言ではなく、同盟にとって必要な政策提言をしているつもりです。ドナルド君の将来の為にも、もうひと働きして頂ければと......」

 

「もう代議員じゃないから、公職選挙法にも引っかからないわ。感謝の気持ちを期待して良いかしら?」

 

「勿論です。年代物のワインをかなり集めましたからね。存命のうちはワインで困らないようにします。それに祝いもかねてドナルド君名義の蒸留酒枠を増やしておきますよ」

 

「それは良い贈り物ね。精々長生きしなくっちゃ。それじゃあ動きがあれば知らせるわ。援護射撃も必要になると思う。それだけは心得ておいてね」

 

そう言いながらワイングラスを掲げる彼女に恭しく一礼すると、笑顔で通信が終わった。帝国なら征服して終わりだが、民主共和制の同盟ではそうも言っていられない。それにフェザーン人や帝国臣民に同等の権利をすぐに与える事自体、同盟市民からも反発があるはずだ。

 

今から議論を進め、落としどころを作っておく事は、必要なことだろう。戦後処理が落ち着けばハイネセンで式典の嵐だ。もしかしたらその時に進捗も聞けるかもしれない。政治家たちがどういう判断を下すのか?正直それも気になった。




という訳で亡命者と捕虜の参政権に関するお話でした。この辺り原作には記述が無かったと思うので、フリーハンドで進めさせてもらいました。この辺あまあまの日本はともかく、参政権に関しては作中の状況ではすぐに付与されたとも思えないのでこういう形にしました。では!明日!

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