カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第80話 掃除の始まり

宇宙暦742年 帝国暦433年 4月中旬

アムリッツァ星系 惑星クラインゲルト

ハウザー・フォン・シュタイエルマルク

 

「子爵。この度のご尽力、感謝にたえません。敗戦したとはいえ、彼らは名誉ある帝国軍人です。手厚いご対応を頂きありがとうございます」

 

「帝国軍の中将が簡単に頭を下げてはなりませんぞ。それに私も若い頃は士官学校にお世話になりましたのでな。一度だけカプチェランカにも赴いた事があります。最前線の兵士たちの苦労は身に染みておりますゆえ」

 

しみじみと語るクラインゲルト子爵はかなりの御歳だ。もしかしたら私が歴史上の戦いとして学んだ会戦に従軍された経験もお持ちなのだろうか?こんなことならちゃんと軍のデータベースを再確認すべきだった。ここでもどこか貴族同士の社交を煩わしく感じている私の欠点が出ていた。子爵の尽力に応える意味でも、経歴は確認すべきだった。

 

「いえいえ、父が病に倒れて急に子爵家を継ぐことになりましてな。軍歴自体は8年。30前には退役しておりました。シュタイエルマルク殿に語れる程の事は無いのです。ただ、あの当時は苦しかった日々も、今は良き思い出となりましたのでな。出来る事をしたまでの事です」

 

そう言いながら子爵領の農園で取れたという茶葉で作られた紅茶を美味しそうに飲む子爵。私も釣られるように紅茶で喉を潤す。帝都で飲むものと違い、洗練はされていないが、どこか人の営みの力強さの様なものを感じる。社交の場には合わないかもしれないが、私の好みには合っていた。

 

「それで、彼らの処遇はどうなるのでしょうか?窮地に陥った帝国軍を救援するのは臣下として当然の事。されど敵地に赴いて苦労の末に生還したのも事実。儂はともかく、領民たちに処刑させる為に救護活動をしたとは思わせたくはないのだが......」

 

「はい。その辺りは未だ流動的なのも事実です。昨今例を見ない敗北なのは事実ですが、彼らが何とか情報を持ち帰ってくれたおかげで我々は何かあったのかを知る事が出来ます。軍務省と宇宙艦隊司令本部では、その功績と相殺して処罰しない方針でした。ただ、今回の出征を主導したローエングラム伯の庶兄にあたる方が、敗戦の責任を詫びる形で自裁されましてな。その方が宮内省の管理職だった事で、戦後処理に何かと横やりが入っております」

 

「尚書閣下と司令長官殿のご苦労が偲ばれるな。少なくとも勝敗の責任は将官に属するはずじゃ。末端の兵士たちに責任を問う方がおかしい。そもそも統帥本部総長を後押ししたのは門閥貴族の面々であろう?厚顔、ここに極まれりと言うべきか......」

 

「ご存じでしたか......」

 

「うむ。このクラインゲルト領が辺境星域の端にあるとは言え、噂は漏れてくる。どこまで役に立つか分からんが、儂の名前で助命嘆願書を認めておいた。持ち帰って頂ければと思うが......」

 

「ご温情、重ねて感謝します。今回は大佐のみを連れ帰るつもりです。中佐以下はもうしばらく子爵領で静養と言う形をとれればと。物資の方は持参しておりますし、もうしばらくすれば手配した輸送船も到着します。お礼と言うには微々たるものかもしれませんが、当座はそれで対処して頂ければと」

 

「かたじけない。辺境星域はインフラ投資も手付かずな所が多い。軍にとっては小勢でも我が領にとってはかなりの人数じゃ。その物資はきちんと兵士たちの為に使いましょうぞ」

 

ホッとした様子の子爵を見て、私の配慮が無駄ではなかったと安心した。8万隻を超えた出征軍のうち、このクラインゲルトまで撤退できたのは1000隻足らずだ。それでも10万人。一つの都市に匹敵する人員を養う余裕は無いと判断して、直卒艦隊に物資を多めに積み込んで来たことが活きた。

 

「それにしても気にいって頂けたようで良かった」

 

「はい。私は紅茶に詳しくはないのですが何やら力強さを感じます。帝都で飲む紅茶はどちらかと言うと宮廷好みの味ですから。普段はコーヒーを飲んでいるのですが、美味しく頂けました」

 

「それは嬉しい。大量には差し上げられないが、辺境のこの地では大した土産も用意できぬ。ぜひお持ち頂きたい」

 

「ありがたく頂戴します」

 

このあと少し雑談をし、子爵邸を後にする。未舗装のあぜ道を軍用の4輪駆動車で進む。揺れが気にならないと言えば嘘になるが、屋根がない分良い風が抜ける。普段帝都にいるせいもあるだろうが、妙な解放感があった。そのまま人造湖を活用した仮設宇宙港を抜け、郊外に向かう。

 

「彼らも満身創痍でありながら着陸する場所は選んだのだな」

 

小惑星ドラゴニア付近で行われた会戦は、中盤以降、帝国軍は包囲下に置かれた。クラインゲルトまで撤退できた部隊は、挟撃直後になんとか戦線を離脱出来た艦だけだ。戦闘詳報を分析する前から敵前逃亡を問う声もあったが、最右翼にいたフォーゲル艦隊は右翼後方からの突撃で指揮系統を含めてズタズタにされている。これで敵前逃亡とするなら、帝国軍兵士には勝利か死か?という選択肢しか残らないだろう。

 

そして命からがら撤退に成功した彼らだったが、アルレスハイムからイゼルローン回廊を抜け、アムリッツァ星域まで来たところで活動限界に至った。何とか最後の余力を使い、クラインゲルト領の郊外に着陸した彼らを、子爵が救援して下さった訳だ。

 

「本来なら奮戦の上、決死の撤退戦を生き残った艦たちだ。勇士の誉れは得ても、懐疑的な視線を向けるべき対象ではないのだが......」

 

軍務尚書閣下の指示により、今回の出征に参加した艦隊は装備更新の機会が優先的に与えられたはずだった。だが、郊外に着陸した艦は、私の直卒艦隊に配備された新型艦とはどう見ても異なる旧型艦。つまり装備更新費の流用なり着服が行われた証拠でもあった。

 

「見て見ぬふりは流石に出来ぬ。コーゼル提督から司令長官に報告して頂こう。大将に昇進された直後に汚職の対応をさせてしまうのは心苦しいが......」

 

『名ばかり少将』の件が片付いたと思ったら派閥争い。その上に戦力の再編成だけでなく汚職の摘発までせねばならんとは。いつになったら帝国軍は叛徒たちに集中できるのだろうか。不時着した旧式艦を横目に、私はそんな事を考えていた。

 

 

宇宙暦742年 帝国暦433年 4月下旬

惑星オーディン 宇宙艦隊司令本部

コーゼル大将

 

「ここにきて汚職まで発覚するとはな。いくら叛徒どもの内部で揉め事が起こっているとしても、油断するにも程がある。この件はこちらで引き取ろう。おそらく統帥本部総長派を後押ししていた門閥貴族の関与があるはずだ。平民出身の卿が表に出ては、いらぬ口実を与えるだけだ」

 

「承知したしました。あくまで確認なのですが、甘くされますので?8万隻もの戦力を失いましたが......」

 

「少しは信頼して欲しいものだが、これまでがこれまでだからな。今回はなあなあにはせん。次の出征には私も出るつもりだ。留守の間に好き勝手されてはかなわん。門閥貴族や宮廷内部で声高に厳罰を叫ぶ者がこれに関与しておるのだろう。軍部への責任追及を止める代わりに自分たちの不正もうやむやにしようとでも考えているのだろうがそうはさせん」

 

あくまで念のために聞いたのだが、司令長官はよほど腹に据えかねていたらしい。広めの額に青筋が立っている。勝敗は軍人の常だ。全力を尽くしても及ばない事はある。だが、素人が差し出口を挟んだ上に汚職までされては見逃しようがないだろう。

 

「失礼なことを伺いました。申し訳ありません」

 

「構わぬ。軍務尚書の手元に統帥本部総長派を後押ししていた門閥貴族の名簿は既にあるのだ。軍の利権は確かに大きい。欲しがる気持ちも分かるが、手を出せば火傷では済まないと示す意味でも妥協はしないつもりだ」

 

「承知いたしました。シュタイエルマルクにもお二人の覚悟を伝えておきます。それと、もう一つご報告しなければならない事がございます。例の件ですが、敗戦に責任を感じて自裁したローエングラム伯の庶兄ですが、彼と頻繁に会っていた事は確認が取れました。噂が広まったのも宮廷からですが、庶兄は課長クラスの管理職でした。噂の出元の候補者ではあります。ただ、有力な証拠を掴むには至っておりません」

 

「分かった。もし卿の懸念が事実なら簡単に尻尾を出すような失態は起こすまい。おそらく次の出征に絡んで、何かしら動きがあるはずだ。そこで泳がせて証拠を掴むのが良いだろう。どうせ出征候補はティアマトしかないのだ。航路の関係から見ても、次の会戦は正面衝突しかあるまい。気取られぬようにな」

 

「承知しました。ある程度流す情報を区切り、情報漏洩のルートから協力者も絞れるようにいたします。それで宜しいでしょうか?」

 

「うむ。手配を頼む。卿は既に戦闘詳報は確認したか?」

 

「はい。詳細な分析はこれからですが、撤退の末に持ち帰ってくれた貴重な情報です。真っ先に確認いたしました」

 

クラインゲルト領に撤退してきた残存兵は、子爵に救援を依頼すると共に、戦闘詳報も送付してきた。戦線離脱に入っていた為、確度は低くなるが、最終的に包囲殲滅に至る様子が見て取れた。結果だけを見ればローエングラム伯がやや拙速だったことは否めない。

 

だが小惑星の影を活かした探知範囲外を迂回進撃させての挟撃、そこからの包囲殲滅までの流れるような陣形の変化。叛徒の首魁であるブルース・アッシュビーとその僚友達は、決して侮って良い人物ではない。

 

「その表情を見ると卿の意見も同様だな。アッシュビーとやらは大言壮語するだけの力量を持っている様だ。そこでな、クラインゲルトに補給基地を作ろうと思う。今回の大敗の処分に区切りがつくまで、残存兵を帝都に戻す事は出来まい?詰め腹を切らせるつもりもないのでな。そうなると10万人をそれなりの期間養ってもらうことになる。それならいっそと考えたのだ」

 

「良いお考えかと。アムリッツァ星系に補給基地が出来れば、回廊を抜けてからの活動期間も大幅に増加します。何より敗戦のショックから立ち直る意味でも、身体を動かした方が良いでしょう」

 

「卿に賛成してもらえれば安心だ。何かと意見もあるだろうからな。補給基地の件はシュタイエルマルクに任せようと思う。あやつなら誠実に任に当たるであろうし、兵たちへの心配りも欠かすまい」

 

「そうですな。それに彼がつくる補給基地なら効率の面でも期待できそうです」

 

社交界にあまり参加しない彼を守る意味もあるのだろう。変に口添えすれば将来の帝国軍を担う人材に傷をつけることになりかねない。処分が落ち着くまでは辺境に置いておく。軍部系貴族の将官は、長期間帝都から離れるとなると嫌がるものだが、彼ならむしろ喜びそうだ。水があったのか、クラインゲルト領からの通信は血色が良さそうだったからな。司令長官と私が話す際に定番となった支給品のコーヒーを飲みながら、そんな事を考えていた。




余談ですが、今年も月見の時期ですね。ハンバーガーからは一時期足が遠のいていたのですが、知り合いが「3食月見でも行ける。ノーマンも食べてみて!」と押し切られて食べたのですが、正直うまい。さすがに夕食だと太りそうなのでしばらくランチは月見になりそうです。では!明日!

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