カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第82話 つかの間の後方

宇宙暦742年 帝国暦433年 10月中旬

惑星ハイネセン ホテルユーフォニア

カーク・ターナー(大将)

 

「閣下、おはようございます。モーニングをお持ちしました」

 

「メアリー。マネージャーの君がこんな事をして良いのかい?君の淹れてくれる紅茶は美味しいから私は嬉しいんだが」

 

「昇進されるとお世辞もお上手になりますね。業務的な話をしますと、将官クラスの方のルームサービスをアルバイトに任せるわけには参りませんわ。提督のお陰で、ハイネセンに出張する同盟軍の皆さまは当ホテルを定番の逗留先にされています。失礼があってはいけませんから」

 

「そういう話の進め方だと、個人的な話もあるのかい?」

 

「もちろんです。まだ少尉だった貴方に、毎朝紅茶をお持ちするのは私の密かな楽しみでした。初心に帰る意味でも、提督への対応を担当したかったので、職権を乱用しました。子供や孫に、『あのターナー提督に紅茶をお出ししていた』と自慢できますし」

 

少尉時代から定宿にしているホテルユーフォニア。大将になってもそれは変らないが、ウエイトレスをしていたメアリーがマネージャーになっていると思うと、時の流れを感じる。もうあれから12年か。メアリーも結婚して子供が2人いたはずだ。

 

「そう言われると、更に職務に精励しないといけないね。わざわざシロン産を用意してくれる支配人にもよろしく伝えて欲しい。それと、軍人相手でも問題があれば遠慮なく対応してくれ。そんな事いうまでもないかもしれないが......」

 

「面白いのは、前線を経験された方程、軍服を着替えてお出かけになられる事でしょうか。当ホテルに滞在される方はあまり軍人である事をひけらかしませんから。憲兵隊のやっかいになるのは歓楽街の方が多いと思います。ただ......」

 

「ただ?」

 

「皆さんスーツを着る事が多いのですが、体躯の良い男性がスーツにサングラスですと『8人の無頼漢』のオープニングシーンですから。治安は良いのですが、マフィアの会合なのかと勘違いされる方もおられます。事情を説明すればご安心頂けるのでご懸念には及びませんが......」

 

そう言いながら苦笑するメアリー。『8人の無頼漢』は俺達をモチーフにしたマフィア映画だ。オープニングはマフィアの会合だったはずだ。一堂に会したマフィアのボスたちの談笑シーンから始まり、スーツに身を固めサングラスをかけた男たちがぞろぞろと会場を後にする所から話が始まる。あのシーンの様な光景を見たら、部外者が勘違いするのも無理はなかった。

 

「では、おかえりをお待ちしておりますわ」

 

そんな雑談をしながら、経済誌を片手に朝食を楽しむ。ドラゴニア会戦の戦後処理が終わり、ハイネセンで式典の嵐が過ぎた後の日課になりつつある朝の時間だ。少尉時代と変わったのは、部屋がスタンダードからデラックスになり、朝食を部屋で取る様になったことぐらいか。始めはルームサービスを頼むつもりはなかったんだが、これでもそれなりに顔が売れている。ある程度ルーティンがある中で、朝から声をかけられるのは正直苦だ。支配人に頼んでルームサービスをお願いした。

 

「さて、行きますか」

 

ホテルを出るいつもの時間が近づき、俺はスカーフを身に着けてベレー帽を左手の人差し指にひっかけ、右手でアタッシュケースを持って部屋を後にする。エレベーターでロビーに降り、そのままエントランスを抜けてロータリー右手のタクシー乗り場に向かう。いつも通り停車したタクシーに乗り込み、統合作戦本部ビルに向かう。この時間は株価のチェックに充てる事が多い。

 

「へぇ。タイロンの奴、意外にやるじゃないか」

 

新規上場の欄に、記念大の学生が起こした企業名とその株価を見て、俺は思わず声を上げた。タイロンは佐三キャプテンとシーハンさんの間に弟妹が出来た事で、出光商会はその二人が継ぐべきだと本音を俺に漏らした。

 

確か記念大合格祝いでディナーを食べた時だったかな?その時に独立資金を稼いで見せろと、資金を預けた。かならず伸びるからと種銭の増額を申請してきたのがこの銘柄だったはずだ。資産運用の適性がありそうだし、ターナー商会で投資部門を立ち上げても良いんだが、タイロンは商船に乗り込んで同盟各地を行脚したいらしい。

 

「まぁ、いずれは身を落ち着けないといけないだろうしな。投資部門を立ち上げるにしてもファンドで分ければ問題ないか?」

 

軍と同じでビジネスの世界も自分が素人の分野はその道のプロに資金を預けて任せるのが一番ローリスク・ハイリターンだ。そして投資部門の立ち上げを考えた時、もう一人の候補の事が頭をよぎった。

 

「エリーゼもなあ。クリスティンの話だと誰かの下につくのは向かなさそうだし、個人事業主となると投資家か芸術家か......。パトロンになれる位の資産はあるが......」

 

進路を決めてからでも遅くはない。そう思い直して思考を切り替えようとした辺りで、既に統合作戦本部ビルの近くである事が車窓から見える景色で分かる。ロータリーで停車したタクシーのリーダーにカードを通し、支払いを終えると下車してロビーを目指す。午前中の予定は統合作戦本部規定の健康診断だ。エレベーターで地下五階のクリニックを目指す。

 

「健康診断のデータなんてエルファシルの第3駐留基地にもあるだろうに。まぁ、防諜の為なら仕方ないのか」

 

下りのエレベーターで俺は思わず本音を零す。俺は今回の人事で統合作戦本部の次長職兼任になった。防諜の基本は情報の分離と隔離だ。軍上層部を除いてどんな情報も共有させない為、わざわざ健康診断も受診しなければならない。

 

『地下5Fです』

 

アナウンス音と共にエレベーターのドアが開く。受付で身分証と予め記載しておいた問診票を提出する。

 

「おはようございます。閣下。5番ルームにお入りください」

 

受付の女性下士官の笑顔に見送られ、5番ルームを目指した。どこかその視線に母性を感じるのは、健康診断にビビる連中がいるからだろう。前世の健康診断に比べたら、なんてことはない。太い注射で血を抜かれる事もないし、何より胃カメラが無いのが最高だ。担当の看護師さんと雑談している内に医療診断システムでスキャンされるだけ。ほとんどの悪性腫瘍にも特効薬が開発されている。世の中進んだものだとこういう時ふと感じる。

 

「ターナー提督。おはようございます。本日担当するグレースと申します。お荷物はこちらに置いて下さい」

 

「おはよう。こちらこそよろしく。統合作戦本部のは初めてでね」

 

荷物を指定された場所に置き、ジャケットとシャツを脱いでハンガーにかける。健康診断用の装置に腰かけると、グレースが操作を始め、リクライニングが下がり、膝が持ち上げられ、横になった状態になる。ナノサイズの針が付いた器具を血管付近に巻くと採血が始まる。そのまま問診票を確認するグレースに応じながら、機械に身をゆだねる。グレースは金髪碧眼で、バレリーナの様な細身の体系だが、テキパキと作業を進める腕からしなやかな筋肉が存在感を主張していた。

 

『グレース看護師は大当たり』

 

統合作戦本部の若手士官がそんな事を言っているそうだが、確かになと思った。大きめの碧眼、通った鼻筋。業務の兼ね合いからかショートに纏めた金髪。美女と言うより、美形と言うべきか?女性に人気だった前世の歌劇団を彷彿とさせる妙な色気があった。

 

「提督はこういう機会に慣れておられるのでしょうか?」

 

「ん?どういう意味かな?」

 

「いえ、表現に困るのですが、時に何十万という部下たちを率いて勇戦される様な方が、健康診断では子供の様な態度をされるんです。そういう一面を独占できるのもこの仕事の醍醐味なので......」

 

「どうだろうね。どちらかと言うと私は女性の前では見栄を張りたいかな?君みたいな素敵な女性相手なら猶更だと思うけど?」

 

「お上手ですね。でも今は恋愛に時間は割けないんです。母が体調を崩していますので......」

 

若手が夢中になるのもなんとなく分かった。これだけの容姿で自立心も持ち合わせている。グレースはフェザーンでも名門とされる看護学校に通っていたそうだが、交易業を営んでいた父親が、貴族から理不尽な要求をされて商売が傾いた。心労で父親は亡くなり、母親も容体が良くないらしい。後難をおそれて亡命したそうだ。きれいにいなされたのも久しぶりだが、不思議と悪い気はしなかった。

 

「これで問診は終了ですね。お疲れさまでした」

 

笑顔のグレースに送り出されて5番ルームを後にする。そのままエレベーターに向かい、自分のオフィスを目指す。持つべきものは当てになる参謀長だ。第13艦隊の方は中将に昇進したアッテンボロー参謀長にお任せしてある。当初は副艦隊司令の地位を内示したのだが、

 

『老兵にこれ以上仕事を押し付けるおつもりですか?』

 

と拒絶された。念のため中将と大将の年金受給額の差を提示して、次の会戦までは退役しない旨を確約してもらった。俺が何かと仕事を持ってくるせいで、参謀長も業務過多気味だったからな。

 

そのままエレベーターに乗り込み、上層へ向かう。午後からは再戦力化に躍起になっているであろう帝国への対応に、宇宙艦隊司令本部をエルファシルとウルヴァシーの中間にあるジャムシード星系に移設する件で会議が目白押しだ。

 

「今のうちにもう一度整理しておくか」

 

『62Fです』

 

そんなアナウンスを聞きながら、俺は独り言をつぶやいた。




という訳で久しぶりに統合作戦本部ビルに帰って来たカークの一日でした。グレースさんはお分かりの方も多そうですが、某映画シリーズの最新作から持ってきました。印象も強くて、生き残って欲しかったんですが、T1、T2と人類側の援軍は最後戦死してますし、冷静に考えれば彼女の運命も決まっていたのかとも思います。では!明日!

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